上 下
43 / 204
第2章:火の心臓編

042 フレア②

しおりを挟む
「まだまだこれからだろ? ……なァ、もっと楽しませてくれよ」

 フレアはそう言うと、ヌンチャクを振り上げる。
 それに、私は右手でリートの体を抱きしめ、地面を蹴ってその場を離れた。
 しかし、すぐに足がもつれて、体勢が崩れる。
 クソッ……視界がぼやけて、足もフラついて上手く走れない。
 転びそうになりながらも、私は必死に走ってリートの心臓の方に向かう。
 その時、マグマの龍がこちらに攻撃しようとしているのが見えた。

「……!?」
「イノセッ!」

 足を止めそうになった時、リートが体当たりを食らわせてきた。
 今の私にはそれに踏みとどまることすら出来ず、その場に尻餅をつく。
 しかし、それにより私とリートは先程いた場所を離れ、結果としてマグマの龍の攻撃を躱すことが出来た。
 私達がいた場所をマグマの龍が攻撃するのを眺めながら、私は大きく呼吸を繰り返す。

「はぁ……はぁ……」
「凄い血の量ではないか……無理をするな」

 言いながら、リートは私のこめかみの下辺り……目と耳の間の辺りに、ソッと指を当てた。
 すると、ピチャッと微かに液体の音がした。
 それに驚いていると、彼女はソッと指を離して、真っ赤な液体で汚れた自身の指を見つめた。

 あれは、私の血か……。
 ……血が、出ているのか……。
 冷静になって見てみると、殴られた箇所から流れ出ているであろう血は、輪郭をなぞるように私の顔を伝って落ち、服に染みを作っていた。
 では、このフラつきや視界の霞みは、貧血によるものだろうか……?
 オマケに先程から左腕に激しい痛みがあり、動かすことが出来ない。
 ……かなり、満身創痍……だな。

「チッ……やっぱこういう遠距離攻撃は慣れねぇわ。自分で直接攻撃した方がはえーな」

 すると、一人でブツブツと呟きながら、フレアがこちらに歩いて来るのが分かった。
 彼女はヌンチャクに炎を纏わせ、ブンブンと素振りのように振り回しながら、こちらを見てニヤリとほくそ笑んで続けた。

「おいおい、まさかこの程度で終わりとか言わねぇよなァ? こちとら、ずーっと長い間アンタと戦う日を待ち望んでいたんだからよォ」

 言いながら、フレアは炎を纏ったヌンチャクで近くにあった岩を殴った。
 岩はまるで豆腐のようにあっさり粉砕し、小さな欠片となって散らばる。
 それに言葉を失っていると、彼女は続けた。

「まっ、下層の魔物如きにやられそうになってた時点で、もしかしたらとは思っていたけどな……この程度の強さなら、助けなきゃ良かったか」

 その言葉に、私は僅かに目を見開いた。
 やはり、あの時のマグマの槍はコイツだったのか。
 彼女の言葉から察するに、三百年間リートと戦うことだけを楽しみに生きていたのだろう。
 そりゃあそうか。彼女はリートから心臓を守る為に……リートを戦う為だけに、生まれてきたのだから。
 で、そのリートが襲われそうになっているのを見て、助けたという感じか。
 なんとかそう思考していると、彼女はヌンチャクを振り回しながら、私達を見下ろした。

「ホラ、早く立てよ。まだまだこれからだろ?」

 彼女の言葉に、私はフラフラと立ち上がり、リートとフレアの間に立つ。
 それに、リートは「おい、イノセ……!」と言いながら私の服を掴んだ。
 彼女の手を離させていると、フレアはそれを見て「くはッ」と乾いた笑い声を上げた。

「まさか、アンタ……その魔女を庇ってんのか?」
「……」

 フレアの言葉に、答える余裕が無い。
 足が覚束なく、立っていることで精一杯だった。
 視界も安定せず、明瞭になる時もあればぼやける時もあった。
 そんな私を見て彼女はさらに大きく笑って、続けた。

