上 下
5 / 18
聖女の願い

暴かれた真実

しおりを挟む
「――聖女さま。王太子殿下がお見えになられました」

 二回目からは侍女も落ち着いて、彼の訪問に対応することができた。彼が部屋へ入って来るとすでに学習済みだと、何も言わず部屋を出て行く。

「今日はずいぶん疲れた顔をしているんですね」

 前回もう来るなと伝えたのに、彼はわたしの願いを聞き入れてはくれなかった。
 そのことを問い詰めようとしたけれど、彼の顔を見て思わず違うことを言ってしまった。

「何かあったんですか」
「……ああ、少し、父と話しこんでいてね」

 国王はここ数年でずいぶんと身体が弱くなった。そろそろ息子に王位を譲ろうと考えているのだろう。とするとキャサリン嬢との結婚もいよいよ現実となる。

 いや、けれどひょっとすると――

「もしかして王位を弟君に譲りたいと相談されましたか?」

 一瞬だったけれど、彼は動揺を晒した。なぜ、とわたしを恐れるように見つめた。わたしは何だかそれに笑い出したくなる。久しく動かしていなかった表情筋がぎこちなく動いているのを感じる。

「なぜ、」
 絞り出すような声で、彼がたずねた。

「だって、国王陛下は長男であるあなたより、次男のフィリップ様を可愛がっていらっしゃるように見えるんですもの」

 よそ者のわたしが気づくくらいだから、他の家臣たちもみなとっくに気づいているはずだ。知らないのは王子様だけ。

「あの人はあなたにこうおっしゃったのではないかしら。フィリップを王として、おまえが臣下として彼を支えていけばよい」
「……どうして、」
「わかるわ。だって、そもそもおかしいじゃない。魔物の討伐に参加したのはあなたの弟だった。竜の目を抉り、呪いの言葉を聞き届けたのは、あなたの弟だった」

 そう。あの呪いの言葉は、王の死ではなく、王が愛する息子の死を意味していた。それをアーサーは読み間違えたのだ。

 わざと。

「あなたは自分が父に愛されていると思いたかった。自分が死んでも、父の心を抉る結果にはならないと思いたくなかった。だから報いを受けることは、王の喪失だと、父の代わりに自分が身を捧げるべきだと進言した」

 彼が死んでも、呪いは解けなかった。美しい自己犠牲はただの無駄死に。

「違う。私は本当に、」
「あなたは気づかない振りをしていただけ。他のことも、ずっと」
「他のこと?」

 何のことだと怯える彼に、わたしは口の端をちょっとだけ上げて、一つずつ、丁寧に教えてあげる。

「あなたの婚約者のキャサリン嬢。彼女を愛しているのは、自分以外にもいる。あなたをそばで支えている側近の一人、近衛騎士の一人、そして……あなたの弟であるフィリップ殿下もその一人。みんな、彼女に対して男女の愛を求めている」

「……彼女がそれだけ魅力的な女性ということだろう」

 必死で婚約者を庇おうとする彼は実に健気である。キャサリン嬢が伴侶としては彼を選ぼうとする理由もわかる気がする。

「あなたにはどんな女性も近づかせまいと画策するのに、自分は男にべたべた触られてもいいの?」

 彼女がたくさんの男性に囲まれている姿をわたしは何度も見た。二人だけで話している姿も見た。親密な様子で、時に髪に触れて、耳元で何かを囁いて……

「ねぇ、こちらの世界では未婚の女性が婚約者以外の男性と親しくしていて誤解されないの? 何か間違いが起きたりするかもしれないと、不安に思わないの?」

 思うはずだ。わたしの世界よりずっと女性の純潔は重く、深い意味を持つのだから。

「あなたの側近……たしかあなたの友人なんでしょう? あなたに遠慮しないのかしら。それとも友人よりも、愛を選んでしまった? だったら友情なんて脆い絆ね。あなたを守る近衛騎士も……主人を裏切って彼女を想う状況に酔っているんじゃないかしら」

 騎士がキャサリン嬢の手の甲に口づけしている姿を見たことがある。夜会の中庭だった。彼女も拒みはしなかった。二人が背徳感を味わっている時、アーサーは何をしていただろう。

