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第6章:光の心臓編
182 一緒に
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「私は、もう……友子ちゃんとは、一緒にはいられない」
俯いたまま、私は出来るだけハッキリとした口調でそう答えた。
上手く伝わっただろうか。
不安に思いながらも、今の私には、顔を上げて彼女の反応を確認する勇気なんて無かった。
仮にも好きな人に約束を破られて、悲しんでいるかもしれない。
逆の立場だったら、私はきっと、今まで感じたどんな悲しみにも勝る程の絶望を感じるだろう。
いっそ声を荒げて責め立ててくれば、どれだけ楽になることか。
唯一無二の友達を悲しませるくらいなら、いっそ今この場で怒りを露わにして、気が済むまで私にぶつけて欲しいとすら願ってしまう。
でも、友子ちゃんがそんなことをする子ではないことは、よく分かっている。
短い付き合いではあるが、それでも彼女は、とても優しい子だから。
そんな彼女が自分のせいで傷付いている姿を見るのが怖くて、私は相変わらず俯いたまま、彼女からの言葉を待った。
「もしかして……心臓の魔女に、何か言われた?」
永遠に続くかと思われた静寂の後。
不意に返ってきたのは、そんな言葉だった。
その声は酷く冷ややかで、まるで心臓の裏側を氷でなぞられたかのような悪寒が走る。
思わず顔を上げると、そこには光の失せた暗い瞳でこちらを見つめる友子ちゃんの姿があった。
「と……友子、ちゃん……?」
「優しいこころちゃんが、私との約束を破る訳無いもんね? 凄く苦しそうな顔してるし……大方、あの女に何か吹き込まれたんでしょう?」
彼女は淡々とした口調で言うと、すぐにニコッと優しい笑みを浮かべ、未だに突き出したままの私の手を掴んで続けた。
「大丈夫っ! 私はこころちゃんのこと、ちゃんと分かってるから! 心配しなくても、私はずっとこころちゃんの味方だよ?」
「友子ちゃん……な、何言って……」
「でも、こころちゃんにこんなこと言わせるなんて……やっぱり、あの女は一刻も早く始末しないと……こんなことになるなら、あの時ちゃんと仕留めておくんだったな……まぁでも、今からでも間に合うか……」
彼女は何やら独り言のようにブツブツと呟きつつ、私の手からコートを取って肩に羽織らせてくる。
それに、私はすぐに彼女の手を掴みながら「ち、違うよ!」と声を荒げた。
「私は本当に、自分の意思で言ってるんだよ! 確かに、ずっと一緒にいるって約束したけど……私、本当はリートのことが──」
本当はリートのことが好き。
そう続けようとした私の言葉は、友子ちゃんの目を見たことで遮られる。
空色の瞳からは完全に光が失われ、視線は僅かに焦点が合っておらず、目の前にいる私では無い別の何かを見ているように思えた。
一切の感情を失ったかのような冷たい表情は、まるで底が見えない暗い深海を覗いたかのような、言い知れない不安感を覚えさせる。
彼女は言葉を詰まらせた私にユラリと視線を向けると、口角を釣り上げるように小さく笑みを浮かべた。
「大丈夫。私がこころちゃんのこと、守ってあげる。……私、こころちゃんの為なら、何でもできるんだよ?」
彼女はそう言いながらゆっくりと手を伸ばし、私の髪を指で軽く掻き上げて耳に掛けさせた。
暗い瞳で口元に笑みを浮かべたまま、彼女は続ける。
「ずっと変えられなかった見た目や性格を変えることも、死に物狂いで戦って強くなることも、大嫌いな奴の奴隷になって従うことも……どんなことでも、私、こころちゃんの為だと思ったら平気なの。辛いとか、苦しいとか……全然思わないんだよ?」
「そんな……」
「寺島さんを殺した時もね、こころちゃんの仇を取れると思ったら、後悔とか罪悪感とか全く無かったんだ」
平然と続けられたその言葉に、私は突然頭から氷水をぶっかけられたかのような衝撃を受け、その場で硬直した。
寺島を、殺した?
