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第3章:水の心臓編

053 そういう関係

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 眩しい光が目に当たるのを感じ、私はゆっくりと瞼を開いた。
 木漏れ日と言うやつだろうか。目の前には木の葉が広がっており、葉っぱの隙間から零れるように、日の光が差し込んできていた。
 どうやら、夜が明けて朝が来たらしい。
 私は目に当たる光を手で遮りつつ、現状を把握すべく脳味噌を回転させた。

 さて。どうして私は、リートに膝枕をされているのだろうか。

 昨日の見張りの際に、眠れない様子のリートに声を掛け、焚火を前に二人で色々と話していたことは覚えている。
 まぁ、色々言い争いをしたりもあったが、それ以外は特に何事も無く見張りを終えた。
 見張りの順番はフレア、私、リートの順だったので、恐らくリートに見張りを任せて眠りについた……はずだ。

 なんていうか、記憶が曖昧だ。
 ぶっちゃけリートとやんややんやしていた時以降から記憶は朧気で、彼女と交代した時や眠りにつく際の記憶に至ってはほとんどない。
 ただ、物凄く眠かったことは、なんとなく覚えている。
 恐らくだが、ほぼ気を失うような感じで寝てしまったのだろう。
 そこまではなんとなく分かったが、問題はリートだ。
 なんで彼女は私に膝枕をしており、しかも見張りのはずなのに、今こうして目の前で居眠りをしているのだろう。

 ……いや、うん。結局彼女も眠気がピークに達したのだろう。
 私に膝枕をしたまま、コックリコックリと船を漕いでしまっている。
 その動きに合わせて彼女の長い黒髪が揺れ、私の顔をくすぐる。
 長髪の隙間に見えるあどけない寝顔に呆れつつも、流石にこのままではまずいと判断し、私はこの場を脱することにした。

 ひとまずリートを起こさないように慎重に体を起こし、一度その場を離れる。
 すると、少し離れた場所にある落ち葉の簡易布団にて、フレアがいびきを立てながら爆睡しているのが目に入った。
 ……彼女は彼女で、よくあそこまで熟睡できるものだ。
 内心でそう呆れつつ、私はリートに体を向けた。

 元々体力のない彼女は、もうしばらくはこのまま眠らせてやった方が良いだろう。
 どうせ今日も長距離移動を行うことになるのだし、ほとんど私が運ぶようなものとは言え、体力は使う。
 そのことを考えると、もうしばらくは寝かせてやった方が良いが……流石にこの体勢のままではいけない。
 今ならあの簡易布団の上でも熟睡できるだろうと判断した私は、リートをそこまで運ぶことにした。

 相変わらずうたた寝中の彼女の肩に手を添え、起こさないようにゆっくりと後ろに倒していく。
 それからもう片方の手を膝の裏に回し、ゆっくりと持ち上げた。
 さっさと運んでしまおうと立ち上がっていた時、彼女の寝息が止んだことに気付いた。

「あっ……起きた?」
「……」

 私の言葉に、リートはゆっくりと瞼を開き、緩慢な動きで私を見上げた。
 それから数度瞬きをした彼女は、私の顔を見つめたまま、首を傾げた。

「イノセ……? 何をしておる……?」
「お、おはようリート。……とりあえず下ろそうか?」

 私の言葉に、リートはまたパチパチと瞬きをしてから、視線を私とは反対の方向に向けた。
 それからもう一度私の顔を見て、抱き上げられている現状に気付いたのか、カッと目を見開いた。
 かと思えば、私の首に腕を回し、ギュッと抱きつくように力を込めてきた。

「な、なな何じゃこの状況は!? 敵襲か!?」
「違ッ……リートが座ったまま寝てたから! 寝床まで運ぼうとしてただけ!」
「何ッ……!?」

 そこまで言って彼女は言葉を詰まらせ、昨日起こった出来事を思い出したすように、しばらく考え込む。
 しばらくして全てを思い出したのか、彼女は羞恥心から一気に顔を赤くして、目を逸らした。
 彼女の反応にどうすれば良いのか分からず、迷っていた時だった。

「くはぁ……んんッ……朝からうるせぇなぁ。何やって……」

 欠伸をしながら体を起こしたフレアは、私とリートの状況を見て、ピクッと動きを止めた。
 いや、まぁ、仕方無いか。
 俗に言うお姫様抱っこでリートを抱きかかえたままの私。
 頬を赤らめて私の首に腕を絡めているリート。
 うん。明らかに誤解を招く状況だ。

「……何やってんだ? マジで」
「あ、いや、何でも無いよ!」

 呆れた様子で言うフレアに、私はそう答えながらリートを下ろした。
 地に足を付けたリートは、未だに頬を赤らめたままで、隠すように口元を手で覆いながら顔を背けた。
 しかし、すでにフレアには顔を見られている為に、その行動はあまり意味が無かった。

