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第4章:土の心臓編

090 アラン③-クラスメイトside

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「ホラ、まだまだ行くよ~!」

 アランは無邪気な声でそう言いながら、柚子に向かって何発目かになる岩の弾を放った。
 それに、柚子はすぐさま盾を構え、それを受け止める。
 目の前で盾にぶつかり粉砕した弾丸の破片がバラバラと落ちていくのを眺めつつ、柚子はその場に膝をついた。
 ビリビリと痺れるような感覚と鈍い痛みが、盾を装着した左手全体に広がる。
 最早左腕は痛み以外の感覚が分からない域に達しており、指先は一切動かなかった。

「柚子、無茶しないで! 早く回復魔法を……!」
「良いから……皆は休んでて……」

 心配する真凛に答える声は、かなり弱々しいものになっていた。
 柚子はアランの攻撃を一人で受け止める傍ら、密かに他の三人のHPの回復を行っていた。
 ヒールシールドという、使用すると自分が指定した相手のHPを少しずつ回復させるスキルを使っているのだ。
 しかし、一度に三人のHPを回復しようとしている為にその回復量は微弱なもので、未だ三人共動けそうになかった。

「そ~れ!」

 その時、またもやアランが岩の弾を射出してくる。
 柚子はそれに目を見開いたが、咄嗟に盾を構えることで受け止める。
 次の瞬間、ビキィッ! と軋むような激しい痛みが腕に走り、柚子は声にならない悲鳴を上げた。
 しかし、彼女は何とか体勢を保ち、必死に盾を構えた。
 すると、後ろから服の裾を掴まれた。

「このままじゃ柚子が死んじゃうよ!」
「そうだよ! 私達のことは良いから!」

 花鈴と真凛の声に、柚子は咄嗟に後ろに振り向いた。
 しかし、真凛の左腕は未だにあらぬ方向を向いたままダランと垂れ下がっており、弓を構えられそうになかった。
 花鈴の足も脛に新しい関節が出来たままで、短刀を使った近接戦闘どころか、まともに歩くことすら困難といった様子だった。

「山吹さん代わって。私が何とかするから……!」

 友子はそう声を張り上げながら、左手で矛を持って立ち上がろうとする。
 しかし、彼女は彼女で利き手の右手の付け根が抉れ、肉の隙間に骨が見え隠れしていた。
 とてもではないが、まともに矛が振れるようには思えない。
 だからこそ柚子は、「大丈夫だから」と友子を制し、すぐにアランに向き直る。

「うわぁ、まだ立てるんだぁ。凄いなぁ」

 ニコニコと笑いながら言うアランに、柚子は歯ぎしりをして、盾を構えた。
 激しい痛みに、気を緩めたらそのまま動けなくなりそうだった。
 しかし、ここで自分が倒れるわけにはいかない。ここで死ぬわけにはいかない。
 そんな思いから、柚子は盾を構えてその場に立っていた。

 彼女の脳裏には、日本に残した妹の顔がチラついていた。
 来年には下の子は中学校に入学し、上の子は受験生になる。
 二人共まだ未熟で、せめて二人が高校を卒業するまでは、自分が守っていかなければならない。
 こんな世界で、こんなところで、死んでいる場合ではない。

「それじゃあ、これならどうだ!」

 すると、アランは笑顔でそう言って、さらに巨大な岩の砲弾を撃ち出した。
 それに、柚子は盾を構えながら、チラリと後ろにいる仲間を見た。
 ──私は、日本にいる妹二人を守らないといけない。
 ──妹達を守るって、死んだお父さんとお母さんに誓ったんだ。
 ──その為にも、今傍にいる仲間を守れなくてどうする。
 すでに三人のクラスメイトを失ってしまった手前、自分の発言に説得力が無いことなど、誰よりも理解している。

