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第5章:林の心臓編

119 ライバル宣言

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「……全く……嵐のような奴じゃな……」

 アランが出ていった扉を見つめたリートは、呆れた様子でそう呟いた。
 それに、フレアは溜息をつき、「全くだ」と同調した。

「っつーか、良いのか? 本持ってかれちまったぞ?」
「別に今すぐ必要というわけではないし、あやつに見られたところで困るものでは無いが……」
「ケホッ、ケホッ……本って、何買ったの?」

 小さく咳をしながらも尋ねるこころに、リートは目を丸くして視線を向けた。
 彼女はすぐにフッと小さく笑みを浮かべると、こころの頭に手を伸ばし、汗で湿った髪をワシャッと撫でた。

「お主が気にする必要は無い。今は妾のことなど気にせず、ゆっくり休め」
「ッん……」

 リートの言葉に、こころは目を細めながら、小さく声を漏らした。
 先程よりも赤く染まった頬を誤魔化すように、こころは顔の汗を拭くフリをしてタオルで顔を隠す。
 その様子を見たリアスは小さく溜息をつき、視線を逸らすようにアランが出ていった扉を見た。
 ──それにしても、アラン戻ってくるの遅いわね……。あの魔法が彼女に理解出来るとは思えないし、本を開いたらすぐに飽きて戻ってきそうなものなのに……。

「……私、ちょっとアランの様子見て来るわ」
「……? おー」

 リアスの言葉に、フレアが気の抜けたような返事をした。
 それを聞き流しつつリアスが扉を開けると、扉に凭れ掛かるように座り込んでいたアランが「ぴゃッ!?」と可愛らしい悲鳴を上げながらコロンとリアスの方に転がってきた。
 咄嗟にリアスがそれを避けると、アランはその場に仰向けになる形で寝転んだ。
 偶然それを見下ろす形になったリアスは、アランの頬が僅かに赤らんでいることに気付いた。

「あら? こころの風邪でも移ったのかしら? 顔が赤いわね」

 冗談めかした口調で言いながら、リアスはアランの頭上でしゃがみ込み、その顔を覗き込む。
 それに、アランはすぐにカァッと頬を紅潮させ、「違ッ……!」と言いながら体を起こす。

「これは違くって……! 別に、変な意味では……!」
「変な意味って何?」
「そ、それは……!」

 聞き返すリアスに、アランは口ごもりながらも視線を逸らし、ベッドで起き上がっているこころの顔を見た。
 目が合うと、こころは不思議そうに首を傾げた。

「ん……? どうかした?」
「ッ……!? べっつに……! 何でも無いよ……!?」

 こころの言葉に、アランは明らかに挙動不審な態度で言いつつ、さらに赤らんだ顔を隠すように手に持っていた本を掲げる。
 それに、リアスはニヤリと小さく笑みを浮かべ、アランの持っている本を掴んだ。

「そういえば、そろそろこの本はリートに返すべきなんじゃないの?」
「やッ、ちょっと待って……! もうちょっと待って……!」

 自分の手から本を奪い取ろうとするリアスに、アランは必死に抵抗する。
 彼女は本をひったくるようにしてリアスの手を振り払うと、コホンと咳払いをして気持ちを落ち着かせ、こころの傍にいるリートに向き合う。
 彼女は大股でリートの元に歩いていくと、ズイッとリートに本を突き出した。

「リートちゃん! 私、絶対負けないから!」
「は? 何の話じゃ? ……魔法の話か?」

 突然何やら宣言をするアランに、リートはキョトンとした表情を浮かべながら聞き返しつつ、突き出された本を受け取る。

「その本に書いてある魔法はハッキリ言って何も分かんなかった!」

 それに対し、アランは堂々とした口調で答える。
 彼女の言葉に、リートは呆れた表情で「何じゃそれは」と答えた。
 するとアランは「魔法じゃなくて……!」と言いながらこころに視線を向けると、ビシッと彼女を指さして続けた。

