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第4章:土の心臓編

071 鈍感の理由

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「失礼するぞ」
「──からそれがダメだっつってんだろッ!」

 リートがフレアとリアスの部屋に入った瞬間、フレアの怒声が響き渡り、バンッと壁を殴るような音がした。
 それにリートはビクッと肩を震わせ、その場に立ち尽くす。
 部屋の中では、壁に背中を預けて立つリアスに対し、フレアがリアスのすぐ横にある壁に手をついて向き合っていた。
 怒りの表情を浮かべるフレアに、リアスはどこか飄々とした様子で続けた。

「なんで? 好きな人と体を重ねて交わることがそんなにダメなこと?」
「交わ……ッ!? ばッ……何言ってんだお前ッ! 馬鹿ッ!」
「……子供か」

 顔を真っ赤にしながら罵倒するフレアに、リートは呆れた様子でそう呟いた。
 すると、フレアは驚いた表情でリアスから離れ、「リート!?」と声を上げた。
 リアスもユラリと視線を向けて、口を開いた。

「あら、リート……イノセは?」
「……部屋で寝ておる。付いてこようとしたが、流石にあやつには聞かせられん話になるじゃろうから断った」
「フフッ、どんな話かしら」

 小さく笑いながら言うリアスに、リートは眉を潜めた。
 それに、リアスはクスクスとどこか楽しそうに笑ってから、続けた。

「リートも急に酷いじゃない。折角イノセと愛の営みをしようと思っていたところなのに、邪魔するなんて」
「……好きな人が強姦されそうになっている現場に立ち会って、何もしない方がおかしいとは思わんか?」
「私なら混ざって三人で楽しむかしら」
「うっわ」

 さらりと言い放つリアスに、フレアが顔を顰めながら声を出す。
 それに、リアスはフッと表情を緩め、「まぁ冗談はここまでにして」と言う。

「流石に強引過ぎたのは認めるわ。やっぱり、向こうから私の体を求めるようになってもらわないと」
「……イノセはそんなことはせん」
「分からないわよ? ああいう大人しい人程、夜は凄いと……」
「あーもうその話やめろって!」

 耳を塞ぎながら怒鳴るフレアに対し、リアスはしばらく笑っていたが、やがてスッとどこか冷たい笑みに変わった。

「……でも、おかげであの子のこと、少しは理解出来たかも」
「……? アレで何が分かったというのじゃ?」
「告白したの」

 リートの質問を無視して、リアスはそう言った。
 それに、リートとフレアは同時に「はぁッ!?」と声を上げた。

「お、お主、告白、とは……」
「言葉の通り。好きって伝えたの」
「お、おお前何を……」
「でも……ホントあの子って、面白い子よね」

 クスクスと笑いながら言うリアスに、リートは首を傾げて「面白い?」と聞き返した。
 それにリアスは頷き、近くにあったベッドに腰を下ろして足を組んだ。

「私が好きって言ったら、あの子どんな反応したと思う?」
「……どんな反応だったんだよ?」
「全くの無反応。挙句の果てには、罰ゲームか……ですって」

 リアスの言葉に、フレアは首を傾げながら「ばつげーむ……?」と聞き返した。
 それに、リアスは楽しそうに笑いながら頬に手を当て、「そう。罰ゲーム」と復唱した。

「私達がふざけて、罰ゲームでイノセに告白したと思ったみたい。どういう思考回路を辿ったらそんな答えが出てくるのかは分からないけど……なんていうか、自分が誰かに好かれているなんて、露にも思ってない様子だったわね」
「……イノセが?」

 相変わらず小さく笑みを浮かべながら言うリアスに、フレアがキョトンとした表情で聞き返す。
 リートも少し不思議そうな顔をしていたが、特に何も言わずに続きを待った。
 二人の反応に、リアス笑みを浮かべながらも目を伏せ、続けた。

「鈍感……と言うよりは、元々誰かに愛情を向けられた経験が無いに等しいんじゃないかしら」
「……どういうことだ?」
「……極端に言えば、今まで恋人も友達もロクにいなくて……両親にも、愛情を向けられたことが無かった……とか……」

