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第4章:土の心臓編
108 名前を呼んで
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<猪瀬こころ視点>
スタルト車を使ってギリスール王国を脱出した私達は、森の中の開けた場所に入り、一泊野宿をすることとなった。
もう外は大分暗くなっており、ここから町を探して移動するのは危険だと判断したのだ。
スタルト車もあることだし、それなら今日は野宿をして、明日から次の心臓を目指して旅を再開しようということになったのだ。
「……で、このスタルト車はどこで手に入れたのじゃ?」
停めてあるスタルト車を見上げながら、リートがそう聞いた。
まぁ、正直私もずっと気になっていたけど……。
てっきり途中で買ったものだと思っていたが、リートも知らなかったのか。
「城から盗んだのよ。丁度近くにあったから」
リアスはそう答えながら、近くに生えていた草を抜いてスタルトにあげる。
……そんな、落ちてたから拾ったような言い方する?
まぁ、大方そんなことだろうとは思ってたけどさ……。
呆れていると、リアスは私の顔を見てクスリと笑った。
「そんな嫌そうな顔しないで? 私が言うことでは無いかもしれないけど、人数もかなり増えてきたじゃない。大人数で歩いて移動する方が大変でしょ?」
「だからって……」
「それに、城の兵士達を撒いてリート達と合流するのは中々難しそうだったんだもの。少しくらい手荒な真似をしないとダメだったのよ」
「まぁ、スタルト車を使うと効率が良いのは事実じゃし、ただで手に入ったのはむしろラッキーかもしれんのう」
リアスの説明に、リートは納得した様子でそう返した。
え、何? 私がおかしいの? 当たり前のように盗みが行われているこの状況が正常なの?
一人困惑していた時、気付けば近くまで来ていたリアスが、私の頬をツンと軽くつついた。
「今更盗みなんて細かいこと気にしてたらダメよ」
「イノセに触れるでない」
クスクスと笑いながら言うリアスの手を掴みながら、リートはそう言った。
そこで、私は城でリートに名前で呼ばれたことを思い出し、口を開いた。
「そういえばリート、城で私のこと名前で呼んでなかった?」
「名前?」
「ホラ、私を城から連れ出す時に……こころ、って……」
私の言葉に、リートはキョトンとした表情を浮かべる。
しかし、すぐにあの時のことを思い出したのか「あぁ! あれか!」と言った。
「いや、あの矛の女がお主のことをそう呼んでおったからのう。つい移ってしまったのじゃ」
「あぁ、そういう……」
「しかし、お主の世界の風習は変わっておるのう。苗字にちゃんを付けて呼び合っておるのか」
リートの言葉に、私はピクッと肩を震わせた。
苗字に、ちゃん付け……?
一瞬困惑した私は、すぐにとあることに気付き、ハッとした。
「もしかして、リート……私の名前が猪瀬だと思ってる?」
「うん? そうであろう?」
「私の世界では苗字が先に来るんだよ」
「何ッ!?」「何ですってッ!?」
私の言葉に、リートと、近くで話を聞いていたリアスが同時に声を上げた。
すぐに、リートが私の肩を掴んで軽く揺すった。
「つまり、妾はずっとお主のことを苗字で呼んでいたということか!?」
「なんで早く言わなかったのよ!」
「いや、知ってると思ってて……」
「そんなこと言われないと分かるはずが無いであろう!?」
不満そうに言うリートを宥めるように、私は「ごめんって」と何度も謝る。
まぁ簡単な話、リート達は私の名前を猪瀬こころではなく、イノセ・ココロとして認識していたということだ。
……盲点だったな。
確かに、この世界の人々の名前は皆苗字が後に来るタイプだし、当然私の名前も同じだと考えたのだろう。
私のいた世界でも、世界的に見れば名前が先に来る方が一般的だったしな……。
「おっ、なんか盛り上がってんな」
「何の話してるの~?」
すると、後ろからそんな声がした。
振り向くと、そこには薪となる木を抱えたフレアとアランが歩いてきていた。
そういえば、当たり前のようにアランが一緒にいるんだよな。
いや、こうなることは予想してたし、リートもそんな感じのことを言ってたけどさ。
なんて一人で考えている間に、リートとリアスが二人に私の名前のことを教えていた。
……行動が早い。
