3 / 12
失恋
しおりを挟む
その後、グレイに抱えられて屋敷へ帰ってきた私はたいそう心配した両親や使用人たちに出迎えられ、自分がいかに周囲に迷惑なことをしたのかを痛感した。いくら婚約者に振られたからといって、そのまま家を飛び出すことはしてはいけないことだった。後先考えず行動する。こういうところがだめなのだ。
「本当にごめんなさい」
「あなたに何もなかったのならいいのよ」
「そうだよ。今は何も考えず、ゆっくり休みなさい」
両親の優しい言葉に、私はその夜こっそりとベッドの中で泣いた。何もかもすべてこのまま忘れてしまいたかった。
簡単に言ってしまえば、私は婚約者に振られた。ただそれだけである。それだけのことがこんなにも自身の心を打ちのめすのは、私がそれだけ相手のことを好きだったから。
初恋だった。初めてあんなにも激しく誰かを好きになった。順調にプロポーズしてもらい、このまま彼のお嫁さんにしてもらえたら……いいや、きっとするんだと夢見がちな私はそう信じて疑わなかった。
でもそれは私だけだった。彼には本当に好きな人がいて、その人と結婚したいと打ち明けたのだ。
馬鹿みたいだ。何度思い返しても己の浅はかさが嫌になる。どうして私はこうなんだろう。誰か私を穴に埋めて欲しい。
「お嬢様。グレイ様がお見えになられています」
気遣うような眼差しで使用人が幼馴染の来訪を告げた。
正直今は誰にも会いたくないというのが本音であるが、彼にはあの日世話になった。追い返すのは無礼だろう。
それに弱った姿を誰かに見せることは、私のプライドが許さなかった。辛い時も、いや、辛い時だからこそ、いつもと変わらぬ凛とした姿で振る舞うべきだ。
そう考えた私は疲れ切った身体に鞭打ち、彼を出迎えるために玄関へと向かった。口を真一文字に結び、背筋をピンと伸ばしているグレイの姿はまるで一糸乱れぬ動きをする軍人のように美しく、人を寄せ付けない威圧感もあった。
蹴落とされてしまわないよう、お腹に力を込めて私は彼の名を呼んだ。
「先日はどうもありがとうございました」
丁寧な口調でお礼を述べたつもりが、彼は気に入らなかったのか眉間に皺を寄せている。
「他人行儀はよせ。相変わらずお前は……いや、そんなことはどうでもいい」
今日は話があるんだと彼は真面目な顔をして私を見つめた。
「そうですか。では、立ち話もなんですからどうぞこちらに」
部屋へと案内しようとする私の手を取って、彼はよく通る大きな声で告げたのだった。
「スカーレット。俺と結婚して欲しい」
きゃあ、と興奮したような悲鳴をあげたのは私ではなく近くに控えていたメイドたち。
「幼い頃からずっとお前のことが好きだった」
だから結婚して欲しい。
彼の言葉に、さらに悲鳴が重なった。
その間私の頭は様々な思いが複雑に入り乱れていったが、結論として言いたいことは一つだった。
「……どうしてこんな人前でおっしゃるんですか」
「本当にごめんなさい」
「あなたに何もなかったのならいいのよ」
「そうだよ。今は何も考えず、ゆっくり休みなさい」
両親の優しい言葉に、私はその夜こっそりとベッドの中で泣いた。何もかもすべてこのまま忘れてしまいたかった。
簡単に言ってしまえば、私は婚約者に振られた。ただそれだけである。それだけのことがこんなにも自身の心を打ちのめすのは、私がそれだけ相手のことを好きだったから。
初恋だった。初めてあんなにも激しく誰かを好きになった。順調にプロポーズしてもらい、このまま彼のお嫁さんにしてもらえたら……いいや、きっとするんだと夢見がちな私はそう信じて疑わなかった。
でもそれは私だけだった。彼には本当に好きな人がいて、その人と結婚したいと打ち明けたのだ。
馬鹿みたいだ。何度思い返しても己の浅はかさが嫌になる。どうして私はこうなんだろう。誰か私を穴に埋めて欲しい。
「お嬢様。グレイ様がお見えになられています」
気遣うような眼差しで使用人が幼馴染の来訪を告げた。
正直今は誰にも会いたくないというのが本音であるが、彼にはあの日世話になった。追い返すのは無礼だろう。
それに弱った姿を誰かに見せることは、私のプライドが許さなかった。辛い時も、いや、辛い時だからこそ、いつもと変わらぬ凛とした姿で振る舞うべきだ。
そう考えた私は疲れ切った身体に鞭打ち、彼を出迎えるために玄関へと向かった。口を真一文字に結び、背筋をピンと伸ばしているグレイの姿はまるで一糸乱れぬ動きをする軍人のように美しく、人を寄せ付けない威圧感もあった。
蹴落とされてしまわないよう、お腹に力を込めて私は彼の名を呼んだ。
「先日はどうもありがとうございました」
丁寧な口調でお礼を述べたつもりが、彼は気に入らなかったのか眉間に皺を寄せている。
「他人行儀はよせ。相変わらずお前は……いや、そんなことはどうでもいい」
今日は話があるんだと彼は真面目な顔をして私を見つめた。
「そうですか。では、立ち話もなんですからどうぞこちらに」
部屋へと案内しようとする私の手を取って、彼はよく通る大きな声で告げたのだった。
「スカーレット。俺と結婚して欲しい」
きゃあ、と興奮したような悲鳴をあげたのは私ではなく近くに控えていたメイドたち。
「幼い頃からずっとお前のことが好きだった」
だから結婚して欲しい。
彼の言葉に、さらに悲鳴が重なった。
その間私の頭は様々な思いが複雑に入り乱れていったが、結論として言いたいことは一つだった。
「……どうしてこんな人前でおっしゃるんですか」
20
お気に入りに追加
288
あなたにおすすめの小説
【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。
【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く
とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。
まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。
しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。
なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう!
そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。
しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。
すると彼に
「こんな遺書じゃダメだね」
「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」
と思いっきりダメ出しをされてしまった。
それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。
「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」
これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。
そんなお話。
【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語
ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ……
リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。
⭐︎2023.4.24完結⭐︎
※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。
→2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)
【完結】夫もメイドも嘘ばかり
横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。
サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。
そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。
夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。
愛しておりますわ、“婚約者”様[完]
ラララキヲ
恋愛
「リゼオン様、愛しておりますわ」
それはマリーナの口癖だった。
伯爵令嬢マリーナは婚約者である侯爵令息のリゼオンにいつも愛の言葉を伝える。
しかしリゼオンは伯爵家へと婿入りする事に最初から不満だった。だからマリーナなんかを愛していない。
リゼオンは学園で出会ったカレナ男爵令嬢と恋仲になり、自分に心酔しているマリーナを婚約破棄で脅してカレナを第2夫人として認めさせようと考えつく。
しかしその企みは婚約破棄をあっさりと受け入れたマリーナによって失敗に終わった。
焦ったリゼオンはマリーナに「俺を愛していると言っていただろう!?」と詰め寄るが……
◇テンプレ婚約破棄モノ。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる