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聖女の願い
呪い
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アーサーたちの住む国には魔物がいた。人間よりもはるかに強く、禍々しい瘴気を身体に纏うもの。それらは獣や竜と呼ばれる姿へ形を変えて、森の奥深くでひっそりと暮らしていた。
こちらから害を為さなければ、視界に入ろうとしなければ、彼らはめったに人を襲うことはしない。人間と魔物は互いの住処の境界線を決めて、確かに共存できていたのだ。
その均衡を崩したのは、欲深な人間たちであった。
彼らは森を征服しようと、剣や槍を手にして彼らの領域を荒らした。獣の皮膚を覆う毛皮を欲しがった。竜の目を欲しがった。その血を浴びれば不死になれるという伝説を確かめたかった。
吟遊詩人によって語り継がれた冒険物語は多くの若者たちを魅了し、森へと向かわせた。時の国王も得られる土地と宝に興味を抱き、騎士団を設立し、討伐に当たらせた。
瘴気を浴びない頑丈な鎧を作り、彼らの寝ている間に罠を張り巡らし、遠くから仕留められるよう猛毒を鏃に塗り、巧妙に彼らは魔物を追いつめていく。そして、とうとう最後の要とも言える竜の住処へと到達した。
『貴様たち人間のせいで、我々は滅びるのか』
森は血で濡れ、死臭に満ちていた。彼らにとって多くの同胞が信頼していた人間によって殺されたのだ。
「お前たちの存在が我々人間の平和を脅かすのだ!」
騎士の一人が声高らかに言い放つと、竜の目に矢を放った。それに倣うように一斉に岩場の影から矢が放たれる。耳をつんざくような咆哮。竜の腹から溢れるほどの血が噴き出した。赤黒く、火傷しそうなほど煮え滾っていた血は幾人かの人間をその場で焼き殺したけれど、竜の怒りは静まらなかった。
『許さぬ……貴様を、貴様たち人間を、我らは決して許さぬ……!』
片方だけ残った竜の瞳がぎょろりと一人の騎士を捕えた。射殺しそうな殺気。震え出す彼に、竜は告げる。
『怒りは同じ報いによってしか、祓うことは許されない』
そうでなければ、と巨体な身体は溶け出してゆく。同時にあの禍々しい瘴気が目に見えるほどの色をつけてゆくではないか。
『貴様たちに呪いを授けてやろう。私や仲間たちを殺した血で今度はおまえたちの国を殺してやろう』
魔物はすべて人間たちの手によって始末された。けれどそれで終わりではなかった。彼らの死体を覆っていた瘴気は生きている時よりずっと強く、森全体を覆ったのだ。頑丈な鎧では防げない。瘴気が消える気配はない。むしろますますその範囲を広め、村の人々の息の根を次々と止め、やがて王宮にまで魔の手を伸ばそうとしていた。
国王は頭を悩ませた。白魔導士を呼び、浄化に当たろうとしても、効果はなかった。被害は甚大だ。
「父上。私が生贄となり、魔物たちの怒りを鎮めましょう」
若き王太子殿下が絶望する父に進言した。
「しかし、アーサー」
「同じ報いを、と討たれた竜はおっしゃいました。あの竜は魔物にとって長のようなもの。ならばこの国をやがて継いでゆく私の喪失こそが、報いに当たるのではないでしょうか」
彼は国を愛していた。父を敬愛していた。だから長というのが父に当たると理解していても、自分の命を捧げることにした。
「ああ、アーサー。どうか、許してくれ……」
その時彼は何を思ったのだろう。わたしにはわからない。ただ国王は息子を犠牲にする道を選んだ。お前が死ぬことは許さない、と反対することはしなかった。
彼の死を認めなかったのは、彼の婚約者である。そう。彼を幼い頃からずっと愛していたというキャサリン嬢。彼女はアーサーが死ぬことは何としてでも避けたかった。愛していたから。だから宰相でもあった父の公爵家に協力を仰ぎ、禁忌とされる魔術書を読み漁って、術者を密かに集め出した。
