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聖女の願い
暴かれた真実
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「――聖女さま。王太子殿下がお見えになられました」
二回目からは侍女も落ち着いて、彼の訪問に対応することができた。彼が部屋へ入って来るとすでに学習済みだと、何も言わず部屋を出て行く。
「今日はずいぶん疲れた顔をしているんですね」
前回もう来るなと伝えたのに、彼はわたしの願いを聞き入れてはくれなかった。
そのことを問い詰めようとしたけれど、彼の顔を見て思わず違うことを言ってしまった。
「何かあったんですか」
「……ああ、少し、父と話しこんでいてね」
国王はここ数年でずいぶんと身体が弱くなった。そろそろ息子に王位を譲ろうと考えているのだろう。とするとキャサリン嬢との結婚もいよいよ現実となる。
いや、けれどひょっとすると――
「もしかして王位を弟君に譲りたいと相談されましたか?」
一瞬だったけれど、彼は動揺を晒した。なぜ、とわたしを恐れるように見つめた。わたしは何だかそれに笑い出したくなる。久しく動かしていなかった表情筋がぎこちなく動いているのを感じる。
「なぜ、」
絞り出すような声で、彼がたずねた。
「だって、国王陛下は長男であるあなたより、次男のフィリップ様を可愛がっていらっしゃるように見えるんですもの」
よそ者のわたしが気づくくらいだから、他の家臣たちもみなとっくに気づいているはずだ。知らないのは王子様だけ。
「あの人はあなたにこうおっしゃったのではないかしら。フィリップを王として、おまえが臣下として彼を支えていけばよい」
「……どうして、」
「わかるわ。だって、そもそもおかしいじゃない。魔物の討伐に参加したのはあなたの弟だった。竜の目を抉り、呪いの言葉を聞き届けたのは、あなたの弟だった」
そう。あの呪いの言葉は、王の死ではなく、王が愛する息子の死を意味していた。それをアーサーは読み間違えたのだ。
わざと。
「あなたは自分が父に愛されていると思いたかった。自分が死んでも、父の心を抉る結果にはならないと思いたくなかった。だから報いを受けることは、王の喪失だと、父の代わりに自分が身を捧げるべきだと進言した」
彼が死んでも、呪いは解けなかった。美しい自己犠牲はただの無駄死に。
「違う。私は本当に、」
「あなたは気づかない振りをしていただけ。他のことも、ずっと」
「他のこと?」
何のことだと怯える彼に、わたしは口の端をちょっとだけ上げて、一つずつ、丁寧に教えてあげる。
「あなたの婚約者のキャサリン嬢。彼女を愛しているのは、自分以外にもいる。あなたをそばで支えている側近の一人、近衛騎士の一人、そして……あなたの弟であるフィリップ殿下もその一人。みんな、彼女に対して男女の愛を求めている」
「……彼女がそれだけ魅力的な女性ということだろう」
必死で婚約者を庇おうとする彼は実に健気である。キャサリン嬢が伴侶としては彼を選ぼうとする理由もわかる気がする。
「あなたにはどんな女性も近づかせまいと画策するのに、自分は男にべたべた触られてもいいの?」
彼女がたくさんの男性に囲まれている姿をわたしは何度も見た。二人だけで話している姿も見た。親密な様子で、時に髪に触れて、耳元で何かを囁いて……
「ねぇ、こちらの世界では未婚の女性が婚約者以外の男性と親しくしていて誤解されないの? 何か間違いが起きたりするかもしれないと、不安に思わないの?」
思うはずだ。わたしの世界よりずっと女性の純潔は重く、深い意味を持つのだから。
「あなたの側近……たしかあなたの友人なんでしょう? あなたに遠慮しないのかしら。それとも友人よりも、愛を選んでしまった? だったら友情なんて脆い絆ね。あなたを守る近衛騎士も……主人を裏切って彼女を想う状況に酔っているんじゃないかしら」
騎士がキャサリン嬢の手の甲に口づけしている姿を見たことがある。夜会の中庭だった。彼女も拒みはしなかった。二人が背徳感を味わっている時、アーサーは何をしていただろう。
彼はこの国のために、一生懸命働いていたのに。
「あなたの弟も、酷いわ。原因の一端を担っているのに、兄に後始末をさせて、兄の婚約者に懸想して……ああ、でも婚約者のキャサリン嬢が、一番酷い女かもしれないわね」
キャサリン嬢の悪口を言うわたしはさぞ醜い顔をしているだろう。あの女の嫌な部分、汚い所。わたしはずっと見てきた。
「彼女はあなたを愛しているけれど、多くの男性を虜にする自分自身も同じくらい愛しているのよ」
アーサーを特別愛しているわけではない。彼の犠牲を止めたのも、わたしを召喚したのも、自分が王妃になる道をなんとしてでも実現したかったからだ。
フィリップではなく、一途で王としても完璧なアーサーが伴侶だからこそ、そんな彼の妻だからこそ、彼女は幸せ者だと羨ましがられ、自尊心を最高に満たすことができる。
「結婚しても、きっと同じことが続くだけだよ」
彼に処女を捧げた後は、他の男とも身体を繋げるかもしれない。そして夫には妻である自分一人を愛するよう強要するのだ。たとえ彼が側室を作っても、可哀想な自分を演じる強かさとずる賢さをあの女は持っている。
「でも、あなたは平気なんだよね? わたしにはとても耐え難いことだけれど、あなたは別に何とも思わないのよね?」
「……そうだよ。私は、何も思わない」
