命を助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました

あいまり

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第5章:林の心臓編

129 ベスティアにて

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 濃霧に包まれた密林をしばらく歩くと、そこには周りを森と濃霧で囲まれた町があった。
 密林の中にあると聞いていたので小さな農村のようなものを想像していたのだが、そこには今まで見た町よりも大きく感じる土地が広がっており、木で出来た簡素な家が立ち並んでいる。
 森に囲まれていると言ってもそこまで閉塞感が無く、パッと見では過ごしやすい村だと思った。

「ボサッとするニャ。さっさと前に歩くニャ」

 つい立ち尽くして村を観察していると、後ろに立っていたティノスとかいう少年が急かすように言った。
 彼の言葉に私は前に向き直り、歩を進めた。
 現在、私達は彼の捕虜として、ベスティアの町にやって来ていた。
 周りにはティノス以外にも何人かの獣人族が私達を囲む形で歩いており、彼よりも年上っぽい見た目の獣人もいた。
 しかし、こうして町まで同行して分かったのだが、どうやらこの集団はティノスをリーダーとして動いているらしい。
 ティノスが獣人族長の息子だからというのもあるかもしれないが、彼自身が見た目の割にかなりしっかりした性格をしているのもあるだろう。
 冷静でリーダーシップもあり、彼がリーダーとなるのも納得出来る。

 内心でそんな風に考えつつ、私は背中の方で縄のような物を使って縛られた両手を少し動かして、ずっと縛られていて少し痛くなっていた手首を休める。
 こんな縄、本気を出せば余裕で引きちぎることは出来るし、頑張れば一人でもティノスくらいなら勝てるだろう。
 だが、そんなことをする必要は無い。
 元々こうして捕虜として町に来る予定だったのだし、形はどうあれ、結果としては私達の作戦には何の問題も無い。
 しかし……──と、私は静かに視線を背後に向けた。

「は、離せ! 離せニャ! 自分で歩けるニャ!」

 ティノスに襟首を掴まれて引きずられるような形になりながら、ティナが不満そうに言った。
 彼女の言葉に、ティノスは「フンッ」と鼻息を一つ吐きながら、ティナの襟首から手を離す。
 すると、ティナはずっと掴まれていた襟首の辺りからムッとした表情を浮かべ、ピコピコと耳を揺らした。
 いつの間にか彼女の体を黒い体毛が包み込み、鼻は黒い逆三角形になっており、目は白目の部分が黄色くなって僅かに釣り目のようになっている。
 その姿は猫そのものだと思ったが、二本足で立って喋っている様が何とも言えない異質さを醸し出しているように感じた。
 ティノスも似たような見た目をしているし、獣人族の見た目は案外こんなものなのかもしれない。
 猫耳に猫尻尾が生えただけの獣人は、所詮フィクションの中での産物というわけか。
 しかし、そうなると先程までのティナの見た目は一体……?

「ティノス! 戻って来たニャ?」

 すると、そんな声と共に、白い体毛に包まれた猫の獣人が現れた。
 ご老体なのか杖をつきつつこちらに向かってくる獣人に、ティノスが「父さん」と答える。
 父さん……ということは、ティノスの父親?
 先程ティナがティノスのことを兄と呼んでいた辺りから、二人は兄妹なのだろう。
 そんなティノスが父さんと呼ぶということは、ティナの父親であるわけで……ティナは獣人族の族長の娘だと名乗っていたから……──

「──あぁ~! つまり、アンタが獣人族の族長ってわけか!」

 偶然にも私の思考に続けるような形で、フレアが声を上げる。
 すると、隣にいたリアスが無言でフレアの足を踏みつけた。

「いった!? てめッ、何すんだッ!?」
「静かにして」
「あ゛ッ……!?」

 静かな声で窘めるリアスに、フレアは一瞬訝しむような表情を浮かべながら声を上げた。
 しかし、自分を見つめるティノスの冷ややかな目に何かを察したのか、すぐにギリッと歯ぎしりをして黙り込む。
 ……彼女のことだから、今すぐ両手を縛る縄を引きちぎって暴れ出すとかもあるかと思ったが……流石に空気を読んだか。
 そんなフレアの様子に、リアスは安堵したようにホッと小さく息をついた。

「……ティノス。そやつらは一体どうしたニャ?」

 無言でその様子を見つめていた獣人族長は、そう言ってティノスに視線を向けた。
 すると、ティノスは静かに私たちを一瞥してから族長に視線を戻し、「はい」と頷いた。

「彼女達は、先程森の中で歩いているところを捕獲しましたニャン。人数も多いですし、何より……ティナと一緒にいましたニャ。多分、遭難者では無いと思われるニャン」
「ほぅ……? ティナ。君はどうしてその人族と共にいたのニャ?」
「ウニャ……それはッ……」

