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第5章:林の心臓編

144 胸騒ぎの正体

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 ミルノ曰く、アランが自分の意思に反して私達を攻撃してきたのは、彼女が植物の蔦を用いてアランに魔力を込めた種を埋め込んだのが原因らしい。
 項の辺りに埋め込んだ種を介してミルノの魔力をアランの体に流し、自身の操り人形にして動かしていたとのこと。
 とは言え、やはり人の体を操るというのは割と難しいらしく、その上私達と戦いながらの操作だった為に複雑な動きなどは出来ず、大振りな攻撃ばかりになっていたのだそうだ。

 つまり、埋め込まれた種を取り除くことが出来れば、魔力の影響が消えて元通り自由に動けるらしい。
 しかし、普通の人間だと種を埋め込まれた時点で体に根を張って深く結合した状態となってしまい、取り除くのはかなり難しいらしい。
 いや……種を取り除くこと自体は可能だが、神経に深く繋がっているものを無理矢理引きちぎるような行為となる為、その作業の間に命を落とす可能性が高いのだとか。
 しかし、心臓の守り人の治癒力ならば種の除去をしてもすぐに治癒される為、安全に種を取り除くことが可能となるのだそうだ。

「いだだだだだだだフレアちゃん痛い痛い痛いもっと優しくして!」
「ンなこと言われても、この種大分深い所まで入っちまってるぞ? いっそ肉ごと抉り取っちまうか? この薙刀で」
「ちょっと、人の武器をそんなことに使わないでよ。だから私がやるって言ったのに……」
「お前の力じゃ無理だって。これ、結構力いるしよ」
「い痛い痛い痛い痛い痛いッ!」

 で、現在フレアとリアスがアランの種の除去に当たっているのだが、これがまた結構難しいらしい。
 どうやら種が大分深いところまで埋め込まれてしまっているようで、上手く取り除くことが出来ないようだ。
 ミルノがアランの体の操作を止めている為、暴れるようなことは無いのだが……フレアが種を取り除く為に、種が埋め込まれた箇所に指を突っ込んでグリグリと抉っており、筆舌に尽くしがたい状況となっている。
 普通ならば確実に致死量となっているであろう血を流しておきながら、元気に痛がっているアランが唯一の救いだ。

「……あれ本当にアラン死なない? 大丈夫?」
「大丈夫であろう。あやつがこの程度で死ぬほどヤワな奴だとは思わんが……不安なら、種が取り除けたらすぐに回復させれば良い」
「あっ、やべぇちょっと肉取れた……おっ、種取れたぞ」
「ああああああ馬鹿あああああああああッ!」

 林の心臓を両手で大事そうに持ちながら言うリートの言葉を聞いていた時、やけにあっけらかんとした口調で言うフレアの言葉と、アランの絶叫が響き渡った。
 その声に視線を向けてみると、フレアが血塗れになった指で種と思しき物体を摘まんで見せびらかすようにその手を軽く振っており、それを見てリアスが呆れたような表情で目元を手で覆ってやれやれと首を横に振った。
 リートはそれにげんなりした表情を浮かべると、林の心臓を持つ手に力を込め、自身の魔力として心臓を取り込む。

「リアス」

 それからリアスの名前を呼んでこちらに意識を向けさせると、道具袋から掌サイズの小瓶を取り出し、彼女の方に向けて軽く放り投げた。
 リアスはそれをパシッと軽く片手で受け取り、手の中にある小瓶を見て訝しげな表情を浮かべた。

「回復薬じゃ。アランを回復してやれ」
「おぉ~! リートちゃんやっさしい~!」
「こころがお主を心配しておったから仕方なくじゃ。……何なら、そのままにしておいても大丈夫そうじゃがな」
「そうなんだぁ。こころちゃんありがとう!」

