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25、噂の正体
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「それはそう、ですけど……」
「だろう? 断るということは、そんな彼女たちの乙女心を無下にするということだ。残酷で、酷い仕打ちじゃないか。だから私がびや……惚れ薬を飲むくらい、些細な問題だと思わないか?」
なぁ、ラファエルと問えば、彼は目を吊り上げた。
「大問題です! もしそれが惚れ薬ではなく毒だったりしたら、一体どうするおつもりですか!」
「大丈夫だ。王家の人間として、毒に対する耐性は小さい頃からつけている」
さらりと衝撃的な過去を打ち明けたサミュエルにラファエルは意表を突かれたように黙り込んだ。苦虫を噛み潰したような顔をして、サミュエルから目を逸らす。
「貴方がそんな調子だから、私たちも常に目を光らせておく必要があるんですよ」
「ああ。だからラファエルや他の騎士たちにもいつも感謝している。ありがとう」
そう言われては、ラファエルももう何も言えないだろう。
頭が痛い、と額を押さえて呻く幼馴染の背中を、イリスは労わるようにそっと撫でた。
「大変なんだね、ラファエル」
「……ああ、すごくな。未婚の令嬢相手なら、保護者に言ってある程度取り締まる事ができるが、これが夫人相手となると対処が難しくなる」
「もう結婚した女性まで殿下に言い寄るの?」
教会で神に誓った相手がいるというのに、どうして夫以外の男性にそういうことをするのだろう。イリスは理解を通り越して、嫌悪感が湧いた。
「どうしてそんなことするの?」
「それは……」
「いろんな理由があるんだよ、イリス嬢」
笑うようにサミュエルは言ったけれど、その顔はイリスよりもずっと大人びていて、多くのことを経験してきたように見えた。
彼の言ういろんな理由とやらをイリスは詳しく知りたい気もしたけれど、今はまだ少し怖くて、それ以上たずねることを拒む自分がいた。
「相手の女性にどんな理由があれ、まだ結婚していない殿下によからぬ噂が立つのはよくない。今後の婚姻にも支障をきたす場合がある」
「……そういう相手には、どう対処するの?」
「やんわり断っても都合のいいように解釈されるから、はっきりと断るのがいい」
はっきり……
「二度と現れるな、とラファエルは言ったことがあったな」
(それってどこかで……)
『特に女性に対してはそっけなくて、俺の前に二度と現れるなって――』
「あっ」
以前茶会でベルティーユたちが話していた内容ではないか。
(でも彼女たちは……)
「夫人に迫られたのはラファエルじゃないの?」
「違う。迫られたのは殿下だ。俺じゃない」
「そう、なの?」
「ああ。俺は殿下相手に夫人がしつこく迫るから、それ以上近づかれてはこちらもただではすまないということを、職務上言っただけだ」
つまり「二度と現れるな」というのは「二度とサミュエル殿下の前に現れるな」という意味だったらしい。
イリスは驚いて彼の顔をまじまじと見つめた。
「じゃあ、お菓子をもらって毒がないか調べる、っていうのは……」
「俺ではなく、殿下がもらった話だ。俺は菓子なんかもらったりしない」
「手紙をその場で破り捨てた、ってのは……」
「それも俺じゃなくて、殿下宛ての手紙だ。二人きりで会いたいっていう逢引の誘い。しかも差出人はすでに婚約者がいる令嬢だ。ばれたら酷い醜聞沙汰になるような高位貴族からの、な」
「まぁ……」
ラファエルに寄せられていた好意はすべてサミュエルへ向けたものだったのだ。
「あくまでもラファエルはこっそり処分したのに、なぜか目の前で破り捨てられたことになっている」
「殿下が約束の場所に現れず、私に逆恨みをした女性があえてそう言ったのでしょう」
「そんな……わたしてっきり、王女殿下がおっしゃったことは本当だと……」
王女たちもまた、ラファエルが本当にやった出来事だと思っているようだった。
「ベルティーユがラファエルと会うことはそうないからな。実際何が起きているか、よく知らないのだろう」
「えっ、そうなんですか?」
てっきり頻繁に顔を見合わせていると思っていた。
「俺はあくまでも殿下の護衛だ。仮に王女殿下と会うことはあっても、気軽に話すことはない」
「他の護衛もいるからな。あまり贔屓してしまうとかえって軋轢を生じかねないし、人の目があるところでは主と臣下の立場を守るようにしているんだ」
人の目があるところでは……
「でも、舞踏会では思いっきり話しかけているような気がしましたが」
「あの時は護衛ではなく、きみの婚約者として参加していたからな。臣下ではなく、友人という立ち位置だ」
仕事とプライベートは別、ということだろうか。
しかしイリスにはまだ気になることがあった。
