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24、もてる王太子

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「殿下。失礼致しました」

「いやいや実に興味深いものを見せてもらった。最初はおまえの見たこともない表情を見られて面白く思っていたが、次第に自分は何を見せられているのか、という心情になっていってな、これがいわゆる当てられた、というやつだなと実感していたところだ」

「あの、殿下。本当に申し訳ありません」

 イリスも恥ずかしさと申し訳なさで謝ると、サミュエルはいいんだと手を振った。

「そもそもきみたちの仲を拗らせる原因になったのが、私にあったようだからな。ラファエルが落ち込んでいるのは、私も見ていられなかった」
「ラファエルが?」
「そうだ。どんよりとした雰囲気でな、普段の彼なら絶対しないミスを連発して、」
「まぁ」
「それで私がどうしたかとたずねると、いきなり私に時間をくれと言い出してな、愛する婚約者に誤解されてしまってもう何も手につかないと、」
「殿下」

 ラファエルが怖い顔をして遮る。

「っと、悪い、悪い。とにかくイリス嬢。私の余計な発言のせいできみたち二人の仲を拗れさせてしまってすまない」
「そんな……殿下のせいではありません」

 イリスが否定しても、サミュエルは「そうとも言えないんだ」と困ったように否定した。

「ラファエルの“氷の騎士”の名を広めてしまう原因も、私にあるんだ」
「殿下に?」

 一体どういうことだ、とイリスが思っているとラファエルが引き継いだ。

「イリス。サミュエル殿下は非常に女性にもてる」
「もてる?」
「そうだ」

 大真面目で頷くラファエルに、未だ話の趣旨が掴めない。

「王子様だから、それはもてるだろうね?」

 ラファエルほどではないが、サミュエルも美しい容姿をしている。おまけに王子という地位だ。人気なのはさも当然ではなかろうか。

「イリスが想像している百倍は人気だ」
「百倍……」
「それはいくら何でも言い過ぎではないか、ラファエル?」

 髪をかき上げながらサミュエルが訂正する。あまりそう思っていない仕草であった。

「いいえ、全く。貴方は隙あらば女性に言い寄られる生活を送っておられます」
「隙あらば……」

 そういえば、とイリスは思い出す。

「お茶会の時、すごく歓迎されているご様子だったわ」
「だろう? あんなのまだ序の口だ」
「あれで?」
「そうだ。本気で王太子殿下の伴侶に選ばれようとする者はもっと積極的だ」

 つまりサミュエルの妃を狙っている女性がたくさんいるわけだ。それは個人の願望もあるだろうし、家の事情を背負った者もいるだろう。

「幸いにも……と言っていいかわからんが、殿下にはまだ決まった相手はいない。だからこそ自分が、と立候補したがる女性がいすぎて、毎日俺たち護衛の人間が苦労しているんだが……」

 疲れの滲んだ顔でラファエルはため息をつく。
 彼が日頃大変な苦労を強いられていることはよくわかったが、イリスにはいまいちよくわからなかった。

「それって例えば、どんな感じなの?」

 教えて、とイリスが純粋な好奇心からたずねると、ラファエルは少し躊躇した。

「あまりおまえの耳には入れたくないが……そうだな。例えば以前、びや……惚れ薬を混ぜて作ったという焼き菓子を殿下に食べさせようとしたことがある」
「惚れ薬!」

 昔読んだ絵本に、悪い魔女が王子を誑かそうとして惚れ薬を作る話があった。お伽話だけに出てくるアイテムが実際にもあると知って、イリスは少し胸が躍った。

「ほんとにそんな薬あるんだね」
「あ、ああ。世の中には妖しい薬がたくさんあるんだ」

 おまえも気をつけろよ、と注意され、イリスはこくこく頷いた。

「でも惚れ薬なんて大変……殿下はそのお菓子を食べずに済んだの?」
「ああ。普通王族の口に入れるものは毒味をさせるから、殿下が口にする前に回収して、他の人間に食べさせたんだ」
「えっ、食べちゃったの? じゃあその人はお菓子をあげた子に惚れちゃって、企みがばれたということ?」
「いや、それは……」

 突然ごにょごにょと口ごもるラファエルに、イリスはどういうこと? とどこまでも純粋な気持ちでたずねた。

「ラファエル。私が代わりに教えてあげようか?」

 なぜか笑いをかみ殺している様子のサミュエルが横から口を挟む。ラファエルは軽蔑したような顔で「けっこうです」と即座に断った。

「殿下は余計なことを言わず、黙っていて下さい」
「遠慮せずとも、」
「貴方の言葉でイリスが汚れますから」
「その言い方、酷くないか?」
「いいえ、ちっとも。イリスを守るためですから」
「あまり過保護すぎるのも、良くないと思うぞ」

 サミュエルの抗議を無視し、「とにかく!」とラファエルは強引にこの話を終わらせようとする。

「そういうことがあったから、殿下が飲食物を知らない人間から受け取らないよう、護衛の間で取り決めたんだ」
「もらうのもダメなの?」
「厳しいだろう?」

 愚痴を零すサミュエル。ラファエルは何を言っているのだという口調で主君を窘めた。

「そうでもしないと、貴方はその場で口にしようとするでしょう」
「それは仕方ない。相手の女性がわざわざ私のために、一生懸命作ってくれたのだ」
「貴族の女性が自ら厨房に立つわけないでしょう。料理人に作らせたに決まっています」

 たしかに貴族の令嬢が料理することなどまずない。それは使用人の仕事であり、手を出すことは彼らの仕事を奪い、自分の貴族としての品位を下げる行いだと見なされていたから。

「そんなのわからないさ。中には物好きの女性もいるかもしれない」
「十人も二十人もそんな令嬢いません」
「一人くらいは、いるということだ」

 サミュエルが軽快に言い返す度、ラファエルの顔は険しさを増す。
 しかしベルティーユの兄というだけあって、彼もラファエルの顔色などちっとも気にしていない様子で話を続ける。

「それにな、ラファエル。手作りであろうと、そうでなかろうと、別に私はどちらでも構わない。大切なことは、作り方ではない。私に食べて欲しいと、緊張した、けれどとても可愛らしい表情で彼女たちがお願いしたこと。決死の想いで私に伝えたこと。忘れてならないのは、そういった気持ちだ」

 なぁ、イリス嬢? とイリスはサミュエルに意見を求められた。

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