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絶望

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「はぁっ……はぁっ……」

 荒い息を繰り返しながらリュシエンヌは手を引っ張られていた。掴む力は強く、こちらの調子など一切お構いなしに進むので、脚がもつれそうになる。

 それでも、彼はリュシエンヌが立ち止まることを許さなかった。

 諦めてしまえば、敵国の兵に殺されてしまうから。

(どうして……どうして……)

 見慣れた景色が赤く染まっている。人々の悲鳴や怒号がひっきりなしに聞こえてくるのに、どこか遠く聞こえてしまうのは、この現実を受け止めきれないでいるからか。

 きっとそうだ。これは現実の出来事ではない。自分は今、悪夢を彷徨っているのだ。

「見つけたぞ!」

 だがそうしたリュシエンヌの現実逃避も、鋭い一声で終わってしまう。

 甲冑を纏い、親の仇を討つかのような憎悪に染まったたくさんの顔が、自分たちを睨みつけている。腰にぶら下げていた剣を抜き、鋭い切っ先を自分に向けようと近づいてくる。

 逃げなくてはならない。でも、もう無理だ。けれどここで立ち止まっていては――

「くそっ……」

 悪態をついたのは、今まで必死で自分の手を引っ張っていた男だった。

 彼は頭が真っ白になっているリュシエンヌをちらりと一瞥すると、それまで何があっても離さないと固く握りしめていた手を放した。

「逃げてください!」

 怒鳴り声で命じられても、リュシエンヌの身体は固まっていた。

 彼はまた同じことを繰り返した。先ほどより強い命令口調に、自分の意思とは関係なく、身体が彼に背を向け、脚が恐る恐る前を向く。逃げようとした。でも、走り出すのが遅くて、あっという間に追いつかれる。

 フードが捲れ、露わになった長い髪を容赦なく掴まれ、強引に振り向かされる。その痛みに呻くより先に、頭上に振りかざしていた剣身が、後方で建物を燃やす赤い炎できらりと光って見えて――

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