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第4章:土の心臓編

086 中層にて-クラスメイトside

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 一行は上層を抜け、中層へと辿り着いた。
 中層の魔物は、当たり前だが上層よりも強かった。
 しかし、一行の進行を苦戦させたのは、魔物だけでは無かった。

「うわッ……!?」

 足元の地面が消え、罠を踏んだ真凛を中心に丸い大きな穴が空く。
 驚きの声を上げた彼女は、咄嗟に上空に向かって手を伸ばした。
 しかし、穴の縁に指先が掠り、すぐにその手は空を切る。
 ──落ちる……!
 確信した瞬間、誰かの右手が伸びて真凛の左手を掴んだ。
 それによって落下速度は一気に停止し、ガクンッと掴まれた手に全体重が掛かる。
 手を掴まれた際に生じた衝撃によって足が揺れるのを感じつつ、真凛は自分の手を掴んでいる手を見た。
 右手と左手。それぞれの薬指にはまった指輪が、ダンジョン内の灯りを反射してキラキラと光る。
 それを見て真凛は目を丸くし、すぐに視線をさらに上に向けて、その手の主を見た。

「花鈴……!」
「絶対、離さないでね……!」

 花鈴はそう言うと真凛の手を両手で掴み、少しずつ引き上げていく。
 穴の縁に手が届くようになると、真凛はすぐに地面に手をついて、自分の体を押し上げた。
 その拍子に花鈴に圧し掛かるような体勢になり、そのまま彼女を巻き込んで地面に転がった。

「二人共、大丈夫!?」

 何とか生還してきた花鈴と真凛に、すぐに柚子が声を掛けた。
 彼女の言葉に、真凛はヒラヒラと手を軽く振りながら「私は平気」と答えた。

「私もへーきだよ。柚子ありがと」
「それなら良かった……それにしても、このダンジョン罠多くない? これで何個目?」
「七個目」

 柚子の疑問に答えたのは、近くで魔物を始末していた友子だった。
 彼女は矛を使ってトントンと地面を確認しながら、続けた。

「落とし穴はこれで五回目。……ここの罠、巨大な岩か落とし穴しか無いのかな」
「……なんていうか、子供っぽい罠だよね」

 友子の言葉に、真凛がそう小さく呟いた。
 それに、花鈴は「子供っぽい?」と聞き返した。
 すると真凛は「うん」と頷き、立ち上がって先程自分が落ちかけた落とし穴の方を見た。

「確かに、まともに喰らったらどっちもひとたまりもない。けど、構造自体は単純で、割と力づくで何とかなるようなものばっかりで、道中の至る所に仕掛けられてる。……花鈴が作った迷路を解いてる気分」
「えっ、それどーゆー意味!?」

 真凛の冷静な推察の中に混ざった罵倒に、花鈴はそう声を荒げた。
 それに対し、真凛は「そのまんまの意味」と答えた。
 すると、柚子は顎に手を当てて考える素振りをしながらも、「確かに」と呟いた。

「真凛の言うこと分かるかも。私も、妹が小さい頃に作った迷路がこんな感じだった気がする」

 そう言いながら、柚子は軽く辺りを見渡した。
 複雑に入り組んだ道筋に、至る所に仕掛けられた単純な罠。
 大抵が仕組み自体は単純なものだが、喰らえば即死するようなものばかり。
 これらの条件は、昔自分が解いた迷路に似ているような気がした。

「……じゃあ、何? このダンジョンを作ったのは子供だって言いたいの?」

 すると、友子がそんな疑問を投げかけた。
 それに、柚子はハッとした表情で友子を見た。

「そっか……それだよ! 最上さん!」
「えっ? 何?」

 何かが分かった様子で言う柚子に、友子は目を丸くして聞き返す。
 それに、柚子はダンジョンの通路に視線を戻し、続けた。

「このダンジョン……多分だけど、心臓の守り人の自我が関係しているんじゃないかと思うの」
「……自我……?」
「自我というか……性格かな。ホラ、ギリスール王国のお城の近くにあったダンジョンと比べると、このダンジョンは構造とか罠のこととか……全然違うでしょう?」

 柚子の言葉に、友子はギリスール王国にいた頃に通っていたダンジョンを思い出した。
 確かに、あのダンジョンには罠らしき物はほとんど無かったのに対し、こちらは罠だらけだ。
 構造も、二つのダンジョンではかなり違いがある。

「……確かに、違う……」
「この二つの違いって、やっぱりそのダンジョンに封印されている心臓の持ち主なんじゃないかと思う。……それってつまり、ダンジョンの構造や設置されている罠は、そのダンジョンの心臓の守り人の性格が関与しているんじゃないかと思うんだ」
「……その仮説が正しいとして、何かダンジョン攻略の手がかりになることでも……?」
「あるよ」

 迷わず即答する柚子に、友子は目を丸くした。
 それに、柚子は壁に手を当てて続けた。

「この仮説が正しいとすれば、多分、このダンジョンの心臓の守り人は凄く子供っぽい性格をしているんだよ。そこから考えると、心臓の守り人は、私達に罠を踏ませる為に道のど真ん中の辺りに仕掛けていると思う」
「え~? なんで?」