そうしてアーサーが気づいた時には、召喚の呪文を読み上げさせ、神殿の地下室へ駆け付けた時には、わたしという存在がこの世界に召喚されていたのだった。
こちらから害を為さなければ、視界に入ろうとしなければ、彼らはめったに人を襲うことはしない。人間と魔物は互いの住処の境界線を決めて、確かに共存できていたのだ。
その均衡を崩したのは、欲深な人間たちであった。
彼らは森を征服しようと、剣や槍を手にして彼らの領域を荒らした。獣の皮膚を覆う毛皮を欲しがった。竜の目を欲しがった。その血を浴びれば不死になれるという伝説を確かめたかった。
吟遊詩人によって語り継がれた冒険物語は多くの若者たちを魅了し、森へと向かわせた。時の国王も得られる土地と宝に興味を抱き、騎士団を設立し、討伐に当たらせた。
瘴気を浴びない頑丈な鎧を作り、彼らの寝ている間に罠を張り巡らし、遠くから仕留められるよう猛毒を鏃に塗り、巧妙に彼らは魔物を追いつめていく。そして、とうとう最後の要とも言える竜の住処へと到達した。
『貴様たち人間のせいで、我々は滅びるのか』
森は血で濡れ、死臭に満ちていた。彼らにとって多くの同胞が信頼していた人間によって殺されたのだ。
「お前たちの存在が我々人間の平和を脅かすのだ!」
騎士の一人が声高らかに言い放つと、竜の目に矢を放った。それに倣うように一斉に岩場の影から矢が放たれる。耳をつんざくような咆哮。竜の腹から溢れるほどの血が噴き出した。赤黒く、火傷しそうなほど煮え滾っていた血は幾人かの人間をその場で焼き殺したけれど、竜の怒りは静まらなかった。
『許さぬ……貴様を、貴様たち人間を、我らは決して許さぬ……!』
片方だけ残った竜の瞳がぎょろりと一人の騎士を捕えた。射殺しそうな殺気。震え出す彼に、竜は告げる。
『怒りは同じ報いによってしか、祓うことは許されない』
そうでなければ、と巨体な身体は溶け出してゆく。同時にあの禍々しい瘴気が目に見えるほどの色をつけてゆくではないか。
『貴様たちに呪いを授けてやろう。私や仲間たちを殺した血で今度はおまえたちの国を殺してやろう』
魔物はすべて人間たちの手によって始末された。けれどそれで終わりではなかった。彼らの死体を覆っていた瘴気は生きている時よりずっと強く、森全体を覆ったのだ。頑丈な鎧では防げない。瘴気が消える気配はない。むしろますますその範囲を広め、村の人々の息の根を次々と止め、やがて王宮にまで魔の手を伸ばそうとしていた。
国王は頭を悩ませた。白魔導士を呼び、浄化に当たろうとしても、効果はなかった。被害は甚大だ。
「父上。私が生贄となり、魔物たちの怒りを鎮めましょう」
若き王太子殿下が絶望する父に進言した。
「しかし、アーサー」
「同じ報いを、と討たれた竜はおっしゃいました。あの竜は魔物にとって長のようなもの。ならばこの国をやがて継いでゆく私の喪失こそが、報いに当たるのではないでしょうか」
彼は国を愛していた。父を敬愛していた。だから長というのが父に当たると理解していても、自分の命を捧げることにした。
「ああ、アーサー。どうか、許してくれ……」
その時彼は何を思ったのだろう。わたしにはわからない。ただ国王は息子を犠牲にする道を選んだ。お前が死ぬことは許さない、と反対することはしなかった。
彼の死を認めなかったのは、彼の婚約者である。そう。彼を幼い頃からずっと愛していたというキャサリン嬢。彼女はアーサーが死ぬことは何としてでも避けたかった。愛していたから。だから宰相でもあった父の公爵家に協力を仰ぎ、禁忌とされる魔術書を読み漁って、術者を密かに集め出した。
そうしてアーサーが気づいた時には、召喚の呪文を読み上げさせ、神殿の地下室へ駆け付けた時には、わたしという存在がこの世界に召喚されていたのだった。
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