……友子ちゃんが……?
「な……にを……」
「ん? あぁ、言って無かったっけ? ホラ、私、元々こころちゃんがダンジョンで死んだって思っていたじゃない? そんな中で、寺島さんだけが戻ってきて……アイツがこころちゃんを殺したんだと思ったら、こう……衝動的に……」
まぁ、もう済んだ話だけどね、と。
後半の方は尻すぼみになりながらも、彼女は微笑を浮かべたまま、なんてことないかのように答えてみせた。
いや……衝動的に、じゃない。済んだ話でも無いよ。
一人の人間を……それも、クラスメイトを殺したんだぞ……!?
そりゃあ確かに、寺島は友子ちゃんのイジメの主犯である東雲のグループに所属していたし、クラスメイトだからと言って情なんて物は微塵も無かったのかもしれない。
……いや。彼女の殺害動機が、イジメによる私怨だったらまだ良かった。
さっきの口振りから察するに、彼女が寺島を殺した理由は……──
「──……私の……為に……?」
そう聞き返した声は、自分でも驚く程に掠れていた。
しかし、そんな声でも目の前に立つ彼女の耳にはちゃんと届いたようで、すぐに私の目を見て大きく頷いた。
「私、こころちゃんと一緒にいられるなら、それ以外は何もいらないの。心臓の魔女も、その守り人も……私とこころちゃんの邪魔をする奴等は、皆私が殺してあげるよ」
だから……と。
彼女は私の手を取って軽く引き寄せ、耳元に口を近付けて続けた。
「……ずっと一緒にいようね。こころちゃん」
彼女の唇から紡がれた言葉に、私は静かに息を呑む。
その言葉はまるで、飼い主が飼い犬に繋げる鎖のように、私の首を冷たく締め付ける。
呼吸が苦しくなるかのような感覚の中、ドッドッドッドッ……と頭の中に響き渡るけたたましい音が自分の鼓動の音だと理解するまでに、数十秒程の時間を要した。
……彼女が私に向ける感情は、私が思っていたよりも、大きすぎる。
てっきり、異世界召喚という特殊な環境の中で芽生えた、一種の吊り橋効果による淡い恋心だと思っていた。
それすらも、本当は私の自意識過剰ではないかと何度も自問自答を繰り返す程に、信じられないものだった。
だと言うのに、今目の前に立つ少女が私に向ける感情は、そんな可愛らしいものですらない。
私を絶対的な存在か何かだと信じて疑わず、間違っているのは私以外の全てで、私の為ならそれ以外の全てはどうなっても良いと思っている。
崇拝。妄信。依存。束縛。
そんな言葉を彷彿としてしまう程の、盲目的で病的なまでの狂愛。
大切な友達を否定したくは無いし、こんなこと考えたくも無かったが……流石に、これは……──。
「……どう……して……」
首に巻き付けられた鎖が、ギチギチと鈍い音を立てて強く締め付けているかのような息苦しさの中、私は掠れた声でどうにか言葉を紡ぐ。
すると、友子ちゃんは私の顔を見て、コテンと軽く首を傾げて見せた。
相変わらず光を失ったままの暗く冷たい瞳は、こうして見つめているだけで、思わず吸い込まれてしまいそうな言い知れない不気味さを漂わせている。
私は怖気づきそうになりながらも、右手を軽く握り締めながら続けた。
「どうして、そんな……私の、こと……」
「……こころちゃんじゃないと、ダメなんだよ」
喉を締め付けられるような感覚の中で何とか紡いだ私の言葉に、友子ちゃんは口元に小さく笑みを浮かべながら言い、両手を優しく添えるように私の肩に置いた。
突然のことに驚く間も無く、彼女はすぐさま軽く背伸びをして──「ッ……」──唇を重ねた。
ずっとこの寒空の下にいたせいだろうか、彼女の唇は酷く冷たくて、柔らかい。
……突き返さなければ。
頭では分かっているのに、その体はまるで凍り付いてしまったかのように硬直し、指先一つ動かせなかった。
友子ちゃんはそんな私を見て嬉しそうにその目を細めると、ソッと静かに唇を離し、私の腰に両手を回して首筋辺りに顔を埋めてくる。
今の私にそれを拒絶する余裕などある筈も無く、その場に立ち尽くしたまま、彼女の抱擁を受け止めることしか出来なかった。
……私じゃないと、ダメ……か。
あぁ、なんだ……簡単な話じゃないか。
友子ちゃんを……貴方をおかしくしてしまったのは、私だったんだね。
『その女と一緒にいると、貴方はいつか……不幸になりますよ』
不意に思い出したのは……ギリスール王国を出る時に聞いた、ノワールの言葉だった。
リートと一緒にいることを選んだ私に、忠告という名目で投げかけた言葉。
……本当に?
