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人見知りの公女
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「公女殿下! 姫様! リュシエンヌ様! リュシー様!」
普段は滅多に誰も寄りつかない、離宮の庭園に、場違いなほど大きな、若々しい男の声が響き渡る。
東屋の椅子に腰かけ、目を閉じて静けさを味わっていたリュシエンヌは、その声の大きさにぱっと目を見開いた。長い睫毛に縁どられた青紫の瞳に困惑と羞恥の色を浮かべ、彼女は急いで立ち上がる。
「わたしはここよ、ランスロット」
彼女のさほど大きくない声でも、声の主――ランスロットの耳にはきちんと届いていた。というより、ちょうど探していた方向にリュシエンヌを見つけたところであった。
「ああ、姫様! こちらにいらしたんですね!」
長い脚をずんずん動かして、ランスロットはリュシエンヌのいる東屋までやってくる。
彼の背丈は高く、また身体つきもけっこうがっしりしている。リュシエンヌと並ぶと、巨人と小人……は言い過ぎだが、体格差が浮き彫りになった。
彼の所属する聖アリアーヌ騎士団にはそういった風貌の者は珍しくなく、むしろ多い。
身体が立派でも、中身は意外と繊細で紳士的な男性が多いのだと教えられても、リュシエンヌはどうしても身構えてしまう。
そんな彼女がランスロットだけには特に威圧感も覚えず、怖くないと思えるのは、彼の纏う親しみある雰囲気と、幼い頃からの長い付き合いのおかげだろう。
「姫様。今日も大変見目麗しく」
リュシエンヌの前まで来ると、ランスロットは流れるように跪き、貴婦人を口説く時のような調子で自身の主に挨拶する。
(こういうところも、緊張しない要因なのかも)
綺麗なつむじを見下ろしながらリュシエンヌがそう思っていると、不意にランスロットが顔を上げ、にこっと白い歯を見せて笑った。
爽やかで、見る者を明るくさせる笑みは、年若い女官から貴族の既婚女性まで虜にする魅力が潜んでいる。
リュシエンヌも嫌いではなかった。……包み隠さず打ち明けるならば、恐らく彼の笑った顔が……ランスロットその人に好意を抱いている。
ランスロット・デュラン。リュシエンヌより五歳上の侯爵家の次男である。
太くて凛々しい眉に、夏の新緑を思わせる緑の瞳はほんの少し垂れていて、実に男らしい顔つきだ。先ほどのように笑うと、どこか少年のような子どもっぽさがあるくせに、閉じた口元に笑みを浮かべると、快活な笑みとは違って、どこか大人の甘い微笑に変わる。
そういった二面性が、女性を惹きつけてしまう。
(ずるい……)
「姫様? どうしたのです。そんな怖い顔をなさって」
「何でもないわ」
ツンとどこかそっけない口調でリュシエンヌは応えた。あまり可愛くない受け答えでも、ランスロットは気にしない。出会った時からこんな感じだったのだ。今さらである。
「それより姫様。久しぶりに外にお出になられましたね! 私ランスロット、大変嬉しく思います」
「ねぇ、その丁寧で、逆にちょっと不敬な感じがしてしまう話し方やめて? ……別に、ただの気分転換よ」
「図書室に閉じ籠ってばかりいてはお身体に良くないと、俺が心配していた気持ちを汲んでくださったのですね」
偉い偉いと伝えてくるランスロットの笑顔から、リュシエンヌはまた視線を逸らし、もう帰ると告げるように東屋から出た。
「もうお帰りに?」
「……まだ。薔薇のアーチをくぐるの」
「では俺もお供いたします」
リュシエンヌは特に返事もせず、先を歩いた。でも自然と彼が隣を歩くよう調子を合わせ、彼と一緒に薔薇の景色を楽しもうとする。
「春の季節はいいですね」
「そうね」
「春と言えば、冬の季節に別れを告げて、これからの一年を祝うお祭りがありますよね。王宮での舞踏会、今年は姫様も――」
「今年も、参加しないわよ」
にべもなく言うと、ランスロットは護衛騎士とは思えぬほど露骨にため息をつき、やれやれといった調子で小言を述べた。
