20 / 41
20、アナベルとの会話
しおりを挟む
「アナベルさんとこうしてお茶をするのは初めてよね」
「……そうね」
アナベルは居心地悪そうに身を動かした。それを見てイリスは不安になる。
「ひょっとしてお口に合わないかしら」
イリスの気に入った茶を淹れさせたのだが、アナベルの口には合わなかっただろうか。
「いいえ、わたくしもこのお茶、好きだわ」
「ほんと? よかった」
安心してイリスが微笑めば、アナベルは何とも言えない微妙な顔をした。
「アナベルさん?」
どうかしたの? とたずねれば、彼女は手にしていたカップをソーサーの上に置き、こぼれた髪を耳にかけた。
「いいえ。ただ、学生時代のことを考えれば、今こうして貴方とお茶しているのが本当に信じられなくて」
アナベルは空色の瞳でじっとイリスを見つめた。
「貴女、わたくしのこと嫌っていたでしょう?」
「えっと……」
「隠さないでいいのよ。朝の奉仕活動が一緒になった時とか、いつも怯えた態度でわたくしに接していたもの」
「うっ……」
気づかれていた。
「……ええ、ごめんなさい。正直、アナベルさんのことは怖いと思っていたわ」
「そうでしょうね」
「でも……苦手だったけれど、決して嫌いではなかった……と思う」
「あら。上手い言い訳ね」
ふん、とそっぽを向く彼女に、イリスは本当だよと必死で言った。
「すごいなって、思っていたよ。勉強や掃除も、誰に言われなくてもきちんとやっていたし、規律だって少しも破らないよう努力していたもの」
「そんなの、当たり前のことでしょ」
「うん。そうなんだけど、その当たり前が難しいんだと思う」
つい仲の良い子たちと話し込んでしまって、先生に叱られることの多かったイリスは、いつも真面目な生活を心がけているアナベルに感心していた。
思うに彼女が陰でいろいろ言われていたのも、そうした態度を揶揄する心があったからかもしれない。
「それにアナベルさんが言っていること、言葉や言い方はきついけれど、ほとんど正しいことばかりだったもの」
「わたくしだって、別にいつも品行方正なわけではなかったわ」
「そうなの? ……そう言えば、みんなでラファエルのことを話していた時は会話に入ったきたし、王宮でご令嬢たちの話も熱心に聞いていたような……やっぱりアナベルさんもそういうことには興味あるんだね」
イリスがそう言うと、アナベルは一瞬狼狽えたが、すぐに「そうよ」と開き直った様子で認めた。
「だって気になるじゃない」
わたしも、とイリスは打ち明けた。
「でもわたし、彼女たちの話を聞いてとても驚いてしまったわ。都会の殿方ってもう少し素敵な方だと思っていたのに」
「しょせん男は顔だけじゃないってことね。いい勉強になったわ」
「アナベルさんは将来どんな方とお付き合いしたいの?」
「結婚する人間はお父様が決めることだから、その質問はあまり意味がないように思うけれど……そうね、強いて言うなら、わたくしより美しくない男がいいかしら」
「えっ?」
アナベルより美しくない男?
「アナベルさんより美しい男、ではなくて?」
「いいえ。美しくない男よ」
イリスは目を真ん丸と見開いた。
「なによ、その信じられないという顔は」
「えっと、なんだか意外で……」
彼女のことだから、自分の隣に立っても見劣りしない容姿の美しい人間を条件にあげると思っていた。
「自分より美しい男が隣にいたら、そちらにばかり目が行くじゃない」
「だめなの?」
「だめよ、そんなの。夫が妻より目立つなんて許しがたいわ」
「はぁ……」
そういうものなのだろうか?