あの言葉は本当に、リートのことを言っていたの?
本当は……私のことを言っていたんじゃないのか?
だって、私は今こうして、大切な友達の人生を狂わせているじゃないか。
……いや。彼女だけじゃない。
私は今までだって、多くの人の人生を狂わせてきた。
私がいなければ、友子ちゃんがこうなることは無かった。
私がいなければ、リートやフレアが傷を負うことも無かった。
私がいなければ、寺島が殺されることも無かった。
私がいなければ、あの子がいなくなることも無かった。
私がいなければ、母さんが苦しむことも無かった。
私が──私なんかが、いなければ。
こんなことには、ならなかったのに。
「それじゃあ、私はそろそろ行くね?」
どれくらいの時間が経った頃だろうか。
私の体を抱き締め、首筋や胸の辺りにスリスリと顔を擦り付けるようにして甘えていた友子ちゃんは、不意にそんなことを言って体を離す。
彼女の言葉に、私の口からはほぼ反射的に「ぇ……?」と掠れた声が漏れた。
すると、彼女はうっとりとした笑みを浮かべたまま私の顔を見上げ、その目を緩めて続けた。
「フフッ。ずっとこうしていたいって気持ちは山々なんだけど……私達がずっと一緒にいる為には、先にやらないといけないことがあるんだぁ」
彼女はどこか上機嫌な様子で言いながら私の手を取り、自分の指を絡めて恋人繋ぎのような状態を作る。
私はそれを拒絶出来ないまま、「それって……」と咄嗟に聞き返す。
すると彼女は「うんっ!」と明るい声で頷き、私の手を握る力を強めて続けた。
「私達の邪魔をする、心臓の魔女を殺すんだよっ!」
サァッ……と、一瞬にして血の気が引いたのを感じる。
リートを……殺す……?
ダメ……それだけは、絶対に……──。
「あの女を殺せば、こころちゃんも奴隷じゃなくなって、ずっと一緒にいられるんだよ? それって、すごく素敵なことだと思わないっ?」
「……」
嬉々とした様子で語る友子ちゃんの言葉に、私は答えられない。
止めなくちゃいけないのに、言葉が出てこない。
だって、今の友子ちゃんには、もう……何を言っても、通用しな──。
『もしもまた、トモコがリートを殺しに来て、説得も通じなかった時……貴方は、トモコを殺せる?』
「ッ……!」
突然脳裏を過ぎったリアスの言葉に、私は息を呑んだ。
……殺す……? 私が、友子ちゃんを……?
彼女がこうなったのは……私のせいなのに……?