 柚子の言葉にそう聞き返したのは、友子ではなく花鈴だった。
 それに、真凛が呆れた表情で溜息をつき、柚子の言葉に続けるように口を開いた。

「じゃあ、もしも花鈴がこのダンジョンを好きに作り替えられるとしたら、罠はどんな風に仕掛ける?」
「そりゃあ、出来る限りいっぱい置くよ! あとは、たくさん踏んで欲しいから、人が一番通りそうな道の真ん中の方に……あっ、そっか!」

 何かに気付いた様子の花鈴に、柚子は笑みを浮かべて「そういうこと」と言う。

「心臓の守り人も、きっと花鈴と同じようなことを考えて、道の真ん中の方に罠を固めていると思うんだ」
「つまり、その裏をかいて、道の端を歩けば……」
「そう。罠を躱すことは容易ってわけ」

 あくまで可能性の話だけどね、と、はにかみながら柚子は言った。
 それに、花鈴は胸の前で手を叩きながら「すご~い!」と歓声を上げた。
 柚子の話を聞いた友子は、矛を肩に掛けて通路を見た。

「でも、そんな簡単にいくかな?」
「それはやってみないと分からないよ」
「……確かに」

 柚子の言葉に、友子は呟くように言った。
 それに柚子は頷き、壁に手をついて歩き出す。
 壁を伝うように、道の真ん中を歩かないように、壁際を歩いていく。
 魔物に出くわした時も、戦いの中で極力道の真ん中の方は踏まないようにしながら、一行は先へ進んでいった。

 最初の方は半信半疑だったが、かなりの距離を歩いても罠に引っ掛からない状況に、柚子の仮説は徐々に真実味を帯びてゆく。
 魔物の防御力の高さにも順応し、上手く連携しながらの戦いで何とか乗り越えられている。
 このまま行けば、順当に中層を抜けて下層に行けそうだ。
 そんな風に考えていた時、突然、柚子の足元の地面が消えた。

「なッ……!?」
「「柚子ッ!?」」

 驚く柚子に、花鈴と真凛が同時に反応した。
 しかし、それより先に友子が動き出す。
 彼女はすぐに背中に背負うような形で矛を仕舞い、穴の中に身を乗り出すようにして柚子の手を掴んだ。
 小柄な柚子の体は軽く、そのまま引き寄せて抱きかかえるのは容易だった。
 だが、その際に体勢を崩してしまい、友子は柚子を抱えたまま穴の中に転げ落ちる形になった。

「くッ……!?」

 友子は咄嗟に片手を伸ばし、穴の縁に指を引っ掛けようとした。
 しかし、元々ほとんど体勢が崩れているような状態だった上に落下速度も早く、その手は空を切る。
 このまま重力に従って落ちるのか……と思っていた矢先、空を切った手を誰かが掴んだ。

「……!?」
「ぐッ……離さないでよ……!」

 友子の手を掴んだ真凛は、そう言いながら両手でしっかり友子の手を掴んでいた。
 しかし、流石に二人分の体重を持ち上げるのには無理がある。
 それを察したのか、すぐに花鈴が真凛に加勢した。

「花鈴!」
「真凛……!」

 真剣な目で名前を呼ぶ花鈴に、真凛はすぐに表情を引き締め、頷いた。
 二人は友子の手を強く握り締め、声を揃えて「いっせーのーせ!」と掛け声を言い、同時に友子の体を引っ張ろうとした。
 しかし、いざ友子の体を引き上げようとした矢先に、どこからかドゴッと鈍い落下音がした。

「……ッ! この音……!」

 ハッとした表情で、真凛はすぐさま顔を上げ、音がした方を見た。
 するとそこには、ゴロゴロと転がってくる巨大な岩があった。
 ──よりによって、なんで今……!? 罠は踏んでないはずなのに……!
 ギョッとしたような表情で驚いていた時、転がってくる岩に意識が取られたせいか、手が滑る。

「あッ……!」
「友子ちゃん……!」

 すぐに花鈴が手を伸ばすが、その手は届かない。
 底の見えぬ穴に落下していく友子を横目に、真凛はすぐさま転がってくる岩に視線を戻した。
 今この場所には、この岩を避けられるような横道も無い。
 避けられるとすれば……と、真凛は目の前にある穴に視線を戻した。
 すでに、友子と柚子の姿は見えなくなっていた。

「真凛、どうする!? 柚子と友子ちゃんが……!」

 動揺した様子で言う花鈴の肩を抱き、真凛はすぐに穴の中に飛び込んだ。
 フワッと浮遊感があったのも束の間、一瞬の内に強烈な落下感が二人を襲った。
 刹那、自分達の頭上を巨大な穴が転がっていく。
 助かった、と安心することは無かった。
 底の見えぬ暗い穴に落下していく感覚に、真凛は咄嗟に花鈴の体を抱きかかえた。
 それに、花鈴も真凛の体を抱き返す。
 二人は抱き合ったまま、暗闇の中へと落ちていった。

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