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第6章:光の心臓編
181 応えられない
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---少し時間は遡り---
<猪瀬こころ視点>
「……ごめん。友子ちゃん」
私は羽交い締めにした友子ちゃんの耳元でそんな謝罪を述べつつ、リアスが開けてくれた窓から外へと飛び出した。
冷たい空気が体を撫でる中、一気に二人分の重力が加わり落下していく。
……そういえば、下ってどうなってるんだ?
落下する中で、ふと、そんな考えが頭を過ぎる。
ヤバい。咄嗟の行動だったから、下がどうなってるか確認なんてしてないぞ!?
動揺と共に、自分の体が下になるように何とか身を捻ったのも束の間。
バフッ! と鈍い音を立て、私の背中を何やら冷たく柔らかい物が包み込んだ。
「ったぁ……何これ……?」
私はそんな風に呟きながら体を起こし、自分の状態を確認する。
どうやら私達は、雪を積み上げて出来た山の上に落ちたらしい。
ここは宿屋の脇にある細い路地のようで、道の両脇には大量の雪が山のように積み上げられ、真ん中には人一人が通れるくらいの小道が出来ていた。
今のところ、周囲に人の気配は無いな……なんてぼんやりと考えていた時、私を下敷きにするような形で同じく雪の上に落ちた友子ちゃんが体を起こし、すぐに私の頬に手を当てて顔を覗き込んできた。
「こ、こころちゃん、大丈夫ッ? 怪我は無い?」
「へッ? や、大丈夫だけど……」
抱き着くような姿勢のままで心配され、私は驚きながらも何とか答えを返す。
すると彼女はその表情を綻ばせて「良かった……」と白い吐息混じりに呟きつつ、冷たい掌で私の頬を優しく撫でた。
熱く潤んだ空色の目は細められ、口元は緩く弧を描いて笑みを浮かべている。
寒さによるものだろうか。その頬は薄っすらと赤く染まって……って、流石にこれ以上は無理があるか。
彼女は……──友子ちゃんは本当に、本気で私のことが……好きなんだ。
「……って、ごめん! 乗ったままで! 重いよね!?」
自分に向けられている恋心を改めて自覚していた時、彼女はそう言って立ち上がり、後ずさるようにして雪山から脱出する。
雪の上に座り込むような姿勢でそれを眺めていると、彼女はすぐにこちらに歩み寄ってきた。
「こころちゃんも。そんな所にいたら、風邪引いちゃうよ?」
友子ちゃんは小さく笑みを浮かべながらそう言い、私に手を差し伸べてくる。
私は咄嗟にその手を取ろうとしたが、すんでのところでグッと踏みとどまり、すぐに「そうだね」と答えながら腰を上げた。
柔らかい雪の中に埋まっているような状態だった為、人の手を借りずに立ち上がるのは中々に難しかったが、それでも両足を強く踏ん張って何とか強引に立ち上がる。
雪山から脱出して服に付いた雪を払い落としていると、友子ちゃんはすぐに「あっ」と小さく声を上げた。
「こころちゃん、寒くない? そんな、薄着のままで……」
「えっ? ……あぁ……」
おずおずとした様子で投げかけられた問いに、視線を落として自分の恰好を確認した私は、少し間を置いてから小さく声を漏らした。
確かに……さっきまでずっと室内にいたから、コート等の防寒具のようなものは全く身に付けてない。
色々ありすぎて気にする余裕なんて無かったが、指摘されると途端に意識してしまい、一瞬にして周囲の気温が下がったのではないかと錯覚する程の寒気がした。
思わず身震いしつつ自分の腕を擦っていた時、何か分厚い布のようなものが背中から被せられた。
「とりあえずこれ着て? ……そのままだと、風邪引いちゃうよ」
友子ちゃんはそう言いながら、自分が着ていたコートを私に羽織らせる。
私はそれに身を強張らせそうになったが、すぐに肩に掛けられたそれを掴みながら口を開いた。
「そんな、悪いよ。だって、友子ちゃんが……」
「私のことは気にしなくて良いよ。それより、こころちゃんが風邪引いたら大変だもん」
彼女はそう言って優しく笑みを浮かべ、私に羽織らせたコートから手を離す。
ずっと室内にいた私ほどでは無いが、彼女の服装もこの寒さを完全に凌げる程の防寒性があるようには見えなかった。
だと言うのに、彼女は寒さを感じている様子など微塵も見せないまま、優しい笑みを浮かべてこちらを見つめている。
そんな彼女の笑顔に、私の胸はギュッと強く締め付けられるような痛みに襲われた。
本当に……彼女は優しくて、良い子だ。
私なんかと友達になってくれて、私が死んだと聞いた時には自分を変えてでも私の為に強くなりたいと願い、涙を流して再会を喜んでくれた。
アランのダンジョンでも、自分が怪我することなどお構いなしに私を救おうとしてくれた。
リートやフレアを攻撃したのも、許せることでは無いけど……敵から私を救おうとしての行動だとすれば、私自身にそれを咎める筋合いは無い。
こんなにも優しくて大切に想ってくれる彼女を、今から私は傷付けなければならない。
その事実に、心臓がキツく締め上げられているかのような胸の痛みに襲われ、今すぐこの場で吐きたくなるような不快感が込み上げてくる。
でも……このまま曖昧に濁したままで居続ける方が、いつかきっと、余計に彼女を傷付けることになるだろう。
そんな思いから、私はコートを握る力を強めて口を開いた。
「……ありがとう。でも、ごめん。これは……受け取れないよ……」
私はそう言いながら羽織っていたコートを脱ぎ、目の前に立つ友子ちゃんに差し出した。
すると、彼女はキョトンとしたような表情を浮かべて私を見た。
「えっと……もしかして、私のことを心配してくれてるのかな? 私は平気だから、こころちゃんが遠慮する必要なんて無いのに」
「……違う」
「こころちゃんは本当に優しいなぁ。でも、それで体調崩したら元も子もないでしょ? 私は本当に大丈夫だから、これはこころちゃんが使って──」
「違うんだよ……ッ」
笑顔で語る彼女の言葉を遮りながら、私はコートを持った手を強く突き出す。
彼女の目が見れない。
私は目を伏せたまま、ゆっくりと続けた。
「友子ちゃんがッ……私のことを、大切に想ってくれているのは、分かってる。いつも、私なんかのことを、一番に考えてくれて……その気持ちは、本当に嬉しい……」
「こころちゃん……?」
「でも……ごめん。私は、その気持ちには……」
応えられない。
そう呟くように言った声は酷く掠れていて、ほとんど吐息のようなものだった気がする。
申し訳なさや罪悪感で胸が締め付けられた私は、俯いたままギュッと下唇を噛みしめて彼女の反応を待った。
「えっ……どういう、こと……?」
少しして、僅かに震えた声が返ってくる。
ほぼ反射的に顔を上げると、そこにはキョトンとしたような表情を浮かべる友子ちゃんの姿があった。
その言葉に答えようと口を開きかけた時、彼女はすぐにハッとしたように目を丸くして続けた。
「あっ、もしかして、お返しが出来ないって意味かな? それなら別に、私がしたくてしてることなんだから、気にしなくても良いのに」
「違ッ……」
「私はただ……こころちゃんが傍にいてくれれば、それで良いの」
彼女はそう言って、突き出したままの私の手を取った。
まるで、私の身も心も温かく包み込んでくれるかのような、優しい声。
以前までの私だったら、彼女の言葉に思わず頷いてしまっていただろう。
否……実際に、前に再会した時には頷いていた。
ずっと一緒にいるだなんて、無責任な約束をしてしまった。
でも、今は……──。
「……ごめん、友子ちゃん……」
空いている方の手を強く握りしめながら、私は続ける。
空気に流されて、守れない約束をしてしまった私が悪いのは百も承知。
しかし、だからこそ、これ以上同じ過ちを繰り返したくない。
例えそれが、大切な友達を傷付けることになったとしても。
例えそれが、自己満足だとしても。
私はもう……自分に嘘をつきたくない。
「私は、もう……友子ちゃんとは、一緒にはいられない」
俯いたまま。
それでも、出来るだけハッキリとした口調で。
私は彼女に、そう告げた。
<猪瀬こころ視点>
「……ごめん。友子ちゃん」
私は羽交い締めにした友子ちゃんの耳元でそんな謝罪を述べつつ、リアスが開けてくれた窓から外へと飛び出した。
冷たい空気が体を撫でる中、一気に二人分の重力が加わり落下していく。
……そういえば、下ってどうなってるんだ?
