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第4章:土の心臓編
105 花鈴と真凛の話②
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「ふぅ……」
放課後。
窓から夕日の差し込む誰もいない教室で、柚子は一人、小さく息をついた。
つい先程まで他のクラスの学級委員長との会議があり、帰る時間が大分遅くなったのだ。
別に急いで帰らなければならない程の用事があるわけでは無いが、まだ中学生としての生活に慣れておらず、少し疲れてしまった。
さっさと家に帰ろうと鞄を肩に掛け、教室を出た時だった。
「山吹さん!」
明るい声で名前を呼ばれ、柚子はビクリと肩を震わせながらも声がした方に振り向いた。
するとそこには、ブンブンと大きく手を振ってこちらに駆け寄ってくる一人の少女がいた。
頭の左側で髪を結び、左目の横に泣きぼくろがあるその少女を前に、柚子は目を丸くして口を開いた。
「望月さん……?」
「こんな時間まで学級委員長の仕事? 大変だね~」
明るい声で言いながら、彼女は柚子の元に駆け寄った。
それに、柚子はキョトンとした表情を浮かべたまま答えない。
すると、彼女は続けた。
「私はさっきまで数学の課題やってたんだ~」
「……? なんで真凛さんが数学の課題やるの?」
小首を傾げながら聞き返す柚子に、真凛と呼ばれた少女はビクッと肩を震わせて「へッ!?」と聞き返す。
それに、柚子はポリポリと頬を掻いて続けた。
「というか、どうしたの? 花鈴さんみたいな話し方して……」
「……本当に見分けられるんだ」
「え?」
小さく呟いた真凛に、柚子は間の抜けた声で聞き返した。
真凛の考えた作戦とは、花鈴に成りすまして柚子に接触することだった。
髪型と話し方を花鈴と同じにして近づけば、まず気付かれることは無い。
完璧に見分けられるというのは、これくらいの演技は見抜けるようになってからだ、という真凛の意地のようなものからの作戦だった。
ちなみに花鈴は先に家に帰り、数学の課題をしている。
柚子の反応に真凛は大きく息をつき、額に手を当てて軽く首を横に振って続けた。
「そんな普通に見分けないでよ……なんか恥ずかしい」
「えっ、なんかごめん……仕切り直す?」
「もう良いよ」
また花鈴の真似をするのも嫌だったし、何より柚子を完全に騙すことが目的では無かった為、真凛はそう返しつつ髪を解いた。
それから軽く髪を手櫛で直し、頭の右側で髪を結びつつ、続けた。
「花鈴がさ、山吹さんは私達のこと見分けられるんじゃないか~って言い出したから、それを確かめる為にね。……あぁ、ごめんね? 試すようなことしちゃって」
「それは大丈夫だけど……二人を見分けるのって、そんなに難しいこと?」
「……」
不思議そうに尋ねる柚子に、真凛はつい苦笑した。
今までどれだけ仲が良かった友人でも、自分達を完全に見分けることは出来なかった。
それなのに、まるで至極当然のことのように言う柚子に、真凛は一周回って呆れてしまった。
「確かに似てるとは思うけど、全く一緒では無いよね。……ホラ、ほくろとか」
「ほくろ……あぁ、これ?」
柚子の言葉に、真凛はそう聞き返しながら左目の横にある泣きぼくろに触れた。
すると、柚子は「うん」と頷いた。
「花鈴さんは右目の横にあるよね」
「……ホントによく見てるね」
「そうかなぁ。普通に見てたら気付くと思うけど」
柚子はそう言いながら、上靴を脱いで下駄箱に入れる。
そこで、真凛は自分と柚子が当たり前のように一緒に下校しようとしていることに気付いた。
──いや、別に山吹さんのこと嫌いなわけではないし、一緒に帰るくらいは構わないんだけど……。
そんなことを考えつつ、真凛は靴を履き替えた。
