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罪悪感

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 その後、グレイは毎日私のもとへと訪れた。自分の仕事もあるだろうに、かかすことなく、毎日。まるで幼い頃のように。いや、あの時よりもずっと頻繁にだ。

 演劇を誘いに。お茶を飲みに。花を届けに。

 不器用に。けれど懸命に私の気を引こうとしている。彼らしくないことをしているなと私が思っていると、彼はピンと背筋を伸ばして言うのだ。

「スカーレット。俺と結婚してほしい」

 真剣な表情で、私のどんな表情も一切見逃すまいと、真っ直ぐに私だけを見つめてくる。彼の張りつめた表情を見ていると、本当に私のことが好きなんだと伝わってくる。

 ……私も、あの人のことをこんな表情で見ていたのだろうか。

 頭をよぎるのは全く別の顔だった。結婚を申し込む男性を目の前に、他の異性のことを考えるのは最低な行為だ。嫌な女だなと思う。それでもやっぱり考えてしまう。まだ彼に未練があるということだろう。情けなくて嫌になるが、こればかりは仕方がない。

「ごめんなさい」

 抑揚のない声できっぱりと断っていた。いざ言葉にしてみると、やはり自分は結婚できないと実感する。

「そうか。わかった」

 わかった、と言いながらも彼がこれまで折れたことはない。また懲りずに結婚を申し込むだろうか。それとも今度こそ諦めてくれるだろうか。

「また芝居でも観に行かないか。それともたまには買い物にでも出かけるか?」
「……もうやめにしませんか」

 先ほどのことなど無かったかのように話し始めた幼馴染に、私は悟った。彼は諦めない。これからも私に結婚してくれと言い続けるだろう。その度に私はすげなく断らなければならない。罪悪感を抱えて。

「何度申し込まれようが、私はあなたと結婚するつもりはありません」
「じゃあ誰と結婚するつもりだ」
「……誰ともしたくありません」

 子どもみたいな答えだと思った。それでも偽りない本心でもあった。

「いいや違うな。お前はあの男と結婚したいんだ」
「違うわ」

 即答した私に、ほら見ろと言わんばかりに彼が笑った。

「いいや、そうさ。まだやつが自分の元へ戻って来てくれるはずだと、心のどこかで期待している。あの芝居のようにな」

 なんて嫌な男だろう。私はきっと睨みつけてやったが、彼は私を怒らせることができて楽しそうだった。

「なあ、スカーレット。いつまでもあんな男のことでくよくよ考えるな」
「くよくよなんかしていません」

 私は普段通りに生活している。寝込んで部屋に引きこもってなんかいない。めそめそ泣いてなんかいない。彼の言葉は間違いだ。訂正して欲しかった。

 あんな男など、言って欲しくなかった。

 そう思うことこそがくよくよしている証拠だろうか。わからない。だが目の前の男に指摘されると、全力で否定しなくてはという気がしてくる。彼はそんな人ではない。彼は――

「……そうね。あなたの言うとおりだわ。私はまだ彼のことが好きなの」

 琥珀色の瞳がめいいっぱい見開かれた。私が肯定したことに対する驚き、動揺、そしてかすかに傷ついたような表情をグレイは見せた。だがそれもほんのわずかな間で、次の瞬間には刺すような目で私を見ていた。

 ――まだそんなことを言うのか。

 愚か者め、という彼の声が聞こえてくる。私は微笑んでその問に答えてみせた。

「彼のことしか考えられない。彼が私の元へ戻ってくることを望んでいるの。もし戻ってこなくとも、彼のことを一生思い続けるわ。だからもう諦めて下さい」

 こんなにもはっきりと告げたことは、本人にもなかった。伝えていたら、何か変わっていただろうか。

「本気で言っているのか」

 低い声で、グレイはたずねた。

「ええ。本気です」
「一生思い続けるなんて、馬鹿な真似はよせ」
「彼を思って死ねるのならば、悔いはありませんわ」

 たかが失恋したくらいで何を大げさに言っているのだ。だが言ってしまえば、それもいいじゃないかと思う自分がいる。もう少し冷静であれば、自分に酔っているのだと客観視できるが、生憎とそんな余裕は今の私にはなかった。

「……また来る」

 心なしかグレイの背中はくたびれているように見えた。当然だ。自分がされて嫌だったことを彼にもしたのだ。じわじわと罪悪感に締め付けられる。

 けれどここまで言わなければ、彼は引き下がらない。辛いけれど、今度こそ伝わったはずだ。グレイには、私のような意地っ張りの女ではなく、もっと素直な子がいい……。

 帰ってゆくグレイを窓際から眺めながら、私はごめんなさいと心の中で謝った。

 そしてふと気づいてしまった。婚約者だった彼もまた、私に別れを告げる時同じ気持ちだったのだろうかと。

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