 言いながら、リアスはソッとリートに視線を向けた。
 リートはしばらく暗い表情を浮かべていたが、やがて小さく息をつき、顔を上げた。

「……親に愛されないなんて……そんなことがあるのか?」
「世の中の親が、皆子供を愛するわけじゃないわ。……それに、イノセは確か、異世界から来たんでしょう? もしかしたら、イノセのいた世界では、それが当たり前だったのかもしれない」

 リアスはそう言いながら足を組み換え、少し笑って続けた。

「まぁ、これはあくまで私の予想だから、実際にそうとも言えないけどね。イノセがただ異常に鈍感過ぎるだけかもしれないし、本当は彼女も私のことを好きだけど、照れ隠しであんなことを言ったのかもしれない」
「少なくともそれは無いわ」

 バッサリと言うリートに、リアスは「ハッキリ言うわねぇ」と笑った。
 彼女はすぐに表情を緩め、ひざの上で頬杖をついて続けた。

「まぁどっちにしろ……私達は皆、めんどくさい人を好きになっちゃったわねって話」
「……めんどくさくても構わん。妾の気持ちは変わらんからのう」

 リートはそう言うと踵を返し、部屋の扉に向かって歩く。
 その背中に、フレアが「どこに行くんだ?」と投げかけた。
 彼女の言葉に、リートは扉に手を掛けた状態で動きを止め、振り向いて二人に視線を向けた。

「話はもう終わったであろう? ……部屋に帰るのじゃ」
「……コイツ、まだ反省してねぇぞ?」

 フレアはそう言いながら、リアスをクイッと顎で示した。
 それに、リアスは特に悪びれる素振りを見せずに、肩を竦めて見せた。
 彼女の反応に、フレアはどこかイラッとした表情を浮かべたが、すぐに溜息をついてリートを見た。

「また同じこと繰り返したらどうすんだよ?」
「その時も、妾が守るだけじゃ。……イノセは、妾の奴隷じゃからな」

 フレアの問いに対し、リートはどこか不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、部屋から出て行った。
 部屋を後にしたリートは、少し廊下を歩いて、隣の自室に入った。
 すると、フレア達の部屋に面している壁の方に立っていた人影がビクッと震え、「うわッ」と声を上げた。
 それに、リートは目を丸くした。

「イノセ……起きておったのか?」
「あ、はは……流石に気になっちゃって……」

 廊下の電灯が暗い部屋の中に差し込み、壁際に立っていたこころを照らす。
 頭を掻きながら申し訳なさそうに笑うこころに、リートはしばらく呆けていたが、やがてハッとした表情を浮かべて続けた。

「ま、まさか……話を聞いておったのか!?」
「えッ? あ、いや……ここ、割と壁が厚いみたいで……全然聴こえなかった……」
「……それなら良かったが……」

『自分が誰かに好かれているなんて、露にも思ってない様子だったわね』

 こころと話していた時、リートの脳裏に、リアスの言葉が過った。
 それに、リートは口を噤み、頭に手を当てた。
 すると、こころは慌てた様子でリートに近付き、顔を覗き込んだ。

「り、リート? 大丈夫?」
「だッ……大丈夫じゃ。心配するな」

 突然の接近に驚きながらも、リートはそう断った。
 それに、こころは「そっか……」と呟き、安堵したような笑みを浮かべた。

「良かった。リアスに何かされたとかじゃなくて」
「あやつが手を出すのはお主だけであろう。多分、疲れただけじゃ。寝たら直る」

 リートはそう言いながら、扉を閉めてベッドに向かおうとした。
 それに、こころは「そういえば」と口を開いた。

「さっきリアスに好きとか言われたんだけど……三人で何かのゲームでもやってたの?」
「ゲーム?」

 こころの問いに、リートはそう聞き返した。
 その時、またもやリアスの声が脳裏に過った。

『鈍感……と言うよりは、元々誰かに愛情を向けられた経験が無いに等しいんじゃないかしら』
『極端に言えば、今まで恋人も友達もロクにいなくて……両親にも、愛情を向けられたことが無かった……とか』

「……」

 こころの問いに、リートはしばらく口を噤んだ。
 突然の沈黙に、こころは「あの……リート……?」と、どこか不安そうな声色で聞く。
 それに、リートはパッとこころの顔を見上げて続けた。

