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21、アナベルの意見
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「アナベルさん。辛辣だわ……」
「あら、思ったことをはっきり言ってあげるのが、友人というものではなくて?」
「こういう時に友人って言葉を使うのはずるいわ」
ふん、とアナベルがまたそっぽを向く。
「あんな顔のいい婚約者がすでにいるのに、貴女がいつまでたってもうじうじ考えているのが悪いのよ」
「……うじうじ考えているかしら、わたし」
「考えているわよ。ついでに茶会の帰りに、馬車の前でみっともなく喧嘩している姿を晒した所も、わたくしどうかと思うわ」
「えっ、アナベルさん昨日の見ていたの!?」
「ええ。偶然ね。わたくし以外にも見ている方はいらしたんじゃないかしら」
(うそ……)
恥ずかしい、とイリスは顔を両手で覆って呻いた。
「……アナベルさん」
「なぁに?」
「わたし、ラファエルと喧嘩してしまったの」
「見ればわかるわよ」
うん、とイリスは手をどけて、困ったようにアナベルを見つめた。
「わたしたち、ずっと幼い頃から結婚するって約束していたんだけれど」
「惚気なの?」
「わたしがこちらへ帰ってきてから、お母さまたちはラファエル以外の男性にも目を向けなさいって言って……王宮ではラファエルが氷の騎士って呼ばれていて、王女殿下やご令嬢たちにも人気らしくて……でも、ラファエルはそのことにちっとも自覚がないようで……」
「だから?」
「不安になってしまったの。本当にラファエルと結婚できるか、お母さまたちをきちんと説得できるかどうか、ラファエルが他の女性と何かあったらどうしようとか……そんな、どうしようもない、些細なことばかり考えてしまって……」
アナベルがはぁと深いため意をついた。イリスはびくっと肩を震わせ、「ごめんね」と謝った。
「こんなこと、アナベルさんに言っても困るだけだよね」
「本当よ」
「うっ、本当にごめんなさい……」
「わたくしに言ってどうするのよ。そういうことは貴女の婚約者に伝えなさいよ」
いいこと? とアナベルが言う。
「貴女たちはいずれ夫婦になるんだから。当人同士の問題は当人同士で解決するしかないでしょ。不満や不安も言えない夫婦の仲なんて、すれ違いの始まりで、取り返しのつかないほど拗れてしまって、最後には破綻するだけよ」
「……アナベルさんの言葉、なんだか説得力あるね」
「当然よ。わたくしのお母様とお父様たちの自論なんですから」
たしか彼女の母親は男爵令嬢で、父親は平民である。いくら商人で、お金持ちだからといって、決して平坦な道とは言えなかっただろう。
「言っておきますけど、二人ともとっても仲睦まじいのよ」
「そうなの?」
「ええ。もちろんですわ。巷では金や爵位目当ての結婚だなんて言われてるけれど……」
「違うの?」
「……まぁ、多少そういう打算的な考えはあったでしょうね。なにせお金や名誉は大切だもの。たとえ貧乏でも幸せになれるなんて、わたくしはただの負け惜しみだと思っているわ」
「そうかなぁ……」
お金がなくとも幸せな恋人や夫婦はいる。その方が夢があっていいなぁとイリスは思ったが、アナベルは違うようだ。
「ともかく! お互い得るものはあったとしても、まず何よりお二人は恋に落ちたの。愛していたの。だからたとえ大変なことが待っていようと、結婚しようと決めたの。それを履き違えないでちょうだい」
大事なことだと言わんばかりにアナベルは語気を強めた。
誤解して欲しくないのだろう。
(ご両親のこと、大切に思っていらっしゃるのね……)
「わかったわ、アナベルさん。あなたのご両親が深く愛し合った末に結ばれたこと、きちんと覚えておくわ」
イリスがしっかりそう伝えると、アナベルは満足そうな、誇らしげな顔をした。気の強い少女の意外な一面を見た気がして、イリスは微笑ましく思う。
「アナベルさんも、ご両親のような素敵な出会いがあるといいね」
「ええ。そのためにずっと努力してきましたもの。必ずこの手で掴み取ってみせますわ」
「そ、そっか……」
ガシッと空を掴む動作をするアナベルに、逞しいな、とイリスが少し圧倒されていると、彼女は「貴女もよ」と言い放った。
「婚約者であることに胡坐をかいていたら、横から掻っ攫われるわよ」
「それは……ラファエルが?」
「他に誰がいるっていうのよ」
イリスは慌てて「でも!」と言った。
「さっき、ラファエルは結婚相手には嫌厭されるって……」
「あら。全員が全員そうとは限らないわよ。中には顔と家柄だけを目当てに近づく女性だっているかもしれないんだから」
「そんな人、いるの?」
「いるに決まっているじゃない」
逆にどうしていないと思うわけ? とアナベルは呆れた顔をする。
「貴女だって、あのお茶会で、ご令嬢たちが王太子殿下相手にぐいぐい迫っている姿見たでしょう? あれをもっと積極的に行う女性だっているはずよ。それこそ見栄も外聞も捨ててね」
周囲の視線など気にせず、ラファエルに迫る女性……。
「そんなの、嫌だわ……」
自分以外の女性がラファエルにべたべた触るなど、イリスは考えるだけで嫌だ。
「だったら戦うのよ」
「戦う?」
「そうよ。女性には女性の戦い方があるの。貴女がラファエル様の特別ですって周りにアピールして、他の女性になんか絶対渡さないわよって相手の女に突き付けてやるの」
どうやって……と聞こうしたイリスは何やら部屋の外が騒がしいのに気づいた。何かしら、と腰を上げかけると同時に、扉が乱暴に開かれる。その顔を見て、イリスは「まぁ」と声を上げた。
