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39、騎士になった理由
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「どういう、こと?」
ラファエルは本を机に戻すと、イリスに背を向ける形で寝台の縁に腰掛け、教えてくれた。
「昔、二人でずっと一緒にいようって話から、結婚すればいいって話になったこと、覚えているか?」
「……そんなことも、あったような」
たしかラファエルが泣いてばかりのイリスに呆れていたある日、「イリスは俺がいなかったら、どうするつもりなんだ」とたずねたことがあった。
イリスはラファエルと離れるなんて考えられない、ずっと一緒にいたいって涙ながらに訴えて、ラファエルが「じゃあ特別な関係になるしかないな」と言った。
特別な関係が何かと聞くと、彼は少し躊躇った後、恋人や夫婦の関係だと口にした。
それはどうやったらなれるのかとさらにたずねると、少年だったラファエルは一瞬かっと頬を染めて、「婚約して、結婚すればいい」と答えた。
そうしたら、大きくなった男女でも一緒に居て許されるからだ。
だからイリスはラファエルと結婚すると言った。それをラファエルが軽々しく決めるなと咎めて……
(あれ、でももっと別の話だったかな……)
なにせしょっちゅうそんなことを口にしては、将来一緒になろうという話をしていた。しかしそれはイリスにとってどこかふわふわとした夢のような約束でもあった。
ラファエルとずっと別れたくないためのその場しのぎの約束ではないかと、まだ幼い自分は残酷に決めつけていた。
「俺は父上にイリスと結婚したいと申し出た」
けれどラファエルはイリスよりずっと――少なくともその当時の年齢にしては、真剣にイリスとの結婚を実現させようと考えていた。
正式にラファエルが婚約者になったという事実は、いつの間にか互いの両親の間で決められていて、それをイリスはラファエルにそっけない口調で教えられて知った気がする。今思うと、あの時の彼は照れくさかったのだろう。
「シェファール侯爵の家へ父が話を持ちかけ、彼らも了承してくれて、俺たちは婚約者となった。でも俺は父からこの結婚は絶対とは限らないって釘を刺されていたんだ」
デュラン伯爵はすでに理解していたのだ。
シェファール家は自分たちより上の立場であり、より有利な条件が舞い込んできたら、婚約は解消されると。
「だから俺は手柄を立てて、侯爵に認めてもらおうと思った。王家の中枢で活躍するような人間になって、イリスの結婚相手として、将来有望な相手だと思ってくれるように。そのために、王立学校に通う予定だった」
けれど、ラファエルの父親は息子の考えを反対した。
「文官の道では、出世は見込めない……そこそこの地位を得ることはできても、デュラン家では頂上まで上りつめることはできないだろうって言われた」
「どうして?」
学校で優秀な成績さえ収めれば、爵位が低くても、下級役人に配属され、努力次第では大臣になれる道も開けていた。
「実は俺の祖父……先代伯爵が色々とやらかしたらしい」
先代伯というと、ラファエルの祖父にあたる人だ。
「いろいろって……悪いこと?」
汚職や金銭トラブルの類だろうか。
「いや、そういうのじゃない。祖父はなんていうか……すごく革新的というか、先進的な人だったんだ」
「先進的?」
「そう。例えば教育面において、今まで聖職者や修道院の人間たちに委ねていたのを、これからは別に切り離して、男女ともに同じ内容を学ばせていくべきだって議会に意見したらしい」
歴史を振り返ると、読み書きができるのは然るべき教育を施された王族や貴族を除いて、知識階級――聖職者や修道院の人間に多かった。
司祭は教会に通う村の子どもたちに神の教えを説き、聖書の読み方を授けた。年頃の娘たちは女子修道院の寄宿学校に入り、修道女たちが淑女として必要なことを学ばせた。
つまり教育と宗教は切っても切れない関係にあったわけだが、この繋がりをラファエルの祖父は切り離すべきだと強く訴えたのだ。
