12 / 41
12、帰りの馬車の中で
しおりを挟む
「今日は楽しかったか?」
帰りの馬車でラファエルがたずねてくる。疲れてぼんやりとしていたイリスはもちろんと笑みを見せた。
「初めてのことばかりでとても緊張してしまったけれど、ラファエルとも踊れたし、アナベルさんとも会えたし、王太子殿下と王女殿下ともお知り合いになれて……参加してよかったわ」
「……二人とも、変わった方たちだったろう?」
そうね、とちょっと苦笑いする。ベルティーユは特に面喰ってしまった。
「たしかにお二人とも少し変わっていたけれど……でも、優しそうな方だったわ」
それに、と思う。
「ラファエルのこと、大好きなんだなぁっていうのが伝わってきたもの」
「そうか? 俺には面白がっているようにしか思えないんだが……」
「それも否定できないけれど……でもわたし、ラファエルに対してあんなふうに接することができる人、初めて見たわ」
少し寂しかった、と正直に打ち明ければ、ラファエルが目を丸くする。
「寂しかった、って?」
「だから……ラファエルの知らない顔を見るようで……ラファエルのこと揶揄うことできて……」
「イリスは俺のことを揶揄いたいのか?」
そうじゃなくて、とイリスは必死に自分の気持ちを整理して伝えようとする。
「ラファエルのことなら、わたしが一番よく知ってるって思っていたから……そんなことないんだって、まだまだ知らない一面がたくさんあるんだって、当たり前のことだけど、今日改めて気づかされたなって……つまり、そういうこと」
あまり上手く伝えられた自信がなく、イリスは困ったように彼の顔を見つめた。
「ごめんね、変なこと言って。忘れていいよ」
「……いや、忘れないし、なんか嬉しい」
「え?」
向かいに座る彼の顔を見れば、じっとこちらを見ていた。何だか落ち着かず、イリスはサッと下を向いた。イリス、とラファエルが優しく呼びかける。
「要は嫉妬してくれたわけだろう?」
「……うん。嫉妬した」
「知らない俺を見て、寂しかった?」
「……うん」
「俺は自分のものなのに、って思った?」
「そんなことはっ!」
思ってない、と顔を上げれば、何か期待するような激しい眼差しに射止められ、言葉を飲み込んだ。なぜか強い羞恥心に駆られ、カッと頬が熱くなる。
「イリス」
彼は腰を上げ、イリスの隣に席を移す。互いの膝と膝がくっつくほど距離を近づけて、イリスの手をそっと握ってくる。彼女は振り解けなかった。視線を合わせることもできなかった。
「イリス。教えてくれ」
ねだる彼の声は甘く、イリスは思わず小さく首を振った。
「じゃあこっちを見てくれ」
それもできないと首を振った。
「どうして」
「だって……きっと顔が赤いもの」
見られたくないとイリスはか細い声で答えた。ついさっきまで普通の空気だったのに、どうしてこんな流れになったのだろうとイリスは混乱した頭で何度も思う。
(ふ、ふつうにしなくちゃ……)
でもイリスが冷静になるより早く、ラファエルが腰に手を回してきた。ダンスでも密着する機会はたくさんあったけれど、今はひどく特別な感じがして、緊張にも似た状態に襲われる。
「本当だ、頬が赤い」
(耳元で言わないで!)
