29 / 116
29、逃げる
しおりを挟む
その後もハインツはイレーネが行ったことのない場所を案内してくれたが、彼女は午前中のように楽しむことができなかった。ハインツもそれに気づいたようで、どうかしたのかと尋ねてくる。
「疲れたか?」
「いえ……」
はっきり理由を述べないイレーネに、ハインツも苛立ちを見せる。
「なんだよ。こんなとこ来ても、やっぱり楽しくないってことか?」
「そんなこと言ってません」
「じゃあなんで急に不機嫌になったんだよ」
「別に不機嫌になってなんか……」
ただ――
(あなたが他の人と比べるから……)
イレーネも、どうして自分がこんなに気にしてしまうのかわからなかった。言いたいことを上手くまとめられず、結果黙り込んでしまうイレーネに、ハインツも匙を投げたようにため息をついた。些細な行動の一つにまた傷つく。だけどそれは彼も同じように見えた。
「そんな顔するくらいなら、わざわざ来なくてよかったのに」
無理矢理連れてきて悪かったな、と謝られて、イレーネは慌てる。
「違います。わたしは――」
「あら。ハインツ?」
イレーネの言葉を遮ったのは、華やかな格好をした綺麗なご婦人たちだった。ハインツが懇意にしていた女性たちだとすぐにわかった。以前も、こういうことがあったから。あの時はハインツではなく、ディートハルトだったが。
「久しぶりじゃない?」
「あ、ああ……」
「ここのところめったに会いに来てくれなくなったんだもん。寂しかったわ」
「ほんと。また来てよ。他の子たちも寂しがってるわよ」
「いや、俺はもう」
「あら、そちらの方はどなた?」
今やっと気づいたというように目を向けられ、イレーネはこれもまた懐かしい感覚だと思い出した。でも城にいた女性たちよりも演技がわざとらしくて、敵意が隠せないでいる子もいる。
彼女たちの中で一番若くて綺麗だから、ひょっとすると本気でハインツに懸想しているのかもしれない。婚約者だとハインツの口から告げられた目を見て、間違いないとイレーネは確信した。
「ハインツ様。わたし、先に戻っていますわ」
イレーネは笑みを浮かべながらそう言うと、ハインツを取り囲む女性たちに軽く頭を下げて失礼した。
後ろから「あ、おいイレーネ! ちょ、離せって!」と言って、「いいじゃない」と引き留められるやり取りが途中まで聞こえたが、イレーネは足を止めなかった。
ハインツの言う通り、やっぱり来なければよかった。自分みたいな人間は屋敷でじっとしていて、誰かが来るのを待っていればよかったのだ。
イレーネは付き添いのメイドや護衛に帰ることを告げると、沈んだ心でとぼとぼと歩いていた。時間が経つと、ハインツを一人置き去りにしてきてよかったのかしら、と罪悪感のような気持ちがわいてくる。
(でも、あの場所にわたしがいたって……それにハインツ様だってあんな顔して……)
イレーネは彼のことで振り回される自分に苛立ってもいた。今までの自分なら、別に気にしなかっただろう。ディートハルトにはそれ以上の酷いことをされて――
「ディートハルト!」
(え?)