「聖職者と言っても、全員が全員、教えに長けたわけじゃない。実家の手伝いをして教会に通えない子どももいた。また教える内容も、神の教えに反していると判断されれば、学ぶこと自体禁じられた」
結局地域によって偏りがあり、学力の差はいつまでたっても埋まらない。
だから国の方で教育専門の学校を作り、幼い頃から学校に通わせることを義務化させようとした。そして女性にも高等教育レベルの学問を受けさせ、男性と同等の学力を身につけさせるべきだと提案した。
それがゆくゆくはこの国のためになると先代伯は考えていたそうだ。
「しかし祖父の考えは方々から非難された。特に教会や修道院関係の人間からは大いに恨みを買ったそうだ」
先代伯の提案した内容は彼らの役割を奪い、権威を脅かす改革でもあったからだ。
「けれど当時の国王陛下が祖父の考えにひどく共感し、……すべてとはいかなかったが、教育と宗教は別、という考えを根付かせることには成功した」
王立学校で男女ともに学ばせる授業が増えているのも、そうした考えに基づいてのことらしい。今はまだ上の身分に限定され、基本的には男女別に学ばせているらしいが、それでも大きな進歩だという。
「国王陛下の賛成を得られたら、大丈夫そうに思えるけれど……違うの?」
「確かに生きている間は庇ってもらえる。だが祖父はそんな王の力を過信して、次々と急進的な政策を推し進めて行った。周りが反対しても、国王に認められればよかった」
「でも、そんなやり方じゃ……」
その通りだ、とラファエルは頷いた。
「そんなやり方では結局周囲の恨みを募らせるしかなく、王が代わると、待っていたとばかりに彼らは反撃を開始した。今までの強引なやり方を議会で責め、祖父に政界から引退するよう迫った」
もはや王宮に先代伯の居場所はなく、仕方なく領地へと帰ったそうであるが……不満を持っていた貴族たちの恨みはそれで終わらなかった。
「俺の父も政治の世界に足を踏み入れようと試みたそうだが、どうでもいい役職にしか就かせてもらえず、貴族たちからは祖父のことで嫌味を言われて、二の舞になったら敵わないと発言権を持たないよう、出世できないよう仕組まれていたんだ」
「そんな……」
普通そこまでするだろうか。
「性格にも問題があったんだろう」
自分の祖父のことなのにさらりとラファエルは口にした。
……もしかすると、先代伯も今のラファエルのように大きな目標実現のためには自身が周囲からどう思われようと気にしない性質だったのではないだろうか。否定しないために誤解を重ね、より反感を買う羽目になってしまった。
「とにかく、そういうことがあったから、文官の道を志しても出世は難しいだろうって言われた。それなら騎士になって、戦場で武勲を立てようと決めたんだ」
初めて知った内容に、イリスは言葉を失った。
「けど、幸いなことに今は戦争もない。俺は幸運にもサミュエル殿下の目に留まり、護衛騎士とはなれたが……勲章を授かるまでにはなれていない。おまえの両親の納得も、得られなかったしな」
「なに、言っているの。とても、すごいことじゃない」
なによりラファエルの行動力にイリスは驚いた。
彼は自分がなりたいからとか、そういうのに一切構わず、ただイリスとの結婚を認めてもらうために、そのために可能性が高い騎士の道を志したという。
「ラファエルは……それでよかったの?」
「ああ。俺は別にどちらの道に進んでもよかった」
「でも、本当は植物学者になりたかったんじゃないの?」
「いや、それは、イリスに……」
そこまで言って、なぜかラファエルは口ごもる。
「やっぱり、わたしのせい?」
「違う。そうじゃなくて……植物学者になりたいと思ったのは、イリスに美味しい葡萄を食べさせてやりたいって思ったからだ」
またもや意外な理由にイリスは驚きっぱなしだ。
「どうして葡萄を……」
「だって、好きなんだろ」
「そりゃ好きだけど……」
だからって普通それを基準に将来の夢を決めるだろうか。イリスではなく、ラファエルの人生なのに。
