初恋に身を焦がす

りつ

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ハロルド 妻

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 王都へ越してきたばかりのヴェロニカはどこかよそよそしい、他人行儀な態度であった。もしや自分と結婚してしまったことを後悔でもしているのだろうかと思ったが、ただ猫を被っていただけのようであった。

「殿方はみんなお淑やかな女性が好きだ、って言ってたから……」

 あなたもそうだと思ったの。

 ハロルドの胸にしがみついたまま、ヴェロニカは叱られた子どものように白状した。

 茶会で夫人に嫌味を言われ、慰めているうちに喧嘩のようになってしまった後のことだった。いや、喧嘩というよりは彼女が勝手に感情を爆発させてしまって、ハロルドはただ呆気に取られている状況と言った方が正しいかもしれないが。

「そんなこと、誰に言われたんだ?」
「お父様に仕えている騎士や従兄弟のお兄様たち」

 彼女が暮らしていた環境は男性の立場が女性より強く、女は男に従うもの、という意識が根強くあるらしい。お抱えの騎士団も王都の騎士より荒々しく、好戦的な者が多くみられた。

 国境の警備を担うことは、危険を伴う仕事が舞い込んできて、命を賭けて戦うことを意味する。か弱い女子どもは男が守るもの。そうした考えが、男尊女卑にも繋がっているわけだ。

「しかしあなたは、そういうタイプではないだろう?」
「ええ。私、偉そうな男の人、大嫌い。確かに力はあって戦いでは強いのかもしれないけど、だからって横柄な態度をとってもいい理由にはならないわ」

 我慢できずに言い返して、喧嘩に発展することはわりとよくあったらしい。

「怖くなかったのか」
「もちろん怖かったわ。でもそれ以上に、許せないと思ったの」

 激昂した相手を殴り返したこともあったと聞いて、度肝を抜かれた。

(世の中にはこんな強い女性もいるのだな……)

 ハロルドの周りにはヴェロニカのような女性は一人もいなかった。気の強い女性はいるが、それはどちらかというと言葉で相手を責めるような性質で、実際に手を出してまで応戦する女性はいなかった。

「幻滅したでしょう」
「驚きはしたけれど、別に幻滅はしていない」
「でも……あなたも大人しくて、可憐な女性の方が好きでしょう?」

 涙で濡れた目でじっと問われ、ハロルドはそんなことないと優しく答えた。

「きみの負けまいと立ち向かう姿はかっこいいじゃないか。無理をしてまで自分を偽ることなんてしなくていい。きみはきみのままで、十分魅力的だ」

 そう言うと、ヴェロニカはきゅっと眉根を寄せたかと思うと、ますます強くハロルドにしがみつき、「ずるい」とか「そんなふうに言われたら何も言えない……」とぶつぶつ呟いていた。

 けれどやがて顔を上げ、「私も旦那様のこと、世界一素敵だと思っております」と突然言い出した。

「……世界一は言い過ぎじゃないか」
「いいえ。世界一です」

 ヴェロニカは頬を赤くしながらも、ハロルドをひたと見つめて告げる。

「だからあなたと結婚できた私は世界一幸せ者なんです」と。

 ハロルドは何と返していいかわからず、「そうか」とややそっけなく答えた。彼女の赤が移っていないかどうか、あまり自信がなかった。

     ◇

 一度腹を割って話し合ったおかげか、それとも自分の本性を偽らずに済むようになったせいか、ヴェロニカはハロルドに対する好意をはっきりと伝えるようになった。

 それは言葉だけではない。口づけをすればうっとりとした様子でハロルドを見つめ、もっとというように赤い唇を押し付けてくる。

 誰にも抱かれたことのない真っ新な身体を夫に委ね、与えてくれる痛みさえ嬉しいと微笑み、うわ言のようにハロルドのことが好きだ、愛していると繰り返す。

 普段は気の強い彼女が、自分にだけは甘えた姿を見せてくれる。はしたない姿を見せ、恥ずかしい言葉を口にする。それは夫婦だけの秘密であった。ハロルドだけが知る妻の一面だった。

 どうしてこんなにも自分を好いてくれるのか。ハロルドは最初戸惑いを感じていたが、やがてどうでもいいと思うようになった。彼女の激しすぎる愛情が心地よくなっていったのだ。

「カトリーナが最近愛おしくてたまらないのだ」

 ずっと恋い焦がれて、駆け落ちまで考えたカトリーナは国王と結婚してしまった。美しい妻をジュリアンは毎日抱いているのだろう。そんな彼にハロルドは仕えなくてはいけない。

 ジュリアンの顔を見るたびに、抑えきれない嫉妬に身を焦がす。夜ごと愛されてさらに美しい色香を纏うようになったカトリーナ。そんな彼女を一目見るだけで、捨てたはずの激しい恋情が身体の奥底から湧き上がってくる。

 あの夜、それよりもずっと前に、彼女を連れて逃げ去っていたら――

 だがどんなに後悔しても、過去には決して戻れない。どうすることもできない。やり場のない思いを抱えて日々を過ごすしかない毎日。生き地獄のように感じることもあった。

 そんなハロルドを、ヴェロニカが愛した。彼女はハロルドが初恋だという。ハロルドのことしか考えられないというようにハロルドだけをその目に映し、ハロルドだけに愛を囁く。

「ハロルド、好き。大好き……」

 無邪気で真っ直ぐな少女の想い。

 初恋で傷ついた心を妻が癒してくれるようだった。こんなにも自分を愛してくれるヴェロニカのことを嫌いになんてなれない。大切にしようと、ハロルドは何度も心に誓うのだった。

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