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第6章:光の心臓編

171 胸騒ぎと失望-クラスメイトside

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---少し時間は遡り---

 柚子達はルリジオの宿屋に荷物を置いた後、少し打ち合わせをしてお互いの動きを確認し、予定通り二手に分かれての行動を開始した。
 花鈴と真凛は光の心臓の破壊に。友子と柚子は友子の志願により、心臓の魔女の討伐に。
 しかし、場所が明確になっている心臓のダンジョンに対し、心臓の魔女が潜伏している場所を特定することは中々に困難だった。
 その為、クラインが魔術を用いて捜査している間、二人は町の中を探索して聞き取り等を行い心臓の魔女の潜伏場所を捜索することになった。
 ……のだが……。

「……人、全然いないんだけど」
「そんな嫌味ったらしく言わなくても、それくらい見れば分かるから。……ってか、最上さんに文句言う権利無いよ。誰のせいで私がこんなことしないといけなくなったと思ってるの?」
「……」

 珍しく外で苛立ちを露わにする柚子に、友子は小さく溜息をつきながら目を逸らした。
 とは言え、仕方のないことではある。
 まだ明るい時間だと言うのに町には人気がほとんど無く、心臓の魔女の潜伏場所は疎か、それを探す為の聞き取りすらまともに出来ていない状態なのだ。
 心臓の魔女に対して並々ならぬ憎しみを抱いている友子はまだしも、それに付き合わされているだけの柚子にとって、この状況は非常に不愉快なものであろう。

 柚子はしばし自分の項をガリガリと掻いた後で大きく溜息をつき、すぐ近くにある建物の壁に設置された屋外階段の元に歩み寄り、椅子に座るように腰を下ろした。
 屋外と言っても、積雪による転落防止の為か屋根が設置されており、階段自体にほとんど雪は積もってない。
 そんな階段に座って伸びをする柚子の姿に、友子は僅かに目を丸くしつつ、すぐに彼女の元に歩み寄った。

「山吹さん。……何してるの?」
「何って、見て分からない? 休憩」
「いや……早く、心臓の魔女の潜伏場所、探さないといけないんじゃ……」
「そんなこと言ったって、人がいないんだから探しようが無いじゃん。闇雲に探し回って見つけられるものでも無いし、やるだけ体力の無駄だよ。それなら、魔力探知で探してくれてるクラインさんからの連絡を待つ方がまだ確実」

 伸ばした足の先をユラユラと軽く揺らしながら呑気に語る柚子の言葉に、友子は強く歯ぎしりをした。
 ──私達がこんなことしてる間にも、こころちゃんは心臓の魔女の奴隷としてこき使われて、苦しんでるって言うのに……!
 ──早く心臓の魔女の潜伏場所を暴き出して、この手であの女の息の根を止めないといけないって言うのに……!
 ──山吹さんだって……早く心臓の魔女の魔女を殺して、妹の元に帰らないといけないんじゃなかったの……!?

 腹の奥から沸々と込み上げてくる焦燥から、友子は拳を強く握りしめたまま、階段に座った柚子の頭頂部を睨みつけるように見下ろす。
 柚子の言い分にも一理ある、ということは、頭では理解していた。
 しかし、今すぐこころを救いにいけないもどかしさが、それ以上の怒りや苛立ちを湧き上がらせる。

「……今ここで私を殺しても、心臓の魔女は出てこないし、猪瀬さんも救えないよ」

 すると、顔を伏せたままの柚子がそんな風に呟いた。
 彼女の言葉に、友子はハッと我に返ったかのように目を見開いた。
 しかし、柚子がこちらの顔を一切見ること無く自分の感情を言い当てたことに気付き、すぐに拳を握り直して続けた。

「……どうして、分かったの……?」

 掠れた声で友子がそう聞き返すと、柚子はすぐにプハッと息を吐くように笑って顔を上げ、自分の膝の上で頬杖をつきながら続けた。

「いや……自分に向けられてる殺気くらい、顔見なくても分かるって。最上さんは特に分かりやすいし」
「……そうなんだ」
「ホント、少しくらい隠す努力しなって。最上さんからの鋭い殺気を受けて、頭が痛くて仕方なかったよ」

 やれやれと言った表情で軽く首を横に振りながら言う柚子に、友子は不服そうに口を噤みながら視線を逸らす。
 それを見た柚子は軽く溜息をつきながらも頬杖を解き、体を起こして軽く背中を反らせる形で友子の顔を見上げて続けた。