思わず立ち止まる。心臓が早鐘を打ちながら声のした方を見れば、目立たない色のマントに、フードをすっぽりと頭から被った少女が背の高い男の方を見上げて、何かを伝えていた。
顔は見えないが、長いストロベリーブロンドの髪の毛はこぼれ落ちていた。そして男の方の顔は遠目からでもわかるほど整っていた。少女に微笑んでいる表情がすれ違う女性たちの視線を惹きつけている。
イレーネもまた、呆然と突っ立ってその様を見ていた。
(そんな顔、するのね……)
今まで自分が見た表情はいつも皮肉を込めた、どこか人を見下した嘲笑ばかりだった。あんな穏やかな顔もできるなんて知らなかった。あんな、愛おしくてたまらないというような目で――頭を強く殴られたような衝撃があって、何も考えられなかった。従者にどうしましたと声をかけられても地面に足が縫い付けられたように動けなかった。
だが不意に、あの紫色の瞳がこちらの方を見ると、イレーネの拘束は解けた。そばにいた者の制止は耳に入らず、本能の従うまま駆け出していた。彼から逃げていた。
半ば混乱したまま、何度も人にぶつかりながら、イレーネは逃げ続けた。どこへ向かうのか、一人で大丈夫なのかとか、そういうのは一切頭に浮かばなかった。ただディートハルトから遠ざかりたかった。
でもどんなに走っても、ずっと彼が追いかけてくるような錯覚に陥る。今こうして逃げていても、もうすぐそこまで――
「イレーネ!」
「いやぁっ」
パシッと手首を捕まえられ、イレーネは反射的に悲鳴を上げていた。暴れるように彼の手から逃れようともがいていた。
「ちょっ、落ち着けって!」
――だからその声がハインツのものだとわかった時、彼女は全身の力が抜けた。ハインツはずるずるその場に座り込もうとするイレーネにまた慌てたようで、しっかりしろと抱きとめた。
「なんだよ。ようやく見つけたと思ったら必死に逃げてるし、暴漢に遭ったみたいに驚かれるし」
「ご、ごめんなさい。わたし、てっきり……」
怯えた顔をするイレーネに何か事情があると悟ったのか、ハインツは「とりあえず深呼吸しろ」と言い出した。抱きしめてきて、背中をぽんぽん叩いてくる。イレーネはそれで幾分落ち着きを取り戻し、もう大丈夫ですと小さな声で答えた。
「本当に?」
「はい」
「よし。じゃあとりあえずあいつらがいるところへ戻るか。その様子だといきなりはぐれて、向こうも焦ってるだろうし」
つい先ほど気まずい別れをしたことも記憶から抜け落ち、イレーネは素直にこくりと頷いた。今はもうディートハルトのことでいっぱいだった。
……冷静になれば、別にディートハルトから逃げる必要なんてない。彼はもうイレーネの婚約者ではないのだから。マルガレーテの婚約者なのだから。
(あの様子だとお忍び来ているようだったから……わたしなんかに構っている暇はないのに)
きっと見ても、知らぬ振りをするだろう。
そう思っても、不安は消えない。
「おい、大丈夫か?」
「ええ。だいじょう、ぶ……」
イレーネは視線の先、人混みに紛れてこちらへ近づいてくるディートハルトの姿に息を呑んだ。彼は何かを探しているようだった。
「おい。どうした?」
ハインツはイレーネが見ている方を見て、目を丸くした。そしてすべて納得したようだった。
「こっちこい」
イレーネを隠すように抱き寄せると、ハインツは勝手知ったる様子で路地裏へと入った。あまり清潔とは言えず、家庭や店で出たごみが散乱されており臭いもきつかった。
しかしイレーネはそんなことよりもディートハルトの方が恐ろしくて、縋るようにハインツの服を掴み、ぴったりと身体を押しつけていた。
