命を助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました

あいまり

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第6章:光の心臓編

159 あなたがいるなら

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---時間は少し遡り---

 ネーヴェの町にある服屋にて、リアスとアランは防寒着の物色に来ていた。
 二人は明日からの雪上の移動に備えて、物資や防寒着の調達に出向いていたのだ。
 先に物資の補充を終え、二人は一番かさばる防寒着の買い物に来ていたのだが……。

「アランはミルノのこと、どう思う?」

 服屋の一角にて、リアスは赤色のコートを手に取って眺めながら、そんな言葉を投げ掛けた。
 彼女の言葉に、近くで他の防寒着を物色していたアランがキョトンとした表情を浮かべながら顔を上げた。

「どうって……可愛いと思うよ? 顔は整っててお人形さんみたいだし、三つ編みも凄く似合ってるよね。それに良い子だし!」
「そうじゃなくて……」
「あっ、これミルノちゃんに似合いそう~!」

 リアスの言葉を聞いていたのか否か、アランは深緑色のポンチョを両手で持って明るい声を上げる。
 彼女の様子にリアスは僅かに苛立ったような反応を見せたが、眉を顰めたまま小さく息をついて口を開いた。

「私が言いたいのは……ミルノがこころのこと、好きになったかもしれないってことよ」
「ッ……」

 吐き捨てるように言ったリアスの言葉に、アランはピシッと音を立てて硬直した。
 その様子に、リアスは呆れたような口調で「確証はないけどね」と続ける。
 彼女の言葉に、アランは引きつったような笑みを浮かべ、「いやいやいやいやいや」と壊れたレコードのように繰り返した。

「いやいや……えっ? ミルノちゃんがこころちゃんのことを好きになったって……え、本気で言ってる?」
「そうだけど?」
「あっはは! そんなことある訳無いじゃん!」

 真顔で答えるリアスに、アランはケラケラと笑ってその言葉を否定する。
 明らかに小馬鹿にしたような態度を取る彼女の様子に、リアスは僅かに眉を顰めた。

「ちょっと……私は本気で……」
「だって考えても見なよ。今でも私とリアスちゃんに、フレアちゃんに、リートちゃんに……トモコちゃんだって、こころちゃんのこと好きなんだよ? こんな大人数が同じ人を好きになるってこと自体異常だよ?」

 両手を広げて演技がかったようなわざとらしい口調で言うアランに、リアスはクッと口を噤む。
 言われてみれば……というか、考えてもみれば今の状況はかなり異常だ。
 一人や二人ならともかく、五人もの人間が同じ人物に恋をするなど、確率的に見ればかなり天文学的な数値を叩き出すだろう。
 そこに新参者のミルノまで加わるなど、普通は有り得ない。
 しかし……──。

「私だって有り得ないとは思っているわよ。……でも、ミルノのこころに対する態度を見てると、そうとしか……」
「考えすぎだって~。まぁどうしても気になるなら、宿に戻った時にでも聞いてみる? まっ、リアスちゃんの勘違いで終わると思うけどね~」

 アランはそれ以上リアスの話を真面目に取り合う気は無く、またすぐに防寒着の物色に戻るのだった。

 ---現在に戻り---

 ──……って、思ってたんだけどなぁ~……。
 つい数十分程前の、服屋でのリアスとのやり取りを思い出し、アランはヒクッと僅かに頬を引きつらせた。
 しかし、彼女はすぐになんとか笑みを取り戻し、目の前にいるミルノに向き直って口を開いた。

「ご、ごめん、ミルノちゃん。ちょっと良く聞き取れなかったみたい。……もう一回言って貰っても良い?」
「ぅえッ? う、うん……だから、その……私、こ、こころさんの、こと……す、す……好き、に、なっちゃった、かも……しれないの……」

 頬を赤らめ、どこか恥ずかしそうにモジモジと両手の指を絡めながら言うミルノに、アランはぎこちない笑みを浮かべながらも内心はかなり激しく動揺していた。
 ──……いや、そんなことある!?
 ──六人全員が同じ人を好きになるとか……普通有り得ないでしょ!?
 ──五人でも十分異常だってのに……ミルノちゃんまでこころちゃんのこと好きになるとか、有り得なくない!?
 ──というか、リアスちゃんの予想大当たりじゃん! あの子もう人の心読めるんじゃないの!?
 アランはグルグルと激しく巡る思考を何とか整える為に、気取られないように一度大きく息を吐く。
 それからヘラッと軽く笑い、続けた。

「えっ、と……なんで、そんな風に考えたの……?」
「それはッ……き、昨日の、夜……こころ、さんと、リートさんが、話してるところを、た、たまたまッ、聞いて、しまって……二人が、りょ、両想い、なのを……知って、しまって……胸が、苦しくて……」

