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第6章:光の心臓編

165 ルミナ①

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「よ~っし! 早速光の心臓を探しに行くぞぉ~!」
「ちょ、ちょっと、アランちゃん……! 声大きいよ……!」

 宿屋を出てすぐに大きな声で高らかに宣言するアランに、ミルノが慌てた様子でそう注意をした。
 そんな二人の様子を宿屋の二階にある一室から見ていたこころは、すぐに不安そうな表情を浮かべて、隣にいたリアスの方を見た。

「ほ、本当にあの二人に行かせて良かったの……? 不安しか無いんだけど……」
「戦力的には問題無いとは思うけど……別の部分で問題が生じそうね……」

 心配そうに問うこころに、リアスは頬を引きつらせながらそんな風に答えた。
 そんな二人の心配を他所に、アランはミルノを率いて薄く雪の積もった道をずんずんと進んでいく。

「それにしても、なんか人少なくない? まだ明るいのに」

 迷いなき足取りで大通りを歩きながら、アランがそんな風に言いつつ辺りを見渡す。
 彼女の言葉に、ミルノも同じように周りを見渡しながら「本当、だね……」と呟いた。
 アランの言う通り、この町に着いた頃はまだそれなりに人通りがあった大通りには、現在人の気配がほとんど無かった。
 太陽が西側に傾いてはいるがまだ日が沈む時間でも無く、ここまで人がいないのはあまりにも不自然な時間だ。
 ミルノの自信無さげな返答に、アランは自分のこめかみを指で押さえながら「んむぅ~」と呻いた。

「皆おうちに帰っちゃった、ってことも無いよね? 天気も悪く無いし~?」
「そ、それを言ったら、宿屋の店員さんも、いなかったよね……? さ、流石に、宿屋の店員さんまでか、帰っちゃうのは、変、なんじゃ、ない、かな……?」

 ミルノの言う通り、二人が宿屋を出る際カウンターには店員の姿が無く、代わりに『留守にしています。御用がある方は、お手数ですがロビーにてお待ち下さい』という書き置きがしてあった。
 宿屋のセキュリティ面に関して不安になったが、宿屋の金については、カウンター裏にあった金庫で厳重に保管されているのを確認することが出来た。
 部屋の鍵についても魔法陣のようなものが施されていたので、恐らくアレが盗難防止になっているのだろう。
 その為、宿屋の警備については特に問題無さそうな様子ではあったのだが……宿屋の店員が、そこまでしてでも全員席を外さなければならない程の用事というものが思いつかないのだ。

「うーん……まぁでも、人がいなかったらその分光の心臓回収するのも楽になるし……いっか!」
「そんな、適当な……」

 あっけらかんとした様子であっさり諦めるアランに、ミルノは困惑した様子で呟いた。
 そんな二人のやり取りを、大通りから分岐した細い路地にて、建物の陰に姿を潜めたリンが耳を澄ませて聴いていた。
 ──光の心臓……? どうして、あの子達がその存在を……?
 心の中で呟きながら、リンはフードを深く被り直す。

 裏路地にてギリスール王国の一行と鉢合わせになり、咄嗟に建物と建物の間にある細い通路に身を隠した後、そのまま路地裏を進んでここまで来た。
 大通りに出ようとしたところで丁度二人の姿を発見し、他に人影が無い為に目立ってしまうと考え、姿を隠したのだ。
 二人がいなくなったら出ようと思い、耳を澄ましていたのだが……まさか、彼女等の口から、『光の心臓』という単語が出てくるとは思っていなかった。

 緑髪の少女に関しては自分と同い年か少し年上くらいの見た目だし、金髪の少女に至ってはかなり幼く見える。
 一見、あれくらいの年齢の少女達が心臓の魔女について知っている理由など、無いように思えるのだが……。

 ──何にせよ、魔女の心臓について詳しい可能性は高い、か……。
 リンは心の中でそう呟くと小さく息をつき、フードの縁を摘まんでいた手を離す。
 まだ彼女等の素性は分からないが、利用できるものは利用した方が良い。
 彼女達に協力でもして取り入ることが出来れば、スムーズに光の心臓に近付くことが出来るかもしれない。
 しかし、金髪の少女は、光の心臓を回収すると言っていた。
 場合によっては……というか、ほぼ確実に、自分と彼女等が最終的には対立する確率が高いだろう。

『まぁ、もしそうなったら、殺せば良い話だよね~』

 いざ通路から飛び出そうとしたその時、背後からそんな声が聴こえた。
 その声にリンは動きを止め、小さく息をついて自分の額に手を当てた。
 ──気にするな……私にしか聴こえない、幻聴だ……幻覚なんだ……。
 自分に言い聞かせるように心の中で呟くリンに対し、“奴”は乾いた笑い声を上げながら続けた。

『何黙っちゃってんの? もしかして、今更人を殺すことに躊躇してる、とか言わないよね?』
「……」
『えぇ~!? もしかして、本当にそうなの!? 罪の無い人を殺したくない~とか考えちゃってる!?』
「<ッ……うるさい……>」

 茶化すような明るい声で言ってくる“彼女”の言葉に、リンは押し殺したような掠れた声で言う。
 失った右手の指先が鈍い痛みを発するのを感じ、彼女は右肩を押さえながら唇を噛みしめる。
 しかし、そこで彼女はすぐにハッとした表情を浮かべ、すぐに裏路地から大通りに飛び出した。
 すでにそこには、先程の二人組はいなかった。