「はぁ!? イノセって苗字だったのか!?」
「へぇ~! なんか面白いねぇ。じゃあ、あの子のことはイノセちゃんじゃなくてこころちゃんって呼べばいいの?」
驚くフレアに対し、アランの反応は薄い。
……まぁ、彼女は私と直接関わった機会自体が薄いし、名前を知ったのもリート達からの又聞き程度だろう。
私イコールイノセというイメージも定着していないだろうし、驚く程のことも無いわけだ。
「本当にごめん。分かってて呼んでるものだと思って……」
「全く、そういう大事なことはもっと早く言わぬか」
「えぇ~? 名前の呼び方くらいどうでもよくない?」
「「「良くないッ!」」」
あっけらかんとした口調で言うアランに、リート達は口を揃えて否定した。
それに、アランは驚いた様子で肩を震わせた。
いや、私もかなり驚いていた。
私も今まではどう呼ばれるかなんて正直どうでもよかったから流してたし……。
今ぶり返したのは……リートに名前で呼ばれたのが、嬉しくて……でも、苗字呼びに戻ったのが、寂しかったから……。
「……とりあえず、そろそろ焚火を点けましょう? 早くしないと魔物が来ちゃうわ」
リアスはそう言って、フレア達が持って来た薪を幾つか拾い始めた。
確かに、今日は綺麗な満月とはいえ、月光だけでは流石に心許ない。
見れば、いつの間にか月は雲に隠れてるし……。
そんな風に考えつつ、私は焚火に必要なもの以外の薪を拾い、引火しないように離れた場所に置いておくことにした。
「あ、こころ。俺も手伝うよ」
すると、フレアがそう言って、私には抱えきれなかった分の薪を拾ってくれる。
それに、私は少し驚きつつも「ありがとう」と答えた。
いざ持っていこうとした時、トントンと肩を叩かれた。
「こころ。もう少し必要そうだから、何本か持って行っても良い?」
振り向くと、リアスがそう言って私の抱える薪の束を指さした。
私はそれに頷きつつ、抱えた薪をリアスの方に差し出した。
すると、彼女は「ありがと」と言って微笑み、二、三本程薪を取って焚き木を組んでいた場所に戻る。
それからフレアと共に薪を運ぶと、アランがトコトコとこちらに駆け寄ってきた。
「こころちゃん、フレアちゃん。何してるの~?」
「ん? あぁ、焚火の火が引火したらいけないと思って、離れた場所に置いておこうと思ってさ」
「ふ~ん……でも、この木を全部使って大きい火を作っても面白そうだよね」
「ンなことしたら森が全部燃えちまうだろ」
「そしたらリアスちゃんの魔法で消せば良いよ」
「ばぁか」
物騒なことを平気で言うアランに、フレアは呆れた様子で言いながらベチッと鈍い音を立ててデコピンをした。
すると、アランは額を両手で押さえて「いたぁ~い」と不満そうに言った。
私はその様子を見て笑いつつ、ふと自分の項の辺りを掻いた。
なんていうか……今まであまり名前で呼ばれたことが無かったから、急にこんなにたくさん名前を呼ばれるようになって、むず痒いな。
つい最近、家族以外で初めて友子ちゃんに名前を呼んで貰った気がするのに……。
変な感じだけど……嬉しいな。
「こころ」
その時、また名前を呼ばれた。
顔を上げるとそこでは、焚火の傍に腰を下ろしながらこちらを見ているリートがいた。
目が合うと、彼女はニッと小さく笑い、自分の隣にある地面をポンポンと軽く叩いた。
「ほれ、何をしておる? はようこっちに来い」
「……うんっ」
リートの言葉に私は大きく頷き、彼女の元に駆け寄った。
色々な人に名前を呼ばれるのも嬉しいけど……やっぱり、好きな人から呼ばれるのが、一番嬉しかった。
スタルト車を使ってギリスール王国を脱出した私達は、森の中の開けた場所に入り、一泊野宿をすることとなった。
もう外は大分暗くなっており、ここから町を探して移動するのは危険だと判断したのだ。
スタルト車もあることだし、それなら今日は野宿をして、明日から次の心臓を目指して旅を再開しようということになったのだ。
「……で、このスタルト車はどこで手に入れたのじゃ?」
停めてあるスタルト車を見上げながら、リートがそう聞いた。
まぁ、正直私もずっと気になっていたけど……。
てっきり途中で買ったものだと思っていたが、リートも知らなかったのか。
「城から盗んだのよ。丁度近くにあったから」
リアスはそう答えながら、近くに生えていた草を抜いてスタルトにあげる。
……そんな、落ちてたから拾ったような言い方する?