学校では妻は夫を立てるもの、なんて教えられたが、アナベルの考えはその真逆である。
「わたくしはね、イリスさん。夫にはわたくしという存在を崇め立てるように、接して欲しいと思っていますの」
「崇め立てる……それはアナベルさんのことを神様のように思うってこと?」
「そうよ。わたくしの顔を見るたびに自分はなんて美しい人と結婚できたのかと幸福を噛みしめて欲しいの。わたくしはそんな夫を深く愛するわ。それで周りも、わたくしたち夫婦を見て、あの夫婦はなんて素晴らしいのだろうって感激するのよ」
完璧ではなくて? とアナベルは自信たっぷりに、夢見るように言った。
(アナベルさん、こんなこと考えている人だったんだなぁ……)
ラファエルが見かけで人を判断するなと昔言っていたが、全くもってその通りだと今の話を聞いて思った。
「じゃあ、アナベルさんにとって、王太子殿下やラファエルのような人間は対象外ということ?」
「ええ。論外ね。お二人とも、とても素敵なお顔立ちだけど、一緒に並んでいたら絶対にわたくしの存在が霞んでしまうし、なんであんな女が? って女性陣からの妬みを買う可能性が高いもの」
アナベルは冷静に自分とサミュエルたちの容姿を分析した。
「特に貴女の婚約者は、絶対に勘弁願いたいわ」
「はぁ……」
勘弁願いたいと言われても、すでに彼はイリスの婚約者であるからアナベルの心配は杞憂である。
(でもここまで言われるラファエルの美貌って……)
イリスはラファエルの隣に立つのが不安になってきた。
「まぁ、ラファエル様は容姿の件を抜きにしても、いろいろ怖い噂があるようだから、結婚相手には嫌厭されているようだけれど」
「でも、冷たく拒絶する必要があるくらいには言い募られているわ」
ラファエルとの喧嘩を思い出し、ついイリスは棘のある口調でそう返していた。
「あら、貴女もそんな顔できるのね」
「そんな顔って?」
「嫉妬で歪む、醜い顔」
とっても不細工よ、と言われイリスは思わず頬に手をやる。ふふ、とアナベルが初めて面白そうに笑った。
「……そうね」
アナベルは居心地悪そうに身を動かした。それを見てイリスは不安になる。
「ひょっとしてお口に合わないかしら」
イリスの気に入った茶を淹れさせたのだが、アナベルの口には合わなかっただろうか。
「いいえ、わたくしもこのお茶、好きだわ」
「ほんと? よかった」
安心してイリスが微笑めば、アナベルは何とも言えない微妙な顔をした。
「アナベルさん?」
どうかしたの? とたずねれば、彼女は手にしていたカップをソーサーの上に置き、こぼれた髪を耳にかけた。
「いいえ。ただ、学生時代のことを考えれば、今こうして貴方とお茶しているのが本当に信じられなくて」
アナベルは空色の瞳でじっとイリスを見つめた。
「貴女、わたくしのこと嫌っていたでしょう?」
「えっと……」
「隠さないでいいのよ。朝の奉仕活動が一緒になった時とか、いつも怯えた態度でわたくしに接していたもの」
「うっ……」
気づかれていた。
「……ええ、ごめんなさい。正直、アナベルさんのことは怖いと思っていたわ」
「そうでしょうね」
「でも……苦手だったけれど、決して嫌いではなかった……と思う」
「あら。上手い言い訳ね」
ふん、とそっぽを向く彼女に、イリスは本当だよと必死で言った。
「すごいなって、思っていたよ。勉強や掃除も、誰に言われなくてもきちんとやっていたし、規律だって少しも破らないよう努力していたもの」
「そんなの、当たり前のことでしょ」
「うん。そうなんだけど、その当たり前が難しいんだと思う」
つい仲の良い子たちと話し込んでしまって、先生に叱られることの多かったイリスは、いつも真面目な生活を心がけているアナベルに感心していた。
思うに彼女が陰でいろいろ言われていたのも、そうした態度を揶揄する心があったからかもしれない。
「それにアナベルさんが言っていること、言葉や言い方はきついけれど、ほとんど正しいことばかりだったもの」
「わたくしだって、別にいつも品行方正なわけではなかったわ」
「そうなの? ……そう言えば、みんなでラファエルのことを話していた時は会話に入ったきたし、王宮でご令嬢たちの話も熱心に聞いていたような……やっぱりアナベルさんもそういうことには興味あるんだね」
イリスがそう言うと、アナベルは一瞬狼狽えたが、すぐに「そうよ」と開き直った様子で認めた。
「だって気になるじゃない」
わたしも、とイリスは打ち明けた。
「でもわたし、彼女たちの話を聞いてとても驚いてしまったわ。都会の殿方ってもう少し素敵な方だと思っていたのに」
「しょせん男は顔だけじゃないってことね。いい勉強になったわ」
「アナベルさんは将来どんな方とお付き合いしたいの?」
「結婚する人間はお父様が決めることだから、その質問はあまり意味がないように思うけれど……そうね、強いて言うなら、わたくしより美しくない男がいいかしら」
「えっ?」
アナベルより美しくない男?
