命を助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました

あいまり

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第3章:水の心臓編

060 考えるまでも無い

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「──きろ! フレア! 起きろ!」

 そんな声と共に頬をペシペシと叩かれ、フレアは重たい瞼を開いた。
 すると、目の前には血相を変えて顔を覗き込んでくるリートがいた。

「あ゛……? リート? ンな顔してどうしたんだよ」
「イノセがおらんのじゃ!」
「はぁ?」

 起きて早々によく分からないことを言うリートに、フレアは間の抜けた声でそう聞き返した。
 リートはそれにムッと不満そうな表情を浮かべ、すぐにフレアの体を強引に起こし、こころが寝ていたベッドを指さした。
 しかし、そこには誰もおらず、少し乱れたシーツと掛け布団だけが置いてあった。

「……トイレとかじゃねぇの?」
「部屋中探してもおらんのじゃ。部屋の鍵は開いておったし、外に出てから帰って来とらんのかもしれん」

 どこか不安そうな面持ちで言うリートに、フレアはその言葉を吟味するような間を置いた。
 しばらくしてから小さく息をつき、立ち上がる。

「……出て行ったんじゃねぇの? 単純に」
「なッ……何をッ……!」
「普通に考えりゃそれしかねぇだろ。……アイツ、誰かに攫われるようなヤワな奴じゃねぇし、大体そんな奴等が侵入してきたなら俺等だって気付くだろ。……自分から出てったって考えるのが妥当じゃね」
「い……イノセは出て行くような奴では無い!」
「お前はイノセの何を知ってんだよ」

 あっけらかんとした口調で言うフレアに、リートはグッと口を噤んだ。
 それにフレアは溜息をつき、こころが寝ていたベッドを見つめながら、続けた。

「……ま、出て行った理由なんて、考えるまでも無いだろ。……俺達、アイツに迷惑しか掛けてねぇしな」
「……イノセは妾の奴隷じゃぞ。逃げるわけが……」
「つっても、一応の契約結んだだけの関係だろ? 逃げ放題じゃねぇか」

 フレアの言葉に、リートはグッと唇を噛んで、目を伏せた。
 それにフレアは嘆息しつつ、ベッドの横の棚に置いていたヌンチャクを手に取り、トントンと肩を叩きながら続けた。

「……んじゃ、探しに行くか。イノセを」
「……間に合うのか?」
「アイツには金が無いんだから、移動手段は徒歩一択だろ? オマケに町の外は砂漠で、闇雲に走り出して飛び出すのは流石に命知らず過ぎる。……イノセはそこまで馬鹿じゃねぇ」

 その言葉に、リートはハッと顔を上げた。
 彼女の反応に、フレアはシシッと笑い、続けた。

「多分、アイツはまだ町の中にいる。さっさと見つけて出てった理由を聞いてやろうぜ? ……んで、理由によっては一発ボコす」
「……あまりやり過ぎるでないぞ。お主のやり方は痛々しいから」
「へぇへぇ」

 リートの言葉を適当に流しつつ、フレアはすぐに部屋を出た。
 それにリートも続き、二人で宿屋を後にした。
 すると、町が何やらザワついていることに気付いた。

「何じゃ? 何やら騒がしいのぉ」
「……あっちから声がすんな」

 フレアはそう言って、特に騒めきが大きい辺りを指さした。
 それに、リートは指差された方角に視線を向けた。
 早くこころを探さなければならない手前、このようなものは無視した方が良いのかもしれない。
 しかし、こころの手がかりがあるかもしれないと判断したリートは、すぐにフレアの腕を掴んだ。

「行くぞ。イノセの手がかりがあるかもしれん」
「おっ……おぉ!」

 リートの言葉に頷くと、フレアはすぐに声のする方に向かって駆け出した。
 それに、リートもフレアの腕を掴んだまま同じように走り出す。
 ……が、少しすると息を切らし始め、騒めきの中心に辿り着く頃にはヒューヒューと死にかけのような呼吸に変わっていた。

「……体力無さ過ぎだろ、マジで」
「そんな、こと……今更、じゃ……それより……一体何が……」

 途切れ途切れのその言葉に、フレアはすぐにリートの肩を抱く形で体を支え、人ごみの間を抜けながら騒ぎの中心に近付いた。
 やがて人ごみが開け、騒めきの元凶を目の前にした瞬間、二人は目を見開いた。

「こ、これは……」
「危ないので近付かないようにして下さい!」

 さらに近付こうとした時、間に入って来た青髪の青年が、そう言って両手を広げた。
 それにリートは顔を顰めつつ、青年の体の隙間からソレを見た。

 それは、地面に出来た巨大な穴だった。
 否、穴というよりは、亀裂といった方が正鵠を得ているかもしれない。
 横幅が人一人通れるくらいはある為に穴のようにも見えるが、縦の長さと地面の断裂面から察するに、それは亀裂だった。
 すでに土魔法での修復が開始しているため、元々どのような形状だったのかは定かではないが、それでもそれが亀裂であったことは明らかだった。

「……奥にダンジョンの気配があるのう」
「あぁ、あるな」

 穴を見つめたまま、二人はそう呟く。
 共通の心臓故に感じることの出来る道筋が、亀裂の奥へとずっと続いていた。
 しかし、リートはしばらく目を凝らして、別のものに気付く。
 彼女はすぐにペシペシとフレアの体を叩き、亀裂を指さした。