まぁ、大方そんなことだろうとは思ってたけどさ……。
呆れていると、リアスは私の顔を見てクスリと笑った。
「そんな嫌そうな顔しないで? 私が言うことでは無いかもしれないけど、人数もかなり増えてきたじゃない。大人数で歩いて移動する方が大変でしょ?」
「だからって……」
「それに、城の兵士達を撒いてリート達と合流するのは中々難しそうだったんだもの。少しくらい手荒な真似をしないとダメだったのよ」
「まぁ、スタルト車を使うと効率が良いのは事実じゃし、ただで手に入ったのはむしろラッキーかもしれんのう」
リアスの説明に、リートは納得した様子でそう返した。
え、何? 私がおかしいの? 当たり前のように盗みが行われているこの状況が正常なの?
一人困惑していた時、気付けば近くまで来ていたリアスが、私の頬をツンと軽くつついた。
「今更盗みなんて細かいこと気にしてたらダメよ」
「イノセに触れるでない」
クスクスと笑いながら言うリアスの手を掴みながら、リートはそう言った。
そこで、私は城でリートに名前で呼ばれたことを思い出し、口を開いた。
「そういえばリート、城で私のこと名前で呼んでなかった?」
「名前?」
「ホラ、私を城から連れ出す時に……こころ、って……」
私の言葉に、リートはキョトンとした表情を浮かべる。
しかし、すぐにあの時のことを思い出したのか「あぁ! あれか!」と言った。
「いや、あの矛の女がお主のことをそう呼んでおったからのう。つい移ってしまったのじゃ」
「あぁ、そういう……」
「しかし、お主の世界の風習は変わっておるのう。苗字にちゃんを付けて呼び合っておるのか」
リートの言葉に、私はピクッと肩を震わせた。
苗字に、ちゃん付け……?
一瞬困惑した私は、すぐにとあることに気付き、ハッとした。
「もしかして、リート……私の名前が猪瀬だと思ってる?」
「うん? そうであろう?」
「私の世界では苗字が先に来るんだよ」
「何ッ!?」「何ですってッ!?」
私の言葉に、リートと、近くで話を聞いていたリアスが同時に声を上げた。
すぐに、リートが私の肩を掴んで軽く揺すった。
「つまり、妾はずっとお主のことを苗字で呼んでいたということか!?」
「なんで早く言わなかったのよ!」
「いや、知ってると思ってて……」
「そんなこと言われないと分かるはずが無いであろう!?」
不満そうに言うリートを宥めるように、私は「ごめんって」と何度も謝る。
まぁ簡単な話、リート達は私の名前を猪瀬こころではなく、イノセ・ココロとして認識していたということだ。
……盲点だったな。
確かに、この世界の人々の名前は皆苗字が後に来るタイプだし、当然私の名前も同じだと考えたのだろう。
私のいた世界でも、世界的に見れば名前が先に来る方が一般的だったしな……。
「おっ、なんか盛り上がってんな」
「何の話してるの~?」
すると、後ろからそんな声がした。
振り向くと、そこには薪となる木を抱えたフレアとアランが歩いてきていた。
そういえば、当たり前のようにアランが一緒にいるんだよな。
いや、こうなることは予想してたし、リートもそんな感じのことを言ってたけどさ。
なんて一人で考えている間に、リートとリアスが二人に私の名前のことを教えていた。
……行動が早い。
「はぁ!? イノセって苗字だったのか!?」
「へぇ~! なんか面白いねぇ。じゃあ、あの子のことはイノセちゃんじゃなくてこころちゃんって呼べばいいの?」
驚くフレアに対し、アランの反応は薄い。
