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「どうせ後でばれることなのだから、最初から大勢の前で話しただけだ」
「あなたのそういうところが前々から苦手だったんです」
居間のソファにどっかりと腰を下ろしたグレイは、なぜそんなことを? と言わんばかりの口調で言った。私はこめかみを押さえながら苦言を呈したが、彼にはまったく伝わらなかったようだ。
「それよりプロポーズの答えはどうなったんだ」
「……今はそんな気持ちにはなれません」
そもそも失恋した直後に結婚を申し込むことに私は驚きを隠せない。もう少し段階を踏むべきではないか。
「好いている女性が傷心しているというのに、放っておく男がどこにいる」
「つまり弱みに付け込んだというわけですね」
そういう考え方が好きではない私は眉をひそめた。そして私の言葉に彼もまた同じ表情を浮かべる。
「どうしてお前はそう穿った見方をするんだ」
「あなたの方こそ、どうしてそうせっかちなんですか」
「どうせいつか結婚しなければならないんだ。早い方がいいだろう」
どうせ、いつか、しなければならない。早い方が、いい。
「その言い方なら、まるで誰でもいいように聞こえます」
「そんなわけないだろ! なんでお前は……」
ぶつぶつと不平をこぼすグレン。
今さらだが、私とグレイの関係はあまり良いとは言えない。幼い頃からの付き合い、いわゆる幼馴染という関係であり、それからも何かと付き合いがあったが、それも親同士の関係と貴族社会という狭い枠組みがあったからこそ続いたようなものだ。もしそれらがなければ、私と彼は永遠に交わることのない組み合わせだったはず。
それが真不思議な縁でこの男とは今現在でも付き合いが続いており、今日に至ってはなんと結婚の申し込みまでされてしまった……。いったいどういうことなのだろうかと不思議でたまらない。
「スカーレット」
「はい」
「俺のことが嫌いか?」
いいえ、と私は首を振る。
彼は決して悪い人間ではない。けれど一人の男性として、異性として、結婚相手として考える時、どうしても違和感を覚える。
「あなたと私では相性が良くないと思います」
性格や趣味趣向。そういった諸々の多くが彼と噛み合わない。些細なことかもしれないが、夫婦生活においては大事なことだ。
「そんなの今さらだ。俺とお前は違う。それでも俺は結婚するならお前がいい」
相変わらず真っ直ぐな言葉だ。普通の女性ならばここで胸がときめくのだろう。けれど私は生憎そんな可愛らしさは持ち合わせていなかった。もしくは彼だからそうならなかったのかもしれない。おそらく後者の方が正しい気がする。
「もう少し慎重になられた方がよろしいと思いますわ」
「必要ない。それに大切なことは相手が好きだという気持ちだ」
結婚はそんな甘いものではない。気持ちだけではいつか必ず限界が来る。どうしてわからないのか。……と言ったところで、おそらく伝わらない。それが私と彼の価値観の違いだから。
けれどこのままではいけない。何を話すべきか。何を言えばいいのか。私の沈黙を男は別の意味に捉えたようだ。
「心配するな。お前の両親には、予め許可を得ている」
いつのまに……いや、それよりもお父様たちも私と彼の結婚に賛成なのか……。けれど考えてみれば両親はグレイをひどく気に入っているので渡りに船といった心境なのかもしれない。
私はふうとため息をついた。
「そういう問題ではありません」
「ではどういう問題だ」
だから、と説明するのがだんだんと面倒に思えてきた。
「……とにかく、私はあなたと結婚するつもりはありません」
「どうしてもか」
「はい」
きっぱりと告げた。
「わかった」
スッと彼は立ち上がった。あまりにも素早い動作に、腹を立ててしまったのか、あるいは最初から冗談だった、いや、彼はそういった類のものは大嫌いなはずなので、やはり怒ってしまったのだろう。
だがグレイは予想外の言葉を投げかけた。
「お前が断るのはわかっていた」
「……ならばなぜ申し込んだの」
「言っただろう。他の男のことで傷ついているのを放っておけなかった。そんな時間でうだうだ悩むくらいなら、俺のことで悩ませてやろうと思ったんだ」
そう言うとグレイはニヤリと笑った。それは敵を罠に追い込めるかのような不敵な笑みで、私は思わずぎくりとする。
「スカーレット。俺は一度断られたくらいで諦めたりはしない男だ。絶対にお前を頷かせてみせるからな」