イレーネが震えているのが伝わったのか、ハインツが自身のマントの中にイレーネを招き入れ、そのまま覆い隠すようにきつく抱きしめてくる。彼の匂いに包まれ、イレーネはただ固く目を閉じてその時が通り過ぎるのを待った。
「――よし。あっちに行ったみたいだ」
しばらくして、ハインツがそう言った。
「イレーネ。怖い狼は、もういなくなったぞ」
彼女は全身の力が抜けて、その場にずるずると座り込んだ。ハインツも一緒になって引きずられる。彼は足を開き、股の間に座っているイレーネの両頬を挟んで、自分の目を見るよう告げた。
「もう大丈夫だよ、イレーネ」
その言葉になぜかぽろりと涙が零れた。一度流れた涙は堰を切ったように溢れ出す。ハインツは何も言わず、黙ってイレーネの涙を掌で拭い続け、やがてもう一度自分の腕の中に抱き寄せたのだった。
まるで誰にも見つからないように。今ここにいるのは俺とおまえだけだというように。
「疲れたか?」
「いえ……」
はっきり理由を述べないイレーネに、ハインツも苛立ちを見せる。
「なんだよ。こんなとこ来ても、やっぱり楽しくないってことか?」
「そんなこと言ってません」
「じゃあなんで急に不機嫌になったんだよ」
「別に不機嫌になってなんか……」
ただ――
(あなたが他の人と比べるから……)
イレーネも、どうして自分がこんなに気にしてしまうのかわからなかった。言いたいことを上手くまとめられず、結果黙り込んでしまうイレーネに、ハインツも匙を投げたようにため息をついた。些細な行動の一つにまた傷つく。だけどそれは彼も同じように見えた。
「そんな顔するくらいなら、わざわざ来なくてよかったのに」
無理矢理連れてきて悪かったな、と謝られて、イレーネは慌てる。
「違います。わたしは――」
「あら。ハインツ?」
イレーネの言葉を遮ったのは、華やかな格好をした綺麗なご婦人たちだった。ハインツが懇意にしていた女性たちだとすぐにわかった。以前も、こういうことがあったから。あの時はハインツではなく、ディートハルトだったが。
「久しぶりじゃない?」
「あ、ああ……」
「ここのところめったに会いに来てくれなくなったんだもん。寂しかったわ」
「ほんと。また来てよ。他の子たちも寂しがってるわよ」
「いや、俺はもう」
「あら、そちらの方はどなた?」
今やっと気づいたというように目を向けられ、イレーネはこれもまた懐かしい感覚だと思い出した。でも城にいた女性たちよりも演技がわざとらしくて、敵意が隠せないでいる子もいる。
彼女たちの中で一番若くて綺麗だから、ひょっとすると本気でハインツに懸想しているのかもしれない。婚約者だとハインツの口から告げられた目を見て、間違いないとイレーネは確信した。
「ハインツ様。わたし、先に戻っていますわ」
イレーネは笑みを浮かべながらそう言うと、ハインツを取り囲む女性たちに軽く頭を下げて失礼した。
後ろから「あ、おいイレーネ! ちょ、離せって!」と言って、「いいじゃない」と引き留められるやり取りが途中まで聞こえたが、イレーネは足を止めなかった。
ハインツの言う通り、やっぱり来なければよかった。自分みたいな人間は屋敷でじっとしていて、誰かが来るのを待っていればよかったのだ。
イレーネは付き添いのメイドや護衛に帰ることを告げると、沈んだ心でとぼとぼと歩いていた。時間が経つと、ハインツを一人置き去りにしてきてよかったのかしら、と罪悪感のような気持ちがわいてくる。
(でも、あの場所にわたしがいたって……それにハインツ様だってあんな顔して……)
イレーネは彼のことで振り回される自分に苛立ってもいた。今までの自分なら、別に気にしなかっただろう。ディートハルトにはそれ以上の酷いことをされて――
「ディートハルト!」
(え?)
