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自分にできることを

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 セレスト公国の周囲には小さな国々が寄せ集まっている。みなノワール帝国を宗主国のように仰ぎ、恭順の意を示している。

 そうした国々を、リュシエンヌは新婚旅行としてできるだけ回り、各国の統治者や関係者に挨拶した。

「リュシエンヌ様、ようこそメルヴェイユへ。お会いしたかったですわ!」
「わたしもです。ベアトリス様」

 リュシエンヌより小柄で、亜麻色の毛先がくるんとカールした少女が、顔を綻ばせて歓迎してくれた。

 彼女はベアトリス・レア・メルヴェイユ。メルヴェイユ国の王女である。

 実はベアトリスとは文を通して以前から親交があった。

 同じくらいの――と言っても、リュシエンヌより三歳下の姫がいると聞き、リュシエンヌの方からメルヴェイユ国の使者に手紙を渡したことがきっかけだ。ちょうど、ランスロットと婚約した頃であり、もう二年の付き合いとなる。

「なかなかお顔をお見せすることができずごめんなさい。ご結婚、おめでとう。本当はわたくしも直接出向いてお祝いしたかったのだけれど、お父様のお許しが得られなくて……」
「ベアトリス様の体調を心配なさってのことでしょう。お祝いの品やお手紙をいただけただけでも十分嬉しかったです」

 ベアトリスは身体があまり丈夫ではない。隣国とはいえ長旅で身体に支障をきたす可能性を考えれば、国王である父親の判断はもっともだ。

「あら。でもあなたにお医者様を紹介していただいてから、ずいぶんとよくなったのよ。途中休みながら向かうなら大丈夫だと許可ももらえたのに……お父様が過保護すぎるの」
「ベアトリス。ずいぶんとつれないことを言うね」

 メルヴェイユ国の王がベアトリスの後ろから登場して困ったように述べた。

 彼はリュシエンヌを見ると、厳格な表情を和らげて歓迎の意を示す。

「リュシエンヌ。そなたのことはベアトリスからよく聞かされた。娘のためにわざわざ医者まで紹介してもらえて……おかげで儂にも反論する元気がでてきたようだ。本当に感謝する」
「わたしも、ベアトリス様には元気になってほしかったので……良いお医者様に巡り合えたのならば、よかったですわ」

 リュシエンヌは知り合いを通じ、腕のいい医者にベアトリスを診てくれるよう頼んでいた。

「定期的に運動もして身体を鍛えていけば、もっと健康になれるでしょうって言ってくれたの。だからわたくし、乗馬でも始めてみようかと考えているのよ」
「まぁ、それはすごい」
「父親としてはもっと安全なものにしてほしいのだがね……」

 リュシエンヌとしても、国王の気持ちは理解できた。

「お散歩などどうでしょう? 大事なのは継続することでしょうし、毎日歩くだけでも、けっこうな運動になりますわ。わたしも、夫と毎日庭を散策するのが日課になっておりますの」

 とそこで、リュシエンヌは後ろを振り向き、夫のランスロットを紹介した。

 流麗な仕草で挨拶をするランスロットの姿に、ベアトリスは目を輝かせた。

「まぁ。あなたがリュシエンヌ様の伴侶なのね。お手紙で教えてくださったとおり、とても素敵な殿方!」

 手紙にランスロットのことも書いていたと明かされ、リュシエンヌは少し慌てる。ランスロットは「ほぉ」と言うように興味津々の顔をした。

「どうやら妻は先に手紙で私のことを紹介していたようですね。一体何と書かれていたか、非常に気になります」
「ふふ。読んでいてすごくあなたへの想いが伝わってくる内容だったわ」
「ベ、ベアトリス様。手紙の内容をばらしてしまうのは、マナー違反ですわ」
「あら、そうね。そう言うわけでごめんなさい、ランスロット様。これはわたくしとリュシエンヌ様の二人だけの秘密なの。さ、リュシエンヌ様、わたくしのお部屋でもっといろいろお話しましょう」

 さっそく部屋へ案内しようとするベアトリスを、メルヴェイユ王が呼びとめた。

「こらこらベアトリス。新妻を取り上げてしまってはいけないだろう。二人は新婚旅行も兼ねて我が国へ訪れたのだから」
「あ、そうよね。ごめんなさい。わたくしったらお友達が遊びに来てくれて、つい浮かれてしまったわ」

 しゅんとなって謝るベアトリスに、ランスロットが明るく笑った。

「いえいえ、ご心配には及びません。妻は王女殿下とお会いになられるのをずっと楽しみにしておりましたので、ここはどうかお二人に話させてあげてください。それが夫である私の何よりの幸せでもございますから」

