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第2章:火の心臓編

040 無謀な下層攻略

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 襲い来る魔物から逃げ、中層から下層に行く頃には、リートの魔力も歩ける程度には回復していた。
 これなら下層攻略も楽勝かと思った私の油断は、水分補給を終えて下層に入っただけで打ち砕かれた。

「何だ、これ……」

 目の前に広がる光景に、私はそう呟く。
 下層には最早、通路という概念がほとんど無かった。
 通路の九割がマグマに沈み、陸地は僅かにしか存在していなかった。
 というか、ほとんど小島。
 人が五人程は乗れそうな余裕のある島もあれば、人一人乗るのがやっとといった感じの島もある。
 歩くというよりは、飛び移るといった方が正しいような移動をしなければならなさそうだった。

「……リート、この通路……」
「妾に行けるはずがなかろう」

 サラッと言い放つリートに、私はガクッとずっこけそうになる。
 オマケに、たまに魚のような魔物がマグマの上を飛び跳ねているのだが、その速度がまたかなり速い。
 あとは龍のような相貌をした魔物の影がマグマの中に見え隠れしたり、たまにアーチを描きながらマグマから出て来たりしている。
 ……ハッキリ言おう。無謀だ。

「リートの毒魔法で全滅させる、とかは……」
「……無理じゃな。流石に範囲が大きすぎるし、中層の時のように最後の力を振り絞って攻撃されたらひとたまりもないぞ」

 言いながら、彼女はヒラヒラと軽く手を振った。
 なるほど……では、毒魔法での殲滅も不可。
 石化魔法はリートへの負荷が大きすぎるし、このダンジョンのラスボスと戦うということも考えると使用はほぼ不可能。

「……私がリートを運んでこの小島をぴょんぴょん跳んで行く……?」
「しかないじゃろうなぁ」

 ふと呟いた言葉に、リートはそう答えた。
 しかしそうなると、突然襲われた際に対応できない。
 例のお米様抱っこでは体勢を崩した時に立て直しにくいし、おんぶやお姫様抱っこでは不意打ちに対応できない可能性がある。
 云々と考えていると、リートが私を見てパッと両手を広げてきた。

「イノセ、おんぶじゃ」
「はぁぁぁぁ?」

 当然の如く提案してくるリートに、私は怒気の籠った声でそう返してしまう。
 すると、彼女はムッとした表情で続けた。

「これでも妾は真面目に言っておるのだぞ?」
「いやいや、それじゃ私の両手が塞がって魔物からの攻撃に対処できないって」
「じゃから、お主は魔物の攻撃を躱して先に進むことに専念すれば良い。魔物は妾が何とかする」
「えぇ……」
「大丈夫じゃ。任せろ」

 そう言って胸を張るリートに、私は口を噤む。
 しかし、彼女の作戦以外にまともな作戦が無いのも事実。
 彼女は自分の魔法のことも、私の力のことも把握しているはずだし、私が一人で云々と悩むよりは成功率は高いか。
 納得した私はリートを背負い、マグマの海を前に深呼吸をした。

「……バランスとか取るのが大変だから、あまり暴れないようにね」
「らじゃ」

 小さく敬礼をしながら言うリートに笑いつつ、私は地面を蹴って、目の前にあった小島に着地した。
 人一人がようやく乗れるくらいの小さな小島なので、安心はできない。
 私はすぐに地面を蹴って、その奥にあった五人程が乗れる小島に乗る。
 その時、私を挟み込むように、マグマから龍のような姿をした魔物が二体、それぞれ左右から襲い掛かってきた。

「ッ……!?」

 私はすぐに小島の端まで駆け、地面を蹴って次の小島に着地する。
 直後、背後で龍二体が、先程まで私達がいた小島を噛み砕いて島の大きさを変えていた。
 なんつー顎の力……あんなの噛みつかれたらおしまいじゃないか。

麻痺パラリィジィッ!」

 一人驚いていた時、リートがそう叫んだのが聴こえた。
 それに顔を上げた瞬間、こちらに襲い掛かってきていたトビウオのような魔物が空中でビクンッ! と体を痙攣させ、そのままマグマに落下した。
 何が起こったのか理解出来ず呆然としていると、ベシッと後頭部が叩かれた。

「ボサッとするでない。立ち止まっている暇があったら足を動かさんか」

 頭の後ろから聴こえた声に、私は舌打ちをしそうになって寸前で止める。
 彼女の言う通りだ。怒っている暇があったら、足を動かさなければ。
 私はすぐに軽く助走を付けて地面を蹴り、近くにあった小島に飛び移る。
 その時、背後に龍のような魔物が迫ってきていることに気付いた。

「次から次へと……!」
「あの小島に飛び移れ!」

 リートが叫びながら指さす方向に視線を向け、私はすぐに地面を蹴り、小島に飛び移る。
 直後、トビウオのような魔物が三匹程、こちらに飛んできていた。
 私はそれを、体を捻る形で強引に躱し、地面を蹴って隣の小島に飛び移った。

「イノセ! 後ろ!」

 リートの言葉に、私は眼球のみを動かして出来る限り後ろに視線を向ける。
 そこでは、背後にある小島の上に、巨大なカエルのような魔物が立っていた。
 ……は!?