「最上さんがイライラする気持ちも分かるけど、今の状況ではどうしようも無いでしょ? クラインさんからの連絡が来るか、町の人達が戻ってくるか……どっちかが無いと、私達にはどうしようもないって」
「……山吹さんは、良いの……?」
「え?」
「早く、心臓の魔女を殺して……妹さん達の所に、帰りたいんじゃ、無かったの……?」

 静かな声で問い掛ける友子の言葉に、柚子はふと顔を上げた。
 それから彼女は溜息をつき、頬杖をつきながら口を開く。

「早く帰りたいから、こうして休んでるの」
「……どういうこと?」
「見た感じ、今はなぜか町の人達がほとんどいない。そんな中で無策に町の中を歩き回っても体力の無駄。それなら、今は少しでも休んで体力を温存しておいて、心臓の魔女との戦いに打ち勝つ可能性を少しでも高めておいた方が良いでしょ?」

 冷静に語る柚子の言葉に、友子はグッと口を噤んだ。
 悔しいが、柚子の言うことは尤もだ。
 無闇に町の中を歩き回って探したところで、心臓の魔女を見つけられる可能性は限りなく低い。
 高いステータスを手に入れたことで体力も上がっているとは言え、それでも無尽蔵と言う訳では無く、当然限界はある。
 解決策が見つかるまではこうして休んでおき、体力を温存しておくべきだ。
 しかし……──

「──……今も、こころちゃんが苦しんでるって言うのに……私だけ休んでるなんて、出来ないよ……」
「それじゃあ、一人で町中探し回ってきたら? 私には関係ないよ」

 素っ気なく答える柚子に、友子は唇を強く噛みしめながら顔を背けた。
 言われなくても、出来ることなら自分一人でこころを探しに向かいたい。
 しかし、自分の著しく低い防御力を補ってくれる柚子がいなければ、いざ魔女と交戦することになった際かなり不利になってしまう。
 それだけで無く、仮にクラインの魔力探知で心臓の魔女の潜伏場所が見つかった時、柚子が彼から預かっている遠話用魔道具に連絡が来ることになっている。
 これらのことから、友子は柚子の傍を離れる訳にいかず、一人で心臓の魔女を探しに行くことも出来ない。
 結局、彼女は小さく舌打ちをしながら手近な壁に凭れ掛かり、柚子の休息が終わるのを待つことしか出来ない。

「……あっ……」

 そんな友子の横顔を見ていた柚子は、不意に小さく、声を上げた。
 突然横から聴こえてきたその声に、友子は暗い瞳を柚子の方に向けてゆっくりと口を開いた。

「山吹さん? どうかした?」
「いや……そういえば、ちょっと聞きたいことがあって……」
「……聞きたいこと?」

 聞き返す友子に、柚子はコクッと一度頷いて続けた。

「あのさ。さっき……宿屋に向かって、路地裏を歩いてた時、一回立ち止まった時あったよね? あの時……何かあった?」

 静かな声でそう問い掛けてくる柚子の声に、友子は微かに目を見開き、階段に座る柚子に顔を向けた。

「なんで急に、そんなこと……」
「いや……別に、言いたくないなら良いんだけどさ。あの時なんか様子変だったし、あれからなんか暗いというか……いや、最上さんが陰気なのは元からだけど」
「……何? 喧嘩売ってる?」
「そうじゃなくて。ただ、あれからなんとなく、いつもと雰囲気違うな~と思って。……何かあったんなら、話聞くけど?」

 両手の指を軽く絡め、友子の顔を見上げながら、柚子はそう問い掛ける。
 彼女の言葉に、友子はしばし考えるような間を置いた後、自分の足元の方に目を伏せながら続けた。

「……別に、大したことじゃないよ。ただ、あの時……宿屋に向かって歩いてた時、建物と建物の間の細い通路の中に、誰か……人が立っていたような、気がしただけ」
「……気がした?」
「一瞬だけ、視界の隅に入ってきて……それで、気になって、立ち止まっちゃっただけ」
「……じゃあ、なんでそんな風に落ち込んでるの?」

 柚子の問いに、友子はピクリと肩を震わせながら、自分の服の裾を僅かに握り締めた。
 彼女はしばし間を置いた後、目を伏せたままゆっくりと口を開く。

「ただ、その人を見た時……嫌な感じが、して……」
「嫌な感じ、って……」
「まるで……東雲さん達を、前にした時、みたいな……」

 苦しげな声で友子がそう呟いた瞬間、柚子は階段から勢いよく立ち上がった。
 立ち上がっても、身長差によって柚子が友子を見上げる形はほとんど変わらない。
 信じられないと言った表情でこちらを見上げる彼女の顔を一瞥し、友子は自分の目元を片手で覆いながら続ける。