(ランスロットったら……)

 彼は王族相手であろうと、臆することなく淀みない口調で物申した。国王はその言い方に少し目を丸くしたものの、面白そうに笑った。

「はは、そうか。そなたは愛妻家なのだな。わかった。ではベアトリス。デュラン夫人に迷惑をかけないよう話してきなさい。その間、儂はランスロット殿と世間話でもしていよう」
「私でよろしければ、ぜひともお付き合いいたします」

 ランスロットはリュシエンヌに軽く目配せし、こちらは大丈夫だから思う存分楽しんできてくれと伝えるように見送った。

「――素敵なご主人ね」

 部屋へ案内され、お茶を楽しんでいると、先ほどの様子を見ていたベアトリスにそう言われる。照れながらもリュシエンヌは頷いた。

「不甲斐ないわたしを、ずっとそばで支えてきてくれたんです」
「まるで物語に出てくる騎士と姫君そのものね。幼い頃からのお付き合いなのよね? あなたから告白したというのは本当?」
「ええ。わたしからです」
「まぁ。勇気があるのねぇ。でも素敵だわ!」

 ベアトリスは年頃の娘らしく恋愛話に夢中になった。

「いいわね。やっぱり時代は恋愛結婚よね……」
「お見合いから仲の良い夫婦になる男女もいますよ」

 リュシエンヌの両親がそうだ。

「そう、よね。そういうのも、いいわよね。……時にリュシエンヌ様。フェラン様はお元気かしら」

 急に畏まった口調で弟のことを聞いてきたベアトリスに、リュシエンヌは微笑ましい気持ちになった。フェランのことを手紙で書いた際、歳が近いせいか、あるいは結婚ということを考えた時、候補に挙げられる王族の異性として興味を持ったようだ。

「ええ。以前は座学の方を好んでいましたが、近頃は身体を動かすのが楽しいのか、剣術や馬術にも精を出すようになりました」
「馬術! やっぱりわたくしも馬に乗って同じ興味を持った方がいいかしら……」

 リュシエンヌはベアトリスとフェランが一緒になればいいなと思っていた。彼女と弟の結婚は国同士の繋がりも深めるからだ。

 今も決して打算抜きに考えることはできないが、友人であるベアトリスが幸せになってほしいという思いも生まれていた。

 その後リュシエンヌはベアトリスとの会話を楽しみ、国王夫妻と夕食の席を共にした。そこでちょうどフェランの話も持ち上がった。

 リュシエンヌがベアトリスと話している間に、国王もランスロットといろいろと話したようで、どうやら悪くない印象を抱いたようだった。

「そちらの兵と合同で訓練を行いたいと提案されてな。まだ現場に掛け合ってみないとわからないが、何かあった時のことを踏まえれば決して悪くない提案だな」

 考えておこうと前向きな返事をもらえて、リュシエンヌはメルヴェイユ国を後にした。

     ◇

「ベアトリス様に、たくさんお土産をいただいてしまったわ」
「話に聞いていたよりずいぶんと元気なご様子でしたね。陛下も姫様にずいぶんと感謝していましたよ」
「……わたしね、本当はちょっとベアトリス様と会うのが怖かったの。手紙では友達として接してくれたけれど、実際に会ったらがっかりされるのではないかと思って。でも……」

『今度はわたくしから貴女に会いに行くわ! 絶対ね!』

 ベアトリスは見送る際、笑顔と共にそう約束してくれた。

「彼女とお友達になれて、嬉しい」

 リュシエンヌの言葉にランスロットは優しく微笑んだ。

「よかったですね」
「うん……。あなたのおかげ」
「俺の?」

『姫様は姫様なりの方法で距離を縮めていけばいいんですよ』

 一度目の人生で、手紙を書くことを勧めてくれた。ランスロットはそんなこと言ったかと不思議そうな顔をするが、リュシエンヌは笑って、どういう意図で合同訓練を提案したのか訊いてみた。

「姫様がいろいろとセレスト公国のために考えているようでしたので、俺の方でも何かできないかなと考えたんです」

(……ランスロットにはやっぱり、いろいろ見抜かれているのね)

 この様子ならば、次に発する言葉も、あまり驚かないかもしれない。

「あのね、ランスロット。城へ帰る前に、一緒にご挨拶してほしい人がいるの」
「大公夫妻に会う前にですか?」

 勘のいい彼は、すぐにお忍びで誰かと会うのだと理解した。

「ええ。たぶん、すごく驚くと思うのだけれど……」

 ノワール帝国の皇帝、ギュスターヴの弟だと伝えれば、ランスロットはゆっくりと目を瞬かせた。
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