命を助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました

あいまり

文字の大きさ
上 下
201 / 208
第7章 東雲理沙編

194 理沙と林檎の話⑧

しおりを挟む
 あの日から、私と林檎は毎日のように公園で会って話すようになった。
 林檎は元から自分の内をさらけ出すことに抵抗が無い気質なようで、交流するようになってすぐに、自身の素性について語ってくれた。
 公園の近くにあるマンションの一室を借りて母親と二人暮らしをしており、母の負担を減らす為に、今は林檎が料理や洗濯などの家事全般を担当しているという話だった。
 とは言え、彼女の話を聞いている限り、私の家に比べれば劣るものの決して彼女の家が貧しいというわけでは無いようだ。
 プロフィール帳もそうだが文房具等の私物も充実しているようだし、当たり前かもしれないが食べる物や着る物に困っている様子も無い。

 学校では『飼育係』という係活動を行っており、クラスで育てている金魚に毎日餌やりをしているらしい。
 ある時は学校で配られたプリントを持ってきて、そこで『クラスのかわいい仲間たち』という文面と共に紹介されている金魚の写真を見せてくれたこともあった。
 彼女は学校の同級生との仲も良好なようで、その日の出来事について話してくれる中で、クラスの友達との出来事が頻回に出てきていた。

 そんな風に彼女の話を聞いていく内に、私も少しずつ自分のことを打ち明けられるようになり、何度か交流を重ねながら家や学校でのことを彼女に話した。
 レールの敷かれた人生で、両親は家の立場や世間体のことしか考えておらず、そんな両親の期待に応える為に生きてきたこと。
 似たような家族を持つ同級生達は常に互いの顔色を窺っており、今まで自分の悩みを打ち明けられるような友人すらまともにいなかったこと。
 林檎と会うまでは、どこにいても息が苦しかったこと。
 これらの話を、何度か交流を重ねながら、少しずつ打ち明けていった。

 家族や同級生との関係が良好な林檎にとって、私の境遇は自身の常識からかけ離れたものだったようで、話を聞いた後は大層驚いた様子だった。
 しかしすぐに、これから辛いことがあった時は自分の家に来ればいいと言ってくれた。
 母親は仕事で夜遅くまで留守にしており、いつも家に一人で寂しいので、遊びに来てくれると嬉しいと笑顔で語ってくれた。

 そんな彼女の言葉は凄く嬉しかったのだが、私はそれを断った。
 留守にしているとはいえ、無断で家に上がるのは林檎の母親に申し訳ないと思ったし、何より……家に上がって長居でもして帰りが遅くなれば、いよいよ両親に怪しまれるのではないかと思ったからだ。
 今は外で会っているのでそこまで長話せずに済んでいるが、ここで林檎の家に行ったりでもしたら恐らく居心地の良さに時間を忘れてしまい、帰りが今よりも更に遅くなってしまうだろう。
 一応、両親には学校の図書館で勉強してから帰ってるので帰りが遅いのだと説明してはいるのだが、それでもあまり良い顔はされていない。
 そんな状態で今よりも帰りが遅くなったりでもしたら、いよいよ両親は私の行動を不審に思い、林檎との交流が知られて妨害される可能性が高いだろう。
 これからも林檎との交流を続ける為にも、今彼女の家に行くのは危険だと判断したのだ。

「ふぅん、そっか……そんなに、私と……」

 こういった理由で家に行くのはしばらく遠慮する、という話をすると、林檎は自分の頬を掻きながら何やらモゴモゴと呟いていた。
 それを見て疑問に思いどうしたのか聞いてみると、彼女はすぐに笑顔で「何でもない」とはぐらかした。
 何はともあれ、そんなこともありながらも林檎との交流を続けて、一ヶ月程経過した時のことだった。

「……ただいま」

 いつものように玄関の扉を開けて帰宅の挨拶をすると、すぐに、玄関に一足の黒い革靴が並んでいることに気付いた。
 これは父さんの……? この時間は、まだ仕事の筈じゃ……?
 もしかしたら、気付かない間に林檎と話し込んでしまい帰る時間がいつもより遅くなってしまったのではないかと危惧し、玄関に掛かっている時計を確認してみる……が、やはり今の時間は、父さんの仕事が終わって帰ってくるよりもずっと早い時間だった。
 何なら、林檎と会って話すようになってからは、むしろ比較的早い時間であるとも言える。
 一体どうして……? と疑問に思いつつ靴を脱いでいると、リビングの扉が開いて母さんが出てきた。

