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第4章:土の心臓編

069 会いたい

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「それじゃあ、二人組を作って下さい」

 どこからか聴こえた声に、私はハッと顔を上げた。
 そこは高校の体育館で、声のした方には体育の先生がいた。
 ジャージを着た先生の言葉に、生徒達は皆、各々で仲の良い人に声を掛け、ペアを作っていく。
 ありふれたその光景を尻目に、私は静かに俯いた。

 今までロクに友達などいなかった私にとって、この時間は一番の苦行だった。
 私に友達がいないという事実を嫌でも思い知らされ、尚且つクラスメイトの皆にも知らしめさせられるこの時間。
 周りから聴こえる笑い声が、私を嘲笑っているように感じる。
 どこかコソコソとした感じの話し声が、私を貶しているように感じる。
 早く……早く、終われ……早く……!

「いっ……猪瀬……さん……?」

 その時、名前を呼ばれた。
 ハッと顔を上げると、そこには……クラスメイトの最上友子が立っていた。
 長い前髪で目元が隠れた彼女の顔に、私は状況が理解出来ず、しばらく固まってしまった。
 彼女は彼女で、それ以降何も話さないので、しばらく沈黙が流れる。
 すると、先生がパンパンと手を叩いた。

「じゃあ二人共座って~。はい、これで皆ペアを作れましたね~。それじゃあ今日やることは……」

 先生はそう言いながら、今日やる授業の内容について話し始めた。
 私は腰を下ろしながらその声を聴きつつ、隣にいる最上さんに視線を向けた。
 彼女は体育座りをして俯いており、何やら気まずそうな表情を浮かべている。
 同じクラスになったばかりで、彼女のことはあまり知らないけど……確か、去年からイジメを受けている子、だった気がする。
 これまた今年から同じクラスになった東雲って生徒からイジメを受けているみたいで、クラス内でも腫れ物のような扱いを受けていた。
 ……まぁ、腫れ物扱いは私も同じだけど……。
 多分、私も最上さんも友達がいないから、余った二人で組まされたのだろう。
 余り物同士、腫れ物同士……そう考えると、案外お似合いの二人かもしれないな。私達は。

 そんな風に考えていると、先生の説明が終わり、早速運動を始めることになった。
 今日やる授業はバレーボールで、今からペアでボールを使って練習をすることになる。
 すでにほとんどのペアがボールの入ったカゴに群がっており、何組かは場所取りに入っていた。
 私達にその中に入る勇気は無かったので、しばらく様子見をして人が少なくなるのを待つことにした。

「……ご、ごめんね……い、猪瀬さん……」

 すると、最上さんがそう謝ってくるのが聴こえた。
 それに私は驚き、「へ?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。
 彼女はそれに俯いたまま、続けた。

「わ、私、なんかと……組むことに、なって……」
「……いや、別に嫌じゃないけど……?」

 急に謝って来る最上さんに驚きながらも、私はそう言ってやる。
 すると、彼女はパッと顔を上げ「えっ……?」と聞き返してきた。
 まぁ、イジメを受けている彼女と一緒にいるといじめっ子達に目を付けられるかもしれないので、出来ればあまり一緒にいたくない相手ではある。
 でも……と、私は頬を掻きながら続けた。

「私も一緒に組む人いなかったし……声掛けてくれて、助かったよ」
「いや、そ、れは……せ、先生に、頼まれた、から……」
「でも、私が助かったのは事実だよ」

 そう話していた時、カゴの周りにいた人達が、大分少なくなってきたのを感じた。
 私はカゴの元に歩いて行き、底の方にあった、少し小汚いボールを一つ掴んだ。
 両手で抱えるようにそれを持って、私は最上さんの元まで歩いて行くと、彼女にボールを軽く差し出しつつ続けた。

「ホラ、早く練習始めよう。……グダグダしてると、東雲さんに睨まれそうだし」

 最後の方を小声で言いながら、私は最上さんを促して、空いている場所まで歩き出した。

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 ギシッ……とベッドが軋むような音に、私は重たい瞼を開く。
 月光だけが照らす暗い部屋の中で、私の上に馬乗りになる影が一つあった。

「ッ……!?」

 予想外の出来事に、私は目を見開いた。
 すると、目の前にいる影は「あら?」と口を開いた。

「目が覚めちゃった? 完全に寝てると思ったんだけど……耐性でも出来たのかしら?」
「この声……リアス? なんでこんな所に……」

 そう言いながら体を起こそうとした時、体がまるで金縛りにでもあったかのように動かなかった。
 どれだけ力を込めても動かない体に驚いていると、リアスが小さく笑ったのが聴こえた。

「……フフッ、どうやら体の自由は効かないみたいね。それなら大丈夫。問題無いわ」

 言いながら私の顔の横に手をつき、完全に私の上に覆いかぶさって来る。
 何が問題無いんだ……と思っていると、右手に誰かの手が重なり、ゆっくりと指が絡められていくのを感じた。
 驚く間も無く、キュッと強く手を握られ、耳元に口を寄せられた。