「アナベルさんより美しい男、ではなくて?」
「いいえ。美しくない男よ」
イリスは目を真ん丸と見開いた。
「なによ、その信じられないという顔は」
「えっと、なんだか意外で……」
彼女のことだから、自分の隣に立っても見劣りしない容姿の美しい人間を条件にあげると思っていた。
「自分より美しい男が隣にいたら、そちらにばかり目が行くじゃない」
「だめなの?」
「だめよ、そんなの。夫が妻より目立つなんて許しがたいわ」
「はぁ……」
そういうものなのだろうか?
学校では妻は夫を立てるもの、なんて教えられたが、アナベルの考えはその真逆である。
「わたくしはね、イリスさん。夫にはわたくしという存在を崇め立てるように、接して欲しいと思っていますの」
「崇め立てる……それはアナベルさんのことを神様のように思うってこと?」
「そうよ。わたくしの顔を見るたびに自分はなんて美しい人と結婚できたのかと幸福を噛みしめて欲しいの。わたくしはそんな夫を深く愛するわ。それで周りも、わたくしたち夫婦を見て、あの夫婦はなんて素晴らしいのだろうって感激するのよ」
完璧ではなくて? とアナベルは自信たっぷりに、夢見るように言った。
(アナベルさん、こんなこと考えている人だったんだなぁ……)
ラファエルが見かけで人を判断するなと昔言っていたが、全くもってその通りだと今の話を聞いて思った。
「じゃあ、アナベルさんにとって、王太子殿下やラファエルのような人間は対象外ということ?」
「ええ。論外ね。お二人とも、とても素敵なお顔立ちだけど、一緒に並んでいたら絶対にわたくしの存在が霞んでしまうし、なんであんな女が? って女性陣からの妬みを買う可能性が高いもの」
アナベルは冷静に自分とサミュエルたちの容姿を分析した。
「特に貴女の婚約者は、絶対に勘弁願いたいわ」
「はぁ……」
勘弁願いたいと言われても、すでに彼はイリスの婚約者であるからアナベルの心配は杞憂である。
(でもここまで言われるラファエルの美貌って……)
イリスはラファエルの隣に立つのが不安になってきた。
「まぁ、ラファエル様は容姿の件を抜きにしても、いろいろ怖い噂があるようだから、結婚相手には嫌厭されているようだけれど」
「でも、冷たく拒絶する必要があるくらいには言い募られているわ」
ラファエルとの喧嘩を思い出し、ついイリスは棘のある口調でそう返していた。
「あら、貴女もそんな顔できるのね」
「そんな顔って?」
「嫉妬で歪む、醜い顔」
とっても不細工よ、と言われイリスは思わず頬に手をやる。ふふ、とアナベルが初めて面白そうに笑った。
75
お気に入りに追加
680
あなたにおすすめの小説
月が隠れるとき
いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。
その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。
という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。
小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

婚約者様は大変お素敵でございます
ましろ
恋愛
私シェリーが婚約したのは16の頃。相手はまだ13歳のベンジャミン様。当時の彼は、声変わりすらしていない天使の様に美しく可愛らしい少年だった。
あれから2年。天使様は素敵な男性へと成長した。彼が18歳になり学園を卒業したら結婚する。
それまで、侯爵家で花嫁修業としてお父上であるカーティス様から仕事を学びながら、嫁ぐ日を指折り数えて待っていた──
設定はゆるゆるご都合主義です。
踏み台令嬢はへこたれない
IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

自称地味っ子公爵令嬢は婚約を破棄して欲しい?
バナナマヨネーズ
恋愛
アメジシスト王国の王太子であるカウレスの婚約者の座は長い間空席だった。
カウレスは、それはそれは麗しい美青年で婚約者が決まらないことが不思議でならないほどだ。
そんな、麗しの王太子の婚約者に、何故か自称地味でメガネなソフィエラが選ばれてしまった。
ソフィエラは、麗しの王太子の側に居るのは相応しくないと我慢していたが、とうとう我慢の限界に達していた。
意を決して、ソフィエラはカウレスに言った。
「お願いですから、わたしとの婚約を破棄して下さい!!」
意外にもカウレスはあっさりそれを受け入れた。しかし、これがソフィエラにとっての甘く苦しい地獄の始まりだったのだ。
そして、カウレスはある驚くべき条件を出したのだ。
これは、自称地味っ子な公爵令嬢が二度の恋に落ちるまでの物語。
全10話
※世界観ですが、「妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。」「元の世界に戻るなんて聞いてない!」「貧乏男爵令息(仮)は、お金のために自身を売ることにしました。」と同じ国が舞台です。
※時間軸は、元の世界に~より5年ほど前となっております。
※小説家になろう様にも掲載しています。

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。
十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。
そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり──────
※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。
※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる