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第5章:林の心臓編
137 これからは自分で
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あれから獣人族長に率いられる形で私達は地下牢を脱出し、豊穣の神が住まう祠とやらに案内されることとなった。
私とリートは幻魔法で姿を隠したままだったので魔法を解いて姿を露わにしたところ、かなり驚かれてしまった。
とはいえ、リートが「いざとなったら姿を隠したまま不意討ちで攻撃する予定だった」と説明すると、戦々恐々とされながらも納得してもらえた。
……いや、これで納得されて良いのか……?
今更だが、大分人族と獣人族の溝も深まったような気がするし……。
「種族の問題については、妾達にどうこうできるような問題でもあるまい。溝が深まったところで、元々の仲がかなり険悪だったではないか」
移動中にリートにその不満を漏らしたところ、そんな回答が返ってきてしまった。
仰る通りだけれども……納得いかないのは、フィクションの異世界モノの小説の読みすぎか?
……まぁ、元々平和な日本で暮らしていた一般人が異世界で種族同士の仲を深めるなんて、小説でしかありえないか。
そんな風に納得しつつも少しモヤモヤした気持ちを抱えつつ、私達は豊穣の神様……もとい、林の心臓が眠る祠に辿り着いた。
「……なぁ、なぁ……!」
獣人族長の指示で、固く閉じられていた祠の扉が開かれていくのを見ていた時、どこからか声を掛けられた。
視線を向けてみると、気付けば私のすぐ近くまで来ていたティナが、こちらを見上げていた。
「……ティナちゃん……?」
「おい、ティナ! そいつから離れろ……!」
私に話しかけているティナを見て、すぐさまティナの兄がそう声を上げながらこちらに駆け寄って来ようとした。
しかし、何かを察したのか、すぐさまアランが「ストーップ」と言いながら私達とティナの兄の間に立った。
「お前……! 邪魔をするな!」
「そんなに怒らなくても大丈夫だって~。変なことはしないから~」
「そんな言葉信じられるわけないだろ……!」
……ごもっとも。
今にも飛び掛からんばかりのティナの兄の様子に、私は内心でそんな風に同意しつつ、ティナの視線に合わせるように屈んだ。
「すっかり愛されちゃって……羨ましい限りだよ」
「……ありがとうニャン」
小声で呟いた私の言葉には答えず、ティナは小さな声でそう言った。
それに私は驚いたが、すぐに首を傾げつつ口を開いた。
「ありがとう、って……何が? 私、何もしてないよ?」
正直、今回は本当に、私は何もしていない。
ティナの兄が実はティナを大切に思っているのを見破ったのも、作戦を考えて実行したのも、全てリアスだ。
まぁ、人の感情に聡く、それに加えて頭の良い彼女だから出来たことだと思う。
作戦に関わったのは彼女に加えてフレアとアランだし、作戦を考える時に姿を隠したりなどの魔法によるサポートをしてくれたのはリートだ。
私はただ同調して、作戦中は裏で隠れていただけだ。
それに実際のところ、作戦が完全に上手くいったわけでも無い。
確かに、ティナの兄がティナを大切に思っていることは分かったが、父である獣人族長のティナへの気持ちは分からない。
リアスも、獣人族長については何も言ってなかったし……もしかしたら、彼はティナに対して愛情など持っていないかもしれない。
このことをオブラートに包んで簡潔にティナに話してみると、彼女は小さく笑って、口を開いた。
「でも……最初にウチの力になりたい、って言ってくれたのは……お前だったニャン」
その言葉に、私は目を見開いた。
彼女は続けた。
「お前がああ言ってくれなかったら、あの青い女は作戦を考えたりしてくれなかったし、他の奴等が協力してくれることも無かったニャン。それに、何より……兄ちゃんの気持ちを知ることも出来なかったニャン」
「……でも……」
「確かにお前の言う通り、父ちゃんはウチのことどう思ってるか分からないし、これから上手くいくとも限らないニャン。でも……お前のおかげで、これからは自分で頑張ろう、って思えたニャン」
笑顔で語るティナに、私は何も言えなかった。
すると、彼女はポリポリと頬を掻き、続けた。
「それで、その……お前、名前、何て言うニャン?」