ラファエルはこんなにも甘い声を出す人間だっただろうか。こんなにも――
「イリス。こっちを見てくれ」
「……」
「イリス」
彼と触れる箇所がどんどん広がり、まるで抱きしめられるようで、イリスはとうとう彼の方を見た。
ラファエルの顔はとっても近くにあって、驚いた彼女が身を引こうとすれば、許さないというように彼の方へ引き寄せられる。肩口に鼻の先が当たり、ラファエルの香りがした。
「イリス……」
好きだ、と消えそうな声で、けれど確かに彼は言った。ひどく混乱していたイリスだが、彼の告白に、「わたしも」と答えていた。その声を聞いたラファエルが抱擁をわずかに解いたかと思うと、イリスの頬に手を添えて、目を合わせてくる。
「イリス。好きだ」
小さい頃から、ずっと。
今度ははっきりと口にした彼の言葉にイリスは胸がいっぱいになり、目を潤ませた。ラファエルがちょっと困った顔をする。
「なんで泣くんだよ」
「わからない。でも、たぶん嬉しいから」
「たぶん?」
こつんと額を合わせて、ラファエルが問い返してくる。
「ううん。すごく、嬉しいの」
六年前に二人はたくさん約束した。そのうちまだ果たせていないものはたくさんあるけれど、ラファエルとこうして再会できたこと、そして変わらず互いを好きでいられたことは、イリスにとって、とても大きな、大切な一歩に思えた。
「ラファエル。わたしもあなたのことが大好きだよ」
うん、とラファエルは照れたように頷いた。イリスもつられて恥ずかしくなる。
「……あの、それでそろそろ離してもらえると……」
助かるんだけど、とイリスはラファエルの腕の中から抜け出そうともぞもぞ動いたけれど、ラファエルはよりいっそうきつく抱きしめてきた。
「ラファエル?」
「離したくない……」
「えっ」
それはどういう意味だと思えば、ちゅっと柔らかな感触がイリスの額に落ちてくる。ラファエルの唇であった。
その事実にイリスはまたもや頬が熱くなり、とっさに彼の胸を押し返そうとしたが、それを見越したように片手で素早く取り押さえられてしまう。
「ラ、ラファエル……!」
彼はイリスの声を無視して、こめかみや頬に次々と口づけする。彼の吐息を肌で感じ、イリスは怖いような、けれど決して嫌ではない、名状しがたい感情に自身が支配されていく気がした。
それはイリスの抵抗を優しく奪い、ラファエルに服従することを良しとするものだ。
「イリス……」
名前を呼ばれているだけなのに、どうしてこんなにも頭の芯が痺れたように感じるのだろう。頬が熱い。でもラファエルの指も唇も同じくらい熱を持っていて、彼を通して熱を分かち合っている気がした。
「イリス。好きだ……」
ラファエルが与えてくれる口づけは両親や友人がするのとは違う。イリスだってそれくらいは理解できた。だからこそ、彼女はだめだと思った。
「だ、だめだよ、ラファエル!」
とっさにイリスはラファエルの額に自身の額を強く突きつけた。ゴツンという音が響き、イリスは涙目になってうめき声をあげた。ラファエルの頭は想像よりずっと硬かったのだ。
「……悪い」
しかし効果はあったようで、ラファエルはすまなそうな顔をした。先ほどまでの熱に浮されたような雰囲気はもうなく、イリスはほっと安堵のため息を零した。そうして気まずくなった空気を変えるようにわざと明るい声で言った。
「もう。だめだよ、ラファエル。そういうのはきちんと結婚してからでしょう?」
いつもきちんと規則を守るラファエルらしくない振る舞いだ。
「……ああ、そうだな」
おまえの言う通りだ、とラファエルは口元を手で覆って、深く息を吐きだした。まるで何かに耐えるようにきつく目を瞑り、「我慢しろ……結婚までの辛抱だ……」と繰り返し呟く。
その姿にちょっと可哀想だと思ったが、しかしここで余計なことを言ってしまえばまた変な空気になってしまいそうで、結局じっと彼が落ち着くのを待った。やがてばつが悪そうな顔をしてイリスの方を見る。
「ほんとに悪い」
「大丈夫よ。そんなに痛くなかったもの」
赤くなっていないでしょう、とおでこに手を当てて笑う。
「ラファエルは痛くなかった?」
彼は「いや……」と目を逸らしながら口ごもった。
「もしかして痛かった?」
それとも突然あんな行動をとってしまい、怒ってしまったのだろうか。
「俺はちっとも痛くなかったし、イリスがとった行動は正当防衛だから怒ってもいない」
「正当防衛って……」
「だってそうだろう。おまえは未婚の令嬢で、いくら俺の婚約者だからって……怖かっただろう?」
イリスはラファエルの言葉に目を丸くした。
「そんなことないわ」
「気を遣わなくていい。今まで異性と触れ合わなかったおまえにとって、俺の振る舞いは相当怖かったはずだ」
「たしかに驚きはしたけれど……」
でも、とイリスは思う。
「怖くはなかったわ」