わたしがここまで言っても、彼は何も言わない。諦めたようにその場に立ち尽くしている。
笑っていたわたしはその瞬間表情を消した。
二回目からは侍女も落ち着いて、彼の訪問に対応することができた。彼が部屋へ入って来るとすでに学習済みだと、何も言わず部屋を出て行く。
「今日はずいぶん疲れた顔をしているんですね」
前回もう来るなと伝えたのに、彼はわたしの願いを聞き入れてはくれなかった。
そのことを問い詰めようとしたけれど、彼の顔を見て思わず違うことを言ってしまった。
「何かあったんですか」
「……ああ、少し、父と話しこんでいてね」
国王はここ数年でずいぶんと身体が弱くなった。そろそろ息子に王位を譲ろうと考えているのだろう。とするとキャサリン嬢との結婚もいよいよ現実となる。
いや、けれどひょっとすると――
「もしかして王位を弟君に譲りたいと相談されましたか?」
一瞬だったけれど、彼は動揺を晒した。なぜ、とわたしを恐れるように見つめた。わたしは何だかそれに笑い出したくなる。久しく動かしていなかった表情筋がぎこちなく動いているのを感じる。
「なぜ、」
絞り出すような声で、彼がたずねた。
「だって、国王陛下は長男であるあなたより、次男のフィリップ様を可愛がっていらっしゃるように見えるんですもの」
よそ者のわたしが気づくくらいだから、他の家臣たちもみなとっくに気づいているはずだ。知らないのは王子様だけ。
「あの人はあなたにこうおっしゃったのではないかしら。フィリップを王として、おまえが臣下として彼を支えていけばよい」
「……どうして、」
「わかるわ。だって、そもそもおかしいじゃない。魔物の討伐に参加したのはあなたの弟だった。竜の目を抉り、呪いの言葉を聞き届けたのは、あなたの弟だった」
そう。あの呪いの言葉は、王の死ではなく、王が愛する息子の死を意味していた。それをアーサーは読み間違えたのだ。
わざと。
「あなたは自分が父に愛されていると思いたかった。自分が死んでも、父の心を抉る結果にはならないと思いたくなかった。だから報いを受けることは、王の喪失だと、父の代わりに自分が身を捧げるべきだと進言した」
彼が死んでも、呪いは解けなかった。美しい自己犠牲はただの無駄死に。
「違う。私は本当に、」
「あなたは気づかない振りをしていただけ。他のことも、ずっと」
「他のこと?」
何のことだと怯える彼に、わたしは口の端をちょっとだけ上げて、一つずつ、丁寧に教えてあげる。
「あなたの婚約者のキャサリン嬢。彼女を愛しているのは、自分以外にもいる。あなたをそばで支えている側近の一人、近衛騎士の一人、そして……あなたの弟であるフィリップ殿下もその一人。みんな、彼女に対して男女の愛を求めている」
「……彼女がそれだけ魅力的な女性ということだろう」
必死で婚約者を庇おうとする彼は実に健気である。キャサリン嬢が伴侶としては彼を選ぼうとする理由もわかる気がする。
「あなたにはどんな女性も近づかせまいと画策するのに、自分は男にべたべた触られてもいいの?」
彼女がたくさんの男性に囲まれている姿をわたしは何度も見た。二人だけで話している姿も見た。親密な様子で、時に髪に触れて、耳元で何かを囁いて……
「ねぇ、こちらの世界では未婚の女性が婚約者以外の男性と親しくしていて誤解されないの? 何か間違いが起きたりするかもしれないと、不安に思わないの?」
思うはずだ。わたしの世界よりずっと女性の純潔は重く、深い意味を持つのだから。
「あなたの側近……たしかあなたの友人なんでしょう? あなたに遠慮しないのかしら。それとも友人よりも、愛を選んでしまった? だったら友情なんて脆い絆ね。あなたを守る近衛騎士も……主人を裏切って彼女を想う状況に酔っているんじゃないかしら」
騎士がキャサリン嬢の手の甲に口づけしている姿を見たことがある。夜会の中庭だった。彼女も拒みはしなかった。二人が背徳感を味わっている時、アーサーは何をしていただろう。
彼はこの国のために、一生懸命働いていたのに。
「あなたの弟も、酷いわ。原因の一端を担っているのに、兄に後始末をさせて、兄の婚約者に懸想して……ああ、でも婚約者のキャサリン嬢が、一番酷い女かもしれないわね」
キャサリン嬢の悪口を言うわたしはさぞ醜い顔をしているだろう。あの女の嫌な部分、汚い所。わたしはずっと見てきた。
「彼女はあなたを愛しているけれど、多くの男性を虜にする自分自身も同じくらい愛しているのよ」
アーサーを特別愛しているわけではない。彼の犠牲を止めたのも、わたしを召喚したのも、自分が王妃になる道をなんとしてでも実現したかったからだ。
フィリップではなく、一途で王としても完璧なアーサーが伴侶だからこそ、そんな彼の妻だからこそ、彼女は幸せ者だと羨ましがられ、自尊心を最高に満たすことができる。
「結婚しても、きっと同じことが続くだけだよ」
彼に処女を捧げた後は、他の男とも身体を繋げるかもしれない。そして夫には妻である自分一人を愛するよう強要するのだ。たとえ彼が側室を作っても、可哀想な自分を演じる強かさとずる賢さをあの女は持っている。
「でも、あなたは平気なんだよね? わたしにはとても耐え難いことだけれど、あなたは別に何とも思わないのよね?」
「……そうだよ。私は、何も思わない」
わたしがここまで言っても、彼は何も言わない。諦めたようにその場に立ち尽くしている。
笑っていたわたしはその瞬間表情を消した。
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