「ンなフラッフラになってんのに、ご主人様の為に立ちはだかっちゃって……大層な忠誠心だなァ、おい」
「……忠誠……心……?」

 フレアの言葉に、私はそう呟く。
 痛みと貧血で思考が纏まらず、彼女の言葉も完全には理解出来なかった。
 ただ、忠誠心という言葉だけが、私の胸に引っ掛かった。

 私がリートを守ろうとしているのは、忠誠心からなのか?
 そもそも、私はなぜリートを守ろうとしている?
 こんなにフラフラになって、立っているのもやっとといった状態で、いつ気を失ってもおかしくないような状態。
 左手は激痛で言うことを聞かず、頭も殴られた箇所に激痛が走り、脈動に合わせてドクドクと疼く。

「……私は……」

 それでも私は、リートを守ろうとしている。
 理由は、忠誠心……では、無いと思う。
 彼女に忠誠を誓っているのかと言われると、私は違うと即答できる。
 しかし、それでも彼女の傍にいて、必死に彼女を守ろうとしている理由は……それは……──

「──私は……リートの、奴隷だから……ッ!」

 言いながら、私はリートを守るように、両手を広げた。
 左手に激しい痛みが走るが、関係無い。
 私は奴隷で、リートは主。私達を繋ぐ関係は、たったそれだけ。
 けど、周りに流されて生きてきた私には、それだけで十分だ。
 それ以上の理由は……いらない。

「……訳分かんねぇ」

 フレアはそう小さく呟くと、ヌンチャクを振り上げる。
 あぁ、確かに訳が分からない。
 今はただ、奴隷として主を守るだけだ。

「うおおおおおおおおッ!」

 叫びながら、フレアは私にぶつけるように、ヌンチャクを振り下ろした。
 それに、私はぼやける視界の中で何とかヌンチャクの動きを見切り、動かぬ左手を痛みに堪えながら振り上げて強引に受け止めた。
 すると、バキィッ! と乾いた音が鳴り響き、左腕に関節が増える。
 ただでさえ痛かった腕に、さらなる激痛が重なる。
 それだけでなく、ヌンチャクの纏っていた炎により、左腕が炎に包まれる。
 でも、それでも……私は引こうとは思わなかった。
 この程度の痛み、手足を失い、死を覚悟した時の痛みに比べれば百倍マシだ。

「……イノセッ!」

 その時、背後から声がした。あの時、私の命を救った声だった。
 何とか振り返ると、そこには青ざめた表情でこちらを見つめるリートがいた。
 彼女に気を取られた瞬間、左腕にさらに痛みが走った。
 ヌンチャクは新しく増えた私の関節にハマって、抜けない様子だった。
 フレアが必死に引き抜こうとするので、グリグリと動くヌンチャクのせいでさらに痛みが走る。
 それに顔を顰めていると、リートは続けた。

「お主が妾の奴隷だと言うのなら……妾は、お主に何をしても良いのか!?」
「ッ……! ……死なない程度なら……ッ!」

 リートの言葉に、私はそう叫んだ。
 脳裏に、マグマに落ちかけた私を心配するリートの姿がフラッシュバックする。
 彼女が何をする気なのかは知らないが、不思議と信頼出来た。
 すると、リートは私に向かって手を掲げ、口を開いた。

「……狂乱バーサークッ!」

 その声を聴いた瞬間、私の心臓がドクンッ! と強く脈打った。
 ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ! と、やかましい程の爆音が鳴り響き、体が熱くなっていく。
 視界が真っ赤に染まり、頭の中までもが熱くなるような気がした。
 熱にうなされているような感覚の中、頭の隅に、ずっと前に寺島と話した時の記憶が蘇る。

 あれは、自分が魔法を使えないから、魔法を主力にしている寺島に興味があって……なんとなく、魔法について聞いた時のことだった。
 その中で闇魔法による状態異常の話になって、色々な状態異常の内容について聞いていた時のことだ。

狂乱バーサークっていうのは、理性を失って防御力が半分まで下がる代わりに、一時的に相手の攻撃力が大幅に上がる状態異常だよ。でも、理性を失ってるから……これで仲間割れなんかを起こさせたりするんだ』

 その言葉を思い出した時、ブツッ、と……頭の中で、何かが切れた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:170pt お気に入り:143

売られて嫁いだ伯爵様には、犬と狼の時間がある

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:96

欲求不満の人妻

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

君と僕のガラクタだった今日に虹をかけよう

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:36

最強猫科のベヒーモス ~モフりたいのに、モフられる~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:1,713

処理中です...