氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ

文字の大きさ
上 下
27 / 41

27、仲直りの帰り

しおりを挟む

「イリス」
「うん?」

 帰りの馬車でラファエルが緊張した声でたずねてくる。誤解はもう解けたはずなのに、まだ不安そうだ。

「どうしたの、ラファエル」
「いや、その……」

 いつも言いたいことははっきり述べるラファエルが珍しく口ごもっている。

「もう気にしていないよ」

 イリスがそう言うと、ラファエルは本当かというように目で問いかけてきた。彼女は本当だと頷いた。

「わたしの方こそ、疑ってごめんね」

 ベルティーユたちから話を聞いた時にラファエルがそんなことするはずないと思っていたけれど、もしかしたら……と疑ってしまった。

「わたし、ラファエルを信じるより、王女殿下たちの噂の方を信じてしまったの。婚約者であるわたしだけはラファエルのこと信じてあげなくちゃだめだったのに……ごめんなさい、ラファエル」

 落ち込むイリスに「そうだな」とどこか沈んだ声で彼は答えた。

「イリスには、俺のこと信じて欲しかったな……」
「うっ、でも、少しは疑う気持ちもあったの。ラファエルがそんな酷いことするはずないって……」
「けど、結局信じたからあの時俺を責めたんだろう?」

 傷ついた、と悲しそうな声で告げられ、イリスはますます罪悪感を刺激された。居ても立っても居られず、ラファエルの隣に席を移し、膝の上に置かれた手に自分のをそっと重ねる。

「本当にごめんなさい。今度からは絶対ラファエルのこと信じるわ」
「……本当か?」

 俯いていたラファエルがちらりとイリスを見る。彼女はこくこく頷いた。

「今は言葉だけだから信用できないかもしれないけれど、でも、もうラファエルのこと疑ったりしないわ。だから……お願い。わたしのこと、嫌いになったりしないで」

 ラファエルに嫌われたら……考えるだけでイリスは泣きたくなってきた。

「……ばか。こんなことで嫌いになったりするはずないだろ」

 ラファエルが呆れた顔をして、イリスをそっと抱きしめた。落ち着かせるように背中をぽんぽん叩かれ、彼女の涙腺はますます緩みそうだ。

「ほんとう?」
「本当だ。すまん。おまえがあんまり必死だから、少し揶揄いたくなった」
「じゃあ怒ってないの?」
「ああ、別に」

 なんだ、とイリスは胸をなで下ろした。

「でも、ひどい。揶揄うなんて……ほんとうに嫌われたらどうしようって、思ったんだから」
「俺がイリスのこと、嫌いになるはずないだろう」

 甘い声でそう言うと、ラファエルはイリスを強く抱きしめた。

「むしろ俺の方こそ、イリスに嫌われたんじゃないかって怖くてたまらなかった」
「ラファエルを嫌いになったりなんてしないわ」
「本当?」
「本当だよ」

 二人は真剣に顔を見合わせて、やがてふっと相好を崩した。

「前にもこんな話、したね」
「そうだな。また同じだ」
「ねぇ、ラファエル。……わたしたち、また喧嘩してしまうのかしら」
「あまりしたくはないが……一緒に暮らすってなったら、どうしたって些細なすれ違いや不満は生じてしまうだろうから、ないとは言い切れないな」
「そっか……」

 イリスは彼の肩口に頭を預けたまま、考えるように言った。

「ラファエル。あなた前に、王宮は怖い所だって言ったでしょう? わたし、今回のことでそれがどういう意味かわかった気がするわ」

 いろんな考えを持った人間がいるから、衝突しあったり、それが噂になったり、形を変えて人を貶めたり、傷つけることに繋がる。イリスは噂を鵜呑みにしてしまい、ラファエルと拗れる羽目になった。

 恐ろしい場所だ、とイリスは思った。

「ラファエルの忠告、もっときちんと頭に入れておけばよかったわ」
「イリスは今までそういった場所と疎遠だったんだ。それに慣れていても惑わされる人間は大勢いる。今回は仕方がないと思うぞ」

 だから今度は、とラファエルは続けた。

「聞くこと全部が正しいって思わず、その都度考えろ。悩んだら俺や信用できる人間に相談しろ」
「うん。次からはそうする」

 できれば今回みたいなことはこれっきりにしたい。

(難しいのかもしれないけれど)

「喧嘩している間、とても苦しかったの」

 たった一日だけだったけれど、ラファエルのことばかり考えてしまって、素直になれない自分が嫌で、彼に嫌われたらどうしようかと不安でたまらなかった。

「これからはそういうの、あんまりしたくないなぁ……」
「そうだな。でも……」
「でも?」
「喧嘩して仲直りするの、俺はあんまり嫌いじゃない」
「どうして?」

 ラファエルはイリスの目をじっと見つめて、「秘密だ」と悪戯っぽく微笑んだ。

「教えてくれないの?」
「ああ」
「意地悪」

 けれど、なんとなくわかる気がした。

(ラファエルのこと、好きなんだなって改めて思うもの)

 きっと彼も同じ気持ちだろう。
 イリスはそう思って、ラファエルに微笑んだ。彼もまた優しい目をして自分を見つめていた。


 シェファール家まで送り届けてもらい、少し休んでいけばとイリスは勧めたが、ラファエルは首を振った。

「仕事があるから、王宮にまた戻る」
「ねぇ、もしかして今日も、いろいろ無茶して来てくれたの?」
「夜勤を代わってもらっただけだ」

 気にするなと言われても、イリスは申し訳なかった。

「ラファエル。その、あまり無理して会わなくてもいいんだよ?」
「無理はしていない。それに今回はおまえとの仲を修復させるのに必要不可欠だった」

 大真面目な顔して言うものだから、イリスの方がなんだか恥ずかしくなってくる。

(殿下に対しても、同じように説明したのかしら……)

「今度王太子殿下にお会いしたらもう一度謝らないといけないわ……」
「いや、あの人は面白い体験をしたと思っているだろうから、おそらく大丈夫だ」
「そんなことは……」

 サミュエルの笑顔が浮かんで、ないとは言い切れなかった。

「王女殿下もだけど、王太子殿下も少し、変わった方だね……」
「そうだな」

 否定もせず、ラファエルは即答した。

「だが主君としては尊敬している」
「うん。……お仕事、頑張ってね」
「ああ」

 そう言って別れようとしたラファエルがふいに思い出したというようにこちらを振り返った。

「イリス。今度の休み、また会いに来るから空けておいてくれ」
「ええ、わかったわ」

 そう返事をすると、ラファエルは笑みを作り、じゃあなと帰って行った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。

たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。 その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。 スティーブはアルク国に留学してしまった。 セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。 本人は全く気がついていないが騎士団員の間では 『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。 そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。 お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。 本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。 そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度…… 始めの数話は幼い頃の出会い。 そして結婚1年間の話。 再会と続きます。

月が隠れるとき

いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。 その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。 という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。 小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

【完結】母になります。

たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。 この子、わたしの子供なの? 旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら? ふふっ、でも、可愛いわよね? わたしとお友達にならない? 事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。 ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ! だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...