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現実逃避*

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 ランスロットは別荘地の管理を任されていた。

 当初聖アリアーヌ騎士団を辞めるということで、デュラン侯爵の跡を継ぐ話も持ち上がったそうだが、ランスロットの兄、ベルナールが継ぐことが決まっていたので、彼は丁重に辞退した。

 将来的には、ランスロットは侯爵家の当主となる兄を支える補佐を務めたいと申し出ており、今はこの別荘地の管理で勉強していきたいとのことだ。

「でもそれは俺の仕事ですから、姫様は好きなように過ごしてください」

 屋敷のことも、優秀な家令や使用人がいるので、気にしなくていいと言われた。

 リュシエンヌがそれでいいのかしらと不安がれば、では家令の報告を聞き、それを自分に教えてくれるよう頼まれた。

「父や兄から、村人たちの様子を見て困りごとを解消するのも領主の仕事だと言われたので、少し屋敷を留守にします。その間おそばを離れることになって申し訳ないのですが……」
「子どもではないのだから、それくらい平気よ」

 リュシエンヌとて、四六時中ランスロットと一緒にいられるわけではないと理解している。

 ……本当はほんの少し離れるだけでも辛いし、寂しくてたまらなかったが、彼も同じ顔をしており、すぐに帰ってくると誓ってくれたので、我儘を言ってはいけないと笑顔で見送った。

(……まだ、帰って来ない)

 ランスロットがいなくなると、急に屋敷の中が広く感じられ、孤独が増した。

 気を紛らわせようと両親や弟から届いた手紙に返信したり、家令の報告に耳を傾けたが、夜一人で眠る寂しさはどうしようもなかった。

(わたしも、ついて行けばよかった……)

 しかしここにいれば絶対安心だという気持ちに拍車がかかったせいか、ほんの少しでも外へ出るのが億劫になっていた。怖い、という気持ちもある。
 だからランスロットに留守番を任されて、本当は安心した。彼以外の人間に会う必要はないのだから。

(でも寂しい……。早く帰ってきて、ランスロット……)

「もしよろしければ、図書室へ行かれてはどうですか」

 物憂げに窓の外を見ていたリュシエンヌを気遣ってか、家令がそう勧めてきた。

「……そうね。せっかくランスロットが本を集めてくれたもの。たくさん読まなきゃ」

 実際どっさりと積まれた本を目にして、少し気持ちが明るくなった。

(何の本を読もうかしら)

 ランスロットはわざわざ自分のためにあちこちから本を取り寄せてくれたらしい。

 ただ収納する棚が足りなかったそうで、床に重ねられて放置されていた本の塊があった。それを器用に避けながら、まずは一番奥の棚から攻めようかと思っていると、運悪くつまずいてしまい、塔となっていた本を崩してしまった。

「あぁ、ごめんなさい……」

 貴重な本をわざとではなかったにせよ床へ落としてしまい、リュシエンヌは慌てて腰を折って傷がないか確かめていく。

 中にはページが開かれたものもあり、何となしに目を通す。そう言えば、こんなことが以前もあったと既視感を覚えた瞬間、リュシエンヌはハッとした。

「これ……」

『使命を果たすことができる者は女神の血を引く者のみ』
『代償によって他の誰かが果たしても、その者の魂は傷つき壊れる』

 リュシエンヌはとっさに本を閉じた。

 耳が痛いほど周囲は静寂に満ちており、誰もいないはずなのにリュシエンヌは後ろを振り向いた。
 そして誰もいないことがわかると、もう一度、恐る恐る本を開く。

(間違いない……。あの時と同じ本だわ)

 城の図書室からランスロットが持ち込んだのか。あるいはリュシエンヌの興味を引くと思い、新しく購入したのか。……なんとなく、どれも違う気がした。

 この本はリュシエンヌの目に触れさせるために自ら現れた。そう思えてならなかった。

「使命を果たすことができる者は、女神の血を引く者のみ……」

 リュシエンヌも薄々気づいていた。いいや、本当はとっくにこの人生が三度目で、自分はまたやり直していることを理解していた。

 目覚めた時――三度目をやり直したと思われる頃は、記憶の混濁がひどかったので、それまでの人生は全て悪夢で、現実に起こったことではないと思いかけていた。

 きっと二度目の人生があまりにも辛くて、そのショックで思い出すことを拒んでいたのだろう。しかしランスロットと過ごすうちに傷が癒され、正常な判断と忘れていた記憶が蘇り始めた。