 ミルノはそう言いながら、自分の胸に手を当てて、キュッと軽く握り締める。
 彼女はふと目を伏せながら、続けた。

「それから、こころさんと、顔を合わせると……なんか、いつも以上に、ぎこちなく、なってしまって……あの人に、優しくされたり、笑いかけられると……胸が、ドキドキして……顔が、熱くなるの……」

 そう言いながら、ミルノはカァッと僅かに頬を赤らめた。
 彼女の言葉に、アランは「うぐッ」と呻くような声を漏らした。
 もしもまだ彼女がこころへの恋心を完全に自覚していないのなら、勘違いとか考えすぎとか言って無かったことにしてしまおうと考えていた。
 ただでさえこころはリートと両片思いの状態な上に、他にもライバルが多い。
 これ以上ライバルが増えるなら、早い内にその可能性を潰してしまおうと考えていたのだ。
 だと言うのに、恥ずかしそうに頬を赤らめながらこころへの恋心を語るミルノのいじらしい姿に、その初心な芽を摘んでしまうことに罪悪感が湧いたのだ。
 ミルノ自身に対しては悪い感情は一切抱いておらず、何なら好感を抱いていることが、余計に自身を葛藤させた。

「……なんで、それを私に話したの……?」

 ひとまず、アランはそんな風に問い掛けた。
 そもそもの疑問。
 ミルノはどうしてわざわざ自分を呼び出し、こころに恋をしてしまったかもしれないという話を自分にしてきたのか。
 そんなアランの問いに、ミルノは微かに目を丸くしたが、すぐにその目を逸らしながら続けた。

「それは……アランちゃんは、友達、だから……相談に、乗って、欲しくて……」
「相談?」
「うん。……私、これから、どうすればいいのかな……って、思って……」

 自身無さそうに俯きながら言うミルノに、アランはキョトンと目を丸くした。
 すると、ミルノは自分の服の裾を握り締めてさらに続ける。

「り、リートさんはッ……どんな時でも、堂々としていて……自分を持っている、というか……顔も、凄く綺麗だし……わ、私には、無い物ばっかりで……こころさんが好きになるのも、分かる、というか……」

 そこまで言うと、彼女は微かに唇を噛んだ。
 しかしすぐに小さく息を吐いて、続けた。

「正直……諦めた方が良い、ってことは、わ、分かってるの……このまま、こころさんを、好きに、なっても……辛いだけだ、って……分かってるから……」
「……それは……」
「でもッ……諦めようと、思っても……こ、こころさんの顔を、見ると……また、す、好きって、気持ちが、強くなってッ……諦め、きれなくてッ……私、これからどうすれば良いんだろうって、思ってッ……」
「分かる~っ!」

 込み上げてくる感情を吐き出すように喋るミルノに、アランは賛同の声を上げながら彼女の両手を取った。
 突然両手を握られる形で話を遮られたミルノは、いつの間にか涙目になっていた両目を丸くしながら「えっ? えっ、えっ?」と困惑の声を上げる。
 それに、アランは握った両手をブンブンと振りながら「分かる! ミルノちゃんの気持ち凄く分かるよ!」と言い、自分より背が高いミルノの顔を見上げた。

「そうだよね! 絶対叶わない恋だって分かってるんだけど、諦めきれないんだよね! 分かる! 分かるよ!」
「えっ? あ、アラン、ちゃん……?」
「このまま好きでいても自分がしんどくなるだけって分かってるのにさぁ! 好きって気持ちが抑えられないんだよねっ! すっごく分かる~!」
「あ、アランちゃんも……こころさんのこと、好き、なの……?」

 ハイテンションで激しく同意しながらブンブンと手を振るアランに、ミルノは気圧されたような態度を見せながらも、そんな風に聞き返す。
 その言葉にアランはハッとした表情を浮かべ、テンションに任せて色々と自分の本音をぶちまけていたことを自覚する。
 意図せずこころへの好意を曝け出してしまっていた事実に、彼女の顔はカァァァッと耳まで赤く染まった。

「な、なななな何を急に、そんなことッ……な、な何を根拠に……ッ!」
「で、でも……さっきの、言葉は……そうとしか……」
「そうだよッ! 私だってこころちゃんのこと好きだよ馬鹿ぁッ!」

 必死に誤魔化そうとしたが、結局どう抗っても悪足掻きでしかないことを察し、すぐに観念したようにアランはこころへの恋心を認めた。
 彼女は握り締めたミルノの両手をブラブラと揺らしながら続けた。

「本当はミルノちゃんがこころちゃんのこと好きって言った時に諦めさせようとしたんだよ! ただでさえリートちゃんに勝ち目無いのに、フレアちゃんとかリアスちゃんとかライバル多いしさぁ! これ以上ライバル増えないように何とか諦めさせようとしてたんだよ!」
「えっ……あの二人も、こころさんの、こと……?」

 驚いた反応をするミルノに、アランは両手を握ったままポフッと軽い音を立てて彼女に体を預ける。
 偶然ミルノの胸に顔を埋めるような形になるが、アランは特に気にする素振りを見せずに続けた。

