上 下
4 / 12

お断り

しおりを挟む
「どうせ後でばれることなのだから、最初から大勢の前で話しただけだ」
「あなたのそういうところが前々から苦手だったんです」

 居間のソファにどっかりと腰を下ろしたグレイは、なぜそんなことを? と言わんばかりの口調で言った。私はこめかみを押さえながら苦言を呈したが、彼にはまったく伝わらなかったようだ。

「それよりプロポーズの答えはどうなったんだ」
「……今はそんな気持ちにはなれません」

 そもそも失恋した直後に結婚を申し込むことに私は驚きを隠せない。もう少し段階を踏むべきではないか。

「好いている女性が傷心しているというのに、放っておく男がどこにいる」
「つまり弱みに付け込んだというわけですね」

 そういう考え方が好きではない私は眉をひそめた。そして私の言葉に彼もまた同じ表情を浮かべる。

「どうしてお前はそう穿った見方をするんだ」
「あなたの方こそ、どうしてそうせっかちなんですか」
「どうせいつか結婚しなければならないんだ。早い方がいいだろう」

 どうせ、いつか、しなければならない。早い方が、いい。

「その言い方なら、まるで誰でもいいように聞こえます」
「そんなわけないだろ! なんでお前は……」

 ぶつぶつと不平をこぼすグレン。

 今さらだが、私とグレイの関係はあまり良いとは言えない。幼い頃からの付き合い、いわゆる幼馴染という関係であり、それからも何かと付き合いがあったが、それも親同士の関係と貴族社会という狭い枠組みがあったからこそ続いたようなものだ。もしそれらがなければ、私と彼は永遠に交わることのない組み合わせだったはず。

 それが真不思議な縁でこの男とは今現在でも付き合いが続いており、今日に至ってはなんと結婚の申し込みまでされてしまった……。いったいどういうことなのだろうかと不思議でたまらない。

「スカーレット」
「はい」
「俺のことが嫌いか?」

 いいえ、と私は首を振る。

 彼は決して悪い人間ではない。けれど一人の男性として、異性として、結婚相手として考える時、どうしても違和感を覚える。

「あなたと私では相性が良くないと思います」

 性格や趣味趣向。そういった諸々の多くが彼と噛み合わない。些細なことかもしれないが、夫婦生活においては大事なことだ。

「そんなの今さらだ。俺とお前は違う。それでも俺は結婚するならお前がいい」

 相変わらず真っ直ぐな言葉だ。普通の女性ならばここで胸がときめくのだろう。けれど私は生憎そんな可愛らしさは持ち合わせていなかった。もしくは彼だからそうならなかったのかもしれない。おそらく後者の方が正しい気がする。

「もう少し慎重になられた方がよろしいと思いますわ」
「必要ない。それに大切なことは相手が好きだという気持ちだ」

 結婚はそんな甘いものではない。気持ちだけではいつか必ず限界が来る。どうしてわからないのか。……と言ったところで、おそらく伝わらない。それが私と彼の価値観の違いだから。

 けれどこのままではいけない。何を話すべきか。何を言えばいいのか。私の沈黙を男は別の意味に捉えたようだ。

「心配するな。お前の両親には、予め許可を得ている」

 いつのまに……いや、それよりもお父様たちも私と彼の結婚に賛成なのか……。けれど考えてみれば両親はグレイをひどく気に入っているので渡りに船といった心境なのかもしれない。

 私はふうとため息をついた。

「そういう問題ではありません」
「ではどういう問題だ」

 だから、と説明するのがだんだんと面倒に思えてきた。

「……とにかく、私はあなたと結婚するつもりはありません」
「どうしてもか」
「はい」

 きっぱりと告げた。

「わかった」

 スッと彼は立ち上がった。あまりにも素早い動作に、腹を立ててしまったのか、あるいは最初から冗談だった、いや、彼はそういった類のものは大嫌いなはずなので、やはり怒ってしまったのだろう。

 だがグレイは予想外の言葉を投げかけた。

「お前が断るのはわかっていた」
「……ならばなぜ申し込んだの」
「言っただろう。他の男のことで傷ついているのを放っておけなかった。そんな時間でうだうだ悩むくらいなら、俺のことで悩ませてやろうと思ったんだ」

 そう言うとグレイはニヤリと笑った。それは敵を罠に追い込めるかのような不敵な笑みで、私は思わずぎくりとする。

「スカーレット。俺は一度断られたくらいで諦めたりはしない男だ。絶対にお前を頷かせてみせるからな」

 そういう自信たっぷりなところがやっぱり苦手だと思った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

言いたいことは、それだけかしら?

結城芙由奈 
恋愛
【彼のもう一つの顔を知るのは、婚約者であるこの私だけ……】 ある日突然、幼馴染でもあり婚約者の彼が訪ねて来た。そして「すまない、婚約解消してもらえないか?」と告げてきた。理由を聞いて納得したものの、どうにも気持ちが収まらない。そこで、私はある行動に出ることにした。私だけが知っている、彼の本性を暴くため―― * 短編です。あっさり終わります * 他サイトでも投稿中

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈 
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

そう言うと思ってた

mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。 ※いつものように視点がバラバラします。

(完結)だったら、そちらと結婚したらいいでしょう?

青空一夏
恋愛
エレノアは美しく気高い公爵令嬢。彼女が婚約者に選んだのは、誰もが驚く相手――冴えない平民のデラノだった。太っていて吹き出物だらけ、クラスメイトにバカにされるような彼だったが、エレノアはそんなデラノに同情し、彼を変えようと決意する。 エレノアの尽力により、デラノは見違えるほど格好良く変身し、学園の女子たちから憧れの存在となる。彼女の用意した特別な食事や、励ましの言葉に支えられ、自信をつけたデラノ。しかし、彼の心は次第に傲慢に変わっていく・・・・・・ エレノアの献身を忘れ、身分の差にあぐらをかきはじめるデラノ。そんな彼に待っていたのは・・・・・・ ※異世界、ゆるふわ設定。

心から愛しているあなたから別れを告げられるのは悲しいですが、それどころではない事情がありまして。

ふまさ
恋愛
「……ごめん。ぼくは、きみではない人を愛してしまったんだ」  幼馴染みであり、婚約者でもあるミッチェルにそう告げられたエノーラは「はい」と返答した。その声色からは、悲しみとか、驚きとか、そういったものは一切感じられなかった。  ──どころか。 「ミッチェルが愛する方と結婚できるよう、おじさまとお父様に、わたしからもお願いしてみます」  決意を宿した双眸で、エノーラはそう言った。  この作品は、小説家になろう様でも掲載しています。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

処理中です...