(あの後わたしは恐らく死んで、セレスト公国も……)

 ぎゅっと手を握りしめ、滅ぼしたであろう男の顔が脳裏に思い浮かぶ。

『おまえに国を救うことはできなかったな』

 ギュスターヴにとって、リュシエンヌはただの駒の一つであった。
 こちらが結婚を拒もうが、受け入れようが、傷つけて壊して、戦争を起こす理由に仕立てるための道具として扱う。

(彼と結婚すれば、上手くいくと思っていた。でも、事はそう単純には進まなかった)

 結婚しても、ギュスターヴの関心を自分に向けさせなければ……その間に彼を信奉する後宮の女性たちと上手く折り合いをつけなければ先へは進めない。

(でも、そんなこと……)

 無理だ、と思った。

 仮に……ギュスターヴの心を射止めても、それまで身も心も捧げてきた女性たちが許しはしないだろう。ジョゼフィーヌがリュシエンヌの侍女たちを殺し、牢屋へ追い込んだように、必ず始末しようと画策するはずだ。

 そしてその背後にはジョゼフィーヌ本人だけでなく、彼女の実家である公爵家や帝国を支える貴族たちがいる。彼らを敵に回し、上手く回避することは、相当な難関だ。

(ギュスターヴにお願いして、排除してもらう?)

 有力貴族が潰されれば、帝国内は乱れるだろう。しかしそうすれば、セレスト公国の滅びは免れるのだろうか? ……いや、帝国の崩壊は、他の国にも影響を及ぼす。

(皇帝陛下を誑かした悪女として、わたしやセレスト公国に矛先が向くかもしれない……)

 それにやはり、ギュスターヴが自分を愛するとは到底思えなかった。

(いっそ薬でも使ってギュスターヴを懐柔する?)

 そんな悪事に手を染めなければならないのか。
 リュシエンヌは顔を覆って呻いた。

(わたしには、できない……)

 いくら考えても、正しい道がわからない。

(それでも何度もやり直して、模索し続けるしかないの?)

 その可能性に思い当たり、ゾッとした。
 あんな思いをもう一度……この先何度も繰り返せば、自分はいずれ壊れて――

「姫様。ただいま帰りました」

 ランスロットの声に、リュシエンヌは肩を震わせた。

「あ、ランスロット……」
「遅くなってしまい、申し訳ありません。何か不都合はありましたか?」

 ランスロットはこちらへ向かってくる。そうしてリュシエンヌが読んでいた本へ目を落とした。彼女は一瞬どきりとする。

 しかしそれは杞憂であった。ランスロットはぱらぱらとページを捲りながら、「セレスト公国の女神の話ですね」と会話の糸口としてごく普通に話した。やがて本を閉じると、脇へ置き、リュシエンヌを揶揄する瞳で見つめた。

「そう言えば、姫様はよく女神さまの生まれ変わりだと城のみんなに言われてましたね」

 その砕けた懐かしい雰囲気に、リュシエンヌも肩の力が抜け、「そうね」と答えることができた。

「でも、わたしは女神ではないわ」
「ええ、貴女は俺の妻ですから」

 そう言ってランスロットはリュシエンヌを抱きしめ、久しぶりに熱い口づけをした。
 恋い焦がれていた夫の香りと抱擁にリュシエンヌはあっという間に乱され、ふかふかの絨毯の上に押し倒されてしまう。

「ん……、ここでは、だめ……」
「はぁ……いいじゃありませんか、たまには。それに、ずっと会えなくて、もう我慢できないんです」
「だめ……」

 身を捩り、這うように彼の腕の中から抜け出そうとしたが、ランスロットが逃がさないとばかりに後ろから覆い被さってきて、すっぽりとリュシエンヌの身体を閉じ込めてしまう。