「一瞬見ただけだし、外套を着てフードも被ってたから、顔までは分からないけど……あの時感じた、嫌な胸騒ぎは……東雲さん達を見た時に、感じるものに、似ていて……」
「でも、寺島さんは最上さんが殺して……葛西さんは、猪瀬さんが遺体を見つけたって……それに、東雲さんだって……!」
「東雲さんは……片腕が落ちているのを見ただけだ、って……こころちゃんは言ってた」

 友子は暗い声でそう言いながら、自分の両目を覆う手に僅かに力を込める。
 彼女さらに続けた。

「だから、もしかしたら……東雲さんが、生きていて……この町にいるかもしれない、って思ったら……少し、不安になって……」
「ッ……そんな大事なことッ、どうして黙ってたの……!?」
「あくまで一瞬見ただけだし、私の考え過ぎの可能性が高いから。……それに、山吹さんに話したところで、何か出来ることがあるって言うの?」

 冷たく、どこか突き放すような口調で言う友子に、柚子はグッと口を噤んだ。
 ……日本にいた時、自分は学級委員長としてクラスメイト全員の味方でいようと努めていながら……友子のイジメの存在どころか、彼女の孤立にすら気付けなかった。
 そんな自分に友子が失望しているのは仕方のないことだし、彼女が今回の件に関して自分を戦力外だと考えるのも、当然のことだろう。

 ──……ははっ……。
 そこまで考えた柚子は、心の中で小さく自嘲する。
 これだけお互いに嫌い合い、今更相手からどう思われようがどうでもいいと思っていた筈なのに……──友子が自分に向けている失望の念を目の当たりにして、少しだけ、ショックを受けてしまった。
 ──今更、最上さんの前で、“皆に好かれる学級委員長”に戻れる訳が無いのに……ね。
 心の中でそう呟いた柚子は、内心で諦めたように笑い、顔を上げて友子を見つめた。

「……そうだね。今回のことで、私が最上さんにしてあげられることは何も無い」
「だったら……」
「けど、それはあくまで最上さんの都合でしょう? もし本当に東雲さんが生きているとしたら、私は学級委員長として、クラスメイトである彼女の安否を把握しておかないといけないの」

 堂々とした口調で言い放つ柚子に、友子はゆっくりと自分の目元から手を離し、驚いたような表情で彼女を見つめた。
 それに、柚子はすぐさま続けた。

「私達を見て合流してこなかったってことは、東雲さんがこっち側に付くことは無いとは思うけど……もしも東雲さんが心臓の魔女の味方についたらどうするの? そうなったら色々と調整が必要になってくるし……最上さんだって、戦いづらくなるでしょう?」
「……それは……」
「ま、確定事項じゃないのは事実だし、確証があるまで言いづらいのは分かるけど……そんなに取り乱すくらいなら、せめて私には言ってよ」

 淡々とした口調で言う柚子の言葉に、友子は不服そうに目を伏せた。
 それを見た柚子は小さく息をつくと、「それに」と言いながら友子の元に歩み寄り……トン、と。彼女の胸を、指で軽く突いた。

「私は “良い子の学級委員長”だから、クラスメイトの相談に乗るのは得意だよ?」
「……どの口が言うんだか」

 呆れながら嘆息混じりに言う友子に、柚子は「この口だけど?」と答えつつ、心の中で小さく自嘲した。
 ──日本にいた頃だって、一人で溜め込まないで相談してくれれば、少しは力になれたかもしれない。
 ──もしそうなっていたら、今頃はお互いに嫌い合わないで……案外、仲の良い友達にでもなってたりして。
 彼女は冗談半分にそう考えて、すぐに首を軽く横に振る形でその思考を振り払う。
 その時、柚子がクラインから預かっていた遠話用魔道具の魔法陣が、淡い光を放った。
 柚子はその魔道具の魔法陣に指を当てて軽く魔力を込めると、すぐに口を開いた。

「もしもし? 心臓の魔女の居場所が見つかったんですか?」
『はい。時間が無いので、ひとまず心臓の魔女がいる宿屋がある通りと、その店名を伝えますので、すぐにそちらに向かって下さい』

 魔道具から聴こえたその声に、友子はすぐに柚子の元に駆け寄って続きの言葉を待つ。
 それからクラインが通りと宿屋の名前をそれぞれ伝えたところで、通話が切れる。
 しかし、何とか場所を知ることは出来た。

「……よし。それじゃあ、最上さん。早く行こう」
「わ、分かった」

 急かすように言う柚子に、友子はすぐに大きく頷く。
 その時、丁度先程まで人気が無かった大通りに少しずつ人が増えていくのが見えたので、二人はすぐにクラインから聞いた宿屋の場所を探す為、通りに向かって歩き出した。

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