……まぁ、彼女は私と直接関わった機会自体が薄いし、名前を知ったのもリート達からの又聞き程度だろう。
私イコールイノセというイメージも定着していないだろうし、驚く程のことも無いわけだ。
「本当にごめん。分かってて呼んでるものだと思って……」
「全く、そういう大事なことはもっと早く言わぬか」
「えぇ~? 名前の呼び方くらいどうでもよくない?」
「「「良くないッ!」」」
あっけらかんとした口調で言うアランに、リート達は口を揃えて否定した。
それに、アランは驚いた様子で肩を震わせた。
いや、私もかなり驚いていた。
私も今まではどう呼ばれるかなんて正直どうでもよかったから流してたし……。
今ぶり返したのは……リートに名前で呼ばれたのが、嬉しくて……でも、苗字呼びに戻ったのが、寂しかったから……。
「……とりあえず、そろそろ焚火を点けましょう? 早くしないと魔物が来ちゃうわ」
リアスはそう言って、フレア達が持って来た薪を幾つか拾い始めた。
確かに、今日は綺麗な満月とはいえ、月光だけでは流石に心許ない。
見れば、いつの間にか月は雲に隠れてるし……。
そんな風に考えつつ、私は焚火に必要なもの以外の薪を拾い、引火しないように離れた場所に置いておくことにした。
「あ、こころ。俺も手伝うよ」
すると、フレアがそう言って、私には抱えきれなかった分の薪を拾ってくれる。
それに、私は少し驚きつつも「ありがとう」と答えた。
いざ持っていこうとした時、トントンと肩を叩かれた。
「こころ。もう少し必要そうだから、何本か持って行っても良い?」
振り向くと、リアスがそう言って私の抱える薪の束を指さした。
私はそれに頷きつつ、抱えた薪をリアスの方に差し出した。
すると、彼女は「ありがと」と言って微笑み、二、三本程薪を取って焚き木を組んでいた場所に戻る。
それからフレアと共に薪を運ぶと、アランがトコトコとこちらに駆け寄ってきた。
「こころちゃん、フレアちゃん。何してるの~?」
「ん? あぁ、焚火の火が引火したらいけないと思って、離れた場所に置いておこうと思ってさ」
「ふ~ん……でも、この木を全部使って大きい火を作っても面白そうだよね」
「ンなことしたら森が全部燃えちまうだろ」
「そしたらリアスちゃんの魔法で消せば良いよ」
「ばぁか」
物騒なことを平気で言うアランに、フレアは呆れた様子で言いながらベチッと鈍い音を立ててデコピンをした。
すると、アランは額を両手で押さえて「いたぁ~い」と不満そうに言った。
私はその様子を見て笑いつつ、ふと自分の項の辺りを掻いた。
なんていうか……今まであまり名前で呼ばれたことが無かったから、急にこんなにたくさん名前を呼ばれるようになって、むず痒いな。
つい最近、家族以外で初めて友子ちゃんに名前を呼んで貰った気がするのに……。
変な感じだけど……嬉しいな。
「こころ」
その時、また名前を呼ばれた。
顔を上げるとそこでは、焚火の傍に腰を下ろしながらこちらを見ているリートがいた。
目が合うと、彼女はニッと小さく笑い、自分の隣にある地面をポンポンと軽く叩いた。
「ほれ、何をしておる? はようこっちに来い」
「……うんっ」
リートの言葉に私は大きく頷き、彼女の元に駆け寄った。
色々な人に名前を呼ばれるのも嬉しいけど……やっぱり、好きな人から呼ばれるのが、一番嬉しかった。
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