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聖女の願い

召喚された少女

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 わたしがこの世界に現れたことで、国中の瘴気が薄くなったそうである。被害のあった村や森を連れ回されれば、もう完璧に元の状態へと戻った。特別なことは何もしていない。わたしという存在が奇跡そのものだったのだ。

「魔物はこの国にとって異物なのです。つまり簡単に述べると……本来ならばこの国に実在しないもの。どこか遠い世界の生き物。彼らが纏う瘴気は彼らにとっては酸素を吸って二酸化炭素を出すような、害のないものかもしれませんが、私たちにとっては外のもの、害あるものとして、身体が反応してしまうのです。ええ、ですからそれを弱めるために、同じく外の世界の住人である貴女様がこうして呼ばれたのでございます」

 負の要素が強い魔物、陽の要素が強いわたしで滅びかけた国のバランスを今一度正常に戻したというわけらしい。神官長の長ったらしい説明によれば、わたしもまた異物ということになるが、この国を救ったことで「聖女」という英雄的存在に持ちあげられた。

「浄化したのならば、わたしは元の世界へ戻れるんですよね?」

 わたしはこの時まだ信じていたのだ。自分が元いた場所へ帰れるのだと。だってもう人々を苦しめる瘴気は消えたのだから。

「……いいえ、聖女さま。これは呪いなのです。今は貴女さまのお陰で呪いを封じ込めているに過ぎないのです」

 あの竜は最期の力と引き換えに、この国を滅ぼす呪いをかけた。

 呪いは竜の怒りでもあった。報いを受けることでしか許しは得られない。呪いは解けない。それはつまり……

「ミレイ。呪いを完全に解く方法を他の術者たちと一緒に探す。だからそれまでどうか、この国の平和を守るために、私たちの国に留まってはくれないだろうか」

 言葉を失うわたしに、王太子であるアーサーが深く頭を下げたのだった。


 あの時、わたしが嫌だ、帰りたいと拒否すれば、彼はどうしただろう。

 答えは何も変わらなかった。

 王太子といえど、彼に決定権はなかった。彼が代わりに犠牲になる道は王が許さなかったし、わたしが帰る方法は――術を実行する術者は殺され、召還の手順が記された書物は焼き払われ、わからなくなっていた。

 すべて、彼の婚約者の実家、公爵家によって阻止されていた。まだ若く、経験も何もかも不足しているアーサーを欺くことは、彼らにとって実に容易いことであったのだ。

「すまない。ミレイ。私は……」

 アーサーは何度もそう私に謝った。国王や公爵家からは何の言葉もかけられなかったのに、アーサーは神殿に何度も足を運び、わたしの体調を気遣い、わたしの運命を自分たちのせいだと詫びた。

「もう、帰ることはできないんですね……」

 わたしは現実を受け止めきれず、その場に崩れ落ちて涙を流した。駆け寄ってきたアーサーが「本当にすまない」と同じ言葉を繰り返す。わたしの手を握る彼の手は、震えていた。

「私にできることなら、何でもしよう」

 彼は一人の少女の運命を狂わせてしまったことを深く悔いていた。償いを求めていた。

 誠実で他者を思いやる優しい青年。その心がわたしの寂しさと孤独を癒してくれた。わたしは彼の優しさに救われ、この国で生きていこうと前向きになれる精神を保っていた。

 まだ、この時は。

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