 明るい笑みを浮かべながら言うアランに、私は軽く手を振る形で応じた。
 それから小さく息をつき、視線を下ろした。
 するとそこには、地面にへたり込んだ体勢で、終始無言で俯いたままのミルノがいた。

「……もしかして、ああいうグロいの苦手? 気分悪くなった?」

 私はそんな風に聞きつつ、彼女の隣に行ってしゃがみ込んだ。
 すると、彼女は「ふぇ!?」と聞き返しながらビクリと肩を震わせ、怯えたような表情で顔を上げた。
 目が合うと、彼女はすぐに首を横に振り、またもや俯いた。

「た、確かに……ああいうのは、あまり得意じゃない、けど……そういうのじゃ、無いよ……」
「……じゃあ、何かあった……?」
「……この子達……」

 ミルノはそう言いながら、彼女の目の前に落ちていた一輪の花を、両手で大事そうに拾い上げた。
 踏みにじられ、ボロボロになった黄色の花を胸に抱いて、彼女は続けた。

「私の……唯一の、と、友達、なんだ……」
「……唯一の……?」

 咄嗟に聞き返すと、彼女はコクリと大きく頷いた。
 その動きに合わせて、彼女の長い三つ編みが揺れる。
 彼女の反応に、私は咄嗟に辺りを見渡した。
 見れば、この空間に咲いていた花は、ほとんどが先程の戦いによって踏み散らかされていた。
 戦闘でそれどころではなかったとは言え、酷い有り様だな……。
 そんな風に考えていると、ミルノはキュッ……と、花を抱き締める力を強くしながら続けた。

「この場所に、生まれてから……ずっと、ひ、独りで……そんな中で、私の使命は、心臓を守ることだって、知って……い、いつかは、リートって人と、た戦わないと、いけなくて……すごく、心細かった……」

 かき消えそうな声で言いながら、彼女は僅かに肩を震わせた。
 声も、微かに震えているような気がする。

「だ、だから、魔力を使って、作り出したの……み、皆が、いたから……私は、独りじゃ、なかった……皆、だけが……私の不安を、和らげてくれた……わ、私の……唯一の、友達だったの……」
「じゃあ、私が新しく友達になろーか?」

 突然前方から聴こえた声に、俯いていたミルノはハッとした表情で顔を上げた。
 釣られて前を見ると、そこにはアランが立っていた。
 彼女の体や服は先程の流血によって血塗れになっており、スプラッター映画にでも出てきそうな酷い有り様となっていた。
 そんな彼女を見て、ミルノは僅かに目を見開き、口を開いた。

「え……? 今、なんて……?」
「え~! もしかして聴こえなかったの!? 結構大きい声で言ったつもりなのに!?」

 心底驚いた様子で言うアランに、ミルノは「ご、ごめんなさい……!」と謝りながら、申し訳なさそうに目を伏せた。
 ……アランの場合、これは嫌味とかでは無く、素の反応なんだろうな。
 内心でそんな風に呆れてると、彼女は「だ~か~ら~」と言いながらミルノの目の前でしゃがみ込み、彼女の両頬を掴んでグイッと無理矢理顔を上げさせた。
 強引に目を合わさせると、アランは続けた。

「私と友達になろって言ったの! 聴こえた!?」
「へっ? はっ……えっ?」

 先程よりもハッキリした口調で言うアランに、ミルノはかなり驚いたようで、素っ頓狂な声を発した。
 視線はオロオロと激しく泳ぎ、両手を行き場なく彷徨わせていたが、やがてその手を自分の頬を掴むアランの手に添えてミルノは続けた。

「えっと……怒って……ないの……?」
「怒る? 何を?」
「だ、だって、私……さっきの、戦いで……貴方に、ひ、酷い、こと……」
「酷いこと?」
「攻撃、したり……貴方を利用して、あ、貴方の仲間を、倒そうとしたり……」

 申し訳ないことをしたと思っているのか、彼女は徐々に尻すぼみになりながら言う。
 それに、アランはしばしキョトンとした表情を浮かべていたが、少しして「あぁ~!」と思いだしたように言った。

「なんだあのことか~! 別に気にしてないよ~?」
「で、でも……!」
「というか、ミルノちゃんは心臓の守り人なんだし、戦うことになるのは仕方ないじゃん? あの、体勝手に動かされるやつは、ちょっと嫌だったけど……」

 アランの言葉に、ミルノは罪悪感からか、僅かに目を逸らした。
 しかし、アランは無邪気な笑みを浮かべて「でも」と続けた。

「あれはあれで面白かったし、結局勝てたし、別に怒ったりはしないよ~」
「でも、私……!」
「それに、ミルノちゃんの戦い方面白かったし、ミルノちゃんも可愛いから好き! だから友達になりたいんだけど……ダメ?」

 コテンと首を傾げながら訪ねるアランに、ミルノは驚いたように目を見開いて固まった。
 しばしの沈黙の後、彼女は自分の頬に添えられているアランの手を握り、ゆっくりと口を開いた。

「あ、貴方の、名前は……アラン……で、合ってる……?」
「ん~? 合ってるよ~」
「じゃ、じゃあ……アランちゃん。これから、よろしく」

 クシャッと笑いながら言うミルノに、アランも笑顔を浮かべて「うんっ!」と答えた。
 一件落着、か……。
 私はゆっくりと立ち上がり、リートの方に視線を向けた。
 彼女は腕を組んだ状態で二人をジッと見つめていたが、やがて「はぁ……」と小さく溜息をついた。

「……まぁ、アランもフレアもリアスも、皆一度は妾達のことを殺そうとしてきたしのぅ」
「リート……」

 フイッと顔を背けながら言うリートに、私は頬を引きつらせながら呟いた。
 すると、彼女はフッと小さく笑って「冗談じゃ」と言った。
 彼女の反応に、私はつい苦笑を零した。
 何はともあれ、ミルノの諸々が解決して良かった。
 この場所に咲いていた花が唯一の友達だって聞いた時には、流石に心臓が止まるかと思ったから。

 だって、例えそれが花だとしても……私にとっての、友子ちゃんのような存在だということだから。
 流石に人間と植物を同等に扱うのは少し違うかもしれないが、それでも、ミルノがここに咲いていた花を心の支えとしていた事実は変わらない。
 アランが自分から友達になると言ってくれて良かった。これで、ミルノの心に出来た穴が埋まると思うから。
 そんな風に考えていると、リートが道具袋の中を探りながら「それより」と続けた。

「大変じゃ。さっきアランを回復させたもので、回復薬が無くなってしまったわ」
「えっ、本当に……?」
「うむ。これは近くの町で買わねばならんのぅ。……妾達は元々の治癒力が高いから問題は無いが……」

 リートはそう言いながら道具袋を腰に提げ、こちらを見上げた。

「こころ、お主は平気か? 怪我は無いか?」
「ん? いや、平気だよ。怪我とかも全く」

 私はそう言いながら、軽く手を振ってみせた。
 今回の戦いでは、危険な立ち回りなどはほとんどしなかった。
 というよりは……私が危険なことをする必要が無いくらい、他の皆が頼もしいというか……。

「ふむ……しかし、万が一ということがあるであろう?」
「いや、本当に大丈夫だって。HPとかも全然減ってないしッ……!?」

 指輪でHPを確認しつつそう答えた時、リートが突然私の首に両手を絡め、顔を近付けさせた。
 唐突な接近に驚いてしまい、私はつい言葉を詰まらせる。
 すると、リートはクスリと笑い、口を開いた。

「お主、確かレベルが上がると体力が全回復するのであろう? 林の心臓も手に入れたのだし、丁度良いではないか」
「えっと……丁度良いって……」
「何じゃ? 四度目になるのに分からぬか?」