「姫様。いくら姫様が極度の人見知りだからって、祝典とも言える行事に参加しないのは、どうかと思いますよ? もう十七歳で、そろそろ大人の仲間入りをするわけですし」
「まったく参加していないわけではないわ。お父様がみんなに挨拶している間はきちんと出席しているもの」
「でも踊りが始まったとたん、部屋へ帰るでしょう?」
「……だって、注目されるの苦手なんですもの」
リュシエンヌはセレスト公国の公女である。
もともとセレスト公国は、ノワール帝国という大国の一部だった。帝国は十を越える国を支配下に置いており、大陸において一番強大な国である。
そんな大国と比べればセレスト公国は大公が治める国であり、国としてみれば小国であるが、帝国や近隣諸国から侵略されたりせず、平和な国と言えた。
それはノワール帝国のここ数年の皇帝が争い事を好まない穏やかな性格をしていることもあるが、頻繁に戦争が起こっていた時代でも、不思議とセレスト公国は危機を免れていた。
「セレスト公国を代々守る女神アリアーヌ。その血がリュシエンヌ様にも流れている。だからみんな、姫様を見るとどこか神聖さを感じ、崇めたくなってしまうんですよね」
ランスロットの言葉に、リュシエンヌは不満げな顔をして答える。
「そんなの、ただの迷信よ」
過去、セレスト公国は野心家な皇帝や大公から侵略されそうになったこともある。だがその度に、兵の侵攻を阻むような悪天候になったり、元凶である皇帝が亡くなったり、または思いもよらぬ策を思いついて撃退したりと……幸運と知恵に恵まれ、領土を奪われずに済んでいた。
それを人々はセレスト公国を守る女神アリアーヌのおかげだと考えている。
女神さまはセレスト公国を築いた大公を愛しており、彼と契りを交わして、子を生んだ。その子どもたちには、女神さまの不思議な力が受け継がれているという。
セレスト公国を守るための力が……。
「他の人たちにはあったかもしれないけれど、わたしにそんな力ないわ」
リュシエンヌは特にこれといった才のない、いたって普通の人間だった。
「ただ髪の色が珍しいから、何かあるんじゃないかって思っているだけよ」
両親や弟はみな金髪や白銀だが、彼女の背中まである真っ直ぐな髪は白銀に少し紫がかった色をしている。珍しい色なので、それをみな女神に関する何かではないかと思っているのだ。
「お美しいから、ただ目を奪われているだけかもしれませんよ?」
「……いずれにせよ、じろじろ見られるってことでしょう? やっぱり参加しないわ」
もともとリュシエンヌは人見知りで、人付き合いも苦手であった。大勢の人間が集まる舞踏会など、絶対に遠慮したい。
リュシエンヌの頑なな拒絶に、ランスロットは困った顔をしつつ、何とか参加させようと説得を試みる。
「一度くらい、参加なさってはいかがです? 別に踊りたくないならば、美味しい料理を味わうだけでもいいですし。きっと陛下たちも――」
「お父様たちはフェランが参加することを、一番望んでいるわ」
弟の名前を出したことで、ランスロットは分が悪そうに口を噤んだ。
フェランはリュシエンヌの四つ下の弟である。
まだ十三歳であるが、とても優秀で、将来を期待されている。
セレスト公国は一応女性にも継承権が認められているが、負担が大きいのか、男が継ぐことが多い。リュシエンヌも第一公女であるが、フェランが次の後継者と決まっている。それはリュシエンヌの知らないところで決定した話だが、彼女もそれで納得している。
「わたしがいない方が、貴族たちの注目がフェランだけに集まるから、その方がいいのよ」
フェランは両親にとって、自慢の息子である。
生まれた時から、そうであった。
女である自分よりも、後継者として期待されていた。優秀さを垣間見せる性格や才能を誇りに思っている。
「お二人は姫様のことも、きちんと愛しておられます。舞踏会に参加なされば、喜びますよ」
「でもフェランが参加しなかった方が、ずっとがっかりするに決まっている」
自分は姉で年上だというのに、いつまでも子どものようにぐちぐちと返すリュシエンヌに、ランスロットは万策尽きたようだった。
