命を助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました

あいまり

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第3章:水の心臓編

063 リアス②

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「私の名前はリアス。……ねぇ、貴方の名前を教えてくれる?」

 そう言って、リアスはクスッと柔らかい笑みを浮かべた。
 深海のように青く澄んだその目に見つめられると、なんだか引き込まれるような、不思議な感覚がした。
 目を逸らしたくとも、彼女の手によって顔が固定されているのもあり、上手くいかなかった。

「いっ……猪瀬こころ、です……」

 ほぼ反射的に、私はそう答えた。……答えてしまった。
 すると、リアスはフッと目を細め、「変わった名前ね」と答えた。
 彼女は私の顎から手を離すと、その手でツー……と私の首筋をなぞり、服の上から私の胸を軽く撫でた。

「ッ……」

 彼女の妖艶な手つきに、私は息を詰まらせながら、軽く肩を震わせた。
 くすぐったいというか、何と言うか……変な感覚だった。
 背筋にゾクゾクとした何とも言えない感覚が走り、羞恥心が込み上げる。
 咄嗟にその手を払おうと腕を動かそうとしたところで、両手が固定されていることに気付く。
 首を動かして視線を向けると、氷のような手枷が両手足と胴体にはめられており、壁に磔にされているような状態になっていた。

「……あの、この状況は、一体……?」

 私はそう聞きながら、目の前にいるリアスに視線を戻した。
 すると、彼女は私の目を見てフッと柔らかい表情を浮かべて、「知りたい?」と聞き返してきた。

「いや……知りたい、というか……その……」
「私がなんで、どうやって貴方をこの場所に呼び出したのか……」

 彼女はそう言いながら片手を私の肩に置き、なぞるように腕に手を這わせて来る。
 突然の密着に驚き、私は咄嗟に目を逸らす。

「ここはどこで、私が何者で……貴方をどうしようとしているのか……」

 言いながら、彼女は私の背後にある壁にもう片方の手を添え、さらに顔を寄せて来た。
 まるでキスでもするのではないかと言うようなその距離感に、私は反射的に身を強張らせ、息を詰まらせる。
 逸らしたはずの目は、気付けば間近にいるリアスに固定されていた。
 彼女はそれにクスッと小さく笑い、さらに私に顔を近付け……私の耳元に、口を寄せた。

「……知りたい?」
「ッ……!?」

 吐息混じりに囁かれたその言葉に、ビクンッと肩が勝手に震えた。
 リアスの吐息が私の耳をくすぐり、その感覚に驚いたのだ。
 気付けば私の胸に彼女の豊満な胸が当たっており、柔らかい双丘が押し潰されている感覚を味わいながらも、私は小さく口を開いた。

「し……知りたい、です……」
「……そう」

 私の言葉に、リアスはそう言って笑うと、スッと私から体を離した。
 突然の密着に動揺したのか、バクバクと心臓が激しく高鳴る。
 ずっと息を止めているような状態だったために呼吸も荒く、僅かに肩を震わせながら、私は呼吸を繰り返した。
 火照った顔が外気によって冷まされるのを感じていると、リアスは私を見て緩く笑みを浮かべ、ゆっくりと続けた。

「それじゃあ、まずはここがどこか、だけど……どこだと思う?」
「えっ……と……」

 突然質問を投げ掛けられ、私は驚きながらも、なんとか思考を巡らせる。
 軽く辺りを見渡してみても、この部屋は殺風景な場所で、手がかりになりそうなものは少ない。
 精々……壁に出来た出っ張りの上にある、リートの心臓くらい、しか……。

「……ダン……ジョン……?」
「えぇ。正確には、ダンジョンの最奥にある部屋、だけど……」
「……それって……まさか……!」

 リアスの言葉に、私はそう呟きながら、僅かに目を見開いた。
 すると、彼女は満面の笑みを浮かべて、「えぇ」と頷いた。

「私がこのダンジョンで心臓を守っている守り人、ってわけ。……驚いた?」
「なっ……なんで、私が、ダンジョンに……」
「自分からここに来たんじゃない」

 クスクスと笑いながら言うリアスに、私は驚いて「えッ!?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。
 私がこのダンジョンに自分から来たとは、一体どういうことだ……?
 そもそもこのダンジョンの入り口は埋められていて、見つからないという話だったはずなのに。
 恐らく間抜けな顔をしているであろう私を見て、リアスは鈴の音のような笑い声を上げて続けた。

