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絶対に諦めない男
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グレイはもうこないだろう。だってあんなにはっきりと断ったんだもの。もし私が彼だったら……やっぱりできない。好きな人に無理だと言われてのこのこ会いに来るなんてよほど鋼の精神でなくてはできない。いくら彼でも無理なはずだ。
「そう思っていたのにどうしてまた会いに来たんですか」
お客様がお見えだと出迎えてみれば、そこには見慣れた男がいた。先日私が振ったグレイである。
「当然だろう。まだお前から了承の言葉をもらっていないからな」
何を言っているんだという顔をしているが、こちらが何を言っているのだと言いたい。
「あのですね、だから以前も言った通り私はあなたと結婚するつもりは……」
「それより外に馬車を待たせているんだ。早く行くぞ」
そう言うなり彼は私の手首を掴んで外へ連れ出そうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください。まだ支度が、いえ、そもそもあなたと出かけるつもりはありませんからっ」
「俺はお前と出かけたい」
「なんですかその答えは!」
意味がわからない。納得する説明をして欲しい。だが私が口を開く前に彼の行動はもう先を行っており、いつの間にか馬車に押し込まれ、そのまま動き出していた。
窓からいってらっしゃいませと見送る使用人たちの姿が見え、私は呆然とする。もしかして私以外の人間はみな今日の予定を知っていたのだろうか。あの期待に満ちた、それでいてどこか楽しそうな笑みはきっとそうだ。
酷いじゃないか。私はグレイと結婚するつもりはない。そのことを彼らも知っているはずだ。それなのにこの仕打ち。……いいや。彼らは私を心配しているだけ。責めるのは違う。
けれど腹の虫がおさまることはない。ならば怒りの矛先は自然と向かいに座る男へと向かう。偉そうに脚なんか組んで。長い脚だって自慢しているのだろうか。
実際彼の脚は長い。だからこそ余計に腹が立つ。
「どうしてあなたはいつもそう急なんですか」
努めて冷静な声を出そうとしたが、刺々しい響きを持ってしまった。
「急でないとお前は断るだろう」
当たり前です! と大声をあげそうになるも、はしたないとグッと我慢する。こうなったら仕方がない。さっさと用事を済ませ、一刻も早く帰って来よう
腹をくくった私は一つ深呼吸をして目の前の男に訊ねた。
「それで、今日はどこへ行くんですか」
「買い物だ」
なぜ彼と買い物に行かなければならないのか。買いたい物なんて一つもないのに。もしかして自分の買い物に付き合わせているだけではないのか。冗談じゃない。
平静を装うとしても、次から次へと不満がわいてくる。少し前まで罪悪感を抱いていた自分が馬鹿みたいだ。
「お前が好きだから、一緒に出かけたい」
「っ……」
どうしてまだ好きだと言えるのだろう。もう何度も断っているのに。あんなにはっきりと断ったのに。他の男性が好きだと言ったのに!
……怖くないのだろうか。
私はそっと幼馴染の顔を盗み見た。頬杖をついて窓の外を見ている姿は中々様になっており、屋敷のメイドたちが黄色い声をあげるのも悔しいが納得できた。
ずっと見慣れてきた顔だ。顔だけではなく、中身もよく知っている。そう思っていたけれど、違うのだろうか。彼が何を考えているか、問いかけることもできないまま、馬車は街へと向かっていった。
「以前からお前には赤色の方が似合うと思っていた」
そう言われた私は今赤いドレスを着ている。真っ赤な赤色ではなく、暗めの、落ち着いた印象を与える色だ。露出も多くなく、かといって窮屈すぎることもない。着心地もよい。店に置いてあったものなのでサイズが幾分違うが、後で新しく作り直すので問題ないらしい。
「お前の黒い髪には赤がよく映える」
グレイはあそこはこうしてくれ、ここはああしてくれと、令嬢が社交界デビューするためのドレスを注文する母親のように事細かに要望を出している。
その様子を見ていた私はもう何度目になるかわからないため息をついた。
「女性の服に文句を言うのはいかがなものかと思いますよ」
「何を言う。お前を最も美しく見せるための必要な助言だ」
普通だったら絶対ありえないことだろう。だがこの男は過去、実際に私が社交界デビューする際の衣装にもあれこれと注文をつけてきたのだ。
そしてなぜかそれを母親や仕立屋も真面目に聞き入れるものだから、当時の私はたいそう困惑したものだ。一体グレイは彼らにどういう存在だと認識されているのか。
「あなたは私の何なんですか……」
「幼馴染であり、お前と結婚したいと望んでいる男だ」
だからなんでそう恥ずかしいことを大声で言ってしまうのか。彼の隣にいる仕立屋の主人が微笑ましいと言わんばかりに笑っているじゃないか。
「それにお前だって昔は赤を好んで着ていただろう」
「……昔はでしょう。成長して今は好みが変わったんです」