「こころちゃんのこと! 私、絶対にリートちゃんに負けないから!」
「へっ? 私?」

 アランの言葉に、こころは驚いた様子で自分を指さして聞き返す。
 リートもよく分かっていない様子で、「こころ……?」と呟くように聞き返した……が、数秒程してアランの言葉の意味を理解し、ギョッとしたような表情を浮かべた。

「ばッ……お主、何をッ……! ……ちょっとこっちに来いッ!」

 リートは慌てた様子で言うと、アランの腕を引っ掴み、扉の方に向かって歩き出す。
 それに、アランは「うわわッ」と慌てたような声を上げながらも、リートに付いて行く。
 部屋を出て扉をぴったり閉めると、リートはアランの手を離して向き直り、口を開いた。

「お、お主はッ……こころの前で、何てことを……ッ!」
「何、って……宣戦布告だよ」
「じゃから、何の……ッ!」
「私もこころちゃんのこと好きなんだ」

 サラッと言い放つアランに、リートは「なッ……」と言葉に詰まらせる。
 それに、アランはニヤリと笑みを浮かべるとリートの顔を覗き込み、続けた。

「だから、宣戦布告。今はリートちゃんがこころちゃんの隣をキープしてるかもしれないけど……絶対にその座を奪い取って見せるから」

 言いながら、彼女はトン、とリートの胸を指で突く。
 それに、リートはヒクッと頬を引きつらせながら「ほぉ~う……?」と聞き返した。

「妾に宣戦布告とは……新参者の分際で威勢が良いのう?」
「時間なんて関係無いよ。そんなものふっ飛ばすくらい、全力でいくだけだから」
「何だ、面白そうな話してんじゃん。俺達も混ぜろよ」

 二人の会話を遮るように、どこからか声がした。
 声がした方に視線を向けてみると、二人がこちらの部屋に入ってくる際に使った扉の前に、フレアとリアスが立っていた。
 二人の視線が自分達に向いたことを確認すると、リアスは小さく溜息をついて口を開いた。

「アラン、ライバル宣言するなら、リートだけじゃなくて私達にもしなさいよ。こころのことを好きなのは、リートだけじゃないわよ?」
「えぇ~? だって、私が本気出したら二人の好感度は余裕で越えちゃうから、勝負にもならないよ~」

 ケラケラと笑いながら言うアランに、フレアのこめかみからブチッと何かが切れる音がした。
 それに、リアスは宥めるようにフレアの背中を軽く叩いたが、フレアはそれを無視してアランに詰め寄った。

「言ってくれンなぁ? おい? やけに自信満々じゃねぇか」
「だって本当のことだもんね~。私が本気出せば、フレアちゃんなんてコテンパンだよ~」
「ンだとてめぇ……お前なんて本気出しても俺の足元にも及ばねぇよ。むしろ、俺が全力で先にこころを振り向かせてやる」
「……子供の喧嘩ね」
「あ゛ぁ゛ッ!?」

 ポツリと呟くように言うリアスに、フレアは明らかに苛立った様子で声を荒げる。
 しかし、リアスはそれを無視して「でも、そうね」と続けた。

「二人の言う通りね。こころの鈍感っぷりを見ていると、私ももっと本気でいかないとダメかしら」
「おい、お前の本気ってまさか……」

 リアスの言葉に、フレアは頬を引きつらせて呟く。
 それを見て、リアスはクスリと意味深な微笑を浮かべた。
 唯一事情を把握していないアランは、それにキョトンとした表情で首を傾げた。
 リートはそんな三人のやり取りに呆れたように溜息をつき、口を開く。

「お主等……さっきから黙って聞いていれば、好き勝手言いおって……こころは妾の奴隷であるぞ?」

 苛立った様子で言うリートに、三人はそれぞれ視線を向けた。
 すぐに、フレアがニヤリと笑みを浮かべ、リートに顔を近付けて続けた。

「あくまで奴隷ってだけだろ? 別にそれでこころに手を出したらダメな理由にはなんねぇよ」
「まぁ良いんじゃない? 今はこころは自分の奴隷だからって高を括っておけば良いわ。その間に、私達は私達で動くだけだから」