「あっ……ただいま、お母さん。お父さん、もう帰ってきて──」
「理沙。すぐに手を洗って、リビングに来なさい。……お父さんが待ってるわよ」

 静かな声で端的に言う母の言葉に、私は思わずビクリと肩を強く震わせる。
 ……まさか、林檎と会っているのが知られた……?
 もしかしたら、林檎と公園で会っているのを見られたか……?
 いや、それならその場ですぐに言及されてもおかしく無い筈だ。
 それなら一体どうして……?
 次々に沸き上がる疑念が頭の中でグルグルと渦巻く中、ひとまず私は言われた通りに手洗いうがいを済ませてリビングへと向かう。
 そこでは、父さんが両手を組んだ状態で椅子に座り、眉間に皺を寄せた険しい表情で待っていた。

「……遅かったな、理沙」

 低い声でポツリと呟くように放たれたその言葉に、ギュッと心臓を強く掴まれたかのような錯覚がする。
 胸が締め付けられるように痛むのを感じながらも、私は右手の拳を強く握りしめ、ゆっくりと口を開いた。

「……ただいま。お父さんこそ、今日は帰りが早かったんだね。何かあったの?」
「……」

 恐る恐る聞き返した私の言葉に、父さんは答えない。
 険しい表情で腕を組んだまま、顎で向かい側の席を示した。
 ……座れ、ということか……。
 その行動の真意を察した私は、すぐに小さく息を吐いて一度頷き、指し示された席につく。
 すると父さんは凭れ掛かっていた椅子の背凭れからゆっくりと体を離し、前のめりな姿勢を取りながら口を開いた。

「ここ最近、ずっと帰りが遅いみたいだが……何をしているんだ?」
「えっと……前にも言ったけど、最近はずっと、学校の図書館で勉強してるから……で、でもッ、一応、平井先生の授業には、遅れないようにしてるし……学校からは、寄り道しないで帰っ──」
「嘘をつくな」

 必死に思考を巡らせて言い訳をしていた私の言葉は、低く鋭い声によって呆気なく遮られる。
 有無を言わさぬ様子の反論に思わず口を噤んでいると、父さんは組んでいた両腕を解き、両手の指を絡めるようにして組みながら続けた。

「ここ最近、ずっとお前の帰りが遅いから気になってな。今日、学校に電話して確認したんだ。そうしたら……理沙さんは図書館にはいませんでした。玄関に靴も無かったので、もう帰ったと思いますよ……と、言われたぞ」
「……それは……」
「先生の話を聞いてすぐに母さんに電話をしたが、お前は帰ってきていないと言っていた。それを聞いて、仕事を早く切り上げて帰ってきたが……それでも、お前より帰って来るのは早かった。……私が何を言いたいのか、分かるよな?」

 暗い瞳で私を真っ直ぐ見据えて、父さんは静かにそう問い掛けてくる。
 林檎のことまでは……流石に、知られてない……か……。
 今ならまだ、誤魔化せるかもしれない。
 一人で寄り道してる、というのは……一ヶ月もの間、ほとんど毎日帰りが遅かった理由としては弱い。
 学校の同級生と遊んでた、とかは、今回のように電話で確認されたりでもしたら終わりだ。
 それに……例え嘘でも、あいつらと仲が良いなんて、口が裂けても言いたくない。

「……ごめんなさい、お父さん」
「謝罪は良い。それより、どうしてここ最近帰りが遅かったのかを聞いてるんだ」

 掠れた声で紡いだ私の謝罪を父さんはあっさりと切り捨てて、すぐさま更に言及してくる。
 それに、ゆっくりと血の気が引いて背筋が冷たくなっていくのを感じながら、私は唇を噛みしめて俯いた。
 ……万事休す、か……。
 拳を握る力を強めながら心の中でそう呟くと、私は小さく息をつき、すぐに口を開いた。

「実は……外で、違う学校の子と、会ってるの」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

処理中です...