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失恋

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 その後、グレイに抱えられて屋敷へ帰ってきた私はたいそう心配した両親や使用人たちに出迎えられ、自分がいかに周囲に迷惑なことをしたのかを痛感した。いくら婚約者に振られたからといって、そのまま家を飛び出すことはしてはいけないことだった。後先考えず行動する。こういうところがだめなのだ。

「本当にごめんなさい」
「あなたに何もなかったのならいいのよ」
「そうだよ。今は何も考えず、ゆっくり休みなさい」

 両親の優しい言葉に、私はその夜こっそりとベッドの中で泣いた。何もかもすべてこのまま忘れてしまいたかった。

 簡単に言ってしまえば、私は婚約者に振られた。ただそれだけである。それだけのことがこんなにも自身の心を打ちのめすのは、私がそれだけ相手のことを好きだったから。

 初恋だった。初めてあんなにも激しく誰かを好きになった。順調にプロポーズしてもらい、このまま彼のお嫁さんにしてもらえたら……いいや、きっとするんだと夢見がちな私はそう信じて疑わなかった。

 でもそれは私だけだった。彼には本当に好きな人がいて、その人と結婚したいと打ち明けたのだ。

 馬鹿みたいだ。何度思い返しても己の浅はかさが嫌になる。どうして私はこうなんだろう。誰か私を穴に埋めて欲しい。

「お嬢様。グレイ様がお見えになられています」

 気遣うような眼差しで使用人が幼馴染の来訪を告げた。

 正直今は誰にも会いたくないというのが本音であるが、彼にはあの日世話になった。追い返すのは無礼だろう。

 それに弱った姿を誰かに見せることは、私のプライドが許さなかった。辛い時も、いや、辛い時だからこそ、いつもと変わらぬ凛とした姿で振る舞うべきだ。

 そう考えた私は疲れ切った身体に鞭打ち、彼を出迎えるために玄関へと向かった。口を真一文字に結び、背筋をピンと伸ばしているグレイの姿はまるで一糸乱れぬ動きをする軍人のように美しく、人を寄せ付けない威圧感もあった。

 蹴落とされてしまわないよう、お腹に力を込めて私は彼の名を呼んだ。

「先日はどうもありがとうございました」

 丁寧な口調でお礼を述べたつもりが、彼は気に入らなかったのか眉間に皺を寄せている。

「他人行儀はよせ。相変わらずお前は……いや、そんなことはどうでもいい」

 今日は話があるんだと彼は真面目な顔をして私を見つめた。

「そうですか。では、立ち話もなんですからどうぞこちらに」

 部屋へと案内しようとする私の手を取って、彼はよく通る大きな声で告げたのだった。

「スカーレット。俺と結婚して欲しい」

 きゃあ、と興奮したような悲鳴をあげたのは私ではなく近くに控えていたメイドたち。

「幼い頃からずっとお前のことが好きだった」

 だから結婚して欲しい。

 彼の言葉に、さらに悲鳴が重なった。
 その間私の頭は様々な思いが複雑に入り乱れていったが、結論として言いたいことは一つだった。

「……どうしてこんな人前でおっしゃるんですか」

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