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違和感

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 ランスロットとの関係は、リュシエンヌの世話をしている侍女には隠しきれず、秘密を共有していた。時折何か言いたげな顔をされるが、基本的には知らない振りをしてくれる。ランスロットには何か小言を述べているかもしれないが、主であるリュシエンヌには舞踏会の時のように協力する姿勢である。

 忠誠心もあるだろうが……たぶん、リュシエンヌの両親が薄々勘付いているからではないだろうか。

 両親が何も言わないので、黙認していると受け取り、侍女も何も言えないのだ。

 そして例え止められても、ランスロットはリュシエンヌに触れることをやめなかっただろう。どのみち彼は何かに急き立てられるようにリュシエンヌとの関係を深め、彼女が十八になるとすぐに結婚できるよう進めていた。

 リュシエンヌも反対しなかった。ただランスロットに求婚され、涙を浮かべながら頷いた。嬉しかった。断ることなど、どうしてできようか。ただ――

「騎士団を辞める?」
「はい」

 求婚されて幸せな気持ちに酔いしれていたリュシエンヌはランスロットの告白に水をかけられたかのように呆然とした。

「そんな、辞めるなんて」
「驚かしてしまいました? でも、もともと姫様の護衛役としてずっと仕えておりましたので、そんなに気にする必要はありませんよ」
「でも、わざわざ辞めなくても……」

 確かに他の騎士たちと違い、ランスロットはリュシエンヌの護衛を任務として、単独で行動することが多いように見えた。

 しかしそれはリュシエンヌの目に映る姿であろうし、実際は見えないところで他の騎士たちと報告をしたりと、連携を図っていたはずだ。

 何より騎士団の一員になることは、騎士の家系に生まれた者であれば誰もが目指す道であり、国のために剣を掲げることができるのは何よりの名誉となる。

 その名誉を手放す……捨てると、彼は言っているのだ。

「騎士団を辞めるということは、騎士でなくなるのでしょう?」
「形式的にはそうですが、ご心配には及びません。俺はずっと姫様の騎士です。これまで通りおそばに仕え、お守りいたします」
「そうじゃなくて……。ランスロットの今の地位は、幼い頃から努力して得たものでしょう? 手放すことになって、惜しくないの?」

 ランスロットは不思議そうな顔をした。

「俺が騎士になりたいと思ったのは、姫様をおそばで守る資格が欲しかったからです。夫となった今、その地位にこだわる必要はありません。むしろ姫様と離れる要因になるのならば、辞めて当然です」

 強い違和感を覚えた。頭がズキリと痛み、「違う」と思った。

『騎士になった理由ですか? 急に改めて聞かれると恥ずかしいですね。……そうですね、やっぱり姫様が心配だからですかね。ほら、姫様ってば目を離すとすぐに転んで、そのまま川にでも流されてしまいそうで、いたっ、そこまで鈍臭くない? 本当ですか? あたたっ……すみません』

「実は父や兄からはそのまま残るよう言われたのですが、断りました」

『まぁ、一番は姫様をお守りすることで揺るぎませんが、他にも大公夫妻やフェラン様、姫様の大切な方々を守りたいと思ったから、騎士になることを決めたんです』

「俺にとって大切なのは、姫様だけですから」

 かつて見せてくれたランスロットの笑顔が、今の彼と重ならない。同じなようで、何かが決定的に違う。

「姫様?」
「……ううん。あなたが決めたことなら、いいの」

 リュシエンヌはランスロットの決定を受け入れた。

 違和感を覚え、以前までの彼を知っているならば正さねばならなかったことも、目を瞑った。だって――

「姫様。結婚したら、俺の実家、侯爵家の別荘に住みませんか? 綺麗な湖がある静かな場所で、きっと姫様も気にいるはずです」

 指を絡めて、二人の未来をランスロットは語ってくれる。いつか旅行する際に行きたいと考えていた場所を、生涯の住処とすることを提案する。

「もちろん使用人や警護は必要ですが、それ以外は俺と姫様の二人きりです」
「……すてきね」

 リュシエンヌは涙を浮かべて、ランスロットに言った。

 間違っていても、正しい道でなかったとしても、リュシエンヌはもうどうでもよかった。

 ただランスロットの言葉が嬉しくて、彼の言う通り、二人きりの世界にいたかった。

     ◇

 ランスロットの家族は、彼がリュシエンヌと結婚することは許しても、騎士団を辞めることは最後まで反対のようだった。

 父やフェランの説得もあったが、ランスロットの決意は変わらず、そのせいでどこかぎくしゃくした関係をリュシエンヌとの間にも生んでしまったが、どのみちもうあまり会わなくなるのだから気にしなくていいとランスロットは馬車の中で慰めた。

 ランスロットの父親――デュラン侯爵家の領地でもある別荘地へ行く間、二人は同じ馬車に乗り、互いに身体を寄り添わせ、離さないよう手を繋いでいた。

 二人はようやく夫婦となった。結婚式も挙げたが、一度目の時よりさらに、最低限の身内だけを集めた質素なものであった。公女としていかがなものかという意見もあったが、リュシエンヌとランスロットの強い要望だったので、父が臣下を説得して、二人の意思を尊重してくれた。

