氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ

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7、舞踏会への支度

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 何が悪かったのだろう、とイリスは自室の大きな寝台の上で自問する。

(やっぱり、氷の騎士、がいけなかったのかな)

 その言葉を聞いた途端、ラファエルの顔は硬く強張った。それまではずっと変わらなかったのだから、たぶん間違いないだろう。

(でも、どうして?)

 彼にとって「氷の騎士」とはどんな意味を持っているのか。
 詳しいことをイリスは何一つ知らなかった。

(とにかくラファエルを怒らせちゃったよ……)

 クッションの効いた枕に顔を埋め、イリスはばたばたと両足を動かした。淑女としてはしたない振る舞いであったが、この胸のもやもやを他にどこへぶつければいいかわからなかった。

(ちゃんと、謝らなくちゃ)

 詳しいことはわからないけれど、たとえイリスにそのつもりがなかったとしても、ラファエルに嫌な思いをさせてしまった。今度会ったら必ず謝ろうとイリスは心に決めた。

 けれどイリスの決意とは裏腹にラファエルは屋敷に来なくなってしまった。もう顔も見たくないほど許せない……というわけではなく、単に仕事が忙しくなったらしい。

 わざわざ使いの者に手紙を持たせ、「すまない。当日の警護の見直しや準備のせいで時間がとれそうにない。舞踏会の日には必ず迎えに行くから待っていてくれ」と走り書きしたような文字で綴られていたので、たぶん本当にそうなのだろう。

(本当に?)

 イリスの言葉が原因で、もう来るのが嫌になってしまったのではないだろうか。

(ううん。ラファエルは、そんなことするくらいならはっきり嫌って言うはずだもの)

 会わないうちにいろいろわかったつもりになるのは危ないことだと、幼い頃ラファエルに教えられたじゃないか。

(こちらのことは心配しないで。無理をせず、どうか身体に気をつけて。あなたに会えるのをとても楽しみに待っています……それから、この前は変なこと聞いてしまってごめんなさい……)

 便箋にそう記すと、イリスはラファエルの自宅まで届けてくれるよう使用人の一人に頼んだ。

「はぁ……」

 タイミングが悪かった。そう納得させるしかないにしても、この気持ちのまま当日を迎えるというのは落ち着かず、また不安でもあった。

「お嬢様。奥様がお呼びでございます」
「わかったわ」

 ラファエルとのことで頭がいっぱいであったが、他にやるべきことはたくさんあった。その一つが舞踏会で着る衣装作りである。

 デザイナー、仕立屋、生地屋、下着屋、靴屋とその道のプロがずらりと屋敷へ招かれ、舞踏会でイリスを一番輝かせようと気合を入れて仕事に取り掛かった。

 まずは頭のてっぺんから足の指のつま先まで、胸囲、腰回り、お尻の周りも、納得いくまで何度も測り直された。中途半端な作業を彼らは決して許さない。

 おかげで最初は恥ずかしがっていたイリスも終わる頃にはぐったりとしてしまった。そしてこうした採寸と同時並行で進められたのがドレスのデザインである。

「手袋は長めの方がいいと思うわ。少し前までは短くして、ブレスレットなんかをつけたりしていたけれど、今はちょっともう古いわね」

 これは母、マリエットの意見がだいぶ多用された。彼女は社交界でどうしたら自分が一番美しく見せられるか、誰のドレスが一際目を惹くか、何がお洒落で新しく古いか、流行を常に意識してきた――時には生み出した社交界の大先輩である。

 清楚で質素な暮らしを掲げていた寄宿学校の暮らしを送っていたイリスの意見など、何の参考にもならないのだ。大人しく従っておく方が正しい。

「そうだわ、イリス。アクセサリーも、どんなものをつけるか決めておかないと」
「お母さま。アクセサリーって、宝石の類でしょう? そんな高価なもの、わたしなんかがつけてもいいの?」

 イリスの言葉に母はちょっと笑った。

「当たり前じゃない。こういう時につけないで、一体いつつけるというの?」

 マリエットはメイドたちにいくつか持ってくるよう命じ、イリスに選ぶよう言った。

「首周りは寂しいから、ネックレスはつけましょう。どんな形がいいかしら。胸元がけっこう綺麗な感じになるから、そんなに華美で大きなものじゃなくてもいいかもしれないわ」

 ジュエリーボックスに仕舞われたアクセサリーはみなきらきらと輝いていて、イリスは何でもいいと思った。どれをつけても、きっと自分はお姫様みたいな気分を味わえるだろうから。

「イリス。選ぶことも、大切なことよ」

 母にそう言われ、イリスは何度も迷った末、雪の結晶のような幾何学模様が連なるデザインのものを選んだ。

「そうね。それならあまり派手でもないし、ドレスともよく似合うんじゃないかしら」

 母のお墨付きをもらい、イリスはもう一度ネックレスへと目をやった。

(これをつけて、ラファエルと踊るんだわ……)

 煌めく輝きに静かな胸の高鳴りと甘い期待を予感するのだった。


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