「……少なくとも、妾は知らぬ。あの二人が何かしていたかもしれんが、妾は聞いておらん。ただ……」

 言いながら、リートはソッと手を伸ばし、こころの頭にポンッと軽く置いた。
 薄暗い中で互いの表情は伺えないが、リートにとっては、その方が好都合だった。
 耳まで真っ赤になった顔にどこか不敵な笑みを浮かべながら、彼女は続けた。

「妾は……お主のこと、好きだぞ?」
「……そっか……」

 どこか平坦な声で答えるこころに、リートは、自分の言った好きが別の意味で伝わったことを知った。
 ──まだまだ、先は長そうじゃな。
 内心でそう思いながらも、リートはそれを隠し、こころの頭から手を離した。

「ほれ、もう寝るぞ。明日も早いからのう」
「……」

 言いながらベッドに向かうリートの言葉に、こころは答えなかった。
 それに、リートは動きを止め、こころに視線を向けた。

「何をしておるのじゃ?」
「……あっ……ごめん……」

 こころはそう言いながら、暗闇の中でリートに顔を向けた。
 その際に、窓から差し込んだ月光が、彼女の顔を照らした。

「ちょっと、ビックリして……フリーズしちゃってた……」

 そう言う彼女の顔は、大層驚いたような表情を浮かべていた。
 薄暗いせいで顔色までは分からないが、それでも、頬が微かに赤らんでいるのが見て取れた。
 予想外の反応に、リートはポカンと固まった。

『私が好きって言ったら、あの子どんな反応したと思う?』
『全くの無反応。挙句の果てには、罰ゲームか……ですって』

「……ははっ、大袈裟じゃな!」

 リアスの言葉が脳内で反芻するのを感じながら、リートは満面の笑みを浮かべて、そう言った。

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「……なぁ、リアス」

 リートが出て行った扉を見つめながら、フレアが呟くように言った。
 それに、リアスはベッドに腰かけたまま、「何?」と聞き返した。
 彼女の反応に、フレアはリアスに視線を向け、続けた。

「お前……なんで言わなかったんだよ?」
「……何の話?」
「イノセが超鈍感な理由だよ。そりゃあ、お前の言った、今まで誰にも愛されてなかったって仮説もあるかもしれないけどよ……他にもあるだろ?」

 その言葉に、リアスの表情が微かに曇る。
 しかし、すぐにフッと小さく笑みを浮かべ、続けた。

「言わなかったんじゃなくて、言いたくなかったのよ」
「だから、それがなんでって……」
「逆に聞くけど……貴方の方こそ、なんでそれを黙っていたの?」

 リアスの言葉に、フレアはグッと口を噤んだ。
 それにリアスは小さく笑い、トントンと自分の膝を軽く叩きながら続けた。

「そりゃあ、言いたく無いし……認めたくないじゃない?」
「……お前なんかと気が合うなんて、最悪の気分だよ」
「元々は同じ人間から生まれたんだもの。仕方ないでしょう?」

 どこか苛立った様子で呟くフレアに、リアスは楽しそうに笑みを浮かべながら言った。
 それに、フレアは「チッ」と強く舌打ちをしてから、頭をガリガリと掻いた。

「そりゃあ認めたくもねぇだろうがよ。……イノセに、他に好きな奴がいる……なんてよ」

 フレアの言葉に、リアスは小さく笑って、「それもそうね」と言った。
 それから目を逸らして窓の外に向け、続けた。

「まぁでも……その好きな奴、ってのが……リートとも限らないけどね」
「……どういうことだ?」
「さ、もう寝ましょう。明日も早いから」
「あっ、おい!」

 答えをはぐらかすリアスに対し、フレアは怒鳴る。
 それにリアスは笑いながらも、内心で続けた。
 ──だって、彼女にだって……リートと出会うまでの人生がある。
 ──元いた世界に好きな人がいたり……案外、この世界にいる人だったりするかもしれない。
 もやもやした気持ちがありながらも、どこか面白いことが起こりそうな気配に期待を抱きながら、リアスは部屋の灯りを消した。

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