『年に数回は、顔を見せるように』

 公都を離れることも、本当はあまり賛成した様子ではなかったが、リュシエンヌたちの雰囲気に何か感じるところがあったのか、そんな約束を取り付けさせて、最後には見送ってくれた。

 もう誰も、自分たちの邪魔をする者はいない。

(ランスロット……)

 いつもはお喋りなのに、その時のランスロットは最低限の口数で、リュシエンヌはさらに無口であった。

 どこか緊張を孕んだ空気だが、決して気まずくはなく、リュシエンヌが繋いだ手を握りしめると、すかさず彼が握り返してくれる。目が合えば、顔を寄せて、そっと触れるだけの口づけを交わす。

 二人の心は互いを想い、一つだった。

「――着きましたよ、姫様」

 別荘地に建てられた、リュシエンヌがこれから暮らすこととなる屋敷は要塞に近かった。新婚夫婦が住むにはあまりにも物々しい外見であったが、リュシエンヌはこれでいいのだと思い、彼に手を引かれて、中を見て回った。

 使用人を除くと、邪魔な人間は誰もいなかった。屋敷だけではない。屋敷の外にも、二人の仲を引き裂く存在はいない。遠いどこかにはいるだろうが、リュシエンヌたちのいる場所にまでは踏み込んでくることはできない。

 だからこそ、ランスロットはこの地を選び、自分を連れて来たのだ。

「ここが、俺たちの寝室です」
「まぁ。素敵ね」

 厳つい外観とは裏腹に、中は改装して手を加え、新しい家具も配置されて、新築のようであった。特にリュシエンヌがよく使うであろう図書室や個人用の部屋、そして寝室は気に入ってほしいという配慮が感じられた。

「図書室もあるの?」
「はい。姫様が退屈しないよう、ありとあらゆる蔵書が用意されています」
「ふふ。一日中過ごしてしまいそうだわ」
「それでも構いませんよ」

 たまには外に出て身体を動かすことも必要だと釘を刺すこともせず、ランスロットは部屋を見渡すリュシエンヌを後ろから抱きしめながら許した。

「ここは貴女のための城で、どう過ごそうが誰も咎めることはできませんから。でも、たまには俺の相手をしてください」
「たまにでいいの?」
「では、今から」

 ちょうど近くには大きな寝台があり、彼女は彼と一緒に倒れ込んだ。

「まだ、お昼だわ」
「夜から抱き続けていたら、あっという間に朝になってしまう。貴女を感じるのに、時間が足りない」

 ランスロットの方へ身体を向け、リュシエンヌはくすりと微笑んだ。ランスロットも笑みを浮かべ、リュシエンヌのこめかみにキスを落とす。

「いや、今の言い方は切羽詰まってかっこ悪いですね」
「あなたらしいと思うわ」
「姫様は俺のことをどう思っているんですか」

 ランスロットがリュシエンヌを見下ろす形になり、彼女は彼の首に腕を伸ばしながら答えた。

「わたしのことを誰よりも愛してくれる人」

 ランスロットはその言葉に目を丸くしたが、困ったような、泣きそうな顔で頬に触れた。

「はい。誰よりも一番、俺が姫様のことを愛します」
「わたしも、ランスロットのことを愛するわ」
「ええ。愛してください」

 その言葉を合図にランスロットはリュシエンヌの口を塞ぎ、甘い口づけを何度も交わし、慣れた手つきで服を脱がせていく。

「……さっきはああ言いましたが、これからはたくさん時間があります。何度でも、ずっと、貴女と愛し合える」

 そう言いながらも、ランスロットはあっという間にリュシエンヌを一糸纏わぬ姿にさせ、忙しない愛撫をすると、すぐに繋がり合った。

「あっ……」

 腰を浮かし、リュシエンヌは喉元を晒した。

 初夜はすでに済ませてあった。すでに散々快楽を刻まれていた身体は怯えることなく、破瓜の苦痛も通り越して、彼と一つになれた喜びに涙した。

 それから別荘地へ引っ越しする準備などで忙しく、身体を繋げるのは久しぶりであった。

 指や舌で散々気をやったことはあるが、処女を失ってまだ日が浅い肉体は、ランスロットの剣に貫かれて痛みを覚える。

(でも、嬉しい……)

 ランスロットも同じ思いだろう。

 苦しみを与えていることを理解していながらも、決してやめることはせず、彼はリュシエンヌに口づけしたり胸を愛撫することで彼女の鞘に自分の剣を収めた。

「リュシエンヌ……愛している……貴女はもう、俺のものだ」

 忙しない呼吸と激しい動きの合間に告げられる愛と束縛の言葉に、リュシエンヌが同じ言葉を返す余裕はなく、ただ自分を揺さぶる身体に必死でしがみつくことで想いを返した。

(あぁ……)

 幸せだった。それでも拭いきれない不安が全てを支配してしまいそうで、もっと彼に激しく抱いてほしいとねだった。

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