ラファエルが自分を抱きしめたことも。頬に触れたことも。頬やこめかみに口づけしてくれたことも。聞いたこともないような甘い声で名前を呼んでくれたことも。熱に浮かされたような表情で自分を見つめていたことも。
「嫌じゃなかったの」
「……本当?」
「うん。本当」
「俺のこと、嫌いになっていない?」
ラファエルの顔があまりにも自信がなさそうで、そんな彼の顔を今まで見たことのないイリスは思わず笑ってしまった。
「おい。笑うなよ」
「だって。ラファエルったらまるで叱られた犬みたいな顔しているんですもの」
犬という例えにラファエルはムッとする。
「そりゃ焦るだろ。好きな子に嫌われたかもしれないんだから」
好きな子、という言葉にイリスはくすぐったくなる。同じ想いを返したくて、彼女はおずおずとラファエルに近づいて、彼の肩にそっと頭を預けた。
「大丈夫。嫌いになんかなっていないよ」
「なら、よかった……」
静かに安堵の息を漏らすラファエルにイリスはくすくす笑う。
「変なの。わたしがラファエルのこと、嫌いになったりするはずないのに」
「そうか? 子どもの頃は喧嘩したりするとラファエルのこと嫌いって泣きながら言ってたじゃないか」
「そうだっけ?」
「そうだよ。あれ、地味に傷つくんだよなぁ」
沈んだ声にイリスは慌てる。
「ごめんなさい。たぶんラファエルに何言っても勝てなかったから、そう言うしかなかったんだと思うの」
本心じゃないと必死で伝えれば、わかってるとラファエルは笑う。
「イリスはずっと俺のこと好きなんだろ」
「……ラファエルもでしょ」
「そうだよ」
おんなじだ、とラファエルがイリスを優しく引き寄せた。切羽詰まった感じではなく、ただ優しく、包み込むように。
イリスの屋敷に到着するまで、二人は黙って互いの温もりを感じていた。
帰りの馬車でラファエルがたずねてくる。疲れてぼんやりとしていたイリスはもちろんと笑みを見せた。
「初めてのことばかりでとても緊張してしまったけれど、ラファエルとも踊れたし、アナベルさんとも会えたし、王太子殿下と王女殿下ともお知り合いになれて……参加してよかったわ」
「……二人とも、変わった方たちだったろう?」
そうね、とちょっと苦笑いする。ベルティーユは特に面喰ってしまった。
「たしかにお二人とも少し変わっていたけれど……でも、優しそうな方だったわ」
それに、と思う。
「ラファエルのこと、大好きなんだなぁっていうのが伝わってきたもの」
「そうか? 俺には面白がっているようにしか思えないんだが……」
「それも否定できないけれど……でもわたし、ラファエルに対してあんなふうに接することができる人、初めて見たわ」
少し寂しかった、と正直に打ち明ければ、ラファエルが目を丸くする。
「寂しかった、って?」
「だから……ラファエルの知らない顔を見るようで……ラファエルのこと揶揄うことできて……」
「イリスは俺のことを揶揄いたいのか?」
そうじゃなくて、とイリスは必死に自分の気持ちを整理して伝えようとする。
「ラファエルのことなら、わたしが一番よく知ってるって思っていたから……そんなことないんだって、まだまだ知らない一面がたくさんあるんだって、当たり前のことだけど、今日改めて気づかされたなって……つまり、そういうこと」
あまり上手く伝えられた自信がなく、イリスは困ったように彼の顔を見つめた。
「ごめんね、変なこと言って。忘れていいよ」
「……いや、忘れないし、なんか嬉しい」
「え?」
向かいに座る彼の顔を見れば、じっとこちらを見ていた。何だか落ち着かず、イリスはサッと下を向いた。イリス、とラファエルが優しく呼びかける。
「要は嫉妬してくれたわけだろう?」
「……うん。嫉妬した」
「知らない俺を見て、寂しかった?」
「……うん」
「俺は自分のものなのに、って思った?」
「そんなことはっ!」
思ってない、と顔を上げれば、何か期待するような激しい眼差しに射止められ、言葉を飲み込んだ。なぜか強い羞恥心に駆られ、カッと頬が熱くなる。
「イリス」
彼は腰を上げ、イリスの隣に席を移す。互いの膝と膝がくっつくほど距離を近づけて、イリスの手をそっと握ってくる。彼女は振り解けなかった。視線を合わせることもできなかった。
「イリス。教えてくれ」
ねだる彼の声は甘く、イリスは思わず小さく首を振った。
「じゃあこっちを見てくれ」
それもできないと首を振った。
「どうして」
「だって……きっと顔が赤いもの」
見られたくないとイリスはか細い声で答えた。ついさっきまで普通の空気だったのに、どうしてこんな流れになったのだろうとイリスは混乱した頭で何度も思う。
(ふ、ふつうにしなくちゃ……)
でもイリスが冷静になるより早く、ラファエルが腰に手を回してきた。ダンスでも密着する機会はたくさんあったけれど、今はひどく特別な感じがして、緊張にも似た状態に襲われる。
「本当だ、頬が赤い」
(耳元で言わないで!)
ラファエルはこんなにも甘い声を出す人間だっただろうか。こんなにも――
「イリス。こっちを見てくれ」
「……」
「イリス」
彼と触れる箇所がどんどん広がり、まるで抱きしめられるようで、イリスはとうとう彼の方を見た。
ラファエルの顔はとっても近くにあって、驚いた彼女が身を引こうとすれば、許さないというように彼の方へ引き寄せられる。肩口に鼻の先が当たり、ラファエルの香りがした。
「イリス……」
好きだ、と消えそうな声で、けれど確かに彼は言った。ひどく混乱していたイリスだが、彼の告白に、「わたしも」と答えていた。その声を聞いたラファエルが抱擁をわずかに解いたかと思うと、イリスの頬に手を添えて、目を合わせてくる。
「イリス。好きだ」
小さい頃から、ずっと。
今度ははっきりと口にした彼の言葉にイリスは胸がいっぱいになり、目を潤ませた。ラファエルがちょっと困った顔をする。
「なんで泣くんだよ」
「わからない。でも、たぶん嬉しいから」
「たぶん?」
こつんと額を合わせて、ラファエルが問い返してくる。
「ううん。すごく、嬉しいの」
六年前に二人はたくさん約束した。そのうちまだ果たせていないものはたくさんあるけれど、ラファエルとこうして再会できたこと、そして変わらず互いを好きでいられたことは、イリスにとって、とても大きな、大切な一歩に思えた。
「ラファエル。わたしもあなたのことが大好きだよ」
うん、とラファエルは照れたように頷いた。イリスもつられて恥ずかしくなる。
「……あの、それでそろそろ離してもらえると……」
助かるんだけど、とイリスはラファエルの腕の中から抜け出そうともぞもぞ動いたけれど、ラファエルはよりいっそうきつく抱きしめてきた。
「ラファエル?」
「離したくない……」
「えっ」
それはどういう意味だと思えば、ちゅっと柔らかな感触がイリスの額に落ちてくる。ラファエルの唇であった。
その事実にイリスはまたもや頬が熱くなり、とっさに彼の胸を押し返そうとしたが、それを見越したように片手で素早く取り押さえられてしまう。
「ラ、ラファエル……!」
彼はイリスの声を無視して、こめかみや頬に次々と口づけする。彼の吐息を肌で感じ、イリスは怖いような、けれど決して嫌ではない、名状しがたい感情に自身が支配されていく気がした。
それはイリスの抵抗を優しく奪い、ラファエルに服従することを良しとするものだ。
「イリス……」
名前を呼ばれているだけなのに、どうしてこんなにも頭の芯が痺れたように感じるのだろう。頬が熱い。でもラファエルの指も唇も同じくらい熱を持っていて、彼を通して熱を分かち合っている気がした。
「イリス。好きだ……」
ラファエルが与えてくれる口づけは両親や友人がするのとは違う。イリスだってそれくらいは理解できた。だからこそ、彼女はだめだと思った。
「だ、だめだよ、ラファエル!」
とっさにイリスはラファエルの額に自身の額を強く突きつけた。ゴツンという音が響き、イリスは涙目になってうめき声をあげた。ラファエルの頭は想像よりずっと硬かったのだ。
「……悪い」
しかし効果はあったようで、ラファエルはすまなそうな顔をした。先ほどまでの熱に浮されたような雰囲気はもうなく、イリスはほっと安堵のため息を零した。そうして気まずくなった空気を変えるようにわざと明るい声で言った。
「もう。だめだよ、ラファエル。そういうのはきちんと結婚してからでしょう?」
いつもきちんと規則を守るラファエルらしくない振る舞いだ。
「……ああ、そうだな」
おまえの言う通りだ、とラファエルは口元を手で覆って、深く息を吐きだした。まるで何かに耐えるようにきつく目を瞑り、「我慢しろ……結婚までの辛抱だ……」と繰り返し呟く。
その姿にちょっと可哀想だと思ったが、しかしここで余計なことを言ってしまえばまた変な空気になってしまいそうで、結局じっと彼が落ち着くのを待った。やがてばつが悪そうな顔をしてイリスの方を見る。
「ほんとに悪い」
「大丈夫よ。そんなに痛くなかったもの」
赤くなっていないでしょう、とおでこに手を当てて笑う。
「ラファエルは痛くなかった?」
彼は「いや……」と目を逸らしながら口ごもった。
「もしかして痛かった?」
それとも突然あんな行動をとってしまい、怒ってしまったのだろうか。
「俺はちっとも痛くなかったし、イリスがとった行動は正当防衛だから怒ってもいない」
「正当防衛って……」
「だってそうだろう。おまえは未婚の令嬢で、いくら俺の婚約者だからって……怖かっただろう?」
イリスはラファエルの言葉に目を丸くした。
「そんなことないわ」
「気を遣わなくていい。今まで異性と触れ合わなかったおまえにとって、俺の振る舞いは相当怖かったはずだ」
「たしかに驚きはしたけれど……」
でも、とイリスは思う。
「怖くはなかったわ」
ラファエルが自分を抱きしめたことも。頬に触れたことも。頬やこめかみに口づけしてくれたことも。聞いたこともないような甘い声で名前を呼んでくれたことも。熱に浮かされたような表情で自分を見つめていたことも。
「嫌じゃなかったの」
「……本当?」
「うん。本当」
「俺のこと、嫌いになっていない?」
ラファエルの顔があまりにも自信がなさそうで、そんな彼の顔を今まで見たことのないイリスは思わず笑ってしまった。
「おい。笑うなよ」
「だって。ラファエルったらまるで叱られた犬みたいな顔しているんですもの」
犬という例えにラファエルはムッとする。
「そりゃ焦るだろ。好きな子に嫌われたかもしれないんだから」
好きな子、という言葉にイリスはくすぐったくなる。同じ想いを返したくて、彼女はおずおずとラファエルに近づいて、彼の肩にそっと頭を預けた。
「大丈夫。嫌いになんかなっていないよ」
「なら、よかった……」
静かに安堵の息を漏らすラファエルにイリスはくすくす笑う。
「変なの。わたしがラファエルのこと、嫌いになったりするはずないのに」
「そうか? 子どもの頃は喧嘩したりするとラファエルのこと嫌いって泣きながら言ってたじゃないか」
「そうだっけ?」
「そうだよ。あれ、地味に傷つくんだよなぁ」
沈んだ声にイリスは慌てる。
「ごめんなさい。たぶんラファエルに何言っても勝てなかったから、そう言うしかなかったんだと思うの」
本心じゃないと必死で伝えれば、わかってるとラファエルは笑う。
「イリスはずっと俺のこと好きなんだろ」
「……ラファエルもでしょ」
「そうだよ」
おんなじだ、とラファエルがイリスを優しく引き寄せた。切羽詰まった感じではなく、ただ優しく、包み込むように。
イリスの屋敷に到着するまで、二人は黙って互いの温もりを感じていた。
87
お気に入りに追加
681
あなたにおすすめの小説
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
月が隠れるとき
いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。
その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。
という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。
小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?


前世と今世の幸せ
夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。
しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。
皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。
そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。
この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。
「今世は幸せになりたい」と
※小説家になろう様にも投稿しています
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる