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1巻

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 過去を思い出しているのか、その顔は少し陰りを帯びていた。シンシアは彼にもそんな経験があったのだと軽く衝撃を受ける。

「それよりそのドレス、買ったのか」
「あっ、はい。お義母様かあさまに選んでいただいて……」

 あなたは大人しい印象があるからギャップを狙いなさいと言われ、背中が大胆に開いたドレスを勧められたのだった。

「母さんが選んだのか……」
「ええ。変でしょうか?」
「変ではないが……肌を出しすぎじゃないか」
「でも……前の部分はレースで隠れていますから」
「だからって後ろを出す必要もないだろ」

 ロバートは不満げにショールを羽織るよう言った。

「それから、今度はきみが自分で着たいと思うものを着るんだ」
「そういうの、苦手なんです」

 ロバートはもっと侯爵家の妻としてしっかりしろと言いたいのだろうが、シンシアには何が正解かわからなかった。だから他人に決めてもらう方が楽なのだ。

「きみには主体性がない」
「そうかもしれません」
「そうやって何でもかんでも受け入れるところも――」
「ロバートじゃないか」

 不意に、彼の知り合いらしき男性が声をかけてきた。積もる話もあるだろうから席を外そうかとシンシアが思っていると、相手がふと自分の顔を見て微笑んだ。

「綺麗な奥方だな」

 社交辞令だとわかっていても、不意打ちで褒められたシンシアは狼狽うろたえ、かぁっと頬を染めた。そんなシンシアの恥ずかしがる姿を見て、彼はさらに可愛らしいとも付け加えたので、ますます頬が真っ赤になる。

「そのドレスも、とても似合っていますよ」
「あ、ありがとうございます……」
「いいなぁ、ロバート。こんな可愛い子と結婚できて――って、なんだその顔」

 視線を下げていたシンシアはロバートがどんな顔をしているか確かめようとしたが、その前に彼が相手の男性の方へ一歩進み出て、がばりと肩を組んだ。

「今日はなんだかきつい酒を飲みたい気分だな。おまえも飲むだろう?」
「い、いや……俺は遠慮しておくよ」

 どこかった声で男性はそう言うと、いろいろ言い訳して逃げ出すように去っていった。

「……あの、ロバート様」
「なんだ」
「いえ……」

 今のはどういうやり取りだったのだろうと思ったが、彼のむっつりとした表情が何も聞くなと告げている気がして、シンシアは尋ねるのをやめた。
 その後もロバートに声をかける者は多く、同い年からうんと年の離れた者まで、性別問わず、いろんなつながりが感じられた。
 中には二人きりで話したいと意味ありげな眼差しを向けてくる夫人もいたが、ロバートは気づかない振りをして上手くやり過ごしていた。

「なんだ」

 ようやく二人きりになり、ちらちらと自分を見てくるシンシアにロバートが尋ねた。

「……よかったの? お話しなさらなくて」
「話してもよかったのか?」

 その聞き方はなんだか責められているような気もして、彼女は戸惑う。

「ええ。構いませんわ」
「……あ、そう」

 沈黙が落ちて、答え方を間違えたかもしれないとシンシアは焦った。

「……あの」
「あちらに軽食が置いてある。少し何か口にしよう」

 この話はこれでおしまいだというように彼は提案した。
 その後もロバートはシンシアをどこかへ追いやることはせず、ずっとそばに置いて、普段世話になっている知人に紹介したり、一緒に酒を楽しんだりした。
 何人かの女性がダンスに誘ってほしそうに見ていたことに、彼は気づいていただろうか。


「――顔が赤いな」

 馬車の中で、突然ロバートに頬を触られた。普段のシンシアなら肩を震わせただろうが、今は感覚が鈍くなり、ただ冷たくて気持ちがいいと感じる。

「ええ。すぐ赤くなってしまうの」
「肌が白いからよく目立つ」
「恥ずかしいわ」

 ロバートは妻の酔ったさまをしげしげと眺めていたが、やがて腰を引き寄せて自分の近くへと寄りかからせた。

「ロバート様?」
「けっこう、疲れたな」
「あなたはこういうの、慣れていると思っていましたわ」
「俺だって疲れる時はあるよ」

 そこまで言うと、彼は不意に黙り込んだ。どうしたのだろうと思っていると、ぽつりとつぶやく。

「……ダンス」
「え?」
「ダンスは踊らなくてよかったのか」

 シンシアは、いいのとほがらかに笑った。酔っていて、ついふわふわした口調になってしまう。

「わたし、上手く踊れないから」

 失敗すればロバートに恥をかかせてしまう。

「別に、下手でもいいだろう」
「だめ。侯爵家の名に傷がつくわ」
「たかが踊りで揺らぐ家名ではないと思うが」
「でも危険なことはしない方がいいわ」
「……俺がきみと踊りたかったと言っても?」

 彼女は膝の上に落としていた視線を上げ、夫の顔を見る。彼は初めからそうしていたというようにシンシアを強い眼差しで見ていた。

「でも、怖いもの」
「俺がいるだろう」
「だからもっと怖いの」

 シンシアの答えにロバートは黙り込んだ。
 怒らせてしまったかもしれない。あるいは呆れさせてしまったかも。

「そんなに俺は怖い?」
「あなたはわたしより、ずっと素敵な人だから……周りからきっといろいろ言われてしまうわ」
「つまりきみは……俺と関わることで自分が責められるのを恐れているのか?」

 シンシアははたと夫を見つめた。彼はどうなんだというように答えを待っていた。

「ええ、そうかもしれない」
「じゃあ、俺自身は怖くない?」
「……ええ」
「今の間は何?」
「考えていたの」

 本当か、とロバートはため息をついて続ける。

「俺と接する時のきみはいつもびくびくしていて視線が合わないから、ずっと嫌われていると思っていた」

 意外な告白にシンシアはびっくりしてしまう。

「そんな! 嫌ってなんかいませんわ。ただ、あなたはわたしと違っていつも自信に満ちあふれていて、わたし……自分の不甲斐なさを責められているようで、怖かったの」
「やっぱり怖がらせていたんじゃないか」
「ごめんなさい……」

 ロバートはため息をつき、別に怒ってないとシンシアの顔を上げさせた。

「俺はきみが思うほど、できた人間じゃない。だから比べて落ち込む必要はない」
「……はい」

 難しいことだと思ったけれど、彼女はとりあえず頷いた。それを見透みすかされ、本当にわかったのかと怪しまれてしまうが、彼はまぁいいと不問にした。

「それで、俺のことは嫌ってないんだな」
(どうしてこんなこと、ロバート様は聞くのかしら)

 シンシアは疑問を抱いたが、酒に酔っていた頭では深く考えることができない。ただ、嫌いと答えるのは妻として正しくないだろうと思った。

「はい。嫌っていません」
「じゃあ、どう思っている?」

 シンシアは目をまたたいた。

「どうって……」

 腰を支えていた彼の左手がいつの間にか曲線を撫でていた。なぜか昨夜彼に抱かれたことを思い出してしまい、頬が熱くなる。身を引こうとしたが、そうするとますます距離を詰められる。

「シンシア。教えてくれ」
「その……」
「うん」
「わたしはロバート様のこと……」
「俺のことを?」

 正直、嫌いでも好きでもなかった。でもロバートの追いつめられたような、ひどく真剣な表情を見ていると、なぜか助けてあげたい気持ちになって、夫婦に相応ふさわしい答えを言っておこうと思った。

「お慕いしており、んっ」

 最後まで言い終わらぬうちに唇を押し付けられ、くぐもった声になった。

「ロバート様、こんな、んむっ」

 わずかな隙間を狙って、彼の舌がじ込まれてくる。パーティーで飲んだワインの味がして、くらくらと酩酊した心地になる。ロバートも同じなのか、頬がうっすらと赤味を帯びていた。

「きみの舌は、甘い……」
「ふ、ぅ……お酒を、はぁ、飲んだから……」
「でも、いつも甘いんだ……」

 はぁ、と悩ましげな顔をして、彼はねっとりとシンシアの咥内を味わった。彼女は全身の力が抜けてしまい、くったりとロバートの腕の中にしなだれかかって乱れた呼吸を繰り返す。

「ん……」

 ロバートの大きなてのひらがむき出しの背中へ触れ、スッと指を這わせた。
 白い手袋をはめた手は、いつもの彼の手の感触と違う。彼女はぞくぞくとした快感に襲われ、いけないと身をよじった。

「じっとしていて……薄いな……こんな頼りない背中で、いつも俺を受け止めていたんだな」
「あっ、だめ……っ、こんなところで、いけません」

 逃げようとしたシンシアのお腹に腕を回し、ロバートはうなじへと口づけした。

「ひゃっ、だめっ……」

 その声は甘く、抵抗しているようには聞こえなかったのだろう。ロバートが笑ったのがわかった。

「だめなことはないよ。きみは俺の妻なんだから」

 いやいやと首を振れば、後ろから顔を振り向かせられ、また口の中を犯された。逃げ惑う舌をいとも簡単にからめ取られ、きつく吸われ、抵抗する意思を甘い誘惑へと変えていく。

「ロバート様……」

 シンシアは許しを乞うように彼の名をつぶやいた。
 目がうるんで、涙がこぼれてしまう。それをロバートがちゅっと口づけして吸い取った。そのまま顔中にキスを落としていく。

「シンシア、きみは気づいていたか? 大勢の男性がきみの背中をいやらしい目で追っていたことを……」
「わたしじゃ、ありません……」

 見られていたのはロバートの方だと思っていた。他の女性から。

「きみだよ。俺はずっと隣にいたから、見間違うはずがない。それなのにきみは……」
「あっ……!」

 ぱっくりと開いた背中の布地から彼の手が侵入してくる。大きなてのひらは背骨を伝い、尾てい骨までたどり着くと、大胆な手つきで丸い尻を撫でさすった。くすぐったくて、彼女は何度もお尻をぴくぴく震わせてしまう。

「こんなふうに、やつらはしたかったんだ……それなのにきみは、何も知らないでやつらに微笑んで……あんなに可愛い顔を他の男に……」

 まるで嫉妬しているようにも聞こえる台詞セリフだが、それは勘違いだろうとシンシアは思った。彼はただ、自分の妻がそういう目で見られることが許せないだけだ。愛がない夫婦でも、パートナー以外の者を誘惑するのはルール違反だと。

「はぁ、はぁ、ロバート様、んっ、わかりましたからっ、だから、もう……あんっ」

 シンシアの腰をつかんでいた左手が今度は前にやってきた。

「ほら、こんなこともできてしまう」

 ぐにぐにと乳房の形を変え、柔らかなつぼみを硬く尖らせようと、指の先で押しつぶし、くるくるとなぞり始める。

「ああ、もういやらしく勃ってきた……」
「あんっ、いやっ、それいたいっ……」
「痛くない。気持ちがいいはずだ」

 尖端をきゅっとつままれたかと思うと、なぐさめるように優しく撫でて、乳房へと埋もれさせる。
 その痛みと甘さは確かにシンシアの息を荒くさせ、脚の間をむずむずさせた。

「いきたくなってきたか?」

 そう問われるものの、でもまだ理性は残っていて、シンシアは首を振った。

「本当に?」
「んっ、んぅっ」

 歯を食いしばって、必死で耐えようとするも、身体のうずきは激しくなるばかりだ。
 シンシアを陥落させようと、尻に熱いものが当たっている。腰を揺さぶって、脚の付け根の部分に何度もこすりつけてくる。

「ロバート様……つらい……たすけて……」
「どうしてほしいんだ」
「……いれて」
「聞こえない」
「いれてください……」

 シンシアのお願いにロバートは彼女の髪に頬をり寄せ、笑うように、そっと耳元でささやいた。

「だめだ。帰るまで待つんだ」
「そんな……」
「みんなが素敵だと褒めてくれたドレスを、汚してしまっては嫌だろう?」

 まるでそんなドレスを着ているからこんな目に遭っているのだと責められている気がした。
 他の人は褒めてくれたが、ロバートは違うのだ。

「このドレス……やっぱりわたしには似合っていないんですね……」

 泣くのを我慢するような声でつぶやけば、ロバートは少し動揺したように身体を揺らした。

「そんなこと、言っていない」

 焦った声に、嘘はつかなくていいとシンシアは首を振った。

「だってロバート様、ずっと顔をしかめていたもの」
「それは他の男がきみを……いや、とにかく、似合っていないとは思っていない」
「ほんとう?」
「本当だ。母の見立ては間違っていない。きみによく似合っている。……可愛いよ」

 シンシアはそっと後ろを振り向く。ロバートの顔からはいつもの余裕は消え、少し焦った、真剣な表情をしていた。必死の思いで口にしたという気持ちが伝わってくる。

「……よかった」

 だからシンシアは心から安堵して、ふわりと微笑んだ。
 こんな自分にも、彼は気を使ってくれる。優しい人だ。
 妻の笑みを間近で見せられたロバートはあっけに取られ、やがてじわじわと頬を染めていった。

「ロバート様? お顔が赤いです。お酒に酔ってしまったんですか?」
「違う」
「でも」

 それ以上は言わせないと、ロバートはシンシアの体勢を変えると、身体を向き合わせて、自分の膝の上にまたがる格好をさせた。
 初めてとる姿勢に、シンシアは恥ずかしさと不安の入り混じった眼差しでロバートを見つめる。彼はそんなシンシアを少し怖いくらいほど真面目な、情欲の渦巻いた目で見上げながら、ズボンをくつろげ、下穿したばきから熱いたかぶりを取り出した。
 最初あまりにもグロテスクな見た目で醜悪な生き物に思えたそれが、今は何より待ち望んだものに見えて、シンシアは餌を前にした犬のような気持ちになる。

「ドレスの裾をめくって、自分で挿入いれてごらん」
「わたしが、いれるんですか?」
「欲しくないのか」

 欲しい。早く入れてと、蜜壺は切なくうずいている。

「でも、こわいの……」
「怖くない。ほら、俺が支えていてあげるから」
(こんな、馬車の中で……)

 けれどもう、拒むほどの理性が残っていなかった。
 ロバートの肩に片手を置き、反対の手でドレスを太股までゆっくりとたくし上げれば、ベルトで吊り下げられた絹のストッキングがあらわになる。
 白いレースのついた薄い生地を、透けて見える白いシンシアの太股を、ロバートがうっとりした様子で堪能する。

「ロバート様……下着を……」

 手がふさがって、自分では脱ぐことができない。
 ロバートは何も言わず、彼女の頼みを聞き入れた。シンシアの下着に指をかけ、じれったくなるほど慎重な手つきで下ろしていく。

(ああ、恥ずかしい……見ないで……)

 彼女の下着は銀の糸を垂らしていた。ロバートは手袋をはめたまま、その糸をすくう。
 そのまま自分を見上げる彼の瞳に、シンシアは何も言えなかった。
 ロバートはそんな彼女から目を逸らさず、手袋をしたまま花芯をなぞり、花びらの奥へ指を押し入れようとした。

「んぅっ、ロバート様っ……!」
「ああ、すまない。こちらではなかったな」

 少しかすれた声で彼はそう言うと、シンシアの尻に手を添えた。

「さぁ、腰を下ろして」

 お腹のあたりまで反り返る肉棒を見下ろしながら、シンシアは狙いを定めた。今まで何回も彼女の中を快感へとみちびいたそれは、すでにとろとろとよだれを垂らしている。

「んっ……」

 くちゅりと蜜口に当たるものの、滑って上手く入ってくれない。彼女はめげずに挿入をこころみるが、何度やってもそっぽを向いて、ただもどかしい熱だけを溜めていく。

「はぁ、はぁ、んっ……あっ」
「どうした。挿入いれないのでいいのか」

 いやいやと、彼女はロバートの首に腕を回して泣きついた。

「うまくできないの、わたしにはできません。ロバートさま、いれて……!」
「きみは本当に……ほらっ!」
「あぁっ――」

 ようやく待ち望んだものがシンシアの中に入ってきた。

(ああ、熱い……)

 最奥まで容赦なく一気に突き進んだそれが、驚いた肉襞にきつく締め上げられれば、ロバートが悩ましげに眉根を寄せた。

「こうやってやるのは、はぁ、初めてだったな……どうだ? 気持ちいいか?」
「あぁっ、はいっ、奥までとどいて、んっ、あっ、あっ、ロバートさまぁっ……」

 ロバートが下から勢いよく突き上げ、シンシアは彼にしがみついた。

「だめっ、こわいっ、んっ、わたし、おかしく……っ、なっちゃう……!」

 絶頂を迎えても、ロバートは止まってくれない。腰を前後にグラインドされ、恥骨をぐりぐり淫芽に押し付けられる。加えて馬車の振動が、ロバートが与える刺激とは別の快楽を運んでくる。

「シンシア、気持ちいいのはわかるが、はぁ、声を抑えないと、御者に聞こえて、しまうぞっ」

 はっと我に返ったシンシアは必死で口を閉じ、ロバートの首筋に顔をうずめた。しかし彼女の鼻息や浅く吐き出される呼吸、抑えようとして漏れてしまう嬌声きょうせいはロバートの興奮をあおるだけだった。

「シンシア……!」

 抽挿はますます激しくなり、ぱんぱんと肌がぶつかる音、結合部からじゅぶじゅぶとあふれ出す水音はもう御者の耳に届いているのではないかと思うほど大きかった。

「シンシアっ、出すぞっ」
「あっ、まって、ぁんっ、んっ、んんっ――」

 揺さぶられるまま、ロバートはシンシアの最奥へと熱い飛沫しぶきを注ぎ込んだ。彼女は身体をぶるぶると震わせ、膣内は男の精を一滴残らず搾り取ろうと激しい収縮を繰り返す。
 ロバートの胸にしがみついたまま息を整えていたシンシアはやがて熱が引いてくると、とんでもない羞恥しゅうちに襲われた。

(こんな、馬車の中でしてしまうなんて……!)

 酒の酔いもめ、彼女が急いで離れようとすると、車輪が石にでも当たったのか、大きく揺れた。

「危ないっ」

 ふらつきそうになったシンシアをロバートがとっさに受け止める。びっくりしたせいでまだ中に入っているものを締め付け、それがシンシアの中を勢いよく行き来した。

「あんっ……」

 目が合うと、ロバートが意地悪く片眉を上げた。

「きみはまだ物足りないみたいだか、そろそろ屋敷に着くぞ」
「っ、わ、わたしそんなつもりじゃ!」

 慌てて抜こうとすれば、またロバートに支えられる。

「危ないから、じっとしていろ」

 膝をつく姿勢を取らされたまま、彼は自身のものを抜く。そしてハンカチを取り出すと、まずシンシアの秘所を綺麗に拭き、次いで自分のものも手早く処理した。

「さ、これで終わりだ」
「……ありがとうございます」

 伏せがちにお礼を述べ、彼の隣にしずしずと腰掛ける。向かい合うかたちだとじっと見られそうだったので、こちらの方がまだましだと思ったのだ。

「この手袋は、もう使えないな」
「……」
「ハンカチも……それとも使った方がいいか?」

 ふるふると首を振れば、ロバートは笑った。彼の笑顔は貴重であるが、こういった行為の時に関しては意地悪に見えてしまうので複雑だ。
 沈黙が流れ、シンシアは疲労感からぼんやりと馬車の振動に身を任せる。

(まだ、つないでる……)

 シンシアの右手は、ロバートの指に一本一本しっかりと握られていた。

「気持ち良かったか?」

 逡巡しゅんじゅんしたうえ、シンシアは小さく頷く。

「シンシア」

 こっちを向いて、と言われた気がして見れば、ロバートの顔はすぐそばにあり、触れるだけのキスをされた。

「ロバート様?」

 もうすぐ屋敷に着く。それでも彼は気にせず、ついばむような口づけをし続けた。シンシアは彼の考えていることがわからなかったけれど、自分もなんとなくそうしていたくて、目を閉じて彼の好きにさせた。


     ◇


 パーティーから数日後。お礼の手紙をつづっていたシンシアのもとに、執事が客人だと伝えにきた。今日は誰とも会う約束はなかったはずだが、のっぴきならない急ぎの用件で訪れたのかもしれない。
 そう思い、シンシアは「すぐに向かうわ」と告げた。

「お待たせして、申し訳ありません」

 ティーカップに口をつけようとしていた青年はシンシアが部屋に入ってくるなり、ガタンと椅子を引いて立ち上がった。

「シンシア……!」

 荒々しくカップをソーサーに置いたことで給仕していたメイドが顔をしかめるが、青年は気にした様子もなく長い脚をずんずんと動かし、驚くシンシアをがばりと抱きしめた。

「久しぶり! 会いたかったよ!」

 ぎゅうぎゅうと力いっぱい腕の中に閉じ込められ、彼女はうめき声を上げた。それに気づいた青年は慌てて解放する。

「わわっ、ごめんっ! つい嬉しくって……大丈夫?」

 拘束がゆるみ、シンシアはほっと胸をなでおろす。そうしてようやく落ち着いて相手の顔を見上げることができた。

「久しぶりね、エリアス。元気そうで何よりだわ」

 肩ぐらいまである金色の髪を後ろで一つに束ね、丸いレンズの眼鏡をかけた灰色がかった青い瞳の気弱そうな青年はにこっと笑う。

「姉さんこそ、昔と変わらないみたいでほっとしたよ」


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