「まぁでも、パッと見で違いが分かるのはやっぱり目つきかなぁ」
「……目つき?」
驚いた様子で聞き返す真凛に、柚子は「ん」と頷きつつ、外に向かって歩き出した。
それについて行くように、真凛も後を追って歩き出す。
生徒玄関を出てすぐに、柚子は続けた。
「なんかね、真凛さんの方がちょっと鋭い感じがあるというか……あっ、目つきが悪いとかって意味では無くてね? なんていうか、一歩引いて、冷静に周りをよく見てる感じがするの」
「……初めて言われた」
柚子の言葉に、真凛は目を丸くしてそう呟いた。
それに、柚子は「そうなの?」と聞き返した。
「割とすぐ気付きそうだけどなぁ……あっ、ちなみに花鈴さんの方は、常に自分が見たい物を見ているというか……なんか、自分の好きな物にまっしぐらって感じがする。……猪突猛進っていうか」
「あ~……それは分かる」
「やっぱり?」
クスクスと笑いながら言う柚子に、真凛も笑い返しながら頷いた。
正門を出ると左右に分かれる道路を二人共右に曲がるのをなんとなく見つつ、真凛は口を開いた。
「でも、言われてみたら納得するけど、今まで気付きもしなかったよ、そんなこと。……ホント、よく見てるよね」
「うーん……多分、いつも妹の面倒見てるから、なんか人を観察するのが癖になってるのかも」
「妹いるの?」
「うん、二人。お父さんもお母さんも仕事や家事で忙しいから、昔から私が面倒見ることが多くてさ~。ホント大変」
愚痴のように言うが、その表情は笑顔だった。
──妹のこと、大好きなんだな。
真凛はそんな風に考えつつ、「そうなんだ」と答えた。
「実は、私も一応姉なんだよね」
「あっ、花鈴さんの方が妹なんだ?」
「そ。私の方が二十五分先に生まれたの。ホント、世話の焼ける妹だよ」
冗談めかした真凛の言葉に、柚子はクスクスと楽しそうに笑った。
しばらく笑った後、柚子は「そういえば」と口を開く。
「今更だけど、真凛さんは……というか、二人はどうしてそんなに、自分達が見分けられるかどうかを気にするの?」
「……え?」
「いや、そんなに気にすることなのかなぁ、と思って。何か理由があるのかと思ってさ」
柚子の言葉に、真凛は僅かに表情を強張らせた。
しかし、すぐにその表情を崩し、小さく頷いた。
「うん……まぁ、大したことでは無いんだけどさ。ホラ、私達って見た目がソックリだから、よく間違われたり、一緒くたにされることが多くて……」
「そうなんだ」
「だから、山吹さんみたいに完璧に見分けられる人が珍しくて、つい」
「へぇ~……なんか特別感があって良いね、それ」
シシッと歯を見せて笑う柚子に、真凛は「そうかな」と言いつつ笑い返した。
その時だった。
「あっ! お姉ちゃ~ん!」
「ゆず姉~!」
前方から聴こえた声に、柚子は笑うのを止めてパッと顔を上げた。
真凛も声がした方を見ると、そこにはランドセルを背負った二人の少女がいた。
「蜜柑! 檸檬!」
柚子は満面の笑みを浮かべながら、明るい声でそう声を掛けた。
その様子を見た瞬間、真凛はその二人が柚子の妹であることを瞬時に察知した。
すると、二人の少女がこちらに向かってきて走ってくる。
しかし、途中で一人の少女が何かに躓き、顔から思い切り転んでしまう。
柚子はそれを見て血相を変え、「蜜柑ッ!」と叫びながら慌てた様子で駆け寄った。
「いったた……」
「蜜柑大丈夫!?」
柚子はそう言いながら、蜜柑の体を起こしてやる。
すると、蜜柑の顔や膝には大きな傷があり、血が出ていた。
それに柚子は慌てた様子で鞄を下ろすと、中から一つのポーチを取り出した。
更にその中から消毒液の入った瓶を取り出し、ハンカチに中の液体を染み込ませ、蜜柑が怪我した箇所に当てる。
──って……なんで当たり前のように鞄から消毒液が出てくるの!?