そういう自信たっぷりなところがやっぱり苦手だと思った。
「あなたのそういうところが前々から苦手だったんです」
居間のソファにどっかりと腰を下ろしたグレイは、なぜそんなことを? と言わんばかりの口調で言った。私はこめかみを押さえながら苦言を呈したが、彼にはまったく伝わらなかったようだ。
「それよりプロポーズの答えはどうなったんだ」
「……今はそんな気持ちにはなれません」
そもそも失恋した直後に結婚を申し込むことに私は驚きを隠せない。もう少し段階を踏むべきではないか。
「好いている女性が傷心しているというのに、放っておく男がどこにいる」
「つまり弱みに付け込んだというわけですね」
そういう考え方が好きではない私は眉をひそめた。そして私の言葉に彼もまた同じ表情を浮かべる。
「どうしてお前はそう穿った見方をするんだ」
「あなたの方こそ、どうしてそうせっかちなんですか」
「どうせいつか結婚しなければならないんだ。早い方がいいだろう」
どうせ、いつか、しなければならない。早い方が、いい。
「その言い方なら、まるで誰でもいいように聞こえます」
「そんなわけないだろ! なんでお前は……」
ぶつぶつと不平をこぼすグレン。
今さらだが、私とグレイの関係はあまり良いとは言えない。幼い頃からの付き合い、いわゆる幼馴染という関係であり、それからも何かと付き合いがあったが、それも親同士の関係と貴族社会という狭い枠組みがあったからこそ続いたようなものだ。もしそれらがなければ、私と彼は永遠に交わることのない組み合わせだったはず。
それが真不思議な縁でこの男とは今現在でも付き合いが続いており、今日に至ってはなんと結婚の申し込みまでされてしまった……。いったいどういうことなのだろうかと不思議でたまらない。
「スカーレット」
「はい」
「俺のことが嫌いか?」
いいえ、と私は首を振る。
彼は決して悪い人間ではない。けれど一人の男性として、異性として、結婚相手として考える時、どうしても違和感を覚える。
「あなたと私では相性が良くないと思います」
性格や趣味趣向。そういった諸々の多くが彼と噛み合わない。些細なことかもしれないが、夫婦生活においては大事なことだ。
「そんなの今さらだ。俺とお前は違う。それでも俺は結婚するならお前がいい」
相変わらず真っ直ぐな言葉だ。普通の女性ならばここで胸がときめくのだろう。けれど私は生憎そんな可愛らしさは持ち合わせていなかった。もしくは彼だからそうならなかったのかもしれない。おそらく後者の方が正しい気がする。
「もう少し慎重になられた方がよろしいと思いますわ」
「必要ない。それに大切なことは相手が好きだという気持ちだ」
結婚はそんな甘いものではない。気持ちだけではいつか必ず限界が来る。どうしてわからないのか。……と言ったところで、おそらく伝わらない。それが私と彼の価値観の違いだから。
けれどこのままではいけない。何を話すべきか。何を言えばいいのか。私の沈黙を男は別の意味に捉えたようだ。
「心配するな。お前の両親には、予め許可を得ている」
いつのまに……いや、それよりもお父様たちも私と彼の結婚に賛成なのか……。けれど考えてみれば両親はグレイをひどく気に入っているので渡りに船といった心境なのかもしれない。
私はふうとため息をついた。
「そういう問題ではありません」
「ではどういう問題だ」
だから、と説明するのがだんだんと面倒に思えてきた。
「……とにかく、私はあなたと結婚するつもりはありません」
「どうしてもか」
「はい」
きっぱりと告げた。
「わかった」
スッと彼は立ち上がった。あまりにも素早い動作に、腹を立ててしまったのか、あるいは最初から冗談だった、いや、彼はそういった類のものは大嫌いなはずなので、やはり怒ってしまったのだろう。
だがグレイは予想外の言葉を投げかけた。
「お前が断るのはわかっていた」
「……ならばなぜ申し込んだの」
「言っただろう。他の男のことで傷ついているのを放っておけなかった。そんな時間でうだうだ悩むくらいなら、俺のことで悩ませてやろうと思ったんだ」
そう言うとグレイはニヤリと笑った。それは敵を罠に追い込めるかのような不敵な笑みで、私は思わずぎくりとする。
「スカーレット。俺は一度断られたくらいで諦めたりはしない男だ。絶対にお前を頷かせてみせるからな」
そういう自信たっぷりなところがやっぱり苦手だと思った。
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