旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ

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27. 挨拶

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「そうか。引き取ることにしたのか」

 リュシアンはどこか諦めたように肩を竦め、それでもそうするだろうとどこか納得した表情で言った。

「そして、隣のきみが父親になると」

 リュシアンの視線がイレーナの隣に座るシエルへと移る。二人で一緒になると決めた今、これからのことを報告しにリュシアンの屋敷へと出向いたのだ。

「はい。リュシアン様、どうかイレーナ様と結婚させてください」

 妹の再婚相手。口元には笑みを浮かべているものの、目がどこか笑っていない兄を相手に、シエルはピンと背筋を伸ばしたまま落ち着いた態度で許しを請うた。

「はは。きみ、あの時といい、見た目に反してずいぶんと図太い神経しているな」

 あの時、というのはイレーナがダヴィドから逃げるためにリュシアンのもとへ行こうと画策したことだ。シエルが事前にリュシアンに知らせておく役目を担ってくれたのだ。

(ダヴィド様たちがああなって実際に遂行されることはなかったけれど……)

 とにかくリュシアンとシエルは以前話をしたことがあるということだ。シエルは誰に対しても親切で優しい。……そう思っていたが、今二人の間に漂う空気はどこか張りつめており、イレーナは内心はらはらしていた。

「お兄様。そんな言い方は……」
「俺は本当のことを述べているだけだが?」

 なあ? と将来義弟になる相手に向ける笑みはやはりどこか黒い。そんな義兄の問いかけに、シエルはにっこりと笑みで返した。

「ええ。お義兄様の言う通りです。図太くないと、愛する人は守れませんから」

 愛する人、という言葉にイレーナはかっと熱くなった。ほう、と兄が目を瞠って見てくるのも恥ずかしい。

「イレーナにこんな顔をさせるなんて、すごいやつだな」
「お褒めに預かり光栄です」
「……二人とも、そのへんにしてください」

 どうも揶揄われているような気がしてならず、イレーナの声はつい尖ってしまう。

「まあ、そんな怒るな。大事な妹と結婚したいと言っているんだ。本当に大丈夫なのか、確認しておきたいだろう」
「シエルは大丈夫です」

 ぴしゃりと言い返したイレーナに、リュシアンはまたもや目を丸くし、やがてくしゃりと笑った。

「そうか。信頼しているんだな」

 しみじみとした口調で言うと、リュシアンは改めてシエルと向き直った。

「子どものことは当然知った上で、結婚するんだろう?」
「はい」
「憎くはないか? イレーナの夫で、苦しめた男の息子だぞ?」

 そんな質問、とイレーナは抗議しようとしたが、シエルはいいえときっぱり答えた。

「たしかにダヴィド様はイレーナ様を苦しめた方です。彼を許すことは私にはできません。……ですが子どもに罪はありません。親の因果を子が引き受けることは、あってはならないことです」

 リュシアンを真っすぐ見据え、シエルは微笑んだ。

「血は繋がっておりませんが、私はノエルを本当の息子のように育てるつもりです」

 沈黙が流れ、前屈みになっていた兄が後ろの背もたれに深く身を預けた。

「……そうだな。血は繋がっていなくとも、家族だよな」

 何かを思い出すようにふっと笑みを浮かべ、イレーナはきっと昔のことを思い出しているのだろうと思った。

「嫌な質問をして悪かった。その子のことで悩んだら、いつでも俺に相談するといい。育った境遇が似ているし、何かと相談に乗ってやれると思う。大きくなって、自分の出自を知ったら悩んだりするかもしれないけど、二人に愛されて育ったんだと思えば、きっと大丈夫さ」

 愛人の子として育ってきたリュシアンだからこそ、その言葉には説得力があった。

「俺が言いたのは、それだけだ。妹のこと、どうかよろしく頼む」

 そして改めて背筋を正すと、深々と頭を下げたのだった。イレーナはぎょっとし、慌てて頭を上げさせようとしたが、その前にシエルが真剣な表情で言ったのだった。

「絶対にイレーナ様を悲しませたりしないと誓います。幸せにします」

 兄が顔を上げ、満足そうに頷いた。

「そうか……うん。それを聞いて安心した。二人ともおめでとう。イレーナ、今度こそ幸せになるんだぞ」
「……ありがとう。お兄様」

 家族の中で一番リュシアンとは仲がよかった。片親しか血が繋がっておらずとも、イレーナの大切な兄である。そんな彼に祝福され、もう十分自分は幸せだとイレーナは思った。

「それで、式はもちろん豪勢にするんだろう?」
「二回目ですし、質素でいいかと……」

 おいおい、と兄はちょっと呆れたように肩を竦めた。

「お前にとっては二回目かもしれないが、シエルにとっては記念すべき初めての経験なんだろう? うんと華やかにするべきなんじゃないか」

 兄の言葉にはっとイレーナは我に返った。たしかに自分のことばかり気にかけて、シエルのことを考えていなかった。

「そうね。シエルは、どうしたい?」
「イレーナ様が質素にしたいとおっしゃるなら、私もそれで構いませんが……」

 あくまでもイレーナの望み通りに。シエルのそんな慎ましい態度に、リュシアンが異議を唱えた。

「きみが今からそんな態度では、結婚してから尻に敷かれるぞ?」
「私はイレーナ様のお願いなら何でも叶えて差し上げたいと思っているので、別に構いません」
「そう思うのは最初だけで、だんだんと自分が主導権を握りたいと思うものだぞ?」
「イレーナ様は優しい方なので、私の意見もきちんと聞いてくれます」
「二人とも何の話をしているんですか」

 話が脱線しており、イレーナは止めに入った。すみませんとシエルが謝り、リュシアンの方はどこか面白そうに二人を眺めた。

「シエルは私の要望を叶えたいと言ってくれましたが、私もシエルに対してそう思っています。だから何か希望があれば、遠慮せず言ってください」

 シエルは戸惑ったものの、イレーナにそう言われたら……としばらく黙り込んだ。そんなに考え込むことなのだろうかとイレーナとリュシアンが思い始めた頃――

「人数自体は、身内だけの少人数で構いません。ただ……」
「ただ?」

 先を促すイレーナを、シエルははにかむような、それでいて蕩けるような甘い笑みで見つめた。

「うんと豪華な花嫁衣装を着飾った、とびっきり綺麗なイレーナ様を、この目に焼き付けておきたいです」

 花婿の提案に花嫁は呆気にとられ、やがてじわじわと顔を赤くして、わかったわと頷いた。同席していた身内の兄は、二人の雰囲気に当てられつつ、至極当然の要望だと苦笑いしたのだった。

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