思わず立ち止まる。心臓が早鐘を打ちながら声のした方を見れば、目立たない色のマントに、フードをすっぽりと頭から被った少女が背の高い男の方を見上げて、何かを伝えていた。
顔は見えないが、長いストロベリーブロンドの髪の毛はこぼれ落ちていた。そして男の方の顔は遠目からでもわかるほど整っていた。少女に微笑んでいる表情がすれ違う女性たちの視線を惹きつけている。
イレーネもまた、呆然と突っ立ってその様を見ていた。
(そんな顔、するのね……)
今まで自分が見た表情はいつも皮肉を込めた、どこか人を見下した嘲笑ばかりだった。あんな穏やかな顔もできるなんて知らなかった。あんな、愛おしくてたまらないというような目で――頭を強く殴られたような衝撃があって、何も考えられなかった。従者にどうしましたと声をかけられても地面に足が縫い付けられたように動けなかった。
だが不意に、あの紫色の瞳がこちらの方を見ると、イレーネの拘束は解けた。そばにいた者の制止は耳に入らず、本能の従うまま駆け出していた。彼から逃げていた。
半ば混乱したまま、何度も人にぶつかりながら、イレーネは逃げ続けた。どこへ向かうのか、一人で大丈夫なのかとか、そういうのは一切頭に浮かばなかった。ただディートハルトから遠ざかりたかった。
でもどんなに走っても、ずっと彼が追いかけてくるような錯覚に陥る。今こうして逃げていても、もうすぐそこまで――
「イレーネ!」
「いやぁっ」
パシッと手首を捕まえられ、イレーネは反射的に悲鳴を上げていた。暴れるように彼の手から逃れようともがいていた。
「ちょっ、落ち着けって!」
――だからその声がハインツのものだとわかった時、彼女は全身の力が抜けた。ハインツはずるずるその場に座り込もうとするイレーネにまた慌てたようで、しっかりしろと抱きとめた。
「なんだよ。ようやく見つけたと思ったら必死に逃げてるし、暴漢に遭ったみたいに驚かれるし」
「ご、ごめんなさい。わたし、てっきり……」
怯えた顔をするイレーネに何か事情があると悟ったのか、ハインツは「とりあえず深呼吸しろ」と言い出した。抱きしめてきて、背中をぽんぽん叩いてくる。イレーネはそれで幾分落ち着きを取り戻し、もう大丈夫ですと小さな声で答えた。
「本当に?」
「はい」
「よし。じゃあとりあえずあいつらがいるところへ戻るか。その様子だといきなりはぐれて、向こうも焦ってるだろうし」
つい先ほど気まずい別れをしたことも記憶から抜け落ち、イレーネは素直にこくりと頷いた。今はもうディートハルトのことでいっぱいだった。
……冷静になれば、別にディートハルトから逃げる必要なんてない。彼はもうイレーネの婚約者ではないのだから。マルガレーテの婚約者なのだから。
(あの様子だとお忍び来ているようだったから……わたしなんかに構っている暇はないのに)
きっと見ても、知らぬ振りをするだろう。
そう思っても、不安は消えない。
「おい、大丈夫か?」
「ええ。だいじょう、ぶ……」
イレーネは視線の先、人混みに紛れてこちらへ近づいてくるディートハルトの姿に息を呑んだ。彼は何かを探しているようだった。
「おい。どうした?」
ハインツはイレーネが見ている方を見て、目を丸くした。そしてすべて納得したようだった。
「こっちこい」
イレーネを隠すように抱き寄せると、ハインツは勝手知ったる様子で路地裏へと入った。あまり清潔とは言えず、家庭や店で出たごみが散乱されており臭いもきつかった。
しかしイレーネはそんなことよりもディートハルトの方が恐ろしくて、縋るようにハインツの服を掴み、ぴったりと身体を押しつけていた。
イレーネが震えているのが伝わったのか、ハインツが自身のマントの中にイレーネを招き入れ、そのまま覆い隠すようにきつく抱きしめてくる。彼の匂いに包まれ、イレーネはただ固く目を閉じてその時が通り過ぎるのを待った。
「――よし。あっちに行ったみたいだ」
しばらくして、ハインツがそう言った。
「イレーネ。怖い狼は、もういなくなったぞ」
彼女は全身の力が抜けて、その場にずるずると座り込んだ。ハインツも一緒になって引きずられる。彼は足を開き、股の間に座っているイレーネの両頬を挟んで、自分の目を見るよう告げた。
「もう大丈夫だよ、イレーネ」
その言葉になぜかぽろりと涙が零れた。一度流れた涙は堰を切ったように溢れ出す。ハインツは何も言わず、黙ってイレーネの涙を掌で拭い続け、やがてもう一度自分の腕の中に抱き寄せたのだった。
まるで誰にも見つからないように。今ここにいるのは俺とおまえだけだというように。
325
お気に入りに追加
4,937
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。
ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」
ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。
「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」
一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。
だって。
──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?
ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」
「はあ……なるほどね」
伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。
彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。
アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。
ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。
ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる