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聖女の願い
かわいそうな人
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椅子から立ち上がって、ゆっくりと彼の目の前まで来ると、彼の頬を両手で包み込んだ。
突然の振る舞いに、彼は動揺する。
「ミレイ、なにを、」
「あなたは小さい頃から努力家だった。未来の王となるために書物をたくさん読み、厳しい剣術を教え込まれた。弱音を吐くことは許されなかった。泣いても誰も助けてくれなかった。苦しくても笑みを浮かべなくてはいけなかった。すべて王になるため。父の期待に応えたかったから。そうでしょう?」
彼は大きく目を見開いた。なぜ知っていると、言いたげな表情。
わかるよ。ずっと見ていたもの。
「でも、弟が生まれて、少しずつ、あなたは何かがおかしいことに気づいていく。あんなに厳しかった父親が、笑ってくれなかった国王が、弟の前では惜しみなく微笑んで愛情を捧げている。なぜ、――あなたは自分が王になるためだからわざと厳しくしているのだと言い聞かせる。もっと努力すれば、民のために自身を捧げれば、父はきっと自分を見直してくれる。ううん。父親じゃなくても、いつか他の誰かが自分の努力をわかって、自分だけを一番に愛してくれる。そう信じて、今まで頑張ってきたのに、」
やめてくれ、と彼は声なき悲鳴をあげていた。けれどわたしはやめなかった。
「あなたの努力は結ばれなかった。父親はやっぱり弟の方が好きで、キャサリン嬢は他の男と同列に自分を扱って、父の愛情を独り占めしている弟はあなたからまだ奪おうとして、あなたの友人は友情より女を選んで、自分を守ってくれるはずの臣下もあなたを裏切って傷つけた。……ね、わかるでしょう? あなたを見てくれる人はいない。あなたの傷に寄り添ってくれる人なんか、一人もいないのが現実なんだよ」
「やめて、くれ」
みんなに美しい、きれいだと褒められる緑の瞳をまっすぐ見つめ、わたしは微笑んだ。
「かわいそうな人」
「っ……」
初めて、彼がわたしを拒絶した。今まで小さな子どもに接するように優しく接していたのに、乱暴に突き飛ばした。
けれど床に倒れ込んだわたしを見ると、すぐに我に返った様子で駆けつけて謝るのだから本当に、根っからの善人である。
「ミレイ。すまない、こんなことするつもりじゃ、大丈夫――」
「ねぇ、どうしてそんなに必死になれるの?」
ぼんやりと座り込んだまま、宙を見つめてつぶやく。こんなに優しい人を周りの人間は傷つけて、搾取し続けている。
「馬鹿みたいじゃない」
わたしには無理だよ。頑張っても誰にも認めてもらえないなら、見返りがないのならば、心が折れちゃうよ。
「……ミレイも、」
アーサーはきれいな指先でそっとわたしの前髪を払った。視界が開けた先、彼が泣きそうな顔でわたしを見つめていた。
「かわいそうな子じゃないか」
『あんたなんか、ただお金をもらえるから仲良くしてただけよ!』
『まぁ、聖女さま。そんな高価なドレスを着て、化粧もなさって、大変努力しましたのね』
『聖女さまは美しいですよ。でも、やはり私たちとは違う方なんだと、時々思うんですよ』
この国の常識を学んだ。慣れない礼儀作法や言葉遣いを必死に頭の中に叩き込んで、舞踏会で恥をかかないよう何度も手順を確認し、踊りを練習した。
慣れないドレスは重たく、踊るたびに足が痛くて、こんなこともできないのかと使用人たちに冷めた目で見られても、我慢した。耐え続けた。
努力して、耐えて、努力して、我慢して――完璧になった。教えてくれた人もそう言ってくれた。
でも、やっぱり無理だった。
わたしがどんなにこちらの世界に馴染もうと努力しても、彼らはわたしを余所者としてしか認識しなかったのだ。
いつか、わたしを見てくれる。
いつか、わたしを認めてくれる。
いつか、わたしを愛してくれる。
……そっか。
「おんなじなんだね、わたしたち」
彼からすればわたしも同じように映っていたんだ。
アーサーはわたしの顔を見て、ようやく涙を零した。声を殺して泣く彼の姿は哀しくて、美しかった。彼の涙を拭って上げながら、わたしは彼に約束する。
「アーサー。わたしね、この国が滅びればいいと思っていたけれど、あなたのことは嫌いになれないから、特別に許してあげる」
突然の振る舞いに、彼は動揺する。
「ミレイ、なにを、」
「あなたは小さい頃から努力家だった。未来の王となるために書物をたくさん読み、厳しい剣術を教え込まれた。弱音を吐くことは許されなかった。泣いても誰も助けてくれなかった。苦しくても笑みを浮かべなくてはいけなかった。すべて王になるため。父の期待に応えたかったから。そうでしょう?」
彼は大きく目を見開いた。なぜ知っていると、言いたげな表情。
わかるよ。ずっと見ていたもの。
「でも、弟が生まれて、少しずつ、あなたは何かがおかしいことに気づいていく。あんなに厳しかった父親が、笑ってくれなかった国王が、弟の前では惜しみなく微笑んで愛情を捧げている。なぜ、――あなたは自分が王になるためだからわざと厳しくしているのだと言い聞かせる。もっと努力すれば、民のために自身を捧げれば、父はきっと自分を見直してくれる。ううん。父親じゃなくても、いつか他の誰かが自分の努力をわかって、自分だけを一番に愛してくれる。そう信じて、今まで頑張ってきたのに、」
やめてくれ、と彼は声なき悲鳴をあげていた。けれどわたしはやめなかった。
「あなたの努力は結ばれなかった。父親はやっぱり弟の方が好きで、キャサリン嬢は他の男と同列に自分を扱って、父の愛情を独り占めしている弟はあなたからまだ奪おうとして、あなたの友人は友情より女を選んで、自分を守ってくれるはずの臣下もあなたを裏切って傷つけた。……ね、わかるでしょう? あなたを見てくれる人はいない。あなたの傷に寄り添ってくれる人なんか、一人もいないのが現実なんだよ」
「やめて、くれ」
みんなに美しい、きれいだと褒められる緑の瞳をまっすぐ見つめ、わたしは微笑んだ。
「かわいそうな人」
「っ……」
初めて、彼がわたしを拒絶した。今まで小さな子どもに接するように優しく接していたのに、乱暴に突き飛ばした。
けれど床に倒れ込んだわたしを見ると、すぐに我に返った様子で駆けつけて謝るのだから本当に、根っからの善人である。
「ミレイ。すまない、こんなことするつもりじゃ、大丈夫――」
「ねぇ、どうしてそんなに必死になれるの?」
ぼんやりと座り込んだまま、宙を見つめてつぶやく。こんなに優しい人を周りの人間は傷つけて、搾取し続けている。
「馬鹿みたいじゃない」
わたしには無理だよ。頑張っても誰にも認めてもらえないなら、見返りがないのならば、心が折れちゃうよ。
「……ミレイも、」
アーサーはきれいな指先でそっとわたしの前髪を払った。視界が開けた先、彼が泣きそうな顔でわたしを見つめていた。
「かわいそうな子じゃないか」
『あんたなんか、ただお金をもらえるから仲良くしてただけよ!』
『まぁ、聖女さま。そんな高価なドレスを着て、化粧もなさって、大変努力しましたのね』
『聖女さまは美しいですよ。でも、やはり私たちとは違う方なんだと、時々思うんですよ』
この国の常識を学んだ。慣れない礼儀作法や言葉遣いを必死に頭の中に叩き込んで、舞踏会で恥をかかないよう何度も手順を確認し、踊りを練習した。
慣れないドレスは重たく、踊るたびに足が痛くて、こんなこともできないのかと使用人たちに冷めた目で見られても、我慢した。耐え続けた。
努力して、耐えて、努力して、我慢して――完璧になった。教えてくれた人もそう言ってくれた。
でも、やっぱり無理だった。
わたしがどんなにこちらの世界に馴染もうと努力しても、彼らはわたしを余所者としてしか認識しなかったのだ。
いつか、わたしを見てくれる。
いつか、わたしを認めてくれる。
いつか、わたしを愛してくれる。
……そっか。
「おんなじなんだね、わたしたち」
彼からすればわたしも同じように映っていたんだ。
アーサーはわたしの顔を見て、ようやく涙を零した。声を殺して泣く彼の姿は哀しくて、美しかった。彼の涙を拭って上げながら、わたしは彼に約束する。
「アーサー。わたしね、この国が滅びればいいと思っていたけれど、あなたのことは嫌いになれないから、特別に許してあげる」
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