 族長に聞かれ、ティナは僅かに口ごもる。
 ……マズいな……。
 村に侵入出来たところまでは良かったが、思い描いていたものとは別の形だったのがここで響くとは。
 当初の予定通りいけば、ティナは森の中で偶然にも侵入者である私達を発見し、この獣人族長なりティノスなりに報告する手筈になっていた。
 この方法ならティナと私達の繋がりを知られることも無く、私達の目的も知られることも無く捕虜となることが出来た。

 しかし、ティナが私達と一緒にいるところを見られてしまっている以上、そうもいかない。
 ただ獣人族を狙って襲撃しようとした馬鹿な人族の女達として捕まったなら、計画通り、捕虜として牢屋か何かに閉じ込められる形で村の中にいられる。
 だが、もしもティナが口を滑らせて私達の目的を話してしまった場合は分からない。
 獣人族の信仰している豊穣の神である林の心臓を狙っているとのことがあれば、死刑……は、最悪無理矢理にでも逃げ出せば良いが、村の中に居られるとは思えない。
 そんな危険な連中、もしも私が獣人族だったら、村の中に居させて堪るか。

「……──」

 すると、隣にいるリートが、小声で何かを囁いたのが分かった。
 それに疑問を抱いた時、ティナの耳がピクピクと震え、頬から生えた猫ひげがアンテナのように動いた。

「ニャッ……こ、こいつ等に脅されていたニャ……! こ、この町に案内するように……じゃないと殺す、って……!」
「……何……?」
「兄ちゃんだって見たニャン! こいつ等、普通の人族じゃないニャン! すごい魔力を持ってるニオイがするし、身体能力も高いニャ! だから、逆らえなくて……」

 やけに饒舌に嘘をつくティナに、私は僅かに目を見開いた。
 彼女は、あまり頭は良くないはずだが……こんなに上手く嘘がつけるタイプだったか……?
 ティナの言葉は丸っきりの嘘というわけでも無く、ティノスや獣人族長からすれば、嘘か本当か分からない範囲での絶妙なラインを攻めている。
 咄嗟にこんな嘘をつけるタイプでは無いはずだが……と思っていた時、先程リートが何かを囁いていたのを思い出す。
 獣人族達に悟られない範囲で横目にリートを見てみると、彼女はジッとティナのことを見つめている。
 表情はあまり変わってないが、ティナの嘘に驚いている様子はあまり無い。
 ……彼女が何かしたのか……?
 内心でそんな風に驚いていた時、族長がドンッと地面を杖で強く突いた音がした。

「馬鹿者ッ!」

 怒鳴るような大声で放たれたその一言に、ティナはビクッと肩を震わせた。
 まさかの一言に、私は驚いて族長を見た。
 すると、彼はティナに近付いて続けた。

「貴様は自分の命が惜しくて、人族をこの町に案内するなどという、我々獣人族を危険に晒すような愚行を図ったニャン!?」
「ニャッ……それはッ……」
「ティノスが途中で気付いたから良かったものの、下手したら獣人族全体に危険が及ぶような大事態だったニャッ! 貴様如きの命でそんなこと許されるはずないニャンッ! 分かっているニャッ!?」

 私達の存在など一切無視して、族長はティナに怒声を浴びせる。
 実の娘が命の危機に晒されたかもしれないと言うのに、無事で良かったと労うどころか、まるで彼女の命などどうでも良かったと言わんばかりに一方的に怒鳴りつけている。
 それに、ティナはペタンと猫耳を倒し、縮こまってしまっていた。
 一通り怒鳴ってスッキリしたのか、族長はフンッと息をつくと、ティノスに視線を向けた。

「ティノス。こいつ等を全員地下牢に閉じ込めておくニャ。明日から尋問を行うニャン」
「了解ニャ」
「それから、ティナも同じ牢屋に閉じ込めておくニャン。コイツには自分の犯した罪を分からせないといけないニャン」

 族長の言葉に、ティナはピクリと猫耳を震わせ、どこか悲愴な面持ちで顔を上げた。
 ティノスはそんなティナをチラリと一瞥したが、すぐに族長に視線を戻して「了解ニャ」と答えた。

「それじゃあ、今からお前達を牢屋に連れていくニャン。……ティナ。お前も来いニャ」

 ティノスはそう言って私達の両手を縛る縄を纏めた物を片手で掴むと、もう片方の手でティナの襟首をガシッと掴んだ。
 ティナはそれに痛そうに表情を歪めたが、先程のように反抗するような真似はしなかった。
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