落下する中で、ふと、そんな考えが頭を過ぎる。
ヤバい。咄嗟の行動だったから、下がどうなってるか確認なんてしてないぞ!?
動揺と共に、自分の体が下になるように何とか身を捻ったのも束の間。
バフッ! と鈍い音を立て、私の背中を何やら冷たく柔らかい物が包み込んだ。
「ったぁ……何これ……?」
私はそんな風に呟きながら体を起こし、自分の状態を確認する。
どうやら私達は、雪を積み上げて出来た山の上に落ちたらしい。
ここは宿屋の脇にある細い路地のようで、道の両脇には大量の雪が山のように積み上げられ、真ん中には人一人が通れるくらいの小道が出来ていた。
今のところ、周囲に人の気配は無いな……なんてぼんやりと考えていた時、私を下敷きにするような形で同じく雪の上に落ちた友子ちゃんが体を起こし、すぐに私の頬に手を当てて顔を覗き込んできた。
「こ、こころちゃん、大丈夫ッ? 怪我は無い?」
「へッ? や、大丈夫だけど……」
抱き着くような姿勢のままで心配され、私は驚きながらも何とか答えを返す。
すると彼女はその表情を綻ばせて「良かった……」と白い吐息混じりに呟きつつ、冷たい掌で私の頬を優しく撫でた。
熱く潤んだ空色の目は細められ、口元は緩く弧を描いて笑みを浮かべている。
寒さによるものだろうか。その頬は薄っすらと赤く染まって……って、流石にこれ以上は無理があるか。
彼女は……──友子ちゃんは本当に、本気で私のことが……好きなんだ。
「……って、ごめん! 乗ったままで! 重いよね!?」
自分に向けられている恋心を改めて自覚していた時、彼女はそう言って立ち上がり、後ずさるようにして雪山から脱出する。
雪の上に座り込むような姿勢でそれを眺めていると、彼女はすぐにこちらに歩み寄ってきた。
「こころちゃんも。そんな所にいたら、風邪引いちゃうよ?」
友子ちゃんは小さく笑みを浮かべながらそう言い、私に手を差し伸べてくる。
私は咄嗟にその手を取ろうとしたが、すんでのところでグッと踏みとどまり、すぐに「そうだね」と答えながら腰を上げた。
柔らかい雪の中に埋まっているような状態だった為、人の手を借りずに立ち上がるのは中々に難しかったが、それでも両足を強く踏ん張って何とか強引に立ち上がる。
雪山から脱出して服に付いた雪を払い落としていると、友子ちゃんはすぐに「あっ」と小さく声を上げた。
「こころちゃん、寒くない? そんな、薄着のままで……」
「えっ? ……あぁ……」
おずおずとした様子で投げかけられた問いに、視線を落として自分の恰好を確認した私は、少し間を置いてから小さく声を漏らした。
確かに……さっきまでずっと室内にいたから、コート等の防寒具のようなものは全く身に付けてない。
色々ありすぎて気にする余裕なんて無かったが、指摘されると途端に意識してしまい、一瞬にして周囲の気温が下がったのではないかと錯覚する程の寒気がした。
思わず身震いしつつ自分の腕を擦っていた時、何か分厚い布のようなものが背中から被せられた。
「とりあえずこれ着て? ……そのままだと、風邪引いちゃうよ」
友子ちゃんはそう言いながら、自分が着ていたコートを私に羽織らせる。
私はそれに身を強張らせそうになったが、すぐに肩に掛けられたそれを掴みながら口を開いた。
「そんな、悪いよ。だって、友子ちゃんが……」
「私のことは気にしなくて良いよ。それより、こころちゃんが風邪引いたら大変だもん」
彼女はそう言って優しく笑みを浮かべ、私に羽織らせたコートから手を離す。
ずっと室内にいた私ほどでは無いが、彼女の服装もこの寒さを完全に凌げる程の防寒性があるようには見えなかった。
だと言うのに、彼女は寒さを感じている様子など微塵も見せないまま、優しい笑みを浮かべてこちらを見つめている。
そんな彼女の笑顔に、私の胸はギュッと強く締め付けられるような痛みに襲われた。
