旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ

文字の大きさ
上 下
12 / 29

12. 許し

しおりを挟む
 僕はひざ丈ぐらいの短い患者衣を着せられて、救急車に乗せられた。
 そのあとを親父が4WDでついてくる。
 親父の車の中にはお袋と次兄、それから結衣が乗る。


 救急病院から10分ほどでその病院についた。
 海沿いの森の中にあって、どこか建物自体を隠しているように見えた。

 目の前には老人ホームとラブホテル。

 簡易的な手術は終わったものの、僕の左腕は血で赤く染まっている。
 救急病院では太く短い糸で縫われただけで、きれいにしてもらえなかった。
 血も固まりだして、腕をまげるのが困難だった。

 救急隊員は冷たいほどに冷静だった。
 僕に優しい言葉をくれるわけでもなく、ただ運転に注意しているだけ。


 病院につくとそこからは歩かされた。
 スリッパに患者衣で、なんとも情けない格好だった。


 すぐに医師の診察室に誘導された。
 部屋の中にいたのは中年の痩せた女医。
 喋り方はとてもさばさばしているが、僕の話を真面目に聞いてくれる姿から信頼できるのかもしれない。
 いや、今はとにかくこの人に頼るしかない……とか思っていたかもしれない。

 あとから家族と結衣が部屋に入ってくる。
 この時はすでにみんな冷静さを取り戻していた。

 女医は僕に細かい話はとにかくしないで、「危険だから」と理由で入院をすすめられた。

 程なくして、僕は閉鎖病棟に入れられた。
 いや、半ば強制的にぶち込まれたというのが本音。

 本当は結衣と一緒にいたかった。
 けど自分で切ったとはいえ腕が痛む。
 その治療も兼ねて、入院することにした。

 大きなエレベーターに入るとがたいの良い看護師たちが僕を見張っている。
 まるで僕が暴れ出すのを抑える護衛というより看守のようだった。

 エレベーターから降りると、分厚いガラスで出来た二枚の自動ドアが見えた。
 一枚目の隣りにインターホンがあって、奥のナースステーションから看護師が応答する。

「あ、どうぞ」

 慣れた手つきで一枚目のドアを手動で開く。
 一枚目と二枚目の間は人が10人以上は入れる余裕があった。
 担架も二台ぐらい入りそう。

 そこで奥から若い男の看護師がやってきて、病棟側から鍵を回す。
 するとやっと二枚目のドアが開き、閉鎖病棟に入ることができた。

 血だらけで真っ赤にそまった僕を見ても、誰も驚く様子はしなかった。
 むしろ鋭い目で睨まれているようだった。

 中に入るとちょうどL字の形で部屋が分かれていて、Lの角にあたるところが食堂。
 それから左右に大部屋が複数あった。
 
 異様な雰囲気だった。
 よだれを流しながら、僕をじーっと見る人。
 奇声をあげて暴れる人。
「誰だ、お前!」と突っかかってくる人。

 僕が今まで入院した病院とは全然違って、健常な人間がいない……まるで、そうまるで動物園のようだと思った。
 言い方が悪いけど、本当にそう思った。

 二重ドアが閉まるとと共に僕は恐怖を覚え、安易に入院を選択したことを後悔した。

 血だらけの僕に若い看護婦がこういった。
「もうすぐお昼ご飯だからね。食堂で待っててね」

 僕は「この人バカなんじゃないの?」と思った。
 さっきまで救急病院で手術を受けた人間がなんで自発的に食事をとろうと思うんだ?
 しかも僕の左腕は未だに血だらけだ。

 仕方ないと思った僕は「バカらしい」と思いつつ、食堂に入る。
 普通の病院だったら自室でベッドの上で食べるのに……。
 しかも僕は精神だけでなく、見たらわかる通りケガ人なのに、なんで食堂にまで足を運ばないといけないんだ。


 食堂に大きなカーゴが現れた。
 すると他の患者たちが無言で群がりだす。
 みんな食事の入ったトレーを各々取ると、四角形のテーブルに座る。
 ちょうど対面式で4人座れるボロボロのテーブルだ。

 僕は片手が動かないので、黙って見ていた。
 それに気がついた看護師が「空いている席に座りなよ」とぶっきらぼうに言う。

 仕方ないので空いている席を見つけ、腰を下ろした。
 見るからにまずそうな食事だった。
 僕はさっき結衣とハンバーグを食べるって約束したのに……。

 その結衣と家族たちは今、先ほどの女医から説明を受けている。

 僕が箸を取ろうとしたその時だった。

「おいお前! そこの席は俺のだぞ! 勝手に座るな!」

 髪が真っ白で坊主の初老の男が叫んだ。
 すごく怒っている様子だった。

 僕もイラっとした。
 さっき入ったばかりでルールなんて知らないし、看護師に言われてすわっただけなのに。
 そのおじさんを少し睨んでいると、近くにいたおじいちゃんが僕に声をかけた。

「ぼく、こっちおいで」
 一番まともそうな人ですごく優しそうだった。
「ここはね、席が決まっているの。私の隣りはいつも空いているから今日から君の席だね」
 そう笑顔で答えてくれた。

 今日初めて見たひとの笑顔だった。
 その優しさが少し辛かった。

 さっきまで自殺願望があった僕なのに、今は必死に生きようとしている。
 血で固まった左腕をブランと下ろして反対の腕でまずし飯を泣きながら食べた。

 生きたくないって思っていたのに、どうしてこんな格好悪いことまでして生きなきゃいけないんだ。

 僕は一年前までただの普通の健康な大学生だったのに……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

いいえ、望んでいません

わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」 結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。 だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。 なぜなら彼女は―――

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】彼の瞳に映るのは  

たろ
恋愛
 今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。  優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。  そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。  わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。 ★ 短編から長編へ変更しました。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀
恋愛
王家の血を引くラクール公爵家。両家の取り決めにより、男爵令嬢のアリシアは、ラクール公爵子息のダミアンと婚約した。 しかし、この国では一夫多妻制が認められている。ある伯爵令嬢に一目惚れしたダミアンは、彼女とも結婚すると言い出した。公爵の忠告に聞く耳を持たず、ダミアンは伯爵令嬢を正妻として迎える。そしてアリシアは、側室という扱いを受けることになった。 数年後、公爵が病で亡くなり、生前書き残していた遺言書が開封された。そこに書かれていたのは、ダミアンにとって信じられない内容だった。

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

処理中です...