『あ~あ、見失っちゃった。のんびりしてるから~』
「<誰のせいだとッ……いや、何でも無い……>」

 煽るように言う“奴”の言葉にリンは反論しようとしたが、今ここで言い争っていても時間の無駄だと察し、すぐに二人の後を追うべく駆け出した。

 一方その頃、アランとミルノはそのようなことが起こっていたなど露知らず、大通りを抜けて町の中心にある広間のような場所に出た。
 そこには重厚な扉で閉ざされた洞窟のようなものがあり、多くの人々が扉の前で跪いていた。
 ルリジオに住んでいるほとんどの人間が集まっているようで、人々は何とか体を密着させ、広間の中に全員を収めようとしている雰囲気があった。
 広間に辿り着いた二人はその光景に気圧され、咄嗟に近くにあった建物の陰に身を隠しながら、広間の様子を伺っていた。

「ねぇ、ミルノちゃん。あそこにあるの……心臓のダンジョン、だよね?」
「そ、そのはず……だけど……」

 建物の陰からひょっこりと顔を出し、広間の中心にある洞窟のようなものを見つめながら尋ねるアランに、ミルノは恐る恐るといった様子でそう答える。
 その返答を聞いたアランはムッと頬を膨らませると細い通路の中に体を引っ込ませ、不満そうな表情で腕を組んで続けた。

「なんで心臓のダンジョンの前に、あんなに人集まってんの~? しかも、なんか扉で閉めてあったし~」
「わ、私に、聞かれても……でも……町の人達がいなかった、理由は……ここに集まってたから、みたい、だね……?」

 ミルノの呟きに、アランが頷いた時だった。
 突然、ギィィィィ……と鈍い音を立てながら、広間の中央にある洞窟の扉が開き始めたのだ。
 広間の方から聴こえた音に、アランは建物の陰から顔を出し、重厚な扉が開く光景を見て大きく目を見開いた。

「み、ミルノちゃん! あれ見て! ダンジョンがんむぐぅッ!?」
「あ、アランちゃん……! 声大きいよ……!」

 甲高い声を張り上げるアランに、ミルノは咄嗟に彼女の口を手で押さえることで声を止めさせた。
 アランはそれにしばらくモゴモゴとくぐもった声を上げたが、すぐに口を噤んでコクコクと頷いた。
 それを見たミルノはホッと小さく安堵の吐息を漏らすと、ソッとアランの口を塞いでいた手を離し、二人で改めて広間の方に視線を向けた。
 二人がひと悶着している間にダンジョンの扉は完全に開き切っており、広間に集まっている人々は何かを待つような素振りを見せていた。

 ──何か出てくる……?
 ミルノが内心でそう考えた時、開いた扉の奥から、誰か人影が出てくるのが見えた。
 コツ……コツ……と乾いた靴音を立てながら、その人物は姿を現す。

 白みの強い金髪……ロイヤルブロンドの癖一つ無い真っ直ぐな長髪に、辺りに降り積もっている雪のように白い肌。
 人形のように整った精巧な顔立ちに、両瞼を閉ざしたままゆっくりと歩いてくるその姿は、まるで作り物のような浮世離れした雰囲気があった。
 ほぼ白一色の修道服のようなものを着ていることもあり、まるで風が吹けば消えてしまいそうな儚さと、少しでも目を離せば周囲の雪景色の中に溶け込んでしまいそうな透明感を纏っている。
 重厚な扉の奥から突如として現れたその少女の姿に、アランとミルノはほぼ同時に息を呑んだ。
 すると、少女は瞼を瞑ったままの両目で辺りを見渡し、自分の胸に手を当てて口を開いた。

「皆さん。今日もお集まり頂き、誠にありがとうございます。まずは、皆様の中に、治療を必要とする方はおられますか? いましたら、前まで出てきて下さい」

 規模は小さいとは言え、一つの町の住民ほぼ全員を前にしても、少女は怖気づく素振りなど一切見せない堂々とした口調でそう問うた。
 すると、右腕に何やら布を巻きつけた一人の男性がスクッと立ち上がり、人々の合間を縫って前に出た。

「女神様。実は、今日仕事中に怪我をしてしまいまして……どうか、お願いします」

 青髪の男性はそう言うと同時に、右腕に巻き付けていた布を取り、その腕を少女の前に差し出した。
 するとそこには深い切り傷が出来ており、包帯を取ったことで僅かに血が滲んでいた。
 そんな痛々しい傷を前にしても、両目を瞑った少女には見えない為か、顔色一つ変えることなく「承知しました」と答えて男性の腕に掌を翳した。
 すると、その手に白く淡い光が灯り、男性の腕に出来た傷を治していく。
 瞬く間に傷が癒えていくその様子に、男性の顔に笑みが浮かんだ。

「あぁ……ありがとうございます。女神様……」
「だからその、“女神様”という呼び名は止して下さい。何度も言っていますが、私は神では無く、皆様と同じくこの世界の神の手によって生み出された一人の人間なのですから。女神では無く、ルミナ、と……名前で呼んで下さい」

 ルミナと名乗った少女は、穏やかな口調で諭すように言いながら、怪我が治った男性を広間に戻るよう促した。
 男性が広間に集まった人々の中に戻っていくのを見送りつつ、ルミナは広間に集まった人々を見渡しながら、続けた。

「皆様の中に、他に治療が必要な方はおられますか? どのような怪我でも症状でも構いません。私も、ここに集まっている皆様も全員が、神の元に産まれし平等なる存在なのですから。遠慮など、する必要はありませんよ」

 穏やかながらも、ルリジオの住民ほぼ全員を前に一切臆すること無く放たれる、凛とした言葉。
 その言葉に、アランとミルノは確信した。
 皆の前に姿を現している少女、ルミナが……光の心臓の守り人であることを。
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