「好きな男の好みにか」
目を瞠る私に、図星だろうとグレイは笑った。それがどういう意図かはわからない。けれど私には嘲笑ったように見え、実に不愉快だった。
「そう思っていたのにどうしてまた会いに来たんですか」
お客様がお見えだと出迎えてみれば、そこには見慣れた男がいた。先日私が振ったグレイである。
「当然だろう。まだお前から了承の言葉をもらっていないからな」
何を言っているんだという顔をしているが、こちらが何を言っているのだと言いたい。
「あのですね、だから以前も言った通り私はあなたと結婚するつもりは……」
「それより外に馬車を待たせているんだ。早く行くぞ」
そう言うなり彼は私の手首を掴んで外へ連れ出そうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください。まだ支度が、いえ、そもそもあなたと出かけるつもりはありませんからっ」
「俺はお前と出かけたい」
「なんですかその答えは!」
意味がわからない。納得する説明をして欲しい。だが私が口を開く前に彼の行動はもう先を行っており、いつの間にか馬車に押し込まれ、そのまま動き出していた。
窓からいってらっしゃいませと見送る使用人たちの姿が見え、私は呆然とする。もしかして私以外の人間はみな今日の予定を知っていたのだろうか。あの期待に満ちた、それでいてどこか楽しそうな笑みはきっとそうだ。
酷いじゃないか。私はグレイと結婚するつもりはない。そのことを彼らも知っているはずだ。それなのにこの仕打ち。……いいや。彼らは私を心配しているだけ。責めるのは違う。
けれど腹の虫がおさまることはない。ならば怒りの矛先は自然と向かいに座る男へと向かう。偉そうに脚なんか組んで。長い脚だって自慢しているのだろうか。
実際彼の脚は長い。だからこそ余計に腹が立つ。
「どうしてあなたはいつもそう急なんですか」
努めて冷静な声を出そうとしたが、刺々しい響きを持ってしまった。
「急でないとお前は断るだろう」
当たり前です! と大声をあげそうになるも、はしたないとグッと我慢する。こうなったら仕方がない。さっさと用事を済ませ、一刻も早く帰って来よう
腹をくくった私は一つ深呼吸をして目の前の男に訊ねた。
「それで、今日はどこへ行くんですか」
「買い物だ」
なぜ彼と買い物に行かなければならないのか。買いたい物なんて一つもないのに。もしかして自分の買い物に付き合わせているだけではないのか。冗談じゃない。
平静を装うとしても、次から次へと不満がわいてくる。少し前まで罪悪感を抱いていた自分が馬鹿みたいだ。
「お前が好きだから、一緒に出かけたい」
「っ……」
どうしてまだ好きだと言えるのだろう。もう何度も断っているのに。あんなにはっきりと断ったのに。他の男性が好きだと言ったのに!
……怖くないのだろうか。
私はそっと幼馴染の顔を盗み見た。頬杖をついて窓の外を見ている姿は中々様になっており、屋敷のメイドたちが黄色い声をあげるのも悔しいが納得できた。
ずっと見慣れてきた顔だ。顔だけではなく、中身もよく知っている。そう思っていたけれど、違うのだろうか。彼が何を考えているか、問いかけることもできないまま、馬車は街へと向かっていった。
「以前からお前には赤色の方が似合うと思っていた」
そう言われた私は今赤いドレスを着ている。真っ赤な赤色ではなく、暗めの、落ち着いた印象を与える色だ。露出も多くなく、かといって窮屈すぎることもない。着心地もよい。店に置いてあったものなのでサイズが幾分違うが、後で新しく作り直すので問題ないらしい。
「お前の黒い髪には赤がよく映える」
グレイはあそこはこうしてくれ、ここはああしてくれと、令嬢が社交界デビューするためのドレスを注文する母親のように事細かに要望を出している。
その様子を見ていた私はもう何度目になるかわからないため息をついた。
「女性の服に文句を言うのはいかがなものかと思いますよ」
「何を言う。お前を最も美しく見せるための必要な助言だ」
普通だったら絶対ありえないことだろう。だがこの男は過去、実際に私が社交界デビューする際の衣装にもあれこれと注文をつけてきたのだ。
そしてなぜかそれを母親や仕立屋も真面目に聞き入れるものだから、当時の私はたいそう困惑したものだ。一体グレイは彼らにどういう存在だと認識されているのか。
「あなたは私の何なんですか……」
「幼馴染であり、お前と結婚したいと望んでいる男だ」
だからなんでそう恥ずかしいことを大声で言ってしまうのか。彼の隣にいる仕立屋の主人が微笑ましいと言わんばかりに笑っているじゃないか。
「それにお前だって昔は赤を好んで着ていただろう」
「……昔はでしょう。成長して今は好みが変わったんです」
「好きな男の好みにか」
目を瞠る私に、図星だろうとグレイは笑った。それがどういう意図かはわからない。けれど私には嘲笑ったように見え、実に不愉快だった。
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