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第5章:林の心臓編

141 ミルノ①

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 壁を覆っていた蔦二本を無理矢理引きちぎる形で作った穴を潜ると、そこには今まで歩いてきたダンジョンとは似て非なる空間が広がっていた。
 壁や天井を植物の蔦が覆っているのは同じだが、壁を形成している魔石が自然発光しているのか、蔦の隙間から光が零れて木漏れ日のようにその空間内を照らしていた。
 土で出来た地面には青草が生い茂り、蔦の隙間から漏れ出る光を反射してキラキラと輝いている。
 さらに、地面には所々に色とりどりの綺麗な花が咲いている。
 殺伐としたダンジョンからは一転し、その空間内には穏やかな空気が漂っていた。
 そしてその空間の一番奥には、植物の蔦で覆われた壁に背中をつけて、弓を抱き締めたまま怯えたような表情でこちらを見つめる一人の少女がいた。

「……えっと……」

 部屋の奥にいる少女を見つめたまま、私は小さく呟きつつ頬をポリポリと掻いた。
 あれ……? このダンジョンの守り人って、もっとこう……何を考えているか分からないような、不気味な奴じゃないのか……?
 こんな、追い詰められたかのように震えながら縮こまっている小動物ではないはず……。

「あのさ……実は道を間違えた、ってことは無い?」
「……いや……ここが心臓のある部屋で間違い無いぞ」

 奥にいる少女を見つめたまま言うリートに、私は頬を引きつらせた。
 ……この小動物のように怯えて震えてる少女が、心臓の守り人だって……?
 いや……もしかしたら、私達が警戒していることに気付いて、あえてこんな演技をしている気も……。

「……なぁ、あれって俺達を油断させる為の演技だったりしねぇか?」
「……残念だけど、演技では無いと思うわよ。アレが演技なら、こんな場所出て、もっと他にその才能を活かせる場所に行くべきね」

 私と同じことを考えたらしいフレアが、この中で一番そういう嘘の類に聡いであろうリアスに、小声で尋ねる。
 しかし、静かな声で返ってきたのはそんな言葉だった。
 リアスにここまで言わせるなんて……やはり、演技では無いのか……?
 それとも、あの心臓の守り人には本当にプロの俳優並の演技力があるのか……?
 個人的には、後者の方がまだ納得できるのだが……。

「……あ~!」

 一人考え込んでいると、突然アランが大きな声を上げた。
 突然大声を発するものだから、私はついビクリと肩を震わせてしまう。
 私が驚いている間にアランは大槌を地面に置き、自身の髪を小さく纏めている三つ編みのおさげを両手で摘まんだ。

「三つ編み! お揃いだね!」
「ふぇ? ……あっ、本当だ……」

 満面の笑みを浮かべながら言うアランに、緑髪の少女は少し呆けたような表情を浮かべたが、すぐに僅かに表情を緩めて言った。
 言われてみると、確かに二人共、髪を三つ編みで二つに纏めている。
 偶然なんだろうけど、ちょっと凄いな……なんて感心していると、アランはトテトテと数歩前に出てしゃがみ込む形で視線を合わせ、摘まんだ三つ編みをプラプラと揺らしながらはにかむように笑った。

「えへへっ、すごく似合ってるね~。可愛い~」
「ンな話してる場合かよ」

 林の心臓の守り人との交流を図るアランの後頭部を、フレアはペシッと軽く叩いた。
 すると、林の心臓の守り人はビクリと肩を震わせてその体を硬直させ、アランは叩かれた後頭部を押さえながら「いった~」と不満そうに言った。
 それにフレアは呆れたように溜息をつき、林の心臓の守り人に視線を向けた。

「んで……お前、名前何だ?」
「へ……?」
「名前だよ、名前。知らねぇと色々めんどくせぇだろ」

 フレアがそう言いながら詰め寄ろうとすると、林の心臓の守り人は後ずさるような素振りを見せながら目に涙を浮かべ、「ごめんなさい! ごめんなさい!」と必死な声で謝った。
 それを見て、リアスが「ちょっと」と言いながらすぐにフレアの服を掴んで後ろに引っ張った。

「怯えさせてどうするのよ。……貴方はただでさえ口が悪いんだから」
「怯えさせる……って、別にちょっと話しかけただけじゃねぇか。っつーか、同じ心臓の守り人に遠慮してどうすんだよ。そもそも、こんな風に普通に話せてる時点でおかしいだろ」

 フレアの言葉に、私は内心で「ごもっとも」と同意してしまった。
 確かに、フレアやアランの時は割とすぐに戦闘になっていたし、リアスもどちらかと言うと好戦的な部類だったように感じる。
 こんな風に、戦闘を始めることなく普通に会話している時点でおかしい。

「そうだとしても、順序というものがあるであろう? ……こやつなら、上手く説得すれば戦わずに心臓を貰い受けることが出来るかもしれんし」

 すると、リートが小声でそう言いながら、チラリと目を横に逸らした。
 彼女の視線を追ってみると、そこには壁を覆う植物の蔦の隙間から岩が生えたような形で出来た出っ張りの上に、歪な形をした翠緑色の石が乗っていた。
 あれが林の心臓か……と確認していると、アランが「えぇ~」とすぐに不満そうな声を漏らした。

「戦わないなんてつまんないじゃん~戦おうよ~」
「それは俺も賛成だけどよ、アイツあんま強そうに見えねぇじゃんか。だからやる気が分かねぇんだよなぁ……」
「そういう問題では無いであろうが……というか、アラン。お主は説得の為にあやつに話しかけたわけでは無いのか?」
「ううん? 三つ編みがお揃いだったのと、あの子三つ編み似合ってて可愛かったから話しかけたんだよ?」

 キョトンとした表情を浮かべて首を傾げながら、あっけらかんとした口調で彼女は言った。
 それに、リートは呆れたような表情を浮かべ、「どいつもこいつも……」と呟いた。
 すると、アランは「でも」と言って林の心臓の守り人の方を向いてしゃがみ込み、彼女と視線を合わせた。

「私も名前知りたいなぁ。ねぇねぇ、名前何て言うの?」
「なッ……名前……?」

 突然話しかけられたからか、林の心臓の守り人はビクリと肩を震わせてそう呟いた。
 彼女の言葉に、アランは「うん。名前」と言って微笑んだ。
 それに、彼女はしばらくモゴモゴと何やら口ごもっていたが、やがて目を伏せた状態で小さく口を開いた。

「み……ミルノ……です……」
「へぇ……じゃあミルノ、聞きてぇことがあるんだけど」
「ひッ……!」

 ゆっくりと歩み寄りながら聞くフレアに、ミルノと名乗った少女は小さく声を漏らしながら、怯えたような表情を浮かべた。
 それを見て、すぐにリアスがフレアの肩を掴み、グイッと後ろに引っ張った。

「うおッ……!?」
「貴方じゃ無理よ。代わって」

 リアスは端的に言いつつフレアを押しのけると、ミルノに視線を向けて口を開いた。

「少し聞きたいんだけど……上層や中層の地面を植物の蔦で覆っていたのに、下層の地面から植物の蔦を取り払ったのはどうして? 何か意図があってのこと?」
「え? 植物の蔦……って、何のこと……?」

 リアスの質問に、ミルノは逆にそう聞き返してきた。
 それに、すぐにリートが口を開いた。

「おい……あれは、お主が意図的にやったことではないのか?」
「あれ……あっ、もしかして、この蔦の、こと……? な、なんか、知らない内に生えてきて……別に、邪魔じゃないし、処分するのも、可哀想だと、思って、そのままに、しておいたんだけど……」

 ミルノはそう言いながら、背後の壁を覆う植物の蔦に優しく触れた。
 彼女の言葉に、私は目を見開いた。
 まさか……アランの言った通り、深い意味なんて特に無かったのか……?
 同じことを考えたのか、リートとリアスは驚いたような表情でアランを見た。
 見れば、アランは自分の言った通りじゃないかと言わんばかりに、得意げな笑みを浮かべている。
 それを見たフレアはげんなりしたような表情を浮かべつつ、ガリガリと頭を掻いて口を開いた。

「んじゃあ、中層と下層に仕掛けてあった罠は何なんだよ? あれも何も考えて無かったなんて言わせねぇぞ?」
「あっ、アレは……前以って、仕掛けておいたんだよ……。た、戦いなんて、嫌い、だし……で、でも、心臓は守らないと、いけないから……私の所に来るまでに、倒せたら良いな、って……」

 目を伏せながら自信無さげな口調で言うミルノに、私は咄嗟にリートを見た。
 心臓の守り人が、私達が自分の所に来るまでに殺しておこうとしているかのようだと言うリートの仮説も、間違ってなかったのか。
 何を考えてるか分からない、なんて思っていたが……そもそも、心臓の守り人がこんなに憶病な性格だなんて想像できないよな。
 フレア達を見ていると、余計に。

「……貴方に戦う気が無いなら、私達が無闇に争う必要なんて無いんじゃない?」

 すると、リアスがそんな風に提案した。
 彼女の言葉に、ミルノは不思議そうな顔で「え……?」と聞き返した。
 それに、リアスは続けた。

「私達だって、わざわざ貴方と戦いたいわけじゃない。あくまで、林の心臓が欲しいだけよ。だから、林の心臓さえ譲ってくれれば、これ以上貴方に危害を加えるような真似はしないわ。……貴方も戦いたくないなら、ここは穏便に済ませない?」
「そ、そんなのダメだよ……! わ、私には……この心臓を守るっていう、使命があるんだから……!」

 拳を強く握りしめ、ミルノは力強い口調で言いながら立ち上がる。
 初対面の時から終始怯えたような素振りをしていた彼女の力強い反論に驚いたのか、リアスは目を丸くして数歩後ずさった。
 その際に、彼女は自身の足元にあった桃色の花を踵で踏みしめた。

「ッ……!」

 それを見た瞬間、ミルノはカッと大きく目を見開いた。
 かと思えば、彼女はずっと胸に抱きしめていた弓を素早く構えて弦を引く。
 すると、弓は緑色の光を発し、瞬時に何本もの矢が作り出された。

「お花さんを傷付けないでッ!」

 彼女と出会ってから、恐らく初めて、彼女が大声を発した瞬間を見た。
 それどころか、初めて彼女がはきはきした口調で喋る姿を見たかもしれない。
 一瞬、頭の中の冷静な部分が、現実逃避のようにそう考えた。
 直後、ミルノはリアスに向かって、迷わず矢を放った。
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