「あはっ、そんな寂しそうな顔しなくても大丈夫だよ! ちゃちゃっと終わらせてすぐに戻ってくるから、ちゃんと待っててね?」
私の葛藤を分かっているのか否か、彼女は明るい声でそう言って私の手を離し、近くの雪山に刺さっていた矛を抜いて歩き出す。
待って。
そう言おうとした私の口からは、酷く掠れた吐息しか出てこなかった。
俯いたまま、私は出来るだけハッキリとした口調でそう答えた。
上手く伝わっただろうか。
不安に思いながらも、今の私には、顔を上げて彼女の反応を確認する勇気なんて無かった。
仮にも好きな人に約束を破られて、悲しんでいるかもしれない。
逆の立場だったら、私はきっと、今まで感じたどんな悲しみにも勝る程の絶望を感じるだろう。
いっそ声を荒げて責め立ててくれば、どれだけ楽になることか。
唯一無二の友達を悲しませるくらいなら、いっそ今この場で怒りを露わにして、気が済むまで私にぶつけて欲しいとすら願ってしまう。
でも、友子ちゃんがそんなことをする子ではないことは、よく分かっている。
短い付き合いではあるが、それでも彼女は、とても優しい子だから。
そんな彼女が自分のせいで傷付いている姿を見るのが怖くて、私は相変わらず俯いたまま、彼女からの言葉を待った。
「もしかして……心臓の魔女に、何か言われた?」
永遠に続くかと思われた静寂の後。
不意に返ってきたのは、そんな言葉だった。
その声は酷く冷ややかで、まるで心臓の裏側を氷でなぞられたかのような悪寒が走る。
思わず顔を上げると、そこには光の失せた暗い瞳でこちらを見つめる友子ちゃんの姿があった。
「と……友子、ちゃん……?」
「優しいこころちゃんが、私との約束を破る訳無いもんね? 凄く苦しそうな顔してるし……大方、あの女に何か吹き込まれたんでしょう?」
彼女は淡々とした口調で言うと、すぐにニコッと優しい笑みを浮かべ、未だに突き出したままの私の手を掴んで続けた。
「大丈夫っ! 私はこころちゃんのこと、ちゃんと分かってるから! 心配しなくても、私はずっとこころちゃんの味方だよ?」
「友子ちゃん……な、何言って……」
「でも、こころちゃんにこんなこと言わせるなんて……やっぱり、あの女は一刻も早く始末しないと……こんなことになるなら、あの時ちゃんと仕留めておくんだったな……まぁでも、今からでも間に合うか……」
彼女は何やら独り言のようにブツブツと呟きつつ、私の手からコートを取って肩に羽織らせてくる。
それに、私はすぐに彼女の手を掴みながら「ち、違うよ!」と声を荒げた。
「私は本当に、自分の意思で言ってるんだよ! 確かに、ずっと一緒にいるって約束したけど……私、本当はリートのことが──」
本当はリートのことが好き。
そう続けようとした私の言葉は、友子ちゃんの目を見たことで遮られる。
空色の瞳からは完全に光が失われ、視線は僅かに焦点が合っておらず、目の前にいる私では無い別の何かを見ているように思えた。
一切の感情を失ったかのような冷たい表情は、まるで底が見えない暗い深海を覗いたかのような、言い知れない不安感を覚えさせる。
彼女は言葉を詰まらせた私にユラリと視線を向けると、口角を釣り上げるように小さく笑みを浮かべた。
「大丈夫。私がこころちゃんのこと、守ってあげる。……私、こころちゃんの為なら、何でもできるんだよ?」
彼女はそう言いながらゆっくりと手を伸ばし、私の髪を指で軽く掻き上げて耳に掛けさせた。
暗い瞳で口元に笑みを浮かべたまま、彼女は続ける。
「ずっと変えられなかった見た目や性格を変えることも、死に物狂いで戦って強くなることも、大嫌いな奴の奴隷になって従うことも……どんなことでも、私、こころちゃんの為だと思ったら平気なの。辛いとか、苦しいとか……全然思わないんだよ?」
「そんな……」
「寺島さんを殺した時もね、こころちゃんの仇を取れると思ったら、後悔とか罪悪感とか全く無かったんだ」
平然と続けられたその言葉に、私は突然頭から氷水をぶっかけられたかのような衝撃を受け、その場で硬直した。
寺島を、殺した?