 ……魔力供給の為のキスか……!
 しかも、こんな……他の皆がいる場所で……!
 ムードも何も無いな、なんて思いつつ、私は目を瞑ることで返答に変える。
 奴隷である私には、彼女に逆らう権利など無いのだから。

 そんな私を見て、リートがクスリと小さく笑ったのが聴こえた。
 全く……こんなやり方でも、好きな人とキスをするという状況だけで高鳴る単純な自分の心臓が憎らしい。
 四度目と言っても、リートへの気持ちを自覚してからは初めてのキスだ。
 緊張や期待が胸の中で混ざり合い、何とも言えない高揚感となって私の胸を満たす。

「……?」

 ……しかし、十数秒以上経過したが、リートが私にキスをする様子が一切無かった。
 何だ? 今更彼女まで緊張し始めたのか? なんて呑気に考えつつ、私はゆっくりと瞼を開けた。

「かッ……はッ……!?」

 そこには目を見開き、口から血を吐きながらその場に立つ、リートの姿があった。

「……リート……?」
「こッ……ころッ……」

 咄嗟に掠れた声で呟くと、リートは喉の奥から血を噴出させながら、振り絞るように私の名前を呼んだ。
 彼女の口から吐き出された血が、私の顔や服を汚す。
 本当は、今にも崩れ落ちそうなのだろう。
 首に絡められた両手に体重が掛かり、倒れそうな体を必死に支えていることが分かった。
 一体何が起こって……? と視線を下ろすと、彼女の胸から、何やら黒い刃のようなものが生えているのが分かった。
 それを視認した瞬間、勢いよく刃が引き抜かれる。

「がッ……!?」
「リートッ……!」

 刃が引き抜かれた衝撃からか、リートは小さく声を漏らしながら前のめりに倒れそうになった。
 咄嗟にそれを受け止めようとした時、彼女の体が空中でガクンッと停止した。
 と思えば、彼女は突然、物のように遠くに投げ飛ばされた。

「リート……ッ!?」
「汚らわしい手で、こころちゃんに触れないでよ」

 地面の上をバウンドしながらリートを追いかけようとした時、前方からそんな声がした。
 その声を聞いた瞬間、私はハッと目を見開いた。
 ……リートが刺されたと言うのなら、当然、刺した相手がいる。
 リートが投げ飛ばされたと言うのなら、当然、投げ飛ばした相手がいる。
 リートに……私の好きな人に、こんな惨いことをする人……ノワール以外、私は知らない。
 しかし、先程聴こえた声は、ノワールのものでは無かった。
 だと言うのに……聞き覚えのある声だった。

 ドクンッ、ドクンッ……と、鼓動の音が、徐々に早くなっていく。
 私は自分の胸に手を当てながら、ゆっくりと……壊れかけのロボットのようなぎこちない動きで、視線を前方に向けた。
 そして、目の前に立っていた“彼女”の顔を見た瞬間、私は静かに息を呑んだ。

 信じたくない。認めたくない。私の勘違いであって欲しい。
 脳味噌が、目の前の光景を理解することを必死に拒んでいるのを感じた。
 本当は、声を聴いただけで分かっていた。
 それでも、私の勘違いだと思った。
 ……思いたかったんだ。

 花を踏みにじられてミルノが豹変する程に怒ったように、私にとっても“彼女”は……──大切な、唯一無二の友達だから。
 でも、もう……誤魔化せない。
 私は拳を強く握りしめ、ゆっくりと口を開いた。

「……友子……ちゃん……?」

 掠れた声で、私は名前を呼んだ。
 すると、友子ちゃんはドロリと溶けたような満面の笑みを浮かべて、口を開いた。

「うん……! 私も会いたかったよ、こころちゃん……!」

 彼女の声を聴いた瞬間、私の頭の中の冷静な部分が、静かな声で囁いた。
 あの胸騒ぎの正体は、これだったんだな……と。
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