「イリスだって、本当は修道院になんて行きたくなかっただろう」
「それは……でも、ラファエルと結婚するには神さまのもとで学ばないといけないって言われたんですもの」
「つまり俺のためだろう?」
「……そうね」
な、とラファエルは少年のように無邪気な笑みをみせた。
「俺もおまえと同じなんだ」
「わたしより、ラファエルの方がずっと大変だよ……」
イリスは声を震わせて、俯いた。ラファエルがぎょっとする。
「おい。なんで泣くんだ」
嫌だったのか、と聞かれぶんぶん首を振る。嫌じゃない。嫌なわけない。
「わたし、ラファエルが結婚のためにそんなに頑張っていたなんてちっとも知らなかった」
「……イリス。さっきも言ったが、俺は別に嫌々騎士になったわけじゃない。自分で決めたんだ。おまえがいろいろ気に病む必要はないし、そんなの俺に対して失礼だ」
「うん。わかっている」
だから、とイリスは溢れてくる涙を拭って、ラファエルの両手を握った。
「ラファエルが後悔しているんじゃないってわかって、安心した」
そう言って微笑むイリスをじっと見つめていたラファエルは、おもむろに引き寄せ、涙で濡れたイリスの頬に自身の唇をそっと押し当てた。
「俺の選ばなかった道を、ずっと思っていてくれてありがとう」
そう言って微笑む彼の顔はとても穏やかで、きれいだった。イリスが声もなく見とれていると、コンコン、と扉をわざとらしく叩く音が外から聞こえた。
執事のパトリスか、お目付け役を任されたメイドだろう。ラファエルは抱擁を解き、椅子からさっと立ち上がった。
「そろそろ帰る。また、会いに来るから」
「……うん」
恥ずかしがって俯くイリスをラファエルは愛おしげに見つめ、それじゃあと帰って行った。
イリスはしばらくぼうっとしていたが、ふと思って、寝台から降りて窓際に寄る。帰ろうとしていたラファエルが偶然にもこちらを見上げ、手を振った。何かを呟いている。寝ていろ、だろうか。
彼らしいと思いながらイリスは笑みを零した。
(ラファエル。わたしも、あなたとの道を選ぶわ)
そしてそれはもう叶っている気がした。
ラファエルは本を机に戻すと、イリスに背を向ける形で寝台の縁に腰掛け、教えてくれた。
「昔、二人でずっと一緒にいようって話から、結婚すればいいって話になったこと、覚えているか?」
「……そんなことも、あったような」
たしかラファエルが泣いてばかりのイリスに呆れていたある日、「イリスは俺がいなかったら、どうするつもりなんだ」とたずねたことがあった。
イリスはラファエルと離れるなんて考えられない、ずっと一緒にいたいって涙ながらに訴えて、ラファエルが「じゃあ特別な関係になるしかないな」と言った。
特別な関係が何かと聞くと、彼は少し躊躇った後、恋人や夫婦の関係だと口にした。
それはどうやったらなれるのかとさらにたずねると、少年だったラファエルは一瞬かっと頬を染めて、「婚約して、結婚すればいい」と答えた。
そうしたら、大きくなった男女でも一緒に居て許されるからだ。
だからイリスはラファエルと結婚すると言った。それをラファエルが軽々しく決めるなと咎めて……
(あれ、でももっと別の話だったかな……)
なにせしょっちゅうそんなことを口にしては、将来一緒になろうという話をしていた。しかしそれはイリスにとってどこかふわふわとした夢のような約束でもあった。
ラファエルとずっと別れたくないためのその場しのぎの約束ではないかと、まだ幼い自分は残酷に決めつけていた。
「俺は父上にイリスと結婚したいと申し出た」
けれどラファエルはイリスよりずっと――少なくともその当時の年齢にしては、真剣にイリスとの結婚を実現させようと考えていた。
正式にラファエルが婚約者になったという事実は、いつの間にか互いの両親の間で決められていて、それをイリスはラファエルにそっけない口調で教えられて知った気がする。今思うと、あの時の彼は照れくさかったのだろう。
「シェファール侯爵の家へ父が話を持ちかけ、彼らも了承してくれて、俺たちは婚約者となった。でも俺は父からこの結婚は絶対とは限らないって釘を刺されていたんだ」