「それでも、私は……」

 小さく呟きながら、柚子はこちらに向かってくる岩の弾に視線を向けた。
 彼女は盾を構えると、声を張り上げた。

「もう誰にも死んで欲しくないッ! 皆で日本に帰りたいッ!」

 そう叫んだ瞬間、盾に岩の弾がぶち当たる。
 今までより強い岩の弾に、左手がミシミシと軋み、盾ごと腕が持っていかれそうになる。
 しかし、柚子は何とか持ち堪え、岩の弾を受け止める。
 次の瞬間、まるで爆弾のような強烈な破裂音を立てながら、岩は砕け散った。

『レベルUP!
 山吹柚子はレベル50になった!』

 直後、そんな文字が視界に現れる。
 それに驚くのも束の間、左手が熱くなった。

「……ッ!?」

 自分に何が起こっているのか理解出来ずに左腕に視線を向けると、腕に装着した盾が強い光を放っていた。
 しばらくして光が収まると、盾の見た目が大きく変わっていた。
 大きさは今までの物よりも二回り程大きくなり、銀色のシンプルなデザインだったのが、白地に金色の線で模様が刻まれたものに変わっていた。

「一体……何が……?」
「うわぁ~! 何その盾~! カッコイイ~!」

 盾の変化に驚く柚子に対し、アランは目をキラキラと輝かせながらそう言った。
 彼女は純粋な好奇心に目を輝かせながら、すぐに手を構えた。

「よ~し! くらえ!」

 笑顔で言いながら、彼女は岩の弾を撃ち出す。
 それに、柚子はすぐに前方に視線を向け、盾を構えた。
 レベルが上がったことによるHPの全回復により、左腕の痛みは治まっている。
 おかげで、先程よりも心に余裕を持った状態で盾を構えることが出来た。
 撃ち出された岩の砲弾は盾にぶつかり、乾いた音を立てて粉砕する。
 今までに比べると遥かに手応えが無く、柚子は目を見開き、すぐに自分のステータスを開いた。

 名前:山吹柚子 Lv.50
 武器:守護神の盾ガーディアンシールド
  願い:仲間を守って皆で日本に帰りたい。
  発動条件:仲間を守っている間のみ力を発揮できる。
 HP 5160/5160
 MP 1500/1500
 SP 1200/1200
 攻撃力:0/100
 防御力:8100/1000
 俊敏性:200/300
 魔法適性:470
 適合属性:土、光
 スキル:パワーシールド(消費SP5)
     アースシールド(消費SP7)
     シャインシールド(消費SP7)
     ロックシールド(消費SP9)
     ヒールシールド(消費SP15)

 ──守護神の盾ガーディアンシールドに……願いに、発動条件……?
 見覚えの無い単語や項目に、柚子は困惑が隠せない。
 オマケに、レベルが上がるまでは3000にも満たなかった防御力が、不自然なまでに上がっている。
 だが、反対に攻撃力は100程度あったのに、気付けば0になってしまっている。
 俊敏性も半分以上下がっており、唯一伸びている魔法適性も防御力に比べるとそこまで伸びていない。
 ──それに、このステータス値の横に書いてある数字……これは一体、何を意味しているのかな……?

「──さんッ! 山吹さんッ!」

 友子に名前を呼ばれ、柚子はハッと顔を上げた。
 すでにそこには、こちらに向かって飛んできている岩の砲弾があった。
 ──しまった……! この状態じゃ、盾を構えるのが間に合わないッ!
 今の防御力なら盾が無くても目立つ負傷は無いかもしれないが、問題はそこではない。
 もしかしたら、上手く受け止めることが出来ずに、皆を傷つけてしまうかもしれない。
 しかし、俊敏性が下がってしまった為に、この状況から盾を構えても間に合わない。
 ──こうなったら、素手で無理矢理受け止めるしか……!
 柚子はそう考え、身構える。