「あの、ベルティーユ様のラファエルに向ける感情はどういうものなのでしょうか」
「だろう? 断るということは、そんな彼女たちの乙女心を無下にするということだ。残酷で、酷い仕打ちじゃないか。だから私がびや……惚れ薬を飲むくらい、些細な問題だと思わないか?」
なぁ、ラファエルと問えば、彼は目を吊り上げた。
「大問題です! もしそれが惚れ薬ではなく毒だったりしたら、一体どうするおつもりですか!」
「大丈夫だ。王家の人間として、毒に対する耐性は小さい頃からつけている」
さらりと衝撃的な過去を打ち明けたサミュエルにラファエルは意表を突かれたように黙り込んだ。苦虫を噛み潰したような顔をして、サミュエルから目を逸らす。
「貴方がそんな調子だから、私たちも常に目を光らせておく必要があるんですよ」
「ああ。だからラファエルや他の騎士たちにもいつも感謝している。ありがとう」
そう言われては、ラファエルももう何も言えないだろう。
頭が痛い、と額を押さえて呻く幼馴染の背中を、イリスは労わるようにそっと撫でた。
「大変なんだね、ラファエル」
「……ああ、すごくな。未婚の令嬢相手なら、保護者に言ってある程度取り締まる事ができるが、これが夫人相手となると対処が難しくなる」
「もう結婚した女性まで殿下に言い寄るの?」
教会で神に誓った相手がいるというのに、どうして夫以外の男性にそういうことをするのだろう。イリスは理解を通り越して、嫌悪感が湧いた。
「どうしてそんなことするの?」
「それは……」
「いろんな理由があるんだよ、イリス嬢」
笑うようにサミュエルは言ったけれど、その顔はイリスよりもずっと大人びていて、多くのことを経験してきたように見えた。
彼の言ういろんな理由とやらをイリスは詳しく知りたい気もしたけれど、今はまだ少し怖くて、それ以上たずねることを拒む自分がいた。
「相手の女性にどんな理由があれ、まだ結婚していない殿下によからぬ噂が立つのはよくない。今後の婚姻にも支障をきたす場合がある」
「……そういう相手には、どう対処するの?」
「やんわり断っても都合のいいように解釈されるから、はっきりと断るのがいい」
はっきり……
「二度と現れるな、とラファエルは言ったことがあったな」
(それってどこかで……)
『特に女性に対してはそっけなくて、俺の前に二度と現れるなって――』
「あっ」
以前茶会でベルティーユたちが話していた内容ではないか。
(でも彼女たちは……)
「夫人に迫られたのはラファエルじゃないの?」
「違う。迫られたのは殿下だ。俺じゃない」
「そう、なの?」
「ああ。俺は殿下相手に夫人がしつこく迫るから、それ以上近づかれてはこちらもただではすまないということを、職務上言っただけだ」
つまり「二度と現れるな」というのは「二度とサミュエル殿下の前に現れるな」という意味だったらしい。
イリスは驚いて彼の顔をまじまじと見つめた。
「じゃあ、お菓子をもらって毒がないか調べる、っていうのは……」
「俺ではなく、殿下がもらった話だ。俺は菓子なんかもらったりしない」
「手紙をその場で破り捨てた、ってのは……」
「それも俺じゃなくて、殿下宛ての手紙だ。二人きりで会いたいっていう逢引の誘い。しかも差出人はすでに婚約者がいる令嬢だ。ばれたら酷い醜聞沙汰になるような高位貴族からの、な」
「まぁ……」
ラファエルに寄せられていた好意はすべてサミュエルへ向けたものだったのだ。
「あくまでもラファエルはこっそり処分したのに、なぜか目の前で破り捨てられたことになっている」
「殿下が約束の場所に現れず、私に逆恨みをした女性があえてそう言ったのでしょう」
「そんな……わたしてっきり、王女殿下がおっしゃったことは本当だと……」
王女たちもまた、ラファエルが本当にやった出来事だと思っているようだった。
「ベルティーユがラファエルと会うことはそうないからな。実際何が起きているか、よく知らないのだろう」
「えっ、そうなんですか?」
てっきり頻繁に顔を見合わせていると思っていた。
「俺はあくまでも殿下の護衛だ。仮に王女殿下と会うことはあっても、気軽に話すことはない」
「他の護衛もいるからな。あまり贔屓してしまうとかえって軋轢を生じかねないし、人の目があるところでは主と臣下の立場を守るようにしているんだ」
人の目があるところでは……
「でも、舞踏会では思いっきり話しかけているような気がしましたが」
「あの時は護衛ではなく、きみの婚約者として参加していたからな。臣下ではなく、友人という立ち位置だ」
仕事とプライベートは別、ということだろうか。
しかしイリスにはまだ気になることがあった。
「あの、ベルティーユ様のラファエルに向ける感情はどういうものなのでしょうか」
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