「陸に上がって来る魔物もいんのかよ!?」
「あっちの小島に……!」

 リートがそう指示をしてきた瞬間、カエルが舌を射出してこちらに攻撃を仕掛けてきた。
 奴に背中を向ける形だったので、その舌は背負っているリートへと向かう。
 私は咄嗟に片手をリートの右足から手を離し、剣を抜いて射出された舌に向かって振るった。
 すると、長い舌の先が切り離れ、血が噴出する。
 舌が切られたことによって激痛に襲われたのか、カエルは痛みに身悶えながらマグマの中に沈んでいった。
 しかし、それに安堵する間も無く、またもや龍のような魔物がこちらに襲い掛かって来た。

「クッソ……!」

 吐き捨てるように毒づきながら、私はすぐにその小島を離れ、手近にあった小島に飛び移る。
 まだ下層に来て間も無いと言うのに、すでに疲労が半端ない。

「リートッ! 心臓はまだなの!?」
「まだ先じゃ! ……次はあの小島に!」

 リートの言葉に、私はすぐに彼女に言われた小島に飛び移る。
 刹那、トビウオのような魔物がこちらに向かって飛んで来た。
 私はそれに剣を振るい、弾くようにしてトビウオをマグマに沈めた。
 あのトビウオ……速さがある上に、防御力も高いな。
 リートを背負って片手で咄嗟に行った反撃とは言え、傷一つ付けられなかった。
 トビウオは、躱すかリートの闇魔法に頼った方が良いな。

 そんなことを考えつつ幾つかの小島の上を飛び移りつつ、私は剣をしまって、リートの体を背負い直した。
 あと二つ程の小島を超えると、二手に分かれた道があった。

「リート、あそこはどっちに曲がれば良いの?」
「ひだっ……麻痺パラリィジィッ!」

 答えようとしたリートは、近くの小島に飛び乗っていたカエルにそう叫んだ。
 すると、カエルのような魔物はビクッと体を硬直させて動かなくなる。
 私はそれを横目に、左の方へと駆け出した。

 全体的なステータスが上がっているとはいえ、流石にこれはキツい。
 終始走るか跳ぶかの二択で、しかも魔物からの妨害が盛りだくさん。
 リートを背負っている分、自分だけじゃなく彼女のことも気に掛けて動かなければならない。
 オマケに休む間も無く走って跳んでの繰り返しだから、疲労は溜まっていく一方だ。

「はぁッ……はぁッ……」

 呼吸が荒くなり、体中に汗が滲む。
 足が止まりそうになるのを叱咤して、私は近くの小島に飛び移った。
 しかし、着地した瞬間体勢を崩し、倒れそうになる。

「しまっ……!?」
「イノセ!?」

 背後から、リートの声がする。
 飛び移った小島は、人一人がようやく乗れるような小さなものだった。
 当然、体勢を立て直すのにも、ただ転ぶのにも不十分な大きさしかない。

「ッ……! おるぁッ!」

 私は咄嗟に叫び、体を捻りながらリートの腕を掴み、離れた場所にある小島に向かって投げた。
 その島はそれなりの大きさがあったので、華奢な彼女の体を投げて着地させるには十分な大きさがあった。
 リートが上手く着地するのを見届けるよりも前に、私は小さな小島を蹴って近くにあった小島の上に転がるようにして飛び移る。

「ッ……リート!」

 私はすぐに立ち上がり、リートの安否を確認する。
 彼女も無事に小島の上に着地したようで、へたり込んだような体勢でこちらを見ていた。
 ただ、ここで一つの問題が発生する。

 私とリートのいる小島の距離が……遠すぎるのだ。

「……なんで……」

 咄嗟のことで、距離を気にする暇など無かった。
 私は先程の小島から少し離れた場所だったが、リートがいる場所は私よりも斜め前方向にあり、通路のほぼ端と端でもあるために結構な距離があった。
 ってか、体勢が崩れた状態でよくあそこまで投げられたな……ステータスの恩恵と、火事場の馬鹿力か?

 一人で云々と考えつつリートの方に向かおうとしたその時、私とリートのいる陸地の間のマグマから、龍の魔物が飛び出した。
 突然のことに驚きつつも、迎撃しようと剣を抜く。
 しかし、龍の魔物は私には目もくれず、リートに向かって噛みつこうとした。

「おい……ッ!」

 小さく呟きながら、私は必死に地面を蹴って龍の魔物の方に向かう。
 リートは驚いた表情をしていたが、すぐに手を掲げ、魔法を使おうとする。
 しかし、このままでは彼女が魔法を使うよりも先に、龍の魔物がリートに噛みついてしまう。
 せめて私なら耐えられたかもしれないが、リートでは確実にそのまま潰れてしまう。

「リート……ッ!」

 彼女の名を呼び、手を伸ばしたその時──マグマが槍のような形を作り、龍の魔物を貫いた。

「……はっ?」

 間抜けな声を漏らしつつ、私は近くの小島に着地し、龍の魔物を観察した。
 巨大な龍の魔物には、マグマの槍によって大きな風穴が空き、そのせいで事切れたのかブクブクとマグマの中に沈んでいった。
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