「クソッ……!」

 すぐに友子が立ち上がり、柚子のフォローに行こうと駆け出す。
 しかしその時、一人の影が、岩の弾と柚子達の間に立った。

「はぁッ!」

 その人は、そんな風に声を上げながら、飛んできていた岩の弾を叩き切った。
 斬られた弾は真っ二つに割れ、その人物の横を通り過ぎてそれぞれ後ろに飛んでくる。
 しかし、斬られたことによって軌道が変わり、それらは柚子達の横を通り過ぎていった。
 突然目の前に現れた人影に、柚子は盾を構えようとした体勢のまま、硬直した。

 肩まである白髪が風に靡き、こちらに向けられた背中は、小柄な自分よりもかなり大きい。
 大きくて頼りになる……が、細く、女性らしいしなやかさもある背中。
 その後ろ姿には、見覚えがあった。
 柚子は咄嗟に、すぐ後ろにいる友子に視線を向けた。
 彼女は柚子のすぐ傍まで駆け寄った際の体勢のまま、まるで何かに取り憑かれたかのように、前方を真っ直ぐ見つめていた。

「……こころ……ちゃん……?」

 彼女の口から零れた声に、目の前にいる人物は、ビクリと肩を震わせた。
 その人は──否、彼女は、「えっと……」と小さく呟きながら、こちらに振り向いた。
 彫りが深く、ハーフのような雰囲気のある整った顔立ち。
 赤く染まった目は、どこか困ったような感情を浮かべながら、友子を見た。
 彼女はニコッと小さく笑い、続けた。

「……久しぶり、友子ちゃん」
「こころちゃん……!」

 こころの言葉に、友子はすぐに立ち上がって駆け寄ろうとした。
 直後、二人を隔てるように壁が出来、友子はそれにぶつかった。
 手で触れてみると、ひんやりと冷たい。
 ──これは……氷……?
 柚子がそんな風に考えていた時、壁の向こう側にいるこころの元に、数人の少女が駆け寄って来るのが見えた。

「……あーッ!」

 それを見て、花鈴が目を丸くして大きい声を上げた。
 真凛はそれに、咄嗟に花鈴がいる側の左耳を塞ごうとしたが、左手が痛みで動かない為に甲高い大声をもろに受ける。
 顔を顰めながらも、真凛は「どうしたの?」と聞き返した。
 すると、花鈴はこころの元に駆け寄った少女を指さしながら「見て!」と言う。

「あの人! カジノで見たお姉さんとその彼氏さんだよ!」
「ホントだ。……ていうか、こころちゃん、って……もしかして、アレ……猪瀬さん、なの……?」
「……最上さんが見間違えるハズ無いし、多分、そうだと思う」

 真凛の疑問に、柚子は信じられないと言った様子で氷の壁の向こうを見つめながら、そう答えた。
 壁があるせいで、向こう側の会話は一切聞こえてこない。
 だが、どうやら猪瀬こころと他の少女達は顔見知りのようで、自分達には見せたことないようなにこやかな表情で話している。
 そして、特に柚子の目を引いたのが……こころと一番近い距離にいる、黒髪に青い目をした少女。
 何やらこころに対して不満があるらしく、彼女の体を軽く叩きながら何か文句を言っているみたいだった。
 彼女の姿は、以前グランルという国のヴォルノにある料理店で見た写真で見た魔女の姿と瓜二つだった。

「まさか……魔女……?」

 小さく呟いた柚子は、そこでハッと我に返る。
 色々あり過ぎて混乱していたが、今はある意味ではチャンスだ。
 氷の壁によって、現在自分達は安全な状態にある。
 魔女達が味方かは分からないが、こころが自分達を守ったことによって魔女からお咎めが無いことから考えるに、少なくとも今すぐ敵対する意思は無いのだろう。
 ならば、せめて今の内に負傷している三人を回復させて、いざ敵対してきた際に対処できるようにしなければならない。

「皆、すぐに回復するね。……とりあえず、一番傷が深い最上さんから……」
「……こころちゃん……?」

 回復を促す柚子の声に、友子は答えない。
 彼女は氷の壁に触れてその向こうにいるこころをジッと見つめたまま、ゆっくりと続けた。

「……その人達……誰……?」

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