「まったく、姫様は。わかりました。では今回も挨拶のみ出席するということにしましょう」
「……別に、あなたは参加してもいいのよ」
その日の護衛は誰か他の人間に任せればいい。毎回リュシエンヌに合わせて退出するランスロットも、たまには楽しむ権利がある。
(彼が舞踏会にいれば、みんなも嬉しがるはずだもの)
女性はぜひ一度踊ってほしいと頼むかもしれない。
こんな私で喜んで、なんて気障な台詞でランスロットは快諾して、華麗にリードする……。そんな姿がありありと目に浮かび、リュシエンヌはもやもやした気持ちと共に胸の痛みを覚えた。本当は行ってほしくないのに、捻くれた口は反対の言葉を発しようとする。
「わたしに遠慮しないで、たまにはあなたも羽を伸ばして――」
「何言っているんですか。姫様を他の人間に任せることなんてできません」
そうしたリュシエンヌの感情を、あっけらかんとランスロットは吹き飛ばす。
「別に無理しなくても――」
「本音を言えば、俺もああいった堅苦しい行事は肩が凝りますから、姫様が早々に退出なさってくれて助かってもいるんです」
「……でも、それだとつまらないでしょう」
「いいえ、全く」
彼は快活に答えると、何か悪いことを企んだかのようにニヤリと笑った。
「去年のように、また姫様とカードゲームするの楽しみですね」
「……前半はあなたが圧勝していたのに、だんだん勝てなくなって、後半はわたしの独壇場だったのよね」
「去年は手を抜いていたのです。今年は敗けませんよ」
「どうかしら」
「その余裕の表情を崩すのが、今から楽しみです」
ああ言えばこう言うランスロットに言い返しながら、リュシエンヌは先ほどのささくれ立った感情も忘れ、自然と笑みを浮かべていた。
ランスロットはいつも自分の気持ちを大事にして、優先してくれる。護衛騎士としては少々砕けすぎる態度も、内向的なリュシエンヌが壁を作らないためだ。
(ごめんね、ランスロット……。ありがとう)
素直にそう言えない自分の性格を嫌に思いつつ、リュシエンヌはランスロットの優しさに甘えていた。
普段は滅多に誰も寄りつかない、離宮の庭園に、場違いなほど大きな、若々しい男の声が響き渡る。
東屋の椅子に腰かけ、目を閉じて静けさを味わっていたリュシエンヌは、その声の大きさにぱっと目を見開いた。長い睫毛に縁どられた青紫の瞳に困惑と羞恥の色を浮かべ、彼女は急いで立ち上がる。
「わたしはここよ、ランスロット」
彼女のさほど大きくない声でも、声の主――ランスロットの耳にはきちんと届いていた。というより、ちょうど探していた方向にリュシエンヌを見つけたところであった。
「ああ、姫様! こちらにいらしたんですね!」
長い脚をずんずん動かして、ランスロットはリュシエンヌのいる東屋までやってくる。
彼の背丈は高く、また身体つきもけっこうがっしりしている。リュシエンヌと並ぶと、巨人と小人……は言い過ぎだが、体格差が浮き彫りになった。
彼の所属する聖アリアーヌ騎士団にはそういった風貌の者は珍しくなく、むしろ多い。
身体が立派でも、中身は意外と繊細で紳士的な男性が多いのだと教えられても、リュシエンヌはどうしても身構えてしまう。
そんな彼女がランスロットだけには特に威圧感も覚えず、怖くないと思えるのは、彼の纏う親しみある雰囲気と、幼い頃からの長い付き合いのおかげだろう。
「姫様。今日も大変見目麗しく」
リュシエンヌの前まで来ると、ランスロットは流れるように跪き、貴婦人を口説く時のような調子で自身の主に挨拶する。
(こういうところも、緊張しない要因なのかも)
綺麗なつむじを見下ろしながらリュシエンヌがそう思っていると、不意にランスロットが顔を上げ、にこっと白い歯を見せて笑った。
爽やかで、見る者を明るくさせる笑みは、年若い女官から貴族の既婚女性まで虜にする魅力が潜んでいる。
リュシエンヌも嫌いではなかった。……包み隠さず打ち明けるならば、恐らく彼の笑った顔が……ランスロットその人に好意を抱いている。