デュラン伯爵はすでに理解していたのだ。
シェファール家は自分たちより上の立場であり、より有利な条件が舞い込んできたら、婚約は解消されると。
「だから俺は手柄を立てて、侯爵に認めてもらおうと思った。王家の中枢で活躍するような人間になって、イリスの結婚相手として、将来有望な相手だと思ってくれるように。そのために、王立学校に通う予定だった」
けれど、ラファエルの父親は息子の考えを反対した。
「文官の道では、出世は見込めない……そこそこの地位を得ることはできても、デュラン家では頂上まで上りつめることはできないだろうって言われた」
「どうして?」
学校で優秀な成績さえ収めれば、爵位が低くても、下級役人に配属され、努力次第では大臣になれる道も開けていた。
「実は俺の祖父……先代伯爵が色々とやらかしたらしい」
先代伯というと、ラファエルの祖父にあたる人だ。
「いろいろって……悪いこと?」
汚職や金銭トラブルの類だろうか。
「いや、そういうのじゃない。祖父はなんていうか……すごく革新的というか、先進的な人だったんだ」
「先進的?」
「そう。例えば教育面において、今まで聖職者や修道院の人間たちに委ねていたのを、これからは別に切り離して、男女ともに同じ内容を学ばせていくべきだって議会に意見したらしい」
歴史を振り返ると、読み書きができるのは然るべき教育を施された王族や貴族を除いて、知識階級――聖職者や修道院の人間に多かった。
司祭は教会に通う村の子どもたちに神の教えを説き、聖書の読み方を授けた。年頃の娘たちは女子修道院の寄宿学校に入り、修道女たちが淑女として必要なことを学ばせた。
つまり教育と宗教は切っても切れない関係にあったわけだが、この繋がりをラファエルの祖父は切り離すべきだと強く訴えたのだ。
「聖職者と言っても、全員が全員、教えに長けたわけじゃない。実家の手伝いをして教会に通えない子どももいた。また教える内容も、神の教えに反していると判断されれば、学ぶこと自体禁じられた」
結局地域によって偏りがあり、学力の差はいつまでたっても埋まらない。
だから国の方で教育専門の学校を作り、幼い頃から学校に通わせることを義務化させようとした。そして女性にも高等教育レベルの学問を受けさせ、男性と同等の学力を身につけさせるべきだと提案した。
それがゆくゆくはこの国のためになると先代伯は考えていたそうだ。
「しかし祖父の考えは方々から非難された。特に教会や修道院関係の人間からは大いに恨みを買ったそうだ」
先代伯の提案した内容は彼らの役割を奪い、権威を脅かす改革でもあったからだ。
「けれど当時の国王陛下が祖父の考えにひどく共感し、……すべてとはいかなかったが、教育と宗教は別、という考えを根付かせることには成功した」
王立学校で男女ともに学ばせる授業が増えているのも、そうした考えに基づいてのことらしい。今はまだ上の身分に限定され、基本的には男女別に学ばせているらしいが、それでも大きな進歩だという。
「国王陛下の賛成を得られたら、大丈夫そうに思えるけれど……違うの?」
「確かに生きている間は庇ってもらえる。だが祖父はそんな王の力を過信して、次々と急進的な政策を推し進めて行った。周りが反対しても、国王に認められればよかった」
「でも、そんなやり方じゃ……」
その通りだ、とラファエルは頷いた。
「そんなやり方では結局周囲の恨みを募らせるしかなく、王が代わると、待っていたとばかりに彼らは反撃を開始した。今までの強引なやり方を議会で責め、祖父に政界から引退するよう迫った」
もはや王宮に先代伯の居場所はなく、仕方なく領地へと帰ったそうであるが……不満を持っていた貴族たちの恨みはそれで終わらなかった。
「俺の父も政治の世界に足を踏み入れようと試みたそうだが、どうでもいい役職にしか就かせてもらえず、貴族たちからは祖父のことで嫌味を言われて、二の舞になったら敵わないと発言権を持たないよう、出世できないよう仕組まれていたんだ」
「そんな……」
普通そこまでするだろうか。
「性格にも問題があったんだろう」
自分の祖父のことなのにさらりとラファエルは口にした。
……もしかすると、先代伯も今のラファエルのように大きな目標実現のためには自身が周囲からどう思われようと気にしない性質だったのではないだろうか。否定しないために誤解を重ね、より反感を買う羽目になってしまった。
「とにかく、そういうことがあったから、文官の道を志しても出世は難しいだろうって言われた。それなら騎士になって、戦場で武勲を立てようと決めたんだ」
初めて知った内容に、イリスは言葉を失った。
「けど、幸いなことに今は戦争もない。俺は幸運にもサミュエル殿下の目に留まり、護衛騎士とはなれたが……勲章を授かるまでにはなれていない。おまえの両親の納得も、得られなかったしな」
「なに、言っているの。とても、すごいことじゃない」
なによりラファエルの行動力にイリスは驚いた。
彼は自分がなりたいからとか、そういうのに一切構わず、ただイリスとの結婚を認めてもらうために、そのために可能性が高い騎士の道を志したという。
「ラファエルは……それでよかったの?」
「ああ。俺は別にどちらの道に進んでもよかった」
「でも、本当は植物学者になりたかったんじゃないの?」
「いや、それは、イリスに……」
そこまで言って、なぜかラファエルは口ごもる。
「やっぱり、わたしのせい?」
「違う。そうじゃなくて……植物学者になりたいと思ったのは、イリスに美味しい葡萄を食べさせてやりたいって思ったからだ」
またもや意外な理由にイリスは驚きっぱなしだ。
「どうして葡萄を……」
「だって、好きなんだろ」
「そりゃ好きだけど……」
だからって普通それを基準に将来の夢を決めるだろうか。イリスではなく、ラファエルの人生なのに。
「イリスだって、本当は修道院になんて行きたくなかっただろう」
「それは……でも、ラファエルと結婚するには神さまのもとで学ばないといけないって言われたんですもの」
「つまり俺のためだろう?」
「……そうね」
な、とラファエルは少年のように無邪気な笑みをみせた。
「俺もおまえと同じなんだ」
「わたしより、ラファエルの方がずっと大変だよ……」
イリスは声を震わせて、俯いた。ラファエルがぎょっとする。
「おい。なんで泣くんだ」
嫌だったのか、と聞かれぶんぶん首を振る。嫌じゃない。嫌なわけない。
「わたし、ラファエルが結婚のためにそんなに頑張っていたなんてちっとも知らなかった」
「……イリス。さっきも言ったが、俺は別に嫌々騎士になったわけじゃない。自分で決めたんだ。おまえがいろいろ気に病む必要はないし、そんなの俺に対して失礼だ」
「うん。わかっている」
だから、とイリスは溢れてくる涙を拭って、ラファエルの両手を握った。
「ラファエルが後悔しているんじゃないってわかって、安心した」
そう言って微笑むイリスをじっと見つめていたラファエルは、おもむろに引き寄せ、涙で濡れたイリスの頬に自身の唇をそっと押し当てた。
「俺の選ばなかった道を、ずっと思っていてくれてありがとう」
そう言って微笑む彼の顔はとても穏やかで、きれいだった。イリスが声もなく見とれていると、コンコン、と扉をわざとらしく叩く音が外から聞こえた。
執事のパトリスか、お目付け役を任されたメイドだろう。ラファエルは抱擁を解き、椅子からさっと立ち上がった。
「そろそろ帰る。また、会いに来るから」
「……うん」
恥ずかしがって俯くイリスをラファエルは愛おしげに見つめ、それじゃあと帰って行った。
イリスはしばらくぼうっとしていたが、ふと思って、寝台から降りて窓際に寄る。帰ろうとしていたラファエルが偶然にもこちらを見上げ、手を振った。何かを呟いている。寝ていろ、だろうか。
彼らしいと思いながらイリスは笑みを零した。
(ラファエル。わたしも、あなたとの道を選ぶわ)
そしてそれはもう叶っている気がした。
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