「ラファエル。一体どうしたの?」
「あら、思ったことをはっきり言ってあげるのが、友人というものではなくて?」
「こういう時に友人って言葉を使うのはずるいわ」
ふん、とアナベルがまたそっぽを向く。
「あんな顔のいい婚約者がすでにいるのに、貴女がいつまでたってもうじうじ考えているのが悪いのよ」
「……うじうじ考えているかしら、わたし」
「考えているわよ。ついでに茶会の帰りに、馬車の前でみっともなく喧嘩している姿を晒した所も、わたくしどうかと思うわ」
「えっ、アナベルさん昨日の見ていたの!?」
「ええ。偶然ね。わたくし以外にも見ている方はいらしたんじゃないかしら」
(うそ……)
恥ずかしい、とイリスは顔を両手で覆って呻いた。
「……アナベルさん」
「なぁに?」
「わたし、ラファエルと喧嘩してしまったの」
「見ればわかるわよ」
うん、とイリスは手をどけて、困ったようにアナベルを見つめた。
「わたしたち、ずっと幼い頃から結婚するって約束していたんだけれど」
「惚気なの?」
「わたしがこちらへ帰ってきてから、お母さまたちはラファエル以外の男性にも目を向けなさいって言って……王宮ではラファエルが氷の騎士って呼ばれていて、王女殿下やご令嬢たちにも人気らしくて……でも、ラファエルはそのことにちっとも自覚がないようで……」
「だから?」
「不安になってしまったの。本当にラファエルと結婚できるか、お母さまたちをきちんと説得できるかどうか、ラファエルが他の女性と何かあったらどうしようとか……そんな、どうしようもない、些細なことばかり考えてしまって……」
アナベルがはぁと深いため意をついた。イリスはびくっと肩を震わせ、「ごめんね」と謝った。
「こんなこと、アナベルさんに言っても困るだけだよね」
「本当よ」
「うっ、本当にごめんなさい……」
「わたくしに言ってどうするのよ。そういうことは貴女の婚約者に伝えなさいよ」
いいこと? とアナベルが言う。
「貴女たちはいずれ夫婦になるんだから。当人同士の問題は当人同士で解決するしかないでしょ。不満や不安も言えない夫婦の仲なんて、すれ違いの始まりで、取り返しのつかないほど拗れてしまって、最後には破綻するだけよ」
「……アナベルさんの言葉、なんだか説得力あるね」
「当然よ。わたくしのお母様とお父様たちの自論なんですから」
たしか彼女の母親は男爵令嬢で、父親は平民である。いくら商人で、お金持ちだからといって、決して平坦な道とは言えなかっただろう。
「言っておきますけど、二人ともとっても仲睦まじいのよ」
「そうなの?」
「ええ。もちろんですわ。巷では金や爵位目当ての結婚だなんて言われてるけれど……」
「違うの?」
「……まぁ、多少そういう打算的な考えはあったでしょうね。なにせお金や名誉は大切だもの。たとえ貧乏でも幸せになれるなんて、わたくしはただの負け惜しみだと思っているわ」
「そうかなぁ……」
お金がなくとも幸せな恋人や夫婦はいる。その方が夢があっていいなぁとイリスは思ったが、アナベルは違うようだ。
「ともかく! お互い得るものはあったとしても、まず何よりお二人は恋に落ちたの。愛していたの。だからたとえ大変なことが待っていようと、結婚しようと決めたの。それを履き違えないでちょうだい」
大事なことだと言わんばかりにアナベルは語気を強めた。
誤解して欲しくないのだろう。
(ご両親のこと、大切に思っていらっしゃるのね……)
「わかったわ、アナベルさん。あなたのご両親が深く愛し合った末に結ばれたこと、きちんと覚えておくわ」
イリスがしっかりそう伝えると、アナベルは満足そうな、誇らしげな顔をした。気の強い少女の意外な一面を見た気がして、イリスは微笑ましく思う。
「アナベルさんも、ご両親のような素敵な出会いがあるといいね」
「ええ。そのためにずっと努力してきましたもの。必ずこの手で掴み取ってみせますわ」
「そ、そっか……」
ガシッと空を掴む動作をするアナベルに、逞しいな、とイリスが少し圧倒されていると、彼女は「貴女もよ」と言い放った。
「婚約者であることに胡坐をかいていたら、横から掻っ攫われるわよ」
「それは……ラファエルが?」
「他に誰がいるっていうのよ」
イリスは慌てて「でも!」と言った。
「さっき、ラファエルは結婚相手には嫌厭されるって……」
「あら。全員が全員そうとは限らないわよ。中には顔と家柄だけを目当てに近づく女性だっているかもしれないんだから」
「そんな人、いるの?」
「いるに決まっているじゃない」
逆にどうしていないと思うわけ? とアナベルは呆れた顔をする。
「貴女だって、あのお茶会で、ご令嬢たちが王太子殿下相手にぐいぐい迫っている姿見たでしょう? あれをもっと積極的に行う女性だっているはずよ。それこそ見栄も外聞も捨ててね」
周囲の視線など気にせず、ラファエルに迫る女性……。
「そんなの、嫌だわ……」
自分以外の女性がラファエルにべたべた触るなど、イリスは考えるだけで嫌だ。
「だったら戦うのよ」
「戦う?」
「そうよ。女性には女性の戦い方があるの。貴女がラファエル様の特別ですって周りにアピールして、他の女性になんか絶対渡さないわよって相手の女に突き付けてやるの」
どうやって……と聞こうしたイリスは何やら部屋の外が騒がしいのに気づいた。何かしら、と腰を上げかけると同時に、扉が乱暴に開かれる。その顔を見て、イリスは「まぁ」と声を上げた。
「ラファエル。一体どうしたの?」
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