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第4章:土の心臓編

091 アラン④

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---少々時間は遡り---

<猪瀬こころ視点>

「奴隷に拒否権は無いぞ、イノセ」

 冷たく言い放つリートに、私は反論の術を失った。
 固まる私の服を引っ張り自分の隣まで来させたリートは、そのまま目の前の戦況をジッと見つめた。
 それに私は何も言うことが出来ず、拳を握り締めた。

 戦況はあまりにも一方的だった。
 アランは山吹さんの防御力を楽しんでいる様子で、どこまでやったら看破できるのかを試すように、弾の大きさや速さを少しずつ変えながらジワジワと追いつめていく。
 山吹さんはそれを全て盾で受け止め、後ろにいる三人を守っていた。
 三人の体は満身創痍で、戦うことなどとてもできないような状態だった。
 武器が盾の山吹さんに反攻の術は無く、正に防戦一方といった様子だった。
 そんな山吹さんを慮ってか、望月さん達は自分達を守ることを止めさせようと声を掛けている。
 しかし、山吹さんはその声を無視して、盾を構えて心臓の守り人に向き直っていた。

「……もう少しじゃ」

 すると、リートがそう小さく呟いたのが聴こえた。
 もう少しって、何なんだ?
 もう少しで山吹さんが倒れるという意味なのか?
 その真意を聞きたかったが、いざそれを聞かされたら堪えると思い、私は静かに俯いた。

「うわぁ、まだ立てるんだぁ。凄いなぁ」

 すると、心臓の守り人がそんなことを宣う声がした。
 見ると、彼女はニコニコと笑いながら、指先に今までで一番大きな岩の弾を一つ生成していた。
 マズイ……! と咄嗟に山吹さんを見ると、彼女はフラフラになりながらも、必死に盾を構えていた。

「山吹さん……ッ!」

 咄嗟に私は駆け出そうとしたが、リートに肩を掴まれたせいで叶わない。
 その間に、心臓の守り人はニコニコと笑いながら岩の弾の照準を山吹さんに固定した。

「それじゃあ、これならどうだ!」

 軽い口調で言いながら、奴は山吹さんに向かって岩の弾を射出した。
 真っ直ぐ飛んでくる岩の弾に、山吹さんは何かをブツブツと呟きながら、盾をしっかりと構える。
 それから、バッと顔を上げた。

「もう誰にも死んで欲しくないッ! 皆で日本に帰りたいッ!」

 彼女がそう叫んだ瞬間、盾に岩の弾がぶち当たる。
 ミシミシと軋むような音が鳴り響き、彼女の顔が痛みに歪む。
 流石にもうダメだ……!
 そう思い、リートの腕を振り払って駆け出そうとした瞬間、バァンッ! と強烈な破裂音と共に岩の弾が弾け飛ぶ。
 ……耐えきった……?

「ふむ……そろそろか」

 すると、リートがそう小さく呟いた。
 かと思えば、突然、山吹さんの盾が強い光を放った。
 目が眩むような光に、私は腕で目を隠すようにして視界を守る。
 しばらくすると光が止むので、私は腕を下ろした。

「……えっ……」
「うわぁ~! 何その盾~! カッコイイ~!」

 山吹さんの盾を見て、心臓の守り人が甲高い声でそう言った。
 彼女の言う通り、盾の見た目が大きく変わっていた。
 大きさは二回り程大きくなり、銀色のシンプルなものから、白地に金色の線で模様が刻まれたものに変わっていた。
 あれは、まさか……オーバーフロー?

 確か、レベル50になると、私達の願いによってその願いを叶えることに特化したステータスに変化する……だっけ?
 私の場合はリートに強制的に願い事を決められてしまった上に、一気にレベルが跳ねあがったために、ほとんどスルーしてしまっていた。
 しかし、確かにステータスはかなり上がったし、それどころか武器も大きく変化した。
 つまり、山吹さんは今、オーバーフローが行われたということなのか?
 というか、レベル……50にいっていなかったのか……。

「こうなることが分かっていたの?」

 すると、リアスがそんなことを言い始めた。
 それに、私はバッと後ろに振り向いた。

「当たり前であろう?」

 隣から聴こえた声に、私は視線を横に向ける。
 そこでは、リートが私の腕を組んで戦場をジッと見つめていた。

「それって……山吹さんがオーバーフローするタイミングが分かってたってこと?」
「……まぁ、そうじゃな」
「なんで……」
「一度お主のレベルを上げさせた時に、オーバーフローとやらの瞬間も見ておったからのう。なんとなく、気配で分かったのじゃ」

 リートの言葉に、私は絶句した。
 しかし、まだ幾つか気になったことがあり、私はすぐに「でも……!」と口を開いた。

「どうして山吹さんはオーバーフロー出来たの? まだ心臓の守り人は倒せてないのに」
「それは簡単な話じゃ。あやつの武器は盾。……盾でどうやって、魔物が殺せる?」
「えっ……」

 言われてみれば、確かにそうだ。
 今でも防戦することしか出来ないのに、なぜそれで経験値のようなものが入ってくるのだろうか。
 不思議に思う私に、リートは続けた。

「答えは単純明快。……あやつは盾で受けたダメージの分だけ、盾も本人も強くなっているということじゃ」

 リートの言葉に、私はなるほど、と内心で納得した。
 つまり、山吹さんは盾で攻撃を受け止めることで、経験値が入るということか。
 言われてみれば確かに、普通の武器なら敵を倒すことで経験値を手に入れることは可能だが、盾の場合はそうもいかない。
 盾で殴れば可能かもしれないが、流石に非現実的過ぎる。
 しかし、リートの言うことが本当なら、辻褄が合う。