 彼はそのままスカートを捲り下着を脱がすと、柔らかな臀部を捏ね回して、双丘に肉棒を挟んできた。

「脚を、しっかり閉じていてくださいね」
「ぁ、ん……」

 何度か擦りつけると、すぐに中へ入ってくる。いつもはこちらがやめてくれと言うまで十分濡らすので、引き攣ったような痛みを感じた。

「ふ……ぅ、ん……」

 だが首筋に熱い息を吹きかけられ、耳を甘噛みされ、下から掬われるように胸を揉まれるうちに、淫水が湧きだし、膣内をぎっちり満たす男根がゆっくりと馴染んでいく。

 すぐに動くかと思ったが、ランスロットはリュシエンヌを下に閉じ込めたまま、じっとしている。顔は見えないが、背中に密着したランスロットの温もりを感じる。

「はぁ……姫様の匂いだ……」
「やだ、嗅がないで……」

 鼻をうなじに押しつけ、犬のように匂いを嗅ぐランスロットに、リュシエンヌは再度脱出を試みる。

 しかしどうもがいたところで、自分と彼の体格差は明白であり、ますます囲い込まれるだけであった。

「ああ、汗の臭いも混じってきた……」
「ひゃっ」

 ぺろりと肌を舐められて、リュシエンヌは震える。その反応が面白かったのか、ランスロットは微かに笑うと、今度は肌を吸ってきた。

「んっ、ランスロット……っ」
「可愛い……」

 ちゅっちゅっと短いリップ音を立てながら、ランスロットはゆっくりと中のものを蜜口ぎりぎりまで引き抜き、また時間をかけて中へ沈めていく。

「はぁ……ん、ぅ……」

 ちゅぷっ、くちゅっ、と淫らな音が静かな図書室に響くにつれて、抜け出そうと肘を立て、胸を浮かせていたリュシエンヌの身体は床へと落ちていった。

 頬を絨毯に押しつけ、ランスロットに言われた通り脚をぴったりとくっつけている。そうしないと彼のものが離れていってしまうから。

「はぁ、姫様……気持ちいい?」
「ん……っ、いい……、あっ、そんな奥まで……」

 ランスロットがさらに体重をかけることで、より深く肉棒が突き立てられる。激しい動きではないぶん、じわじわと追いつめられて、痺れるような甘い快感に全身が支配されていく。

「どうして、今日は、そんなにゆっくり、なの?」
「ゆっくりじゃないと、抜けてしまうんです……。はぁ、姫様は、激しい方がお好きですか?」
「……あなたの顔が、見えるのが、好き……」
「その言葉は、反則ですよ」

 顎を掬われ、振り向かされると同時に口を塞がれた。

「ん……」

 リュシエンヌはうっとりと蕩けた顔でランスロットに舌を吸われ、肌蹴た胸の蕾を摘まれた。ランスロットはどうして自分の気持ちがいいと思うところをこんなにも的確に触れてくるのだろう。

「ランスロット、きもちいい……わたし、だめなのに……本当は、逃げちゃ、あっ」
「いいんです。もっと、気持ちよくなってください……苦しいことや辛いことは全て忘れて、俺のことだけ考えて……」

 彼の言葉が甘い毒のように身体中に染み渡っていく。逆らう気力をゆっくりと喪失させ、やがて理性は完全に失われて、リュシエンヌは一匹の雌として、番である雄にむしゃぶりついていた。

「あぁ……もう、だめ、いっちゃ……っ」
「いいですよ、いって、俺もっ」
「ぁっ、あっ、あぁ――……」

 いつの間にか互いに服を着ておらず、うつ伏せから仰向けの格好で、彼に抱きしめられていた。どくどくと何度目かわからない白濁を最奥へ注ぎ込まれていく。一滴残らず搾り取ろうとするかのように中が蠢動し、咥えているのがわかる。

 荒い呼吸を繰り返しながら、リュシエンヌは薄暗くなった図書室の天井をぼんやり見つめて思う。

(わたしでは、なかったのかもしれない……)

 きっとそうだ。国を救うなどの大役は自分には務まらない。自分が果たさずとも、他の誰かがこの国を救ってくれる。その人に任せておけば、全て上手くいくはずだ。

 リュシエンヌは目を閉じて、現実から逃げ出した。役目から逃げ出した。

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