ランスロット・デュラン。リュシエンヌより五歳上の侯爵家の次男である。
太くて凛々しい眉に、夏の新緑を思わせる緑の瞳はほんの少し垂れていて、実に男らしい顔つきだ。先ほどのように笑うと、どこか少年のような子どもっぽさがあるくせに、閉じた口元に笑みを浮かべると、快活な笑みとは違って、どこか大人の甘い微笑に変わる。
そういった二面性が、女性を惹きつけてしまう。
(ずるい……)
「姫様? どうしたのです。そんな怖い顔をなさって」
「何でもないわ」
ツンとどこかそっけない口調でリュシエンヌは応えた。あまり可愛くない受け答えでも、ランスロットは気にしない。出会った時からこんな感じだったのだ。今さらである。
「それより姫様。久しぶりに外にお出になられましたね! 私ランスロット、大変嬉しく思います」
「ねぇ、その丁寧で、逆にちょっと不敬な感じがしてしまう話し方やめて? ……別に、ただの気分転換よ」
「図書室に閉じ籠ってばかりいてはお身体に良くないと、俺が心配していた気持ちを汲んでくださったのですね」
偉い偉いと伝えてくるランスロットの笑顔から、リュシエンヌはまた視線を逸らし、もう帰ると告げるように東屋から出た。
「もうお帰りに?」
「……まだ。薔薇のアーチをくぐるの」
「では俺もお供いたします」
リュシエンヌは特に返事もせず、先を歩いた。でも自然と彼が隣を歩くよう調子を合わせ、彼と一緒に薔薇の景色を楽しもうとする。
「春の季節はいいですね」
「そうね」
「春と言えば、冬の季節に別れを告げて、これからの一年を祝うお祭りがありますよね。王宮での舞踏会、今年は姫様も――」
「今年も、参加しないわよ」
にべもなく言うと、ランスロットは護衛騎士とは思えぬほど露骨にため息をつき、やれやれといった調子で小言を述べた。
「姫様。いくら姫様が極度の人見知りだからって、祝典とも言える行事に参加しないのは、どうかと思いますよ? もう十七歳で、そろそろ大人の仲間入りをするわけですし」
「まったく参加していないわけではないわ。お父様がみんなに挨拶している間はきちんと出席しているもの」
「でも踊りが始まったとたん、部屋へ帰るでしょう?」
「……だって、注目されるの苦手なんですもの」
リュシエンヌはセレスト公国の公女である。
もともとセレスト公国は、ノワール帝国という大国の一部だった。帝国は十を越える国を支配下に置いており、大陸において一番強大な国である。
そんな大国と比べればセレスト公国は大公が治める国であり、国としてみれば小国であるが、帝国や近隣諸国から侵略されたりせず、平和な国と言えた。
それはノワール帝国のここ数年の皇帝が争い事を好まない穏やかな性格をしていることもあるが、頻繁に戦争が起こっていた時代でも、不思議とセレスト公国は危機を免れていた。
「セレスト公国を代々守る女神アリアーヌ。その血がリュシエンヌ様にも流れている。だからみんな、姫様を見るとどこか神聖さを感じ、崇めたくなってしまうんですよね」
ランスロットの言葉に、リュシエンヌは不満げな顔をして答える。
「そんなの、ただの迷信よ」
過去、セレスト公国は野心家な皇帝や大公から侵略されそうになったこともある。だがその度に、兵の侵攻を阻むような悪天候になったり、元凶である皇帝が亡くなったり、または思いもよらぬ策を思いついて撃退したりと……幸運と知恵に恵まれ、領土を奪われずに済んでいた。
それを人々はセレスト公国を守る女神アリアーヌのおかげだと考えている。
女神さまはセレスト公国を築いた大公を愛しており、彼と契りを交わして、子を生んだ。その子どもたちには、女神さまの不思議な力が受け継がれているという。
セレスト公国を守るための力が……。
「他の人たちにはあったかもしれないけれど、わたしにそんな力ないわ」
リュシエンヌは特にこれといった才のない、いたって普通の人間だった。
「ただ髪の色が珍しいから、何かあるんじゃないかって思っているだけよ」
両親や弟はみな金髪や白銀だが、彼女の背中まである真っ直ぐな髪は白銀に少し紫がかった色をしている。珍しい色なので、それをみな女神に関する何かではないかと思っているのだ。