……友子ちゃんが……?
「な……にを……」
「ん? あぁ、言って無かったっけ? ホラ、私、元々こころちゃんがダンジョンで死んだって思っていたじゃない? そんな中で、寺島さんだけが戻ってきて……アイツがこころちゃんを殺したんだと思ったら、こう……衝動的に……」
まぁ、もう済んだ話だけどね、と。
後半の方は尻すぼみになりながらも、彼女は微笑を浮かべたまま、なんてことないかのように答えてみせた。
いや……衝動的に、じゃない。済んだ話でも無いよ。
一人の人間を……それも、クラスメイトを殺したんだぞ……!?
そりゃあ確かに、寺島は友子ちゃんのイジメの主犯である東雲のグループに所属していたし、クラスメイトだからと言って情なんて物は微塵も無かったのかもしれない。
……いや。彼女の殺害動機が、イジメによる私怨だったらまだ良かった。
さっきの口振りから察するに、彼女が寺島を殺した理由は……──
「──……私の……為に……?」
そう聞き返した声は、自分でも驚く程に掠れていた。
しかし、そんな声でも目の前に立つ彼女の耳にはちゃんと届いたようで、すぐに私の目を見て大きく頷いた。
「私、こころちゃんと一緒にいられるなら、それ以外は何もいらないの。心臓の魔女も、その守り人も……私とこころちゃんの邪魔をする奴等は、皆私が殺してあげるよ」
だから……と。
彼女は私の手を取って軽く引き寄せ、耳元に口を近付けて続けた。
「……ずっと一緒にいようね。こころちゃん」
彼女の唇から紡がれた言葉に、私は静かに息を呑む。
その言葉はまるで、飼い主が飼い犬に繋げる鎖のように、私の首を冷たく締め付ける。
呼吸が苦しくなるかのような感覚の中、ドッドッドッドッ……と頭の中に響き渡るけたたましい音が自分の鼓動の音だと理解するまでに、数十秒程の時間を要した。
……彼女が私に向ける感情は、私が思っていたよりも、大きすぎる。
てっきり、異世界召喚という特殊な環境の中で芽生えた、一種の吊り橋効果による淡い恋心だと思っていた。
それすらも、本当は私の自意識過剰ではないかと何度も自問自答を繰り返す程に、信じられないものだった。
だと言うのに、今目の前に立つ少女が私に向ける感情は、そんな可愛らしいものですらない。
私を絶対的な存在か何かだと信じて疑わず、間違っているのは私以外の全てで、私の為ならそれ以外の全てはどうなっても良いと思っている。
崇拝。妄信。依存。束縛。
そんな言葉を彷彿としてしまう程の、盲目的で病的なまでの狂愛。
大切な友達を否定したくは無いし、こんなこと考えたくも無かったが……流石に、これは……──。
「……どう……して……」
首に巻き付けられた鎖が、ギチギチと鈍い音を立てて強く締め付けているかのような息苦しさの中、私は掠れた声でどうにか言葉を紡ぐ。
すると、友子ちゃんは私の顔を見て、コテンと軽く首を傾げて見せた。
相変わらず光を失ったままの暗く冷たい瞳は、こうして見つめているだけで、思わず吸い込まれてしまいそうな言い知れない不気味さを漂わせている。
私は怖気づきそうになりながらも、右手を軽く握り締めながら続けた。
「どうして、そんな……私の、こと……」
「……こころちゃんじゃないと、ダメなんだよ」
喉を締め付けられるような感覚の中で何とか紡いだ私の言葉に、友子ちゃんは口元に小さく笑みを浮かべながら言い、両手を優しく添えるように私の肩に置いた。
突然のことに驚く間も無く、彼女はすぐさま軽く背伸びをして──「ッ……」──唇を重ねた。
ずっとこの寒空の下にいたせいだろうか、彼女の唇は酷く冷たくて、柔らかい。
……突き返さなければ。
頭では分かっているのに、その体はまるで凍り付いてしまったかのように硬直し、指先一つ動かせなかった。
友子ちゃんはそんな私を見て嬉しそうにその目を細めると、ソッと静かに唇を離し、私の腰に両手を回して首筋辺りに顔を埋めてくる。
今の私にそれを拒絶する余裕などある筈も無く、その場に立ち尽くしたまま、彼女の抱擁を受け止めることしか出来なかった。
……私じゃないと、ダメ……か。
あぁ、なんだ……簡単な話じゃないか。
友子ちゃんを……貴方をおかしくしてしまったのは、私だったんだね。
『その女と一緒にいると、貴方はいつか……不幸になりますよ』
不意に思い出したのは……ギリスール王国を出る時に聞いた、ノワールの言葉だった。
リートと一緒にいることを選んだ私に、忠告という名目で投げかけた言葉。
……本当に?