「まぁ、確実にそうとも言えんし、あくまで仮定じゃったがのう。もしも本当にマズイことになったら流石にイノセを行かせるつもりじゃったが……まぁ、上手くいって良かったわ」
「……でも、なんで山吹さんがオーバーフローするまで待ったの? わざわざ待つ必要は……」
「あやつらはいずれ戦うことになるであろう? その時には、あの盾の女だけでなく、他の輩もオーバーフローとやらをしている可能性が高い。じゃから、あまり害にならんあの女で、そのオーバーフローというものにどれだけの力があるか見ておこうと思ってのう」

 リートの言葉に、私はポカンと呆けてしまった。
 ……友子ちゃん達を見殺しにするわけじゃ無かったんだ……。
 そんな話をしている間に心臓の守り人が山吹さんに向かって岩の弾を撃っていたが、山吹さんはそれを軽々と盾で弾き返していた。
 どうやら、オーバーフローによってかなり防御力が上がっているらしい。

 そんな風に考えていた時、またもや山吹さんに向かって岩の弾が撃ち込まれた。
 また軽々弾き返すかと思いきや、山吹さんはどこか心ここにあらずと言った様子で、盾を構えるのが間に合わない。
 防御力が上がっているとは言え、流石にそんな無防備な状態で攻撃を喰らうのは危ない。

「……ッ!」
「あっ! おい、イノセ!」

 呼び止めるリートの声を無視して、私は地面を蹴って駆け出した。
 最早四の五の言っている場合ではない。
 私はすぐさま剣を抜き、山吹さんの前に立ち、「はぁッ!」と声を上げながらこちらに向かってきていた岩の弾を切り裂いた。

「……こころ……ちゃん……?」

 すると、背後からそんな声がした。
 聞き覚えのある懐かしいその声に、無意識に肩が震える。
 流石にこの状況では、誤魔化せないか……。
 再会した時には色々と説明しないと、とは考えていたのだが、この状況ではそうもいかない。
 まさかこんな再会の形になるとは思っていなかったので、良い言葉が思い浮かばない。
 ひとまず、私は「えっと……」と小さく呟きながら、声がした方に振り向いた。

「……久しぶり、友子ちゃん」

 声の主である唯一無二の友達に、私はそう答えた。
 すると、友子ちゃんはパァッと目を輝かせ、「こころちゃん……!」ともう一度私の名前を呼んで駆け寄ってこようとした。
 しかし、突然私と友子ちゃん達の間に何やら透明の壁が出来たことによって、それは遮られた。
 いや、良く見るとその壁は僅かに白く濁っており、ひんやりした空気が漂ってきた。

「……氷……?」
「全く……まだ妾が行って良いと言っておらんかったではないか」

 そんな声がするので振り向くと、そこにはこちらに駆け寄ってくるリート達がいた。
 リートは不満そうに頬を膨らませ、駆け寄って来るなり私の体を軽く叩いてきた。

「ご、ごめん……我慢出来なくて……」
「全く……戦いが終わったら罰じゃぞ」

 自分の腰に手を当てながら不満そうに言うリートに笑いつつ、私は氷の壁に軽く指先で触れつつ、口を開く。

「ところで、この壁は一体……?」
「私が作ったの。イノセの知り合いちゃん達に流れ弾が当たったりしたら大変でしょ?」

 そう言って、リアスが肩を竦めた。
 すると、それを聞いたフレアが「へぇ~」と、どこか感心したような声を上げた。

「お前にしては気の利いたことをするんだな」
「貴方みたいな単細胞と違って危険予測が出来るのよ」
「はぁぁッ!?」
「こんな時まで喧嘩するでない……」

 二人のやり取りに、リートはそう言ってやれやれと言った様子で溜息をつく。
 それに苦笑していた時、「ちょっと~!」とどこからか声が上がった。

「私を無視して何楽しそうな話してるの~? 混ぜてよ~」

 甲高い声で続けられたその言葉に、私はパッと視線を向けた。
 するとそこでは、心臓の守り人が大槌を手にプクーと不満そうに頬を膨らませながら、こちらを見つめていた。

「うるさいのう。何じゃ? 何か用か?」
「何か用か? じゃないよ~もぉ~! 折角楽しんでたところだったのに邪魔しないでよね!」
「楽しんでたとは、さっきまでの戦闘とも呼べぬアレのことか? あんな一方的な攻撃の何が楽しい?」
「え~? 楽しいよ~。ユズちゃんがどこまでやったら壊れるのか気にならない?」
「そんな悪趣味な実験に興味など湧くはずがあるまい」
「えぇ~リートちゃんノリわる~い! あと実験じゃなくて遊びだよ?」
「むしろ悪質になっているではないか……というか何じゃその呼び方は」
「ん? リートちゃんだからリートちゃんだよ? あっ、私はアランだから、気軽にアランちゃんって呼んでね!」
「誰が呼ぶか」
「ひどぉ~い!」
「おい、話は終わったか?」

 リートと心臓の守り人……アラン? の会話を遮るように言ったのは、フレアだった。
 彼女はどうやらイライラしている様子で、肩に掛けている鉄製のヌンチャクを指でコツコツと軽く叩いた。
 それにアランが首を傾げるのを見ると、フレアは肩からヌンチャクを下ろし、続けた。

「こちとらずっとお預けくらっててイライラしてンだよ……話が終わったんなら、もう始めても良いよなァ!?」
「うわぁ、野蛮だなぁ……まぁ良いや! じゃあ、次はリートちゃん達が遊んでよ!」

 満面の笑みでそう言うと、彼女は大槌を振り上げ、こちらに向かって駆け出した。
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