「大丈夫……怖がらなくて良いの。初めてかもしれないけど、優しくしてあげるから」
「り、リアス……? な、何を……」
「そんなに緊張しないで、力を抜いて……私に身を委ねて……」

 言葉と同時に、彼女の手が私の服の下に潜り込んで来る。
 暗いから、彼女がどんな表情なのかも、今どういう状況になっているのかもサッパリ理解出来ない。
 ただ、自分がこれから何をされるのかということだけは理解出来た。

「こ、こ、こういうことって……好きな人とやるものなんじゃないの……!?」

 咄嗟に、そう声を上げる。
 すると、私の体をまさぐっていたリアスの手が、ピタリと止まった。
 困惑していると、彼女は少し間を置いてから、小さく笑った。

「……好きよ」
「……へっ?」
「イノセのこと。……私は好きよ」

 想像もしていなかった言葉に、私はしばらくの間言葉を失った。
 何とか思考を巡らせた結果、一つの結論に至り、私は溜息をついた。

「……これ、どういう罰ゲーム?」
「……ばつげーむ?」
「どうせ、リートとフレアと三人で、何か悪ふざけでもしてるんでしょ? 罰ゲームで告白とか、私のいた世界でもよく……」
「何をしておる!」

 私の言葉を遮るような声がしたかと思うと、突然どこからか火の球のようなものが飛んで来た。
 高速で飛んで来たそれを、リアスはすぐさま水の球を放つことで応戦する。
 突然のことに驚いていた時、パッと部屋の電気が点いた。
 すると、そこには壁際でこちらに手を向けて立っているリートの姿があった。
 彼女はリアスを見ると、ギョッとした表情を受かべた。

「リアス……お主、ここで何を……!」
「何って、見て分かる通り、イノセとこれから愛のまぐわいをしようとしているのだけれど……」
「それが問題じゃと言っておるのじゃ!」

 声を荒げながら、リートはリアスの腕を強引に引っ張ってどかそうとする。
 しかし、リアスは特に表情を変えることなく微動だにしないでそれを見ていた。
 あまり力が強そうには見えないけど……リートの力が弱すぎるのか?
 そう呆れていると、部屋の扉が開いた。

「おい、お前等こんな時間にうるせぇぞ……何してんだ?」

 寝ぼけまなこを擦りながらフレアはそう言いつつ、部屋を見渡した。
 彼女は私達の状況を見ると途端に表情を変え、「おいッ!」と声を荒げながら、大股でこちらまで歩いて来た。

「お前何してんだッ!」
「だから、イノセと愛のまぐわいを……」
「はぁッ!? ちょっとこっち来いッ!」

 フレアはそう言うと、リアスの腕を引っ張り、ほとんど引きずるようにして部屋から出て行った。
 あの二人だけだと心配だったのか、リートはすぐに二人の後を追おうとして立ち止まり、こちらに振り向いた。

「イノセ、奴に何もされてはおらぬか?」
「えっ……あ、うん……ちょっと体触られただけ」
「何!? どこを触られた!?」
「ホントにちょっとだから大丈夫だって!」

 やけに過剰に反応するリートに驚きつつも、私はそう答えた。
 すると、彼女はしばらく不安そうにしていたが、やがて小さく溜息をついて「分かった」と答えた。

「妾はリアスを叱ってくるから……お主は気にせずに眠っておけ」
「え、でも……」
「奴隷に拒否権は無いぞ」

 ビシッと指差して言うリートに、私は言い返すことも出来ずに、降参の意を示すように両手を挙げて見せた。
 すると、彼女はどこか満足そうに頷くと、部屋の電気を消して出て行った。
 窓から差し込む月光をぼんやりと眺めつつ、私は仰向けに寝転んだ。

 ここはリブラの隣にある、ミラーゼという国の、さらにその隣にあるレルギーという国との国境線沿いにあるスターゼという町の宿屋の一室だ。
 今日の朝にリブラを出発し、一日かけてここまで来た。
 タースウォー大陸は、西の方は砂漠地帯になっているが、東の方は荒野や森になっているらしい。
 ミラーゼとレルギーの国境線がその地形の差になっており、泊まっている部屋の窓からは遠くに月光に照らされた荒野が見えていた。
 明日からは徒歩の移動になる為、しっかりと寝て体力を蓄えておかなければならない。
 リアスの方も気になるが、まぁ、フレアとリートに任せておこう。
 気持ちが落ち着いたところで、ようやく、先程まで見ていた夢を思い出す。

 ……なんで今になって、日本にいた頃の、友子ちゃんとの夢なんて見たんだろう。
 リアスの時と言い、最近、友子ちゃんに会いたいという気持ちが強くなっているのだろうか。
 そりゃあ人生で初めて出来た友達だし、ロクに話さないまま出てきてしまったから、会いたいという気持ちはある。
 しかし、今はリートの奴隷をやっているため、それは叶わない。

「……会いたいなぁ……」

 ぼんやりと暗闇を見つめながら、ポツリと、私はそう呟いた。
 その声は、暗闇の中に溶けていくように消えていった。
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