あの言葉は本当に、リートのことを言っていたの?
本当は……私のことを言っていたんじゃないのか?
だって、私は今こうして、大切な友達の人生を狂わせているじゃないか。
……いや。彼女だけじゃない。
私は今までだって、多くの人の人生を狂わせてきた。
私がいなければ、友子ちゃんがこうなることは無かった。
私がいなければ、リートやフレアが傷を負うことも無かった。
私がいなければ、寺島が殺されることも無かった。
私がいなければ、あの子がいなくなることも無かった。
私がいなければ、母さんが苦しむことも無かった。
私が──私なんかが、いなければ。
こんなことには、ならなかったのに。
「それじゃあ、私はそろそろ行くね?」
どれくらいの時間が経った頃だろうか。
私の体を抱き締め、首筋や胸の辺りにスリスリと顔を擦り付けるようにして甘えていた友子ちゃんは、不意にそんなことを言って体を離す。
彼女の言葉に、私の口からはほぼ反射的に「ぇ……?」と掠れた声が漏れた。
すると、彼女はうっとりとした笑みを浮かべたまま私の顔を見上げ、その目を緩めて続けた。
「フフッ。ずっとこうしていたいって気持ちは山々なんだけど……私達がずっと一緒にいる為には、先にやらないといけないことがあるんだぁ」
彼女はどこか上機嫌な様子で言いながら私の手を取り、自分の指を絡めて恋人繋ぎのような状態を作る。
私はそれを拒絶出来ないまま、「それって……」と咄嗟に聞き返す。
すると彼女は「うんっ!」と明るい声で頷き、私の手を握る力を強めて続けた。
「私達の邪魔をする、心臓の魔女を殺すんだよっ!」
サァッ……と、一瞬にして血の気が引いたのを感じる。
リートを……殺す……?
ダメ……それだけは、絶対に……──。
「あの女を殺せば、こころちゃんも奴隷じゃなくなって、ずっと一緒にいられるんだよ? それって、すごく素敵なことだと思わないっ?」
「……」
嬉々とした様子で語る友子ちゃんの言葉に、私は答えられない。
止めなくちゃいけないのに、言葉が出てこない。
だって、今の友子ちゃんには、もう……何を言っても、通用しな──。
『もしもまた、トモコがリートを殺しに来て、説得も通じなかった時……貴方は、トモコを殺せる?』
「ッ……!」
突然脳裏を過ぎったリアスの言葉に、私は息を呑んだ。
……殺す……? 私が、友子ちゃんを……?
彼女がこうなったのは……私のせいなのに……?
「あはっ、そんな寂しそうな顔しなくても大丈夫だよ! ちゃちゃっと終わらせてすぐに戻ってくるから、ちゃんと待っててね?」
私の葛藤を分かっているのか否か、彼女は明るい声でそう言って私の手を離し、近くの雪山に刺さっていた矛を抜いて歩き出す。
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