「あそこ……地面が焦げてはおらぬか!?」
「えっ……?」
「ほれ、あそこじゃ!」

 リートはそう言いながら、亀裂の近くの地面を指さした。
 言われてみれば、確かに亀裂に近い部分の地面が黒く焦げており、変色しているのが伺える。
 それを見て、フレアは僅かに目を見開いた。

「なるほど……火属性によるものってわけ」
「そしてこの亀裂……恐らく、剣のような刃物であろう」
「火属性の魔力を使えて、剣を使っていて、この町にダンジョンがあることを知っていて、こんだけの穴を空けられる奴……ねぇ……」

 リートの伝えたいことを把握したフレアは、そう呟きながら目を細めた。
 この条件を満たせる上に、現在この場にはいない人間を、二人は知っていた。
 フレアはすぐに大きく溜息をつき、小さな声で続けた。

「どうすんだ? すでに町の奴等が埋め立て始めてっぞ」
「お主の火魔法で隙を作れ。その間に妾が飛び込む」
「っはは……無茶言いやがるな」

 引きつった笑みを浮かべながら言うフレアに、リートはキョトンとした表情を浮かべ、「出来ぬのか?」と聞き返した。
 それに、フレアは一度溜息をつき、手に炎を纏わせた。

「余裕だっての!」

 そう言うのとほぼ同時に、フレアは土魔法で修復作業を行っている人間に向かって火の球を放った。
 真っ直ぐ飛んだ火球は、作業中の人間の近くに着弾すると爆発する。
 爆発自体に攻撃力はほとんど無かったが、それによって地面の砂が舞い上がり、砂埃が湧き立った。
 人々の視界が奪われている間に、リートは地面を蹴って亀裂の元に駆け寄り、滑り込むようにしてそこからダンジョンへと侵入した。

 人一人通れるほどの穴は、華奢なリートの体であれば余裕で通り抜けることが出来た。
 亀裂を抜けると数メートル下には広い空間が広がっており、すぐに宙に体を投げ出されるような体勢になる。
 地面は固い岩で出来ているようで、下手すればそのまま打ち付けられて怪我をしてしまう。
 リートはすぐに掌に火魔法の魔力を込め、地面に向かって突き出した。

放射レイオネメントッ!」

 叫ぶと同時に、両手から炎が噴出された。
 勢いよく噴出された炎は地面にぶつかり、リートの落下速度を和らげる。
 それと同時に、地面にぶつかった炎がすぐに蒸発し、凄まじい速度で水蒸気へと変わっていった。
 白い水蒸気によって視界が奪われていく中で、リートは何とか身を捩り、受け身を取って地面に着地した。

「ッ……ここは……」

 地面に軽く打った箇所を擦りながら、リートは辺りを見渡す。
 先程生まれた水蒸気は徐々に晴れていき、視界が明瞭になっていった。
 すると、天井に出来た亀裂から、フレアが落下してきた。

「あぶねぇぞリート!」
「……おっと」

 落ちて来るフレアの言葉に、リートはすぐに数歩後ずさり、着地地点を作った。
 すると、ちょうど先程までリートがいた場所に、ダンッ! と大きな音を立てながらフレアが着地した。

「ッつぅ……! ……ここは……?」
「……ダンジョン、じゃな……」

 リートはそう言いながら、辺りを見渡した。
 澄んだ青色の岩で囲まれた通路に、遠くに見える魔物の影。
 紛れもない、水の心臓のダンジョンである事実に、二人は表情を引き締めた。

***

 深海のように真っ青な岩で囲まれ、所々には小さな池のような水溜まりの出来た部屋にて、奴は壁に凭れ掛かって目を瞑っていた。
 奴の隣にある壁に出来た少し大きな出っ張りには、群青色の澄んだ輝きを放つ、ラグビーボールのような歪な形をした石が乗っている。
 まるで生きているかのように、ドクンッ、ドクンッ……と怪しく脈打つソレの音を聴いていた時、その音に重ねるように、脈音が増えたのだ。

「……」

 室内に増えた脈音に、奴はソッと瞼を開く。
 しばらく耳を澄ませた奴は、その脈音が聴き間違いではないことを知ると、その目を細めて口元に緩く笑みを浮かべた。
 それから、壁からゆっくりと体を離し、壁のとある一点に向かってゆっくりと歩き出す。

「彼女達、来たみたいね。思っていたよりも早かったかも」

 小さく呟くような奴の言葉に、答える者はいない。
 しかし、奴は特に気にする素振りも見せず、クスッと小さく笑って「愛されているわね、貴方」と言いながら、目の前にいる“彼女”に手を伸ばした。

 壁に磔にされるように両手を氷で固定され、瞼を固く閉じたまま動かない、白髪の彼女。
 奴の白魚のような手はソッと彼女の頬に触れ、輪郭をなぞるようにスーッ……と下りていく。
 頬から下りた指は、そのまま首筋を伝い、胸元まで下りて行く。
 しかし、少女はそれに瞼を瞑ったまま、ピクリとも動かなかった
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