完全に置いてけぼりになってしまった真凛は、内心でそうツッコミを入れた。
その時、もう一人の少女──恐らく檸檬──が、ジッとこちらを見ていることに気付いた。
「……? どうかした?」
「おねーさん、もしかしてゆず姉のお友達?」
檸檬はそう聞きながら、コテンと小首を傾げた。
彼女は二人に比べるとどこか大人びており、蜜柑と呼ばれた少女の方よりも年上に見えた。
──檸檬ちゃんが次女で、蜜柑ちゃんが末っ子かな。
内心でそう考えつつ、真凛は「えっと……」と口を開く。
「友達、というか……クラスメイト、というか……」
「……ゆず姉のこと嫌い?」
「えッ!? いや、そういうわけでは無いけど……」
やけにグイグイ聞いてくる檸檬の対処に困っていた時、柚子は「よしっ!」と声を上げた。
見ると、どうやら蜜柑の手当が終わった様子で、蜜柑の怪我した箇所には大きな絆創膏が貼られていた。
当の蜜柑はまだかなり怪我が痛い様子で、涙目で唇をグッと噛みしめて、プルプルと震えながら痛みに堪えていた。
それを見た柚子は小さく笑み、蜜柑の頭にポンッと手を置き、「泣かなくて偉いね」と笑いかけた。
彼女の言葉に、蜜柑はコクッと大きく一度頷いた。
「……じゃあ、おうち帰ろうか。お母さんがご飯作って待ってるよ」
柚子はそう言うと、蜜柑をおんぶして立ち上がる。
そこで柚子の鞄が地面に放置されてることに気付き、檸檬が慌てた様子で鞄を持ち上げた。
真凛はそれにハッとして、慌てて檸檬の元に駆け寄った。
「私が持つよ。重いでしょ?」
「えっ、重くないよ! 大丈夫!」
「重いって~。私が持っておくから、檸檬ちゃんは妹の所に行ってあげなよ」
「えっ、妹?」
真凛の言葉に、檸檬はキョトンとした表情で聞き返した。
──あれ? 私、何か変なこと言っちゃった?
不思議に思っていると、檸檬は何かに気付き「あっ、そっか」と小さく声を上げた。
「よく間違われるけど、私が一番下なんだよ」
「えっ、そうなの?」
「うん。ゆず姉、みぃ姉、私の順番」
「檸檬~! 何してるの~!? 早く行くよ~!」
「あっ! 待ってよゆず姉! ……じゃあねおねーさん!」
檸檬は慌てた様子で言うと柚子の鞄を肩に掛け、柚子と蜜柑の方に駆けていく。
それに、真凛は「あっ、ちょっと……」と声を掛けたが、檸檬は振り向きもせずに柚子の隣に並んだ。
すると、柚子が真凛の方に振り向き、会釈をした。
「ごめんね真凛さん。明日、ちゃんと説明するね!」
「あっ、うん……また明日」
真凛がそう答えながら軽く手を振ると、柚子は満面の笑みを返し、妹二人を連れて歩きだす。
その後ろを見送りながら、真凛は小さく息をつき、手を下ろした。
──……何だか、思っていたよりも賑やかな人だったな。
──でも、なんか……面白い人だ。
──……また、話してみたいな。
そこまで考えて、真凛は目を丸くした。
誰かと深く関わりたいと思うことなんて、一体いつぶりだろうか。
真凛は驚いた表情で自分の口元を手で覆い、目を細めた。
──けど、山吹さんなら……。
「……あっ」
その時、とあることを思い出し、真凛は口から手を離した。
ふと顔を上げると、すでに山吹三姉妹の姿は無い。
ぼんやりと前方を見つめたまま、真凛は小さく続けた。
「鞄……結局、檸檬ちゃんに持たせたままだ」
放課後。
窓から夕日の差し込む誰もいない教室で、柚子は一人、小さく息をついた。
つい先程まで他のクラスの学級委員長との会議があり、帰る時間が大分遅くなったのだ。