「フフッ……ごめんなさい、少し意地悪し過ぎたわね。自分からここに来たというよりは、貴方が自分からここに来るように私が仕向けた、と言った方が正しいわね」
「……どっちにしろ訳が分からないんですけど」

 サッパリ理解出来ない。
 リアスの言葉を噛み砕いてみると、私がこのダンジョンの最奥の部屋に自分から来るように、彼女が何かしらの手段を用いたということか?
 しかし、私にはこの場所に来るまでの記憶など無いし、彼女に何かをされた覚えも無い。
 困惑していると、彼女は手に水のようなものを纏わせた。

「私が水の心臓の守り人で、ここの上にある町が私の魔力から生まれた水をオアシスとして使っている、ということは知っているかしら?」
「あ、はい……知ってます」
「そう。つまり、貴方があの町で飲んだ水は全て、私が生み出した水に等しいということ」
「……?」

 リアスの言いたいことが理解出来ずに、私は首を傾げてしまった。
 私が飲んだ水が彼女によって生み出されたものだとして、それがどういう形で、私がこのダンジョンに来たことに繋がるのだろうか。
 不思議に思っていると、彼女は小さく笑った。

「私の生み出した水を生物が飲むと、一時的にではあるけど、その生物を操ることが出来るの。人間となると、平常時では体の支配が精一杯ではあるんだけど……眠っている時とかの意識が落ちている状態なら、ある程度の意識の支配も可能よ」
「ッ……」

 その言葉に、私は息を呑んだ。
 つまり、彼女の生み出した水を飲んだことによって、云わば一種の催眠状態になっていた……ということなのだろうか。
 この町に来てからも、昼食時や夕食時……リートに突き落とされた時など、水を口にする機会は多々あった。
 その水によって操られて、この部屋に呼び寄せられたということか。

 にわかには信じられない話ではあるが、そもそもここが異世界である時点で、私の常識など通用しない。
 それも踏まえて考えてみれば、一応辻褄が合う話ではある。
 ただ一つ、気になることがあるとすれば……──

「な、なんで……私を、ここに……?」

 ──私をここに呼び寄せた目的。
 それが、私にとって一番の謎だった。
 というか、理解出来ない。私をここに連れてきて、彼女にとって何になると言うのだろう。
 不思議に思っていると、リアスは少しキョトンとした表情を浮かべた後、すぐにフッと笑みを浮かべながら口を開いた。

「そんなの……リートを困らせる為に決まっているじゃない?」
「……っへ?」

 当たり前のことのように言うリアスに、私は素っ頓狂な声で聞き返した。
 私を攫ったら、リートが困る? なんで?

「町の中にある水を通して三人のことを観察させて貰ったんだけど、貴方は三人の中で中心的人物みたいだし、何より二人共貴方のことを凄く大切にしているみたいだったから。まぁ、他の二人には私の魔力が通用しなかった、っていうのもあるけど……」
「ちょっ、ちょちょっと待って下さいよ!」

 平然と続けるリアスの言葉を、私は反射的に遮った。
 これまたキョトンと目を丸くしてこちらを見てくるリアスに、私は少し間を置いてから、続けた。

「わ……私をここに呼び寄せることで、リートが困るって……どういうこと、なんですか……?」
「……? 何が言いたいの?」
「いや、その……私がいなくても、あの二人は別に困らないと思いますよ? 元々私とリートの二人で旅していたようなものですし、今はフレアがいるから、私がいなくても戦力的には二人だった頃と変わりませんし……」

 そこまで言って、自分がやけに饒舌になっていることに気付いた。
 ……まるで、このことについてずっと一人で悶々と考えていたことが、露呈してしまったみたいだな。
 自嘲のようにそんなことを考えながら、私は溜息をつく。
 リアスはそんな私の言葉に、呆けたような表情を浮かべながら首を傾げた。

「……? 私が言ってるのは、戦力とかの話じゃなくて精神的な方面での話なんだけど……」
「え、どういう意味ですか?」

 的を得ないような曖昧な言葉に、私はつい聞き返す。
 すると、リアスは顎に手を当て、考え込むような間を置いた。
 それから何かに気付いたような素振りをして、口を開いた。

「もしかして、貴方って……」
「イノセッ!」

 リアスの言葉を遮るような大きな声が、部屋の中に響き渡った。
 それに視線を向けた私は、そこにいた声の主を前にして、目を丸くした。

「リー……ト……?」

 そこには、両膝に手をつきながら、荒い呼吸を繰り返すリートの姿があった。
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