「名前……あれ、言わなかったっけ?」
「言ったかもしれないけど覚えてないニャン」
あっけらかんとした様子で言うティナに、私は思わず、ずっこけるような素振りをした。
そんな堂々と言わなくても……まぁでも、私自身も言ったかどうかあやふやな部分があるし、出会った時は色々あって彼女自身も混乱していただろうから仕方ないか。
私は小さく息をつき、口を開いた。
「私はい……」
猪瀬こころ、と自分の名前を名乗ろうとしたところで、少し思いとどまる。
……そういえば、普通に名乗ったせいで、リートは私の名前が猪瀬の方だと勘違いしたんだよな……。
わざわざ解説するのも面倒だし、ここは……──
「──……こころ、猪瀬。私の名前は、こころ猪瀬って言うんだ」
私の言葉に、ティナは一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐにクシャッと笑って、口を開いた。
「……じゃあ、こころ! ありがとうニャン!」
「……ははっ、どういたし……」
満面の笑みでお礼を言うティナが微笑ましくて、つい小さく笑いつつも返事をしようとした時、その言葉を遮るように肩を掴まれ……──頬に唇が当たった。
柔らかい……というよりは、唇まで毛むくじゃらなので、フワフワしたような独特の感触がした。
突然のことに驚いていると、ティナは私の頬から口を離し、シシッと笑った。
「今日のお礼ニャン!」
「え……っと……?」
「何をしておるのじゃ。祠が開いたぞ」
突然の出来事に呆けていると、リートがどこか不機嫌そうな表情で言いながら私の腕を掴んで立たせた。
見ると、祠の前では他の三人も待機しており、遠巻きにこちらを見ていた。
もしかして見られた……? と驚く間も無く、リートが急かすように私の背中を押してくるので、仕方なく歩を進めた。
「ちょっ、リート……!? なんでそんなに急かすの……!?」
「別に何でもないわ! さっさと妾の心臓を回収するぞ!」
「リート……こころがキスされていたのは頬よ? 頬へのキスは親愛を表していて、別に深い意味なんて……」
「そッ、そんなこと分かっておるわッ!」
呆れたような表情で冷静に解説するリアスに、リートが怒鳴るように言った。
いや、分かってないと思うけど……というか、リートが不機嫌なのって私がティナにキスされたからなのか?
それでリートが怒る理由なんて無いと思うけど……単純に、私がティナと話していて時間を取らせてしまったから怒ってるんだと思うけど……。
しかし、次々と浮かんでくる疑問を口にする間も無く、私は押されるがままにダンジョンの中に足を踏み入れた。
***
壁と天井は太い植物の蔦で覆われ、土で出来た地面には青草が生い茂り、色とりどりの花々が至る所に咲き誇る部屋の中。
壁には太い蔦の隙間から岩が生えてきたかのような少し大きな出っ張りがあり、その上には翠緑色の輝きを放つラグビーボール状の歪な形をした石が乗っており、まるで命を持っているかのように脈打っている。
ドクンッ、ドクンッ……と、まるで人の鼓動のような音だけが鳴り響く部屋の中央で奴は座り込み、地面に生える花を愛でていた。
その時、室内に鳴り響く脈音に重ねるように、幾重もの鼓動の音が聴こえ出した。
「ひゃぁあッ!? な、な何!? 何事!?」
突然聴こえた複数の脈音に、奴は情けない悲鳴を上げながら肩を大きく震わせ、慌てて立ち上がる。
その間も鳴りやまない脈音に、奴は胸の前で両手をキュッと握り合わせた。
「も、もしかして、もう来ちゃったの……!? そんなッ……まだ心の準備なんて出来てないよぉ……!」
怯えたような口調で言いながら、奴はオロオロと辺りを見渡す。
しかし、当然その場所に奴を助けてくれる人間などいるはずも無く、その動作は徒労に終わる。
奴はその場にしゃがみ込み、足元に置いてあった弓を手に取って胸に抱きしめ、目の前に咲く一輪の花を見つめた。
「だ、大丈夫……私には、皆が付いてるもんね……! 絶対……勝てるよね……!」
私とリートは幻魔法で姿を隠したままだったので魔法を解いて姿を露わにしたところ、かなり驚かれてしまった。
とはいえ、リートが「いざとなったら姿を隠したまま不意討ちで攻撃する予定だった」と説明すると、戦々恐々とされながらも納得してもらえた。
……いや、これで納得されて良いのか……?
今更だが、大分人族と獣人族の溝も深まったような気がするし……。
「種族の問題については、妾達にどうこうできるような問題でもあるまい。溝が深まったところで、元々の仲がかなり険悪だったではないか」
移動中にリートにその不満を漏らしたところ、そんな回答が返ってきてしまった。
仰る通りだけれども……納得いかないのは、フィクションの異世界モノの小説の読みすぎか?
……まぁ、元々平和な日本で暮らしていた一般人が異世界で種族同士の仲を深めるなんて、小説でしかありえないか。
そんな風に納得しつつも少しモヤモヤした気持ちを抱えつつ、私達は豊穣の神様……もとい、林の心臓が眠る祠に辿り着いた。
「……なぁ、なぁ……!」
獣人族長の指示で、固く閉じられていた祠の扉が開かれていくのを見ていた時、どこからか声を掛けられた。
視線を向けてみると、気付けば私のすぐ近くまで来ていたティナが、こちらを見上げていた。
「……ティナちゃん……?」
「おい、ティナ! そいつから離れろ……!」
私に話しかけているティナを見て、すぐさまティナの兄がそう声を上げながらこちらに駆け寄って来ようとした。
しかし、何かを察したのか、すぐさまアランが「ストーップ」と言いながら私達とティナの兄の間に立った。
「お前……! 邪魔をするな!」
「そんなに怒らなくても大丈夫だって~。変なことはしないから~」
「そんな言葉信じられるわけないだろ……!」
……ごもっとも。
今にも飛び掛からんばかりのティナの兄の様子に、私は内心でそんな風に同意しつつ、ティナの視線に合わせるように屈んだ。
「すっかり愛されちゃって……羨ましい限りだよ」
「……ありがとうニャン」
小声で呟いた私の言葉には答えず、ティナは小さな声でそう言った。
それに私は驚いたが、すぐに首を傾げつつ口を開いた。
「ありがとう、って……何が? 私、何もしてないよ?」
正直、今回は本当に、私は何もしていない。
ティナの兄が実はティナを大切に思っているのを見破ったのも、作戦を考えて実行したのも、全てリアスだ。
まぁ、人の感情に聡く、それに加えて頭の良い彼女だから出来たことだと思う。
作戦に関わったのは彼女に加えてフレアとアランだし、作戦を考える時に姿を隠したりなどの魔法によるサポートをしてくれたのはリートだ。
私はただ同調して、作戦中は裏で隠れていただけだ。
それに実際のところ、作戦が完全に上手くいったわけでも無い。
確かに、ティナの兄がティナを大切に思っていることは分かったが、父である獣人族長のティナへの気持ちは分からない。
リアスも、獣人族長については何も言ってなかったし……もしかしたら、彼はティナに対して愛情など持っていないかもしれない。
このことをオブラートに包んで簡潔にティナに話してみると、彼女は小さく笑って、口を開いた。
「でも……最初にウチの力になりたい、って言ってくれたのは……お前だったニャン」
その言葉に、私は目を見開いた。
彼女は続けた。
「お前がああ言ってくれなかったら、あの青い女は作戦を考えたりしてくれなかったし、他の奴等が協力してくれることも無かったニャン。それに、何より……兄ちゃんの気持ちを知ることも出来なかったニャン」
「……でも……」
「確かにお前の言う通り、父ちゃんはウチのことどう思ってるか分からないし、これから上手くいくとも限らないニャン。でも……お前のおかげで、これからは自分で頑張ろう、って思えたニャン」
笑顔で語るティナに、私は何も言えなかった。
すると、彼女はポリポリと頬を掻き、続けた。
「それで、その……お前、名前、何て言うニャン?」
「名前……あれ、言わなかったっけ?」
「言ったかもしれないけど覚えてないニャン」
あっけらかんとした様子で言うティナに、私は思わず、ずっこけるような素振りをした。