「お美しいから、ただ目を奪われているだけかもしれませんよ?」
「……いずれにせよ、じろじろ見られるってことでしょう? やっぱり参加しないわ」
もともとリュシエンヌは人見知りで、人付き合いも苦手であった。大勢の人間が集まる舞踏会など、絶対に遠慮したい。
リュシエンヌの頑なな拒絶に、ランスロットは困った顔をしつつ、何とか参加させようと説得を試みる。
「一度くらい、参加なさってはいかがです? 別に踊りたくないならば、美味しい料理を味わうだけでもいいですし。きっと陛下たちも――」
「お父様たちはフェランが参加することを、一番望んでいるわ」
弟の名前を出したことで、ランスロットは分が悪そうに口を噤んだ。
フェランはリュシエンヌの四つ下の弟である。
まだ十三歳であるが、とても優秀で、将来を期待されている。
セレスト公国は一応女性にも継承権が認められているが、負担が大きいのか、男が継ぐことが多い。リュシエンヌも第一公女であるが、フェランが次の後継者と決まっている。それはリュシエンヌの知らないところで決定した話だが、彼女もそれで納得している。
「わたしがいない方が、貴族たちの注目がフェランだけに集まるから、その方がいいのよ」
フェランは両親にとって、自慢の息子である。
生まれた時から、そうであった。
女である自分よりも、後継者として期待されていた。優秀さを垣間見せる性格や才能を誇りに思っている。
「お二人は姫様のことも、きちんと愛しておられます。舞踏会に参加なされば、喜びますよ」
「でもフェランが参加しなかった方が、ずっとがっかりするに決まっている」
自分は姉で年上だというのに、いつまでも子どものようにぐちぐちと返すリュシエンヌに、ランスロットは万策尽きたようだった。
「まったく、姫様は。わかりました。では今回も挨拶のみ出席するということにしましょう」
「……別に、あなたは参加してもいいのよ」
その日の護衛は誰か他の人間に任せればいい。毎回リュシエンヌに合わせて退出するランスロットも、たまには楽しむ権利がある。
(彼が舞踏会にいれば、みんなも嬉しがるはずだもの)
女性はぜひ一度踊ってほしいと頼むかもしれない。
こんな私で喜んで、なんて気障な台詞でランスロットは快諾して、華麗にリードする……。そんな姿がありありと目に浮かび、リュシエンヌはもやもやした気持ちと共に胸の痛みを覚えた。本当は行ってほしくないのに、捻くれた口は反対の言葉を発しようとする。
「わたしに遠慮しないで、たまにはあなたも羽を伸ばして――」
「何言っているんですか。姫様を他の人間に任せることなんてできません」
そうしたリュシエンヌの感情を、あっけらかんとランスロットは吹き飛ばす。
「別に無理しなくても――」
「本音を言えば、俺もああいった堅苦しい行事は肩が凝りますから、姫様が早々に退出なさってくれて助かってもいるんです」
「……でも、それだとつまらないでしょう」
「いいえ、全く」
彼は快活に答えると、何か悪いことを企んだかのようにニヤリと笑った。
「去年のように、また姫様とカードゲームするの楽しみですね」
「……前半はあなたが圧勝していたのに、だんだん勝てなくなって、後半はわたしの独壇場だったのよね」
「去年は手を抜いていたのです。今年は敗けませんよ」
「どうかしら」
「その余裕の表情を崩すのが、今から楽しみです」
ああ言えばこう言うランスロットに言い返しながら、リュシエンヌは先ほどのささくれ立った感情も忘れ、自然と笑みを浮かべていた。
ランスロットはいつも自分の気持ちを大事にして、優先してくれる。護衛騎士としては少々砕けすぎる態度も、内向的なリュシエンヌが壁を作らないためだ。
(ごめんね、ランスロット……。ありがとう)
素直にそう言えない自分の性格を嫌に思いつつ、リュシエンヌはランスロットの優しさに甘えていた。
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