別に急いで帰らなければならない程の用事があるわけでは無いが、まだ中学生としての生活に慣れておらず、少し疲れてしまった。
さっさと家に帰ろうと鞄を肩に掛け、教室を出た時だった。
「山吹さん!」
明るい声で名前を呼ばれ、柚子はビクリと肩を震わせながらも声がした方に振り向いた。
するとそこには、ブンブンと大きく手を振ってこちらに駆け寄ってくる一人の少女がいた。
頭の左側で髪を結び、左目の横に泣きぼくろがあるその少女を前に、柚子は目を丸くして口を開いた。
「望月さん……?」
「こんな時間まで学級委員長の仕事? 大変だね~」
明るい声で言いながら、彼女は柚子の元に駆け寄った。
それに、柚子はキョトンとした表情を浮かべたまま答えない。
すると、彼女は続けた。
「私はさっきまで数学の課題やってたんだ~」
「……? なんで真凛さんが数学の課題やるの?」
小首を傾げながら聞き返す柚子に、真凛と呼ばれた少女はビクッと肩を震わせて「へッ!?」と聞き返す。
それに、柚子はポリポリと頬を掻いて続けた。
「というか、どうしたの? 花鈴さんみたいな話し方して……」
「……本当に見分けられるんだ」
「え?」
小さく呟いた真凛に、柚子は間の抜けた声で聞き返した。
真凛の考えた作戦とは、花鈴に成りすまして柚子に接触することだった。
髪型と話し方を花鈴と同じにして近づけば、まず気付かれることは無い。
完璧に見分けられるというのは、これくらいの演技は見抜けるようになってからだ、という真凛の意地のようなものからの作戦だった。
ちなみに花鈴は先に家に帰り、数学の課題をしている。
柚子の反応に真凛は大きく息をつき、額に手を当てて軽く首を横に振って続けた。
「そんな普通に見分けないでよ……なんか恥ずかしい」
「えっ、なんかごめん……仕切り直す?」
「もう良いよ」
また花鈴の真似をするのも嫌だったし、何より柚子を完全に騙すことが目的では無かった為、真凛はそう返しつつ髪を解いた。
それから軽く髪を手櫛で直し、頭の右側で髪を結びつつ、続けた。
「花鈴がさ、山吹さんは私達のこと見分けられるんじゃないか~って言い出したから、それを確かめる為にね。……あぁ、ごめんね? 試すようなことしちゃって」
「それは大丈夫だけど……二人を見分けるのって、そんなに難しいこと?」
「……」
不思議そうに尋ねる柚子に、真凛はつい苦笑した。
今までどれだけ仲が良かった友人でも、自分達を完全に見分けることは出来なかった。
それなのに、まるで至極当然のことのように言う柚子に、真凛は一周回って呆れてしまった。
「確かに似てるとは思うけど、全く一緒では無いよね。……ホラ、ほくろとか」
「ほくろ……あぁ、これ?」
柚子の言葉に、真凛はそう聞き返しながら左目の横にある泣きぼくろに触れた。
すると、柚子は「うん」と頷いた。
「花鈴さんは右目の横にあるよね」
「……ホントによく見てるね」
「そうかなぁ。普通に見てたら気付くと思うけど」
柚子はそう言いながら、上靴を脱いで下駄箱に入れる。
そこで、真凛は自分と柚子が当たり前のように一緒に下校しようとしていることに気付いた。
──いや、別に山吹さんのこと嫌いなわけではないし、一緒に帰るくらいは構わないんだけど……。
そんなことを考えつつ、真凛は靴を履き替えた。
「まぁでも、パッと見で違いが分かるのはやっぱり目つきかなぁ」
「……目つき?」
驚いた様子で聞き返す真凛に、柚子は「ん」と頷きつつ、外に向かって歩き出した。
それについて行くように、真凛も後を追って歩き出す。
生徒玄関を出てすぐに、柚子は続けた。
「なんかね、真凛さんの方がちょっと鋭い感じがあるというか……あっ、目つきが悪いとかって意味では無くてね? なんていうか、一歩引いて、冷静に周りをよく見てる感じがするの」
「……初めて言われた」
柚子の言葉に、真凛は目を丸くしてそう呟いた。
それに、柚子は「そうなの?」と聞き返した。
「割とすぐ気付きそうだけどなぁ……あっ、ちなみに花鈴さんの方は、常に自分が見たい物を見ているというか……なんか、自分の好きな物にまっしぐらって感じがする。……猪突猛進っていうか」
「あ~……それは分かる」
「やっぱり?」
クスクスと笑いながら言う柚子に、真凛も笑い返しながら頷いた。
正門を出ると左右に分かれる道路を二人共右に曲がるのをなんとなく見つつ、真凛は口を開いた。
「でも、言われてみたら納得するけど、今まで気付きもしなかったよ、そんなこと。……ホント、よく見てるよね」
「うーん……多分、いつも妹の面倒見てるから、なんか人を観察するのが癖になってるのかも」
「妹いるの?」
「うん、二人。お父さんもお母さんも仕事や家事で忙しいから、昔から私が面倒見ることが多くてさ~。ホント大変」
愚痴のように言うが、その表情は笑顔だった。
──妹のこと、大好きなんだな。
真凛はそんな風に考えつつ、「そうなんだ」と答えた。
「実は、私も一応姉なんだよね」
「あっ、花鈴さんの方が妹なんだ?」
「そ。私の方が二十五分先に生まれたの。ホント、世話の焼ける妹だよ」
冗談めかした真凛の言葉に、柚子はクスクスと楽しそうに笑った。
しばらく笑った後、柚子は「そういえば」と口を開く。
「今更だけど、真凛さんは……というか、二人はどうしてそんなに、自分達が見分けられるかどうかを気にするの?」
「……え?」
「いや、そんなに気にすることなのかなぁ、と思って。何か理由があるのかと思ってさ」
柚子の言葉に、真凛は僅かに表情を強張らせた。
しかし、すぐにその表情を崩し、小さく頷いた。
「うん……まぁ、大したことでは無いんだけどさ。ホラ、私達って見た目がソックリだから、よく間違われたり、一緒くたにされることが多くて……」
「そうなんだ」
「だから、山吹さんみたいに完璧に見分けられる人が珍しくて、つい」
「へぇ~……なんか特別感があって良いね、それ」
シシッと歯を見せて笑う柚子に、真凛は「そうかな」と言いつつ笑い返した。
その時だった。
「あっ! お姉ちゃ~ん!」
「ゆず姉~!」
前方から聴こえた声に、柚子は笑うのを止めてパッと顔を上げた。
真凛も声がした方を見ると、そこにはランドセルを背負った二人の少女がいた。
「蜜柑! 檸檬!」
柚子は満面の笑みを浮かべながら、明るい声でそう声を掛けた。
その様子を見た瞬間、真凛はその二人が柚子の妹であることを瞬時に察知した。
すると、二人の少女がこちらに向かってきて走ってくる。
しかし、途中で一人の少女が何かに躓き、顔から思い切り転んでしまう。
柚子はそれを見て血相を変え、「蜜柑ッ!」と叫びながら慌てた様子で駆け寄った。
「いったた……」
「蜜柑大丈夫!?」
柚子はそう言いながら、蜜柑の体を起こしてやる。
すると、蜜柑の顔や膝には大きな傷があり、血が出ていた。
それに柚子は慌てた様子で鞄を下ろすと、中から一つのポーチを取り出した。
更にその中から消毒液の入った瓶を取り出し、ハンカチに中の液体を染み込ませ、蜜柑が怪我した箇所に当てる。
──って……なんで当たり前のように鞄から消毒液が出てくるの!?