「私さぁ、辛いんだよ……こころちゃんは鈍感だから、全然私の気持ちに気付いてくれないし……リートちゃんの気持ちにも全然気付かないから、付き合ったりしなくて、諦められないし……そのくせ、隙あらばイチャイチャしたりして……苦しいんだよ……」
「アランちゃん……」
「私だって、最初は好きにならないって決めてたのに、好きになっちゃって……だから、ミルノちゃんの気持ちも、凄く分かっちゃって……なんか、凄く、共感しちゃって……諦めろって、言えなくなっちゃった」

 そう言いながらアランは顔を上げ、へにゃっとどこか情けない笑みを浮かべた。
 彼女のその言葉にミルノは目を丸くしたが、すぐにアランの手をキュッと握り、口を開いた。

「わ、私は……! アランちゃんのこと、お、応援、するよ……!」
「……ミルノちゃん……?」
「アランちゃんは、明るくて、優しくて、可愛い……私の、友達だもん……! あ、アランちゃんが、こころさんと、つ、付き合ってくれたら……嬉しい、し……わ、私も、こころさんの、こと……諦めきれると、思う、し……」

 最後の方は尻すぼみな言い方になりながら、ミルノは静かに目を伏せる。
 彼女の言葉に、アランは僅かに目を見開いて「ミルノちゃん……」と呟く。
 しかし、彼女はすぐにムッとした表情を浮かべると、ミルノの手をグイッと引っ張って体を寄せた。

「なんでそうやってすぐに諦めようとするの!? そこは私だって負けないくらい言いなよ!」
「えっ? なんでッ……?」
「私は応援して貰わなくても頑張るし……大体、そんなことで諦めきれるわけ無いじゃん! これで本当に私がこころちゃんと付き合ったら、後悔するのはミルノちゃんだよ!?」

 先程までのしおらしい態度からは一転し、鬼気迫る表情で力説するアランに、ミルノはオロオロと戸惑いを隠せずにいた。
 しかし、彼女は何とかアランの目を見つめ返し、口を開いた。

「で、でも……アランちゃん、さっき……ら、ライバルは増やしたくない、って……私が、諦め、たら……ライバルは、増えない、のに……どうして……」
「そんなの……ミルノちゃんが友達だからに決まってるじゃん?」

 キョトンとした表情で至極当然のことのように言うアランに、ミルノは「へっ?」と素っ頓狂な声で聞き返した。
 それに、アランはコテンと首を傾げながら続けた。

「確かにライバルは増えて欲しくないけど……それ以上に、ミルノちゃんには後悔して欲しくないから、こんな所で諦めて欲しくないんだよ」
「で……でも……」
「そりゃあ、これでミルノちゃんがこころちゃんと付き合ったら嫌だけど……そうならないように私だって頑張るし、それで付き合えなくても、悲しいとは思うだろうけど後悔はしないもん!」
「そんな……でも、私……」

 答えを渋る様子のミルノに、アランはムッとした表情を浮かべた。
 しかし、すぐに彼女はミルノの手を握って口を開いた。

「それに、ミルノちゃんさっきリートちゃんは自分に無い物を持っていて凄い~みたいなこと言ってたけどさ、ミルノちゃんだって良い所たくさんあるじゃん!」
「えっ……?」
「ミルノちゃんは可愛いし、優しくて良い子だもん。私はミルノちゃんのこと、リートちゃんにも負けないくらい素敵な子だと思ってるし……ミルノちゃんの良い所をこころちゃんが知れば、好きになってくれると思うよ?」
「そんな……私はッ……」
「だから諦めるなんて言わないで、もっと頑張ってみようよ! 私と一緒に!」

 アランはそう言うと、白い歯を見せてにぱっと笑う。
 彼女の言葉に、ミルノは照れ臭そうに頬を赤らめていたが、やがてはにかむように小さく笑みを浮かべながら「そうだね」と答えた。

「アランちゃんがそう言ってくれるなら……私も、頑張ってみよう、かな……」
「おっ! 本当に!?」

 小さく呟くように答えたミルノの言葉に、アランは明るい笑みを浮かべながら聞き返す。
 彼女の言葉に、ミルノは小さく頷いて続けた。

「私は……自分の良い所、とか……よく、分からないし……リートさんに勝てる自信も、無いけど……アランちゃんがいれば……私、頑張れると、思う」

 相変わらず途切れ途切れで、弱々しい声ではあったが……その言葉には、今までにない力強さを感じた。
 アランはそれに嬉しそうに笑みを浮かべ、すぐに「んっ!」と頷いた。

「でも、私だって負けないからねっ! 私達は今日からライバルなんだから……相手がミルノちゃんでも、手加減無しだからねっ!」
「ん……私こそ、負けない」

 明るい声で宣戦布告するアランに、ミルノは大きく一度頷き、口元に笑みを浮かべてそう答えた。
 それに、アランは白い歯を見せて、シシッと嬉しそうに笑った。
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