 フレアに続けるように言うリアスに、リートは明らかに不機嫌そうな表情で口を噤む。
 それに、アランは「そうそう」と続けた。

「さっきも言ったけど、今はリートちゃんが一番こころちゃんに近い距離にいるかもしれないけど、だからこそ私達はそれ以上の関係になれるようにそれぞれ頑張るよ。……絶対、リートちゃんには負けないから」
「……それなら、妾は全力でこころの隣を死守するだけじゃ。少なくとも、お主等には譲らん」

 リートの言葉に、三人はそれぞれ「望むところだ」と答える。
 それに、リートは胸の前で手を叩き「しかし」と続けた。

「全力でいくと言っても、少なくともこころの風邪が治るまでは休戦じゃ。しばらくは、あやつも療養に専念せねばならんからな」
「……まぁ、それもそうだな。酷い熱みたいだし……」
「というわけで、妾は引き続きこころの看病をしておくから、お主等は部屋に入ってくるでないぞ。こころの体に響くからのう」

 リートはそう言うと三人を追いやり、こころが待っている部屋にさっさと入って行った。
 パタンと閉まる扉を前に、フレアは呆れたように溜息をつき、ガリガリと頭を掻いた。

「アイツ……ホントこういうところはちゃっかりしてやがる……」
「ホントよね。……まぁ良いわ。こころが元気になったら、挽回すれば良いだけの話だもの」

 フレアに続けるように、リアスが言う。
 それに、アランはそこでハッと思い出したような表情を浮かべ、「しまった!」と言う。

「んぁ? どうしたんだ?」
「リートちゃんに聞きたいことあったのに聞くの忘れてた! もぉ~! 二人が勝手に話に入ってくるから~!」
「聞きたいこと、って……?」
「あの、魔法の本! なんで買ったのか聞こうと思ってたの!」

 不思議そうに聞き返すリアスに、アランはリートとこころがいる部屋の扉を指さしながら答える。
 それに、フレアは「魔法……? 本……?」と首を傾げた。
 彼女の反応に、アランはリアスを指さして続けた。

「リアスちゃんが買って来た本だよ! あれ、リートちゃんが頼んだ物なんでしょ? なんで買ったのか聞いて無いの?」
「……いえ……いずれ必要になるから、って言われただけで、目的は聞いて無いわね」
「気にならないの!? 本読んだけど、すっごい難しい魔法だったよ!? なんであんな物が必要になるの!?」

 両手に拳を作ってブンブンと振りながら抗議するアランに、リアスは「さぁ……?」と小さく呟きながら首を傾げた。
 それにアランが頬を膨らませていると、フレアが口を開いた。

「よく分かんねぇけど、アイツなりに考えがあるんじゃねぇか? 今は分からなくても、その必要になる時とやらが来れば分かるだろ」
「えぇ~! 早く知りたいのに~!」
「知らねぇよ。気になるなら本人に聞いて来い」
「だから聞こうとしてたのに~! 二人が入って来るから~!」

 もぉ~と不満そうに言うアランに、フレアは軽く両耳を塞ぎながら「あーあー知らねぇ聞こえねぇ」と言う。
 そんな子供みたいな喧嘩を横目に見つつ、リアスは呆れたように溜息をつき、目の前にある扉を見つめた。

 ──リートのことだし、変なことでは無いだろうけど……一体何に使うつもりなのかしら。
 ──……まさか……──。

 一瞬脳裏に過ぎった仮説を、彼女はすぐに首を横に振るようにして振り払う。
 考えていても、答えは見つからない。
 とにかく、今はフレアの言う通り、待ってみることが一番良い手段のように思える。
 普段は馬鹿なフレアがたまに良いことを言うのが何だか癪で、その苛立ちを誤魔化すように、リアスはフレアの足を強く踏んだ。
 すると、フレアは「いってぇ!?」と声を上げながら足を押さえた。

「てめッ……急に何すんだおいッ!?」
「……何だか貴方にイラついちゃって」
「理不尽かよッ!?」
「喧嘩するにしても、宿屋壊したらダメだよ~?」

 言い合いを始める二人を前に、アランはそう声を掛けながら距離を取った。
 色々と懸念点はありつつも、一行はしばし休息を取ることとなった。
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