完全に置いてけぼりになってしまった真凛は、内心でそうツッコミを入れた。
その時、もう一人の少女──恐らく檸檬──が、ジッとこちらを見ていることに気付いた。
「……? どうかした?」
「おねーさん、もしかしてゆず姉のお友達?」
檸檬はそう聞きながら、コテンと小首を傾げた。
彼女は二人に比べるとどこか大人びており、蜜柑と呼ばれた少女の方よりも年上に見えた。
──檸檬ちゃんが次女で、蜜柑ちゃんが末っ子かな。
内心でそう考えつつ、真凛は「えっと……」と口を開く。
「友達、というか……クラスメイト、というか……」
「……ゆず姉のこと嫌い?」
「えッ!? いや、そういうわけでは無いけど……」
やけにグイグイ聞いてくる檸檬の対処に困っていた時、柚子は「よしっ!」と声を上げた。
見ると、どうやら蜜柑の手当が終わった様子で、蜜柑の怪我した箇所には大きな絆創膏が貼られていた。
当の蜜柑はまだかなり怪我が痛い様子で、涙目で唇をグッと噛みしめて、プルプルと震えながら痛みに堪えていた。
それを見た柚子は小さく笑み、蜜柑の頭にポンッと手を置き、「泣かなくて偉いね」と笑いかけた。
彼女の言葉に、蜜柑はコクッと大きく一度頷いた。
「……じゃあ、おうち帰ろうか。お母さんがご飯作って待ってるよ」
柚子はそう言うと、蜜柑をおんぶして立ち上がる。
そこで柚子の鞄が地面に放置されてることに気付き、檸檬が慌てた様子で鞄を持ち上げた。
真凛はそれにハッとして、慌てて檸檬の元に駆け寄った。
「私が持つよ。重いでしょ?」
「えっ、重くないよ! 大丈夫!」
「重いって~。私が持っておくから、檸檬ちゃんは妹の所に行ってあげなよ」
「えっ、妹?」
真凛の言葉に、檸檬はキョトンとした表情で聞き返した。
──あれ? 私、何か変なこと言っちゃった?
不思議に思っていると、檸檬は何かに気付き「あっ、そっか」と小さく声を上げた。
「よく間違われるけど、私が一番下なんだよ」
「えっ、そうなの?」
「うん。ゆず姉、みぃ姉、私の順番」
「檸檬~! 何してるの~!? 早く行くよ~!」
「あっ! 待ってよゆず姉! ……じゃあねおねーさん!」
檸檬は慌てた様子で言うと柚子の鞄を肩に掛け、柚子と蜜柑の方に駆けていく。
それに、真凛は「あっ、ちょっと……」と声を掛けたが、檸檬は振り向きもせずに柚子の隣に並んだ。
すると、柚子が真凛の方に振り向き、会釈をした。
「ごめんね真凛さん。明日、ちゃんと説明するね!」
「あっ、うん……また明日」
真凛がそう答えながら軽く手を振ると、柚子は満面の笑みを返し、妹二人を連れて歩きだす。
その後ろを見送りながら、真凛は小さく息をつき、手を下ろした。
──……何だか、思っていたよりも賑やかな人だったな。
──でも、なんか……面白い人だ。
──……また、話してみたいな。
そこまで考えて、真凛は目を丸くした。
誰かと深く関わりたいと思うことなんて、一体いつぶりだろうか。
真凛は驚いた表情で自分の口元を手で覆い、目を細めた。
──けど、山吹さんなら……。
「……あっ」
その時、とあることを思い出し、真凛は口から手を離した。
ふと顔を上げると、すでに山吹三姉妹の姿は無い。
ぼんやりと前方を見つめたまま、真凛は小さく続けた。
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