そんな堂々と言わなくても……まぁでも、私自身も言ったかどうかあやふやな部分があるし、出会った時は色々あって彼女自身も混乱していただろうから仕方ないか。
私は小さく息をつき、口を開いた。
「私はい……」
猪瀬こころ、と自分の名前を名乗ろうとしたところで、少し思いとどまる。
……そういえば、普通に名乗ったせいで、リートは私の名前が猪瀬の方だと勘違いしたんだよな……。
わざわざ解説するのも面倒だし、ここは……──
「──……こころ、猪瀬。私の名前は、こころ猪瀬って言うんだ」
私の言葉に、ティナは一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐにクシャッと笑って、口を開いた。
「……じゃあ、こころ! ありがとうニャン!」
「……ははっ、どういたし……」
満面の笑みでお礼を言うティナが微笑ましくて、つい小さく笑いつつも返事をしようとした時、その言葉を遮るように肩を掴まれ……──頬に唇が当たった。
柔らかい……というよりは、唇まで毛むくじゃらなので、フワフワしたような独特の感触がした。
突然のことに驚いていると、ティナは私の頬から口を離し、シシッと笑った。
「今日のお礼ニャン!」
「え……っと……?」
「何をしておるのじゃ。祠が開いたぞ」
突然の出来事に呆けていると、リートがどこか不機嫌そうな表情で言いながら私の腕を掴んで立たせた。
見ると、祠の前では他の三人も待機しており、遠巻きにこちらを見ていた。
もしかして見られた……? と驚く間も無く、リートが急かすように私の背中を押してくるので、仕方なく歩を進めた。
「ちょっ、リート……!? なんでそんなに急かすの……!?」
「別に何でもないわ! さっさと妾の心臓を回収するぞ!」
「リート……こころがキスされていたのは頬よ? 頬へのキスは親愛を表していて、別に深い意味なんて……」
「そッ、そんなこと分かっておるわッ!」
呆れたような表情で冷静に解説するリアスに、リートが怒鳴るように言った。
いや、分かってないと思うけど……というか、リートが不機嫌なのって私がティナにキスされたからなのか?
それでリートが怒る理由なんて無いと思うけど……単純に、私がティナと話していて時間を取らせてしまったから怒ってるんだと思うけど……。
しかし、次々と浮かんでくる疑問を口にする間も無く、私は押されるがままにダンジョンの中に足を踏み入れた。
***
壁と天井は太い植物の蔦で覆われ、土で出来た地面には青草が生い茂り、色とりどりの花々が至る所に咲き誇る部屋の中。
壁には太い蔦の隙間から岩が生えてきたかのような少し大きな出っ張りがあり、その上には翠緑色の輝きを放つラグビーボール状の歪な形をした石が乗っており、まるで命を持っているかのように脈打っている。
ドクンッ、ドクンッ……と、まるで人の鼓動のような音だけが鳴り響く部屋の中央で奴は座り込み、地面に生える花を愛でていた。
その時、室内に鳴り響く脈音に重ねるように、幾重もの鼓動の音が聴こえ出した。
「ひゃぁあッ!? な、な何!? 何事!?」
突然聴こえた複数の脈音に、奴は情けない悲鳴を上げながら肩を大きく震わせ、慌てて立ち上がる。
その間も鳴りやまない脈音に、奴は胸の前で両手をキュッと握り合わせた。
「も、もしかして、もう来ちゃったの……!? そんなッ……まだ心の準備なんて出来てないよぉ……!」
怯えたような口調で言いながら、奴はオロオロと辺りを見渡す。
しかし、当然その場所に奴を助けてくれる人間などいるはずも無く、その動作は徒労に終わる。
奴はその場にしゃがみ込み、足元に置いてあった弓を手に取って胸に抱きしめ、目の前に咲く一輪の花を見つめた。
「だ、大丈夫……私には、皆が付いてるもんね……! 絶対……勝てるよね……!」
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