 彼はこの国のために、一生懸命働いていたのに。

「あなたの弟も、酷いわ。原因の一端を担っているのに、兄に後始末をさせて、兄の婚約者に懸想して……ああ、でも婚約者のキャサリン嬢が、一番酷い女かもしれないわね」

 キャサリン嬢の悪口を言うわたしはさぞ醜い顔をしているだろう。あの女の嫌な部分、汚い所。わたしはずっと見てきた。

「彼女はあなたを愛しているけれど、多くの男性を虜にする自分自身も同じくらい愛しているのよ」

 アーサーを特別愛しているわけではない。彼の犠牲を止めたのも、わたしを召喚したのも、自分が王妃になる道をなんとしてでも実現したかったからだ。

 フィリップではなく、一途で王としても完璧なアーサーが伴侶だからこそ、そんな彼の妻だからこそ、彼女は幸せ者だと羨ましがられ、自尊心を最高に満たすことができる。

「結婚しても、きっと同じことが続くだけだよ」

 彼に処女を捧げた後は、他の男とも身体を繋げるかもしれない。そして夫には妻である自分一人を愛するよう強要するのだ。たとえ彼が側室を作っても、可哀想な自分を演じる強かさとずる賢さをあの女は持っている。

「でも、あなたは平気なんだよね? わたしにはとても耐え難いことだけれど、あなたは別に何とも思わないのよね?」
「……そうだよ。私は、何も思わない」

 わたしがここまで言っても、彼は何も言わない。諦めたようにその場に立ち尽くしている。
 笑っていたわたしはその瞬間表情を消した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】どうか、ほっといてください! お役御免の聖女はあなたの妃にはなれません

Rohdea
恋愛
──私はもう、あなたのお役に立てないお役御免の聖女です。 だから、もうほっといてください! なぜか昔から予知夢を視ることが出来たミリアは、 男爵令嬢という低い身分ながらもその力を買われて “夢見の聖女”と呼ばれ第二王子、ヴィンスの婚約者に抜擢されていた。 いつだって優しくて、自分を大切にしてくれるヴィンスのためにその力を使い、 彼をずっと側で支えていく。 ミリアの視ていた未来ではそうなるはずだった。 ある日、自分なんかよりもっと強い力を持っているらしい“本物の聖女”が現れるまでは─── そしてお役御免となった元聖女ミリアは逃げ出す事にしたけれど、 実はミリアには“隠された力”があったようで? そして、ヴィンスは───……

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。

ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」  出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。  だがアーリンは考える間もなく、 「──お断りします」  と、きっぱりと告げたのだった。

この影から目を逸らす

豆狸
恋愛
愛してるよ、テレサ。これまでもこれからも、ずっと── なろう様でも公開中です。 ※1/11タイトルから『。』を外しました。

【完結】悲劇の当て馬ヒロインに転生した私が、最高の当て馬になろうと努力したら、運命が変わり始めました~完璧令嬢は聖女になって愛される~

あろえ
恋愛
「お姉ちゃん、好きな人でもできた?」 双子の妹ルビアの言葉を聞いて、やり込んでいた乙女ゲームのヒロイン、双子の姉クロエに転生したと『黒田すみれ』は気づく。 早くも人生が詰んだ……と黒田が思うのは、このゲームが略奪愛をテーマにしたもので、妹のルビアが主人公だからだ。 姉のクロエから好きな人を奪い取り、略奪愛という禁断の果実をいただき、背徳感を楽しむ乙女ゲーム。 よって、搾取される側に転生した黒田は、恋愛できない状況に追い込まれてしまう。 それでも、推しの幸せを見届けたいと思う黒田は、妹の逆ハールートの道を開拓しようと決意した。 クロエの好感度をルビアに変換する『略奪愛システム』を利用して、愛のキューピッドではなく、最高の当て馬を目指していく。 これは、完璧すぎる行動を取り過ぎたクロエと、食欲旺盛な黒田が合わさり、奇跡的なギャップで結局恋愛しちゃう物語である。

処理中です...