わたしを捨てたはずの婚約者様からは逃げられない。

りつ

文字の大きさ
上 下
40 / 116

40、逃れられない運命*

しおりを挟む
 ハインツの病気は、医者に診せてもわからないと言われた。それらしい薬は出されたが、以前と同じ健康な身体には戻らなかった。

 最初は無理をして仕事に行っていたが、やがてそれも難しくなり、今は家でイレーネの内職の手伝いをしたり、エミールに読み書きを教えている。息子の前では元気な父親の姿を演じているのがわかり、イレーネは見るたびに胸が痛んだ。

 一度王都へ行って有名な医者に診てもらうことも提案したが、ハインツは首を横に振った。

「王都の医者は貴族や金持ちしか相手にしない。行ったって、診てもらえないさ」

 元貴族であった彼の言葉には説得力があった。イレーネも口ではわからないと言いながら、内心は彼の言う通りだろうと思った。たとえ何の病気かわかっても、治す手段があるとは限らず、神に毎日祈ることが治療法だと述べる医者もいるくらいだ。

 しかしだからといって、やはりこのまま何もせず諦めることはできなかった。もしかしたら、ハインツを治してくれる医者がいるかもしれない。

「……まだ少し、宝石が残っているわ。それを見せたら、どこかの没落した貴族だと思って診てくれるかもしれない。あなたが無理なら、わたしが頼みに行って――」
「イレーネ」

 ハインツはイレーネの両手を握りると、噛んで含めるように言い聞かせた。

「今王都は、隣国とごたついているらしい。王都も物騒になっていて、治安もよくない。そんな危険なところに、おまえを行かせられるわけないだろう」
「でも、このままじゃ……」

 イレーネが目に涙を浮かべると、ハインツは笑い、力強く抱きしめた。

「大丈夫。病は気から、って言うだろう? おまえとエミールに囲まれて毎日幸せに暮らしていれば、いつの間にか治っちまうよ。だから心配するな」

 それは半分当たっていたかもしれないし、半分違っていた。

 ハインツの病は治ることなく、だが大切な家族の前では以前と変わらぬ態度で振る舞うこともできたからだ。

 しかしイレーネは、じわじわと確実にハインツに死が近づいていることを感じ取っていた。そしてそれは彼自身が一番よくわかっていたのだろう。もはやどんな名医にも自分の病は治せない。死神からは逃れられないのだと。


「――エミールは、寝た?」

 夜。エミールを寝かし終えたイレーネは、夫婦の寝室へと入った。起きていたのか、ハインツがこちらを見て声をかけてくる。

「ええ」

 イレーネが寝台に上がろうとすると、ハインツが手を取った。

「じゃあ、久しぶりにしたい」
「でも……」
「今日は、調子がいいんだ」

 イレーネを感じたい、と言われ、彼女は顔を赤くした。いつまでたっても初々しい反応を見せる妻にハインツは目を細め、「脱いで」と優しい声で命じた。

 イレーネは俯きながらも、言われた通り夜着を脱いでいく。夫の視線をじっと感じながら最後にシュミーズも床へ落とすと、白い裸体が仄暗い部屋に浮かび上がった。

「きれいだよ、イレーネ……」

 熱のこもった声で言われ、イレーネは恥ずかしげに手で胸や秘所を隠してしまう。

「隠すなよ」
「だって……」
「おまえのえろい身体、きちんと見たい……」
「もう。またそんなこと言って……」

 羞恥心から逃れるようにイレーネは掛布を剥がして、ハインツの下を寛げさせた。顔を近づけてちろちろと舐め始めると、すぐに硬くなり、さらに咥えて一生懸命射精へ導こうとすれば、ハインツははぁはぁと息を荒げながら、「待って」とイレーネにやめさせた。

「ん……どうしました? きついですか?」

 やっぱり身体によくないんじゃないかと心配するイレーネにそうじゃないとハインツは首を横に振った。

「イレーネのも、舐めたい」

 だから上に乗ってと言った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」  ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。 「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」  一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。  だって。  ──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

処理中です...