本当に……彼女は優しくて、良い子だ。
私なんかと友達になってくれて、私が死んだと聞いた時には自分を変えてでも私の為に強くなりたいと願い、涙を流して再会を喜んでくれた。
アランのダンジョンでも、自分が怪我することなどお構いなしに私を救おうとしてくれた。
リートやフレアを攻撃したのも、許せることでは無いけど……敵から私を救おうとしての行動だとすれば、私自身にそれを咎める筋合いは無い。
こんなにも優しくて大切に想ってくれる彼女を、今から私は傷付けなければならない。
その事実に、心臓がキツく締め上げられているかのような胸の痛みに襲われ、今すぐこの場で吐きたくなるような不快感が込み上げてくる。
でも……このまま曖昧に濁したままで居続ける方が、いつかきっと、余計に彼女を傷付けることになるだろう。
そんな思いから、私はコートを握る力を強めて口を開いた。
「……ありがとう。でも、ごめん。これは……受け取れないよ……」
私はそう言いながら羽織っていたコートを脱ぎ、目の前に立つ友子ちゃんに差し出した。
すると、彼女はキョトンとしたような表情を浮かべて私を見た。
「えっと……もしかして、私のことを心配してくれてるのかな? 私は平気だから、こころちゃんが遠慮する必要なんて無いのに」
「……違う」
「こころちゃんは本当に優しいなぁ。でも、それで体調崩したら元も子もないでしょ? 私は本当に大丈夫だから、これはこころちゃんが使って──」
「違うんだよ……ッ」
笑顔で語る彼女の言葉を遮りながら、私はコートを持った手を強く突き出す。
彼女の目が見れない。
私は目を伏せたまま、ゆっくりと続けた。
「友子ちゃんがッ……私のことを、大切に想ってくれているのは、分かってる。いつも、私なんかのことを、一番に考えてくれて……その気持ちは、本当に嬉しい……」
「こころちゃん……?」
「でも……ごめん。私は、その気持ちには……」
応えられない。
そう呟くように言った声は酷く掠れていて、ほとんど吐息のようなものだった気がする。
申し訳なさや罪悪感で胸が締め付けられた私は、俯いたままギュッと下唇を噛みしめて彼女の反応を待った。
「えっ……どういう、こと……?」
少しして、僅かに震えた声が返ってくる。
ほぼ反射的に顔を上げると、そこにはキョトンとしたような表情を浮かべる友子ちゃんの姿があった。
その言葉に答えようと口を開きかけた時、彼女はすぐにハッとしたように目を丸くして続けた。
「あっ、もしかして、お返しが出来ないって意味かな? それなら別に、私がしたくてしてることなんだから、気にしなくても良いのに」
「違ッ……」
「私はただ……こころちゃんが傍にいてくれれば、それで良いの」
彼女はそう言って、突き出したままの私の手を取った。
まるで、私の身も心も温かく包み込んでくれるかのような、優しい声。
以前までの私だったら、彼女の言葉に思わず頷いてしまっていただろう。
否……実際に、前に再会した時には頷いていた。
ずっと一緒にいるだなんて、無責任な約束をしてしまった。
でも、今は……──。
「……ごめん、友子ちゃん……」
空いている方の手を強く握りしめながら、私は続ける。
空気に流されて、守れない約束をしてしまった私が悪いのは百も承知。
しかし、だからこそ、これ以上同じ過ちを繰り返したくない。
例えそれが、大切な友達を傷付けることになったとしても。
例えそれが、自己満足だとしても。
私はもう……自分に嘘をつきたくない。
「私は、もう……友子ちゃんとは、一緒にはいられない」
俯いたまま。
それでも、出来るだけハッキリとした口調で。
私は彼女に、そう告げた。
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