「あーっと……二人はすでにそういう関係で?」
「本当に何でもないから。変な誤解しないで」

 苦笑気味に言うフレアに、私はそう言っておく。
 すると、彼女は頭をガリガリと掻きながら大きく溜息をつき、「朝から何やってんだか」と呆れた様子で呟いた。
 ……否めない。

「それより、朝飯とかの準備しねぇのか? 先を急ぐんだろ?」
「あ、あぁ……そうだね。何食べようか」
「……魔物の肉は嫌じゃぞ」

 私とフレアの会話に、リートがそう言ってきた。
 まぁ、彼女の意見には賛成かな。
 朝から肉は重いし、何より朝っぱらからあんな不味い物食べたくない。
 ……あぁ、思い出しただけで吐き気がしてきた。

「私もリートの意見に賛成。……でも、森の中って他に食べ物とかあるのかな?」
「その辺に生えてる木の実でも採ってくりゃ良いだろ。毒とかあっても、まぁ俺達なら死なねぇだろうし」
「……妾は下手したら死ぬのだが?」

 フレアの言葉に、リートがそう呟いた。
 それに、フレアは「あ、忘れてたわ。ワリィワリィ」と軽い口調で謝った。
 ……おいおい、朝から喧嘩なんて止してくれよ……?
 この言い方はわざとではないのかもしれないが、リートの反感を買う可能性は十分にある。
 早めに止めるべきかと思い、構えていた時だった。

「そうか。……次からは気を付けるのじゃぞ」

 リートはそれだけ言うと、荷物の整理をする為に、野宿をしていた場所の方に歩いて行った。
 それに、私は肩透かしにあったような気分になり、その場に立ち尽くした。
 ……拍子抜けというのは、このような状態を言うのかもしれない。
 仲裁の為に身構えていた分、それが不発に終わったことにより、なんか妙な感覚がする。
 フレアも喧嘩をする気満々だったのか、キョトンとした表情でリートを見つめていた。
 ……って……。

「ねぇ、フレア。あれってやっぱり挑発だったの?」
「は? ンなわけねーだろ」
「でも、リートの反応に拍子抜けしてるっぽかったから……」
「いや……アイツのことだから、『絶対わざとじゃろ!』とか言って怒ってきそうだなぁとか思ってたからよ」
「なるほど……てか、声真似上手いね?」

 フレアの言葉に、私は咄嗟にそう返した。
 いや、だって本当に上手だったんだもの。
 私の言葉に、フレアはパッと明るい笑みを浮かべ「そうかっ?」と聞き返してきた。

「分身だからかな? これくらいなら、割と余裕で出来るぞ」
「へぇ……何か他にも言ってみてよ」
「そうだなぁ……『奴隷に拒否権は無いぞ? イノセ』」
「あははっ、ソックリ!」

 フレアの声真似にそう笑っていた時、クイクイと袖を引っ張られた。
 顔を向けると、そこにはリートが立っていた。
 彼女は私の袖を摘まんだまま、続けた。

「準備も終わったし、もう行くぞ。木の実は、イブルーに向かう道の中で探そう」
「あ、うん……!」

 リートの言葉に私は頷き、彼女に促されて歩き出す。
 視界の隅でフレアが付いて来るのを確認していた時、リートが私の袖を握る力を強くして、続けた。

「と、ところで、イノセ……?」
「ん?」
「その……フレアと喧嘩、しなかったぞ?」

 何を言っているんだ? と一瞬思ったが、すぐに昨夜の彼女とのやり取りを思い出し、私はハッとした。
 まさか、彼女は……昨晩の約束を守ったということか?
 私の予想に応えるように、リートはまるで、何かを期待するかのような目でこちらを見上げてきている。
 あの善処するという言葉は、その場しのぎの口約束でも無かったのか。

「……偉い偉い」

 驚きを隠しつつ、ひとまず私は、そう言いながらリートの頭を撫でてやった。
 すると、彼女は驚いたように目を丸くしたが、すぐに気持ちよさそうに目を細めて受け入れた。
 ……流石に子供扱いし過ぎたかと危惧したが、喜んでくれているようで何よりだ。

「……やっぱお前等、そういう関係なんじゃねぇの?」

 その時、私の隣に並んだフレアが、そう言いながら私の手元を覗き込んできた。
 彼女の言葉に、私はパッとリートの頭から手を離しながら、「何言ってんの!?」と反射的に聞き返す。
 すると、彼女は私とリートを交互に見てから小さく笑みを浮かべ、「いや」と口を開いた。

「俺の勘違いだったみてぇだわ。……気にすんな」
「いや、気にするなとか言われても……」
「っつーか腹減ったし、さっさと食い物探しに行こうぜ~」

 フレアは気怠そうな口調でそう言いながら、頭の後ろで手を組